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#4 ナイトメア・トラップ
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月曜日。
新しい先生がやってきたぞー!
という学校生活ならではのイベントも、男子校では余程の美人女教師でない限りさほど盛り上がらないのが当たり前だ。ましてこの学校は教師も全員男だから、始めから生徒達もそんなイベントに期待などしていない。
「退職された井川先生に代わり、新しく保健室の先生が来て下さいました」
天和に散々なことをされた週末明け、月曜日の朝礼でその先生を見た時……俺は我が目を疑った。
「砂原一郎と申します。初めてのことが多くて緊張していますが、皆さんと多くのことを学んで行けたらと思います」
壇上で挨拶をしたその男は、帳が丘学園創立以来最年少と言っても間違いないくらいに若くてハンサムな人だったのだ。
「怪我や具合の悪い人だけでなく、悩み相談や心のケアも行なえたらと思っています。皆さん、どうぞいつでも保健室に遊びに来て下さい」
明るい茶髪に甘いマスク、背が高くて優しい笑顔。まるで彰良先輩をもう少し大人にしたかのような綺麗な人だ。
俺は壇上の砂原先生にうっとりと見惚れてしまった。
「ほ、炎樽ー!」
そんな俺の元に小バエが飛んで来たかと思ったら、今日は天和の見張りをしているはずのマカロが俺の胸にしがみついて目をぐるぐるにさせていた。
「な、何だよ……! 朝礼中に飛んで来たら誰かに見られるって……」
「炎樽、大変大変! 今の奴、大変なんだ!」
「は? 何言ってんだ」
「あいつは俺の幼馴染で、めちゃくちゃ性格が──」
「比良坂!」
突然のマカロに驚き慌てた俺の姿がふざけていると思われたらしく、前の方にいた担任に怒鳴られてしまった。視線が俺に集まり、マカロが学ランの中へと身を隠す。
「それでは以上で朝礼を終わります。礼!」
春の手洗い・うがい運動。
春は気温の高低差が激しく、体調を崩しやすい季節でもあります。外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「………」
まるで小学校の廊下に貼ってあったポスターだ。
たまたま教室移動の時に通りかかった保健室の前には、何やら生徒による人だかりができていた。
「砂原先生、何だか目眩が酷くて」
「先生、ちょっと熱っぽいです」
「俺も何か具合悪い気がする」
少し首を伸ばして、開放されたドアの向こうを見てみると……
「仕方ないな。思春期の体は色々な影響を受けやすいから、ちゃんと日々のケアをしてあげないといけないよ」
生徒達の訴えを聞いて困ったように笑う砂原先生。その周りには頭を撫でられて猫のようにゴロゴロいっている生徒や、朝礼の時の俺みたくうっとりと見惚れている生徒もいる。第一日目から大人気だ。
やっぱり、人間の魅力って「顔」なのだろうか。保健室で授業をサボる生徒は以前から割といるけれど、ただの中休みでこんなに繁盛しているのを見るのは初めてだ。
「さあ、本当に具合の悪い子だけ残って、他の皆は教室へ戻りなさい。また次の休み時間に会いに来てくれたら嬉しいな」
甘い顔立ちでさらっと言えば、群がっていた生徒達の目が瞬時にしてハートマークになる。よく見ればうちのクラスの生徒もいた。こういうのに騒ぐ生徒は一年生のお坊ちゃま達だけかと思っていたから、何だか色々驚きだ。
「……ん?」
砂原先生がこちらを見て、ふいに目が合った。柔らかな笑顔が俺に向けられ、思わず少しだけ胸が高鳴る。彰良先輩を始め、つくづく俺はこういう「優し気な男」に弱いのだと思い知らされた気分だった。
「どうしたのかな、ぼんやりしてるよ」
教室に戻るため保健室を出る生徒達と一緒に、砂原先生も廊下へ出てきて俺に声をかけてくれた。
間近で見ると物凄く睫毛が長いのが分かる。唇も綺麗で、肌も陶器みたいだ。壇上で挨拶をしていた時と同じグレーのスーツに上から白衣を羽織っていて、どことなく全体から良い匂いがする。
「具合が悪いなら、休んで行くかい?」
優しい声。優しい笑顔。俺は心なしか熱くなった顔を横に振り、「大丈夫です」とかろうじて声を振り絞った。
「本当に? 何だか凄く疲れた顔だし、何か悩みがあるんじゃないかな」
「先生。彼は上級生に大人気で、昼休みの度に追いかけ回されてるんですよ」
背後から声がして振り向くと、幸之助が頭の後ろで手を組み笑っていた。
「こ、幸之助! 余計なこと言うなって……!」
「おや、それは大変だ。人気者なんだね。追いかけられて困った時は、いつでも保健室に逃げておいで」
「は、はぁ……ありがとうございます」
砂原先生がニコリと笑って、それから、少しだけ身を屈めて俺に囁いた。
「こんなにいい匂いさせてる君を、オスが放って置かないのは頷けるけどね」
「え、……?」
よく聞き取れなかったけど、何だか恥ずかしいことを言われたような気がする。見上げた砂原先生は変わらず優しい笑顔で、「じゃあ、またね」と手を振っていた。
「………」
先生が中へ戻って行き、保健室のドアが閉まる。
目の前には「Welcome to My room」というホームセンターで売っていそうな洒落たプレートがかかっていた。
新しい先生がやってきたぞー!
という学校生活ならではのイベントも、男子校では余程の美人女教師でない限りさほど盛り上がらないのが当たり前だ。ましてこの学校は教師も全員男だから、始めから生徒達もそんなイベントに期待などしていない。
「退職された井川先生に代わり、新しく保健室の先生が来て下さいました」
天和に散々なことをされた週末明け、月曜日の朝礼でその先生を見た時……俺は我が目を疑った。
「砂原一郎と申します。初めてのことが多くて緊張していますが、皆さんと多くのことを学んで行けたらと思います」
壇上で挨拶をしたその男は、帳が丘学園創立以来最年少と言っても間違いないくらいに若くてハンサムな人だったのだ。
「怪我や具合の悪い人だけでなく、悩み相談や心のケアも行なえたらと思っています。皆さん、どうぞいつでも保健室に遊びに来て下さい」
明るい茶髪に甘いマスク、背が高くて優しい笑顔。まるで彰良先輩をもう少し大人にしたかのような綺麗な人だ。
俺は壇上の砂原先生にうっとりと見惚れてしまった。
「ほ、炎樽ー!」
そんな俺の元に小バエが飛んで来たかと思ったら、今日は天和の見張りをしているはずのマカロが俺の胸にしがみついて目をぐるぐるにさせていた。
「な、何だよ……! 朝礼中に飛んで来たら誰かに見られるって……」
「炎樽、大変大変! 今の奴、大変なんだ!」
「は? 何言ってんだ」
「あいつは俺の幼馴染で、めちゃくちゃ性格が──」
「比良坂!」
突然のマカロに驚き慌てた俺の姿がふざけていると思われたらしく、前の方にいた担任に怒鳴られてしまった。視線が俺に集まり、マカロが学ランの中へと身を隠す。
「それでは以上で朝礼を終わります。礼!」
春の手洗い・うがい運動。
春は気温の高低差が激しく、体調を崩しやすい季節でもあります。外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「………」
まるで小学校の廊下に貼ってあったポスターだ。
たまたま教室移動の時に通りかかった保健室の前には、何やら生徒による人だかりができていた。
「砂原先生、何だか目眩が酷くて」
「先生、ちょっと熱っぽいです」
「俺も何か具合悪い気がする」
少し首を伸ばして、開放されたドアの向こうを見てみると……
「仕方ないな。思春期の体は色々な影響を受けやすいから、ちゃんと日々のケアをしてあげないといけないよ」
生徒達の訴えを聞いて困ったように笑う砂原先生。その周りには頭を撫でられて猫のようにゴロゴロいっている生徒や、朝礼の時の俺みたくうっとりと見惚れている生徒もいる。第一日目から大人気だ。
やっぱり、人間の魅力って「顔」なのだろうか。保健室で授業をサボる生徒は以前から割といるけれど、ただの中休みでこんなに繁盛しているのを見るのは初めてだ。
「さあ、本当に具合の悪い子だけ残って、他の皆は教室へ戻りなさい。また次の休み時間に会いに来てくれたら嬉しいな」
甘い顔立ちでさらっと言えば、群がっていた生徒達の目が瞬時にしてハートマークになる。よく見ればうちのクラスの生徒もいた。こういうのに騒ぐ生徒は一年生のお坊ちゃま達だけかと思っていたから、何だか色々驚きだ。
「……ん?」
砂原先生がこちらを見て、ふいに目が合った。柔らかな笑顔が俺に向けられ、思わず少しだけ胸が高鳴る。彰良先輩を始め、つくづく俺はこういう「優し気な男」に弱いのだと思い知らされた気分だった。
「どうしたのかな、ぼんやりしてるよ」
教室に戻るため保健室を出る生徒達と一緒に、砂原先生も廊下へ出てきて俺に声をかけてくれた。
間近で見ると物凄く睫毛が長いのが分かる。唇も綺麗で、肌も陶器みたいだ。壇上で挨拶をしていた時と同じグレーのスーツに上から白衣を羽織っていて、どことなく全体から良い匂いがする。
「具合が悪いなら、休んで行くかい?」
優しい声。優しい笑顔。俺は心なしか熱くなった顔を横に振り、「大丈夫です」とかろうじて声を振り絞った。
「本当に? 何だか凄く疲れた顔だし、何か悩みがあるんじゃないかな」
「先生。彼は上級生に大人気で、昼休みの度に追いかけ回されてるんですよ」
背後から声がして振り向くと、幸之助が頭の後ろで手を組み笑っていた。
「こ、幸之助! 余計なこと言うなって……!」
「おや、それは大変だ。人気者なんだね。追いかけられて困った時は、いつでも保健室に逃げておいで」
「は、はぁ……ありがとうございます」
砂原先生がニコリと笑って、それから、少しだけ身を屈めて俺に囁いた。
「こんなにいい匂いさせてる君を、オスが放って置かないのは頷けるけどね」
「え、……?」
よく聞き取れなかったけど、何だか恥ずかしいことを言われたような気がする。見上げた砂原先生は変わらず優しい笑顔で、「じゃあ、またね」と手を振っていた。
「………」
先生が中へ戻って行き、保健室のドアが閉まる。
目の前には「Welcome to My room」というホームセンターで売っていそうな洒落たプレートがかかっていた。
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