上 下
24 / 64
#4 ナイトメア・トラップ

しおりを挟む
「凄い反響だなぁ。男でも美人だとチヤホヤされるのがウチの学校っぽいよな」
 幸之助が閉まったドアを見て、感心したように溜息をつく。

「幸之助も診てもらえば? 可愛いより綺麗な人がいいっていつも言ってるじゃん」
「確かに綺麗だけど、そもそもの性別がなぁ……」

 俺の数少ない友人である高田幸之助。剣道部で青春していて見た目も中身も爽やかなのに、何故か彼女いない歴が年齢と同じという謎の奴だ。親しくなれたのは教室での席が隣だからというのもあるけれど、幸之助自身が定期的にスポーツで色々と発散しているため、三年の連中よりも性欲が抑えられているという理由もある。

「ここが女子校だったらハーレム作れそうなのに、勿体ないな。何でウチに来たんだろ」
「男子校なら問題起こしてクビになることもないからじゃねえの? 俺だってもう少し頭良かったら、将来女子校の先生を目指してたのにさぁ……」
「幸之助は体育会系だもんな。あ、でも女子校の体育の先生ならなれそうじゃん」
「一番嫌われるポジションじゃんか」

 笑いながら保健室の前を通り過ぎ、校舎を出て英語の授業が行われる第一学習室を目指す。英語は学年で成績がランク付けされていて、それに応じて授業を受ける場所が変わる。俺や幸之助のような「中の下の成績」である「Cクラス」は、元々の教室から離れた旧校舎へと追いやられるのだ。

 中庭を通り抜け、来年取り壊される予定の旧校舎へ入ろうとしたその時。

「炎樽」
「た、天和……」
 丁度旧校舎から出てきた天和が、俺を見つけて手を挙げた。昨日俺が殴ったせいで顔に痣ができている。痛そうで申し訳ないと思ったが、……俺だって相応のことをされたのだ。

 天和が俺の名前を呼んだことにぎょっとしたらしく、幸之助が「すげえな。お前、あの人知り合いなの?」と俺に耳打ちする。恥ずかしさから天和を無視して通り過ぎようとしたその時、

「待てよ。あいつから聞いてねえか」
 天和に腕を掴まれ、俺はビクリと体を震わせた。
「な、何を……?」
「新任の保健教諭のことだよ。マカが何か言ってなかったか」
「別に聞いてない……と思うけど……」

 俺と天和が話し始めたのに気を遣ってか、幸之助が笑いながら「先に行ってるぞー」と校舎の中へ入って行った。

 天和に腕を掴まれたまま廊下の隅に連れてこられ、改めて問われる。
「マジで何も聞いてねえのか」
「………」
 俺は丸めた英語のノートで自分の頬をぽんぽん叩きながら考えた。
 確かに朝礼中、慌てた様子で飛んできたマカロが俺に何やら言っていたけれど……。

「そういえば、マカは? 天和の所に戻ってきてる?」
「いや。お前の所にいると思ってたが」
「え。ど、どこ行っちゃったんだあいつ……」

 頭の上を探しても学ランの中を探っても、マカロの姿はどこにもない。学校内では他に行き場所なんてないし、ふらふら飛んでいて誰かに捕まったら大騒ぎになる。

「はぐれちゃったとして、大人しく俺の教室にいてくれればいいけど……」
「そのマカが言うには、今日来たあの保健教諭はあいつの知り合いらしいぞ」
「え?」

 天和が横に視線を滑らせ、廊下を歩く他の生徒に聞こえないよう小声で言った。

「サバラとかいう夢魔で、マカはあいつに怯えてた。どういう目的でこの学校に来たかは知らねえが、向こうは少なくとも俺とマカが一緒にいる所を見ている」
「………」
「……まだお前のことは知られてねえかもしれないが、一応気を付けておけ」
「わ、分かったけど……」

 同じ夢魔に対して怯えるなんて、一体どういうことなんだろう。

 そしてもし本当に砂原先生が夢魔なら、彼に群がっている生徒達は──。

「……天和。俺、保健室行ってくる」
「は? いま気を付けろって言ったばかりだろうが。軽率に行動すんな」
「もしかしたらマカもそこにいるかもしれないし。それにあの先生が夢魔なら、知らずに保健室で休んでる生徒達が危ないかもしれないじゃん!」

 言いながら廊下を走り出した俺に舌打ちして、天和もすぐに後を追ってきた。

 来た道を戻り中庭を抜け、二年校舎一階の保健室を目指す。「手洗い・うがいをしましょう」──例のポスターが目に入ったその時、一瞬、俺の視界が歪んだ気がした。

「っ……?」
「炎樽っ、大丈夫か」

 春の手洗い・うがい運動。
 春は気温の高低差が激しく、体調を崩しやすい季節でもあります。外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!

「あ、……」

 ポスターに描かれているポップなイラスト。二人の少年が笑顔で手を洗っている。ニコニコ顔の少年の目が薄く開いているように見えるのは、俺の錯覚だろうか。



 外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!



「炎樽!」
「………」

 ポスターの中の少年の目がカッと見開かれ、俺と視線がぶつかった。

 ……ドアの前にかけられたプレートの文字が小刻みに揺れ出し、段々とアルファベットが変化してゆく。


 ──Welcome to  My Hell.


「っ……!」
 低い声が脳内で響き、瞬間、視界が真っ赤になった。

 炎樽、……! ほた、る……!
 天和の声が遠くに聞こえる。まるで水の中にいるように息苦しくて、俺はとにかく空気を求め、目の前に現れた赤い扉を勢い良く開け放った。

「あっ、……!」

 扉の中へと飛び込んだ瞬間、嘘のように息苦しさが俺の中から消え去った。視界を覆っていた赤いモヤも晴れ、目の前にはこれまでに何度か訪れたことのある保健室の見慣れた風景が広がっている。

「さあ、一列に並んで。これより身体測定を始めます」
「砂原先生……」
 明るい茶色の髪と優しそうな笑顔。スーツの上から白衣を着た、美しく若い、保健の先生──。

「あ、あれ……。身体測定? どういうことだ……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

舐めるだけじゃ、もうたりない!

餡玉
BL
翔と瀬名は、いつか迎えるであろう女子との初エッチの日に備えて、おっぱいを舐める練習をしている。そんな練習を始めて気づけば三年。ふたりは同じ高校に進学し、今も週に二、三度は乳首を舐め合う関係を続けていた。しかし、最近瀬名がよそよそしい。まさか瀬名に、練習の成果を発揮する日が近づいているか!? その日のための練習と割り切っていたけれど、翔はどうしてもモヤモヤが止まらなくて……。 ☆完結済作品を、他サイトから転載しております。 ☆拙作『お兄ちゃんだって甘えたいわけで。』と同じ舞台でのお話です。

全寮制の男子校に入学したら彼氏が出来ました

つくね
BL
昔からうるさい女が苦手だった主人公が男子校で天使(男)に出会ってしまったお話。 一方、女子よりかわいい男子は彼氏を探すために男子校に入学した。理想の相手には早々に会えたがなかなか距離が縮まらない? ストレスが増す世の中に、少しでも軽減しますように。 ストレスフリーです。軽ーい感じでどうぞ。

処理中です...