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#1 DKとインキュバス

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「………」
「声も出ないか。無理はない、人前に姿を現したのはこれが初めてだからな」
「……いや、そういうの要らないんだけど。取り敢えず出てってくれる? 警察呼ぶぞ」
 頭が痛くなってきて、俺は額に手を置きながら続けた。
「インキュバスとか王子とか、俺もう高二だから……そういうの憧れる齢でもないし。手品やるならもっと喜んでくれそうな子供の所に行きなよ」
「手品ではない!」
「ていうか」

 立ち上がり、伸ばした手で男の細い尻尾のようなソレを掴む。
「痛てぇっ!」
 それから自分の出せる限りの威圧的な低い声で、男に言った。

「ニセモンでも母親にあんな真似されると気色悪いし心臓止まるんだわ。もう少しましなやり方なかったのかよ? おい、どうしてくれんだこの野郎」
「ち、……違げぇって。お前に一番近い女っていったら、それしか思い付かなくて……」
「はぁ?」
「あ、う……」

 俺に睨まれた男が口をパクパクさせながら両手を組み合わせている。悪魔っぽい見た目に反して意外と気は弱いらしく、その赤い目はうるうると揺らいでいた。

「ぶっ飛ばすぞ、コラ!」
「ひっ……!」
 握った手の中、尻尾らしきソレがするりと抜けて行く。見ればさっきまで俺よりデカい体の男だったのが、今は幼稚園児くらいの小さな子供の姿になっていた。

「え? あ、あれ……?」
「ぶ、ぶたないで! ごめんなさい、ぶたないで!」

 ピンクの髪に白い肌。体がそのまま小さくなったためか、Tシャツがゆるゆるのワンピースのようになっている子供……。
 それは、確かに目の前で起きた現実だった。

「お、お前」
「あああ、ぶたないで……」
 この男、まさか本当に……?
「………」
 無言で尻尾を引っ張ると、「痛い痛い!」とそいつが喚いた。両翼を摘まんで引っ張っても「痛い痛い!」だ。ワンピースと化したシャツを捲ると下には何も穿いておらず、しっかりと子供のソレが付いている。

「お前、本当にその……人間じゃないってのかよ?」
「う、うん。おれ、人間じゃない。まだ生まれたばかりなんだけど、他の兄弟と比べて仕事ができない落ちこぼれだからって、お父さんから無理矢理『しゅぎょう』に出されたんだ」

 うるうるの大きな目で見つめられると、強く物が言えなくなる。俺は溜息をついて床に座り、そいつと目線を合わせて言った。

「名前、何だって?」
「……マカロ」
「何でここに来た?」
「……すごい匂いがしたから」

「それはひょっとしてその、……俺が、オナニーしてたからか。分かるか? オナニー」
「えっと、それもあるけど……ほたるの体からすごくいい匂いがして、それでふらふらって……」
 自分で体臭を嗅いでみるが、良い匂いとやらは分からない。もしかして散々追い回されて汗をかいたから、その匂いだろうか。

「嗅いでも分からない匂いだよ。フェロモンていうのかな。ほたる、学校でも男の人達から追っかけられてない?」
「え、……」
「それみんな、ほたるの『いい匂い』に無意識に釣られてるんだよ。滅多にあることじゃないんだけど、性欲の強い人だと本能で嗅ぎ分けるから。ほたる、毎日大変だったでしょ」

 俺の体から溢れるフェロモン。連日俺を追い回している連中の奇行は、このフェロモンが原因ということか。しかも性欲の強い者だけというなら、彰良先輩や彼女持ちや他の優等生たちが俺に興味を持たないのも頷ける。

「ど、どうすればその匂いを消せるんだ?」
 マカロが小さな指を口元にあて、首を傾げた。
「消せないよ? 開花したのは最近かもしれないけど、元々持って生まれたものだもん」
「ふざけんなっ、このせいで毎日俺がどれだけ……」
「お、怒らないでっ!」
「………」

 仕方なく腕組みをし、質問を変える。

「で、お前は俺の所に来て何をするつもりだった」
「インキュバスは男の種を集めるんだ。だから、ほたるからも少しだけ分けてもらおうと思ったの」
「種って、精液のことだろ。そんなモン集めてどうする」
「もちろん子を作るためだよ。おれ達は夢の中で交わって種を取ったり宿したりするから、夢魔とも呼ばれてるんだ。女夢魔のサキュバスが人間の男から種を取って、男のインキュバスが人間の女に種を宿すってこと」

 腹が立つほど得意顔のマカロだが、その説明は謎だらけだ。好き勝手に子を作る意味が分からないし、そもそも種を取るのが女の仕事なら、なぜ男のお前がここにいる。

 そこを突くと、途端にマカロの顔が赤くなった。

「えっと、おれ達が住んでる所で大きいデモが起きたんだ。男女平等ナントカって、サキュバスのお姉さん達が疲れちゃったから、男も同じ仕事をしろって言うの」
「……どこの世界も女が強くなってきてるんだな」
「だからおれみたいな落ちこぼれが、まずはサキュバスの仕事を請け負うことになって」
「確かに落ちこぼれか。変身もバレバレだったし」
「だ、だから!」

 マカロが目をぐるぐるに回して動揺している。
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