59 / 59
天使たちにはハナマルを!
エピローグ
しおりを挟む
「つばさ! 早く、早く!」
「ま、待って。武虎、そんな飛ばすなって!」
俺の足じゃあとても追いつけそうにない。芝生広場をぐんぐんと進んで行く武虎が乗っているのは、青くてピカピカの自転車だ。今日は一日かけて乗り方を教えてやろうと思っていたのに、武虎が既に自転車マスターだったのには驚いた。
「遅いぞ、つばさ! おれを抜かしてみろ!」
「無茶言うなって……!」
武虎が実は自転車に乗れるということ──実をいうと、俺はそれが嬉しかった。いつも一緒に遊ぶ友達が、何度も武虎に自転車を貸してくれていたという証拠だからだ。
「ああ、もう限界。……全力疾走なんて体育の時以来だよ」
「だらしねえなお兄ちゃん、運動不足か」
その場で膝に手をついた俺を見て、蒼汰が笑う。
「蒼汰だって、武虎に翻弄されてたじゃん」
「そりゃそうだ。大人は手を抜いてやるモンだろ」
「大人ねぇ」
「そう言えば翼くんもまだ未成年だから、お子ちゃまだな。ほら、遊んでやるからかかって来い」
ムッとして蒼汰から顔を背けると、更にからかわれて頬をつねられた。
「うーん、もうつばさはだめだ。蒼汰にいちゃん、早く!」
「おう、覚悟しろ武虎!」
スニーカーの底で芝生を蹴り、武虎めがけて駆け出す蒼汰。俺はその背中に手を振ってから、赤くなった頬を冷ますように深呼吸をした。
「翼!」
呼ばれて、背後を振り返る。
「武虎の自転車は順調か?」
「父さん! 順調どころじゃないよ。武虎の奴、びっくりするぐらい乗るの上手い」
「ありゃ。練習用にと思って小さいの買ったけど、もう少し大きくても良かったかもな」
「ありがとう、自転車買ってくれて。しばらく土日は公園で走り回る羽目になりそうだけど」
「俺も運動不足だから、丁度いいさ」
芝生の上にシートを広げ、作ってきたサンドイッチのボックスを開く。少し寒いけれど太陽が照る中、家族全員でのピクニックなんて初めてだ。
ちなみにあの夜蒼汰から貰った二万円は、今夜四人で食事に行くための費用となる。俺と蒼汰の間で「返す」「返さないでいい」の押し問答が三十分続いた後、根負けした蒼汰がそれを提案したのだ。
「おーい、武虎。転ぶなよ……って、転んだ!」
バランスを崩した武虎が自転車から落ち、コロコロと芝生の上を転がって行く。メットとサポーターを装着しているとはいえ、慌てた俺は咄嗟に駆け寄ろうとしたが──
「転んでもあいつなら大丈夫だ」
父さんが呑気に言って、「ほら」と前方を指さした。
蒼汰に抱き上げられた武虎は声をあげて笑っている。その顔についた芝を払ってやりながら、蒼汰もまた笑っていた。
「おーい、昼飯にしよ。武虎、蒼汰!」
肩に武虎を担いだ蒼汰が俺の声に手をあげ、片手で自転車を押しながら軽い足取りで戻ってくる。
「武虎も本気で取っ組み合いができるような、良い遊び相手ができたな」
「父さん! つばさのサンドイッチ、おれも手伝ったんだよ!」
「おお、それは楽しみだ」
シートに座った父さんの膝に武虎が座り、その正面に俺と蒼汰が腰を下ろす。傍から見れば男ばかりの、だけど立派な四人家族。
「腹減った!」
「武虎、ちゃんと手拭いて。まだ土が付いてる」
ウェットシートで武虎の手を拭く傍らで、父さんが言った。
「蒼汰、英語で『いただきます』は何て言うんだ?」
「Let’s eat」
「レッツイート!」
武虎が叫び、俺達も手を合わせた。
「んまい!」
「ああっ。タマゴがぼろぼろ零れてるぞ、武虎っ」
「父さんも口にマヨネーズ付いてるよ」
公園のあちこちで、シートを広げた家族が土曜のひと時を楽しんでいる。誰も彼もが幸せそうに笑っているのを見た俺は、うんと伸びをしながら晴れ渡った冬の空を仰いだ。
「翼、食い終わったら全員で鬼ごっこだってよ。覚悟しとけ」
「ええっ、本気で言ってんの……」
武虎も、蒼汰も。俺も。
「つばさも口にパン付いてる!」
──みんな一人じゃない。だから大丈夫。
「うわ、本当だ。ていうか蒼汰もだぞ」
「えっ、マジか」
「しょうもない兄貴達だな!」
俺は空からこちらを見ているであろう姉貴に祈り、それから、隣で恥ずかしそうに口を拭う蒼汰の肩に寄りかかって笑った。涙が出るほど、腹が捩れるほど。あの空へと届くように、声高らかに笑い続けた。
終
「ま、待って。武虎、そんな飛ばすなって!」
俺の足じゃあとても追いつけそうにない。芝生広場をぐんぐんと進んで行く武虎が乗っているのは、青くてピカピカの自転車だ。今日は一日かけて乗り方を教えてやろうと思っていたのに、武虎が既に自転車マスターだったのには驚いた。
「遅いぞ、つばさ! おれを抜かしてみろ!」
「無茶言うなって……!」
武虎が実は自転車に乗れるということ──実をいうと、俺はそれが嬉しかった。いつも一緒に遊ぶ友達が、何度も武虎に自転車を貸してくれていたという証拠だからだ。
「ああ、もう限界。……全力疾走なんて体育の時以来だよ」
「だらしねえなお兄ちゃん、運動不足か」
その場で膝に手をついた俺を見て、蒼汰が笑う。
「蒼汰だって、武虎に翻弄されてたじゃん」
「そりゃそうだ。大人は手を抜いてやるモンだろ」
「大人ねぇ」
「そう言えば翼くんもまだ未成年だから、お子ちゃまだな。ほら、遊んでやるからかかって来い」
ムッとして蒼汰から顔を背けると、更にからかわれて頬をつねられた。
「うーん、もうつばさはだめだ。蒼汰にいちゃん、早く!」
「おう、覚悟しろ武虎!」
スニーカーの底で芝生を蹴り、武虎めがけて駆け出す蒼汰。俺はその背中に手を振ってから、赤くなった頬を冷ますように深呼吸をした。
「翼!」
呼ばれて、背後を振り返る。
「武虎の自転車は順調か?」
「父さん! 順調どころじゃないよ。武虎の奴、びっくりするぐらい乗るの上手い」
「ありゃ。練習用にと思って小さいの買ったけど、もう少し大きくても良かったかもな」
「ありがとう、自転車買ってくれて。しばらく土日は公園で走り回る羽目になりそうだけど」
「俺も運動不足だから、丁度いいさ」
芝生の上にシートを広げ、作ってきたサンドイッチのボックスを開く。少し寒いけれど太陽が照る中、家族全員でのピクニックなんて初めてだ。
ちなみにあの夜蒼汰から貰った二万円は、今夜四人で食事に行くための費用となる。俺と蒼汰の間で「返す」「返さないでいい」の押し問答が三十分続いた後、根負けした蒼汰がそれを提案したのだ。
「おーい、武虎。転ぶなよ……って、転んだ!」
バランスを崩した武虎が自転車から落ち、コロコロと芝生の上を転がって行く。メットとサポーターを装着しているとはいえ、慌てた俺は咄嗟に駆け寄ろうとしたが──
「転んでもあいつなら大丈夫だ」
父さんが呑気に言って、「ほら」と前方を指さした。
蒼汰に抱き上げられた武虎は声をあげて笑っている。その顔についた芝を払ってやりながら、蒼汰もまた笑っていた。
「おーい、昼飯にしよ。武虎、蒼汰!」
肩に武虎を担いだ蒼汰が俺の声に手をあげ、片手で自転車を押しながら軽い足取りで戻ってくる。
「武虎も本気で取っ組み合いができるような、良い遊び相手ができたな」
「父さん! つばさのサンドイッチ、おれも手伝ったんだよ!」
「おお、それは楽しみだ」
シートに座った父さんの膝に武虎が座り、その正面に俺と蒼汰が腰を下ろす。傍から見れば男ばかりの、だけど立派な四人家族。
「腹減った!」
「武虎、ちゃんと手拭いて。まだ土が付いてる」
ウェットシートで武虎の手を拭く傍らで、父さんが言った。
「蒼汰、英語で『いただきます』は何て言うんだ?」
「Let’s eat」
「レッツイート!」
武虎が叫び、俺達も手を合わせた。
「んまい!」
「ああっ。タマゴがぼろぼろ零れてるぞ、武虎っ」
「父さんも口にマヨネーズ付いてるよ」
公園のあちこちで、シートを広げた家族が土曜のひと時を楽しんでいる。誰も彼もが幸せそうに笑っているのを見た俺は、うんと伸びをしながら晴れ渡った冬の空を仰いだ。
「翼、食い終わったら全員で鬼ごっこだってよ。覚悟しとけ」
「ええっ、本気で言ってんの……」
武虎も、蒼汰も。俺も。
「つばさも口にパン付いてる!」
──みんな一人じゃない。だから大丈夫。
「うわ、本当だ。ていうか蒼汰もだぞ」
「えっ、マジか」
「しょうもない兄貴達だな!」
俺は空からこちらを見ているであろう姉貴に祈り、それから、隣で恥ずかしそうに口を拭う蒼汰の肩に寄りかかって笑った。涙が出るほど、腹が捩れるほど。あの空へと届くように、声高らかに笑い続けた。
終
0
お気に入りに追加
69
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
孤狼のSubは王に愛され跪く
ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない
Dom/Subユニバース設定のお話です。
氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
完結・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に味見されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
初めまして。面白くて、又読みやすくて一気に読んでしまいました!まるで市販の官能小説を読んでいたかのよう...
良い作品に出会えて良かったです。またの更新を楽しみに待ってます!
初めまして!お読み頂きまして、また感想まで書いて下さりありがとうございます!
BLにおけるラブシーンを上手く書きたいと常日頃から思っておりますので、恐縮すぎるお言葉に感謝です(T_T)今後ともどうぞ宜しくお願い致します!