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「………」
フロア奥から歩いてきたニコラがステージに上がった瞬間、ソファの後ろで立ち見している観客からワッと声援があがった。
「ニコラ!」「いいぞ、ニコラー!」
スローで甘ったるい音楽。ダイヤのように光るライト。白い体を締め付ける窮屈なボンテージ衣装に、茜色の物憂げな瞳。
ニコラが目の前で踊るのを、俺は食い入るように見つめていた。
「皇牙、どう? 少し緊張が残ってるけど、初めてのステージにしては良いね」
皇牙は口元に手をあてて、じっとニコラを見つめている。横顔は真剣そのもの、青い眼を細くさせてニコラの全てを観察している。
中央のポールを握って体をしならせたニコラの美しさに拍手と指笛が鳴った。
「………」
体がうずうずする。
この甘ったるい音楽もライトも、熱くなったポールの感触も。俺は知っている。体が、魂が、確かにそれら全てを覚えている。
俺も踊りたい──。そう思った、瞬間。
「駄目だ。ニコラをステージから下ろせ、ライ」
「え、何で?」
「早くしろっ!」
皇牙の怒声に慌てたライがソファから立ち上がったその時、……俺の目の前でニコラの手がポールから離れた。
「ニコラッ!」
まるで羽を傷付けられた蝶のように儚く、ゆっくりと。意識を失ったニコラの体がステージの上に倒れる。突然のことにどよめきが起こり、ライが腕に付けていた小型のトランシーバーで従業員を呼んだ。
「ニコラがいきなり気絶したんだ、裏へ運んでくれ!」
黒服の筋肉質な従業員がニコラを抱え、スタッフルームへと引っ込んで行く。ライがそれに付いて行き、俺は立ち上がろうとした皇牙の手を引いて問いかけた。
「ど、どうしたんだ? ニコラに何が?」
「恐らくは薬だ。興奮剤か何かを飲んだんだろう」
「そんな……」
おい、どうしたんだ! と観客から声があがった。
「この席に幾ら払ったと思っている。金は戻るんだろうな」
「ステージが空だぞ、どうなってる!」
意識を失ったダンサーよりも、自分達の欲求を優先する男達。それに対して皇牙が舌打ちし、腕のマイクに口を寄せた。
「空いてるダンサーを寄越せ。一階にステラがいたはずだろう、連絡を取ってくれ」
〈了解! ニコラの意識も戻ったよ、ちゃんと喋れてる〉
ライの声が返ってきて、皇牙が小さく息をつき笑った。
「………」
それはニコラの無事に心から安堵しているような、優しい笑みだった。
「皇牙」
だから俺は皇牙に言ったんだ。自分でも無意識のうちに。
「どうした、亜蓮」
体に残ったこの記憶が、彼らの役に立つなら──。
俺は羽織っていた黒いシャツを脱ぎ捨て、細い鎖を背中へ払いながら言った。
「代役は必要ない。ニコラの代わりに俺が出る」
「亜蓮っ、……?」
短いパンツにブーツ、それから鎖付きの首輪。突然ステージに上がった謎の男に、観客がざわついている。
「大丈夫か、やれるのか亜蓮」
皇牙の声に、俺は無言で頷いた。
「……よし、分かった。やってみろ」
小型のイヤホンが投げられる。それを受け取って耳に付け、俺はポールを握った。懐かしい感触……冷たいのに熱い、そして愛おしいこの感触。
フロア奥から歩いてきたニコラがステージに上がった瞬間、ソファの後ろで立ち見している観客からワッと声援があがった。
「ニコラ!」「いいぞ、ニコラー!」
スローで甘ったるい音楽。ダイヤのように光るライト。白い体を締め付ける窮屈なボンテージ衣装に、茜色の物憂げな瞳。
ニコラが目の前で踊るのを、俺は食い入るように見つめていた。
「皇牙、どう? 少し緊張が残ってるけど、初めてのステージにしては良いね」
皇牙は口元に手をあてて、じっとニコラを見つめている。横顔は真剣そのもの、青い眼を細くさせてニコラの全てを観察している。
中央のポールを握って体をしならせたニコラの美しさに拍手と指笛が鳴った。
「………」
体がうずうずする。
この甘ったるい音楽もライトも、熱くなったポールの感触も。俺は知っている。体が、魂が、確かにそれら全てを覚えている。
俺も踊りたい──。そう思った、瞬間。
「駄目だ。ニコラをステージから下ろせ、ライ」
「え、何で?」
「早くしろっ!」
皇牙の怒声に慌てたライがソファから立ち上がったその時、……俺の目の前でニコラの手がポールから離れた。
「ニコラッ!」
まるで羽を傷付けられた蝶のように儚く、ゆっくりと。意識を失ったニコラの体がステージの上に倒れる。突然のことにどよめきが起こり、ライが腕に付けていた小型のトランシーバーで従業員を呼んだ。
「ニコラがいきなり気絶したんだ、裏へ運んでくれ!」
黒服の筋肉質な従業員がニコラを抱え、スタッフルームへと引っ込んで行く。ライがそれに付いて行き、俺は立ち上がろうとした皇牙の手を引いて問いかけた。
「ど、どうしたんだ? ニコラに何が?」
「恐らくは薬だ。興奮剤か何かを飲んだんだろう」
「そんな……」
おい、どうしたんだ! と観客から声があがった。
「この席に幾ら払ったと思っている。金は戻るんだろうな」
「ステージが空だぞ、どうなってる!」
意識を失ったダンサーよりも、自分達の欲求を優先する男達。それに対して皇牙が舌打ちし、腕のマイクに口を寄せた。
「空いてるダンサーを寄越せ。一階にステラがいたはずだろう、連絡を取ってくれ」
〈了解! ニコラの意識も戻ったよ、ちゃんと喋れてる〉
ライの声が返ってきて、皇牙が小さく息をつき笑った。
「………」
それはニコラの無事に心から安堵しているような、優しい笑みだった。
「皇牙」
だから俺は皇牙に言ったんだ。自分でも無意識のうちに。
「どうした、亜蓮」
体に残ったこの記憶が、彼らの役に立つなら──。
俺は羽織っていた黒いシャツを脱ぎ捨て、細い鎖を背中へ払いながら言った。
「代役は必要ない。ニコラの代わりに俺が出る」
「亜蓮っ、……?」
短いパンツにブーツ、それから鎖付きの首輪。突然ステージに上がった謎の男に、観客がざわついている。
「大丈夫か、やれるのか亜蓮」
皇牙の声に、俺は無言で頷いた。
「……よし、分かった。やってみろ」
小型のイヤホンが投げられる。それを受け取って耳に付け、俺はポールを握った。懐かしい感触……冷たいのに熱い、そして愛おしいこの感触。
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