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静かの夜に
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雨で濡れた蒼汰の服を洗濯機に入れ、新しいバスタオルと部屋着を脱衣所に用意する。
父さんは蒼汰に謝りっ放しだった。土下座までする勢いだった。
「………」
蒼汰は黙っていた。どこか遠くを見るような目で、謝り続ける父さんをじっと見つめていた。
「ご迷惑おかけしました。何とお詫びしたら良いか……」
「迷惑だなんて思ってないです。武虎が無事で良かった」
「先生、本当にありがとうございました」
俺は蒼汰の横顔を見ていた。
その顔は微かに笑っているのに、何故か寂しそうだった。
「謝るのは、俺の方だから」
寂しそうな表情のまま呟いた蒼汰の言葉に、父さんが顔を上げる。
「俺が、武虎から翼を奪ったんです」
「……蒼汰?」
「武虎が嫉妬するって分かってて、翼に近付きました。武虎から翼との時間を奪うと知ってて、……翼と関係を持ちました」
父さんの目が見開かれる。俺は突然の蒼汰の告白に動揺し、声を発することができなかった。
「この先も武虎を傷付けるかもしれないし、武虎の教育上良くないことも分かっています。だけど俺は、翼から離れるつもりはありません。俺は、翼に惚れてます」
「先生、あなたは……」
「俺は、翼と家族になりたい。……翼の家族の一員に、なりたい」
「………」
見てきた訳じゃないのに、俺の脳裏にはファミレスで一人ぼっちの子供がいた。
五百円でカレーを食べて、アイスもジュースも我慢して、なるだけ時間をかけて食べ終わってもまだ帰っちゃいけなくて、それでも母親に会いたくて。
押入れに閉じ込められて、暗闇の中で耳を塞いで、涙を流して朝を待つ子供。その泣き顔が頭の中で武虎に変わった時、俺は蒼汰が抱えていた寂しさを理解した。
大好きなはずの母親とは思い出がなく、自分を守ってくれるはずの父親は顔も見たことがない。無条件で愛情を注いでくれるはずの両親がいない、それは武虎も蒼汰も同じだった。
手を差し伸べてやりたい。抱きしめて、安心させてやりたい。俺が武虎にしているように。幼い頃の蒼汰を、何の罪もないのに傷付けられていた天使を、無条件で愛してやりたい──。
「父さん」
「………」
「俺も、蒼汰のことが好きだ。蒼汰と、ずっと一緒にいたいと思ってる」
「………」
「父さんと、武虎とも。ずっと一緒にいたい。時間がかかってもいいから、俺達のこと許してほしい。……お願いします」
床に手をつき、黙ったままの父さんに頭を下げる。拳が飛んできてもいい。勘当されてもいい。俺のこの気持ちは、変えようがなかった。
「悔しいが、……息子の育て方を間違えたとも、蒼汰君が翼を唆したとも、思えないんだよなあ」
床の一点を見つめる俺の耳に、父さんの声が優しく浸透してゆく。
「俺と母さんもそんな感じだったからかな。周囲の反対を押し切って、駆け落ち同然で一緒になった。苦労はしたが、後悔はしていない。……お前達も、あの時の俺と同じ気持ちなんだろうな」
顔を上げて見れば、父さんは困ったように笑っていた。
「正直、複雑だが。お前達が思うようにやればいいと思う。俺と母さんの倍は苦労するだろうけどな。覚悟はしてるんだろ、蒼汰君」
「勿論です」
間髪入れずに答えた蒼汰の凛々しい表情に、父さんも真剣な目付きで念を押す。
「任せていいんだな。翼が傷付くようなことになったら、俺はお前を一生怨むぞ」
声には出さず、蒼汰が力強く頷いた。
途端に、父さんが笑顔になる。
「息子がもう一人増えた気分だ」
父さんは蒼汰に謝りっ放しだった。土下座までする勢いだった。
「………」
蒼汰は黙っていた。どこか遠くを見るような目で、謝り続ける父さんをじっと見つめていた。
「ご迷惑おかけしました。何とお詫びしたら良いか……」
「迷惑だなんて思ってないです。武虎が無事で良かった」
「先生、本当にありがとうございました」
俺は蒼汰の横顔を見ていた。
その顔は微かに笑っているのに、何故か寂しそうだった。
「謝るのは、俺の方だから」
寂しそうな表情のまま呟いた蒼汰の言葉に、父さんが顔を上げる。
「俺が、武虎から翼を奪ったんです」
「……蒼汰?」
「武虎が嫉妬するって分かってて、翼に近付きました。武虎から翼との時間を奪うと知ってて、……翼と関係を持ちました」
父さんの目が見開かれる。俺は突然の蒼汰の告白に動揺し、声を発することができなかった。
「この先も武虎を傷付けるかもしれないし、武虎の教育上良くないことも分かっています。だけど俺は、翼から離れるつもりはありません。俺は、翼に惚れてます」
「先生、あなたは……」
「俺は、翼と家族になりたい。……翼の家族の一員に、なりたい」
「………」
見てきた訳じゃないのに、俺の脳裏にはファミレスで一人ぼっちの子供がいた。
五百円でカレーを食べて、アイスもジュースも我慢して、なるだけ時間をかけて食べ終わってもまだ帰っちゃいけなくて、それでも母親に会いたくて。
押入れに閉じ込められて、暗闇の中で耳を塞いで、涙を流して朝を待つ子供。その泣き顔が頭の中で武虎に変わった時、俺は蒼汰が抱えていた寂しさを理解した。
大好きなはずの母親とは思い出がなく、自分を守ってくれるはずの父親は顔も見たことがない。無条件で愛情を注いでくれるはずの両親がいない、それは武虎も蒼汰も同じだった。
手を差し伸べてやりたい。抱きしめて、安心させてやりたい。俺が武虎にしているように。幼い頃の蒼汰を、何の罪もないのに傷付けられていた天使を、無条件で愛してやりたい──。
「父さん」
「………」
「俺も、蒼汰のことが好きだ。蒼汰と、ずっと一緒にいたいと思ってる」
「………」
「父さんと、武虎とも。ずっと一緒にいたい。時間がかかってもいいから、俺達のこと許してほしい。……お願いします」
床に手をつき、黙ったままの父さんに頭を下げる。拳が飛んできてもいい。勘当されてもいい。俺のこの気持ちは、変えようがなかった。
「悔しいが、……息子の育て方を間違えたとも、蒼汰君が翼を唆したとも、思えないんだよなあ」
床の一点を見つめる俺の耳に、父さんの声が優しく浸透してゆく。
「俺と母さんもそんな感じだったからかな。周囲の反対を押し切って、駆け落ち同然で一緒になった。苦労はしたが、後悔はしていない。……お前達も、あの時の俺と同じ気持ちなんだろうな」
顔を上げて見れば、父さんは困ったように笑っていた。
「正直、複雑だが。お前達が思うようにやればいいと思う。俺と母さんの倍は苦労するだろうけどな。覚悟はしてるんだろ、蒼汰君」
「勿論です」
間髪入れずに答えた蒼汰の凛々しい表情に、父さんも真剣な目付きで念を押す。
「任せていいんだな。翼が傷付くようなことになったら、俺はお前を一生怨むぞ」
声には出さず、蒼汰が力強く頷いた。
途端に、父さんが笑顔になる。
「息子がもう一人増えた気分だ」
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