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ぜんぶ初めての夜

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 蒼汰に言わせれば、「こんな日に空室があること自体が奇跡」なのだそうだ。俺はもちろん初めてだから、そんな常識知る訳がない。
「な、何かすごい。豪華な部屋なんだな。……わ、でかいベッド。こんなの初めてだ」
 ベッドは大きく、壁の装飾も煌びやかで、テレビにDVDにゲームまである。冷蔵庫にはジュースや酒が入っているし、有線も聴き放題だ。
「喜んでるところ悪いけど、これを豪華とか人前であんまり言うなよ」
「え、充分豪華だと思うけど。スイートルームって言うんだっけ、お城みたいだし」
「……まあいいか。風呂沸かすけど、翼くん一緒に入るか?」
「い、いいよ。一人で……」
「アツアツの泡風呂にして遊ぼうぜ。楽しいぞ」
 興味をそそられて風呂場について行くと、浴槽近くに見慣れない装置が並んでいた。照明の色を変えたり、ジェットバスになったりするらしい。それだけでわくわくしてきて、俺は浴槽に湯を溜める蒼汰の背後で落ち着きなく動き回った。
   いい匂いのする入浴剤、泡風呂の素、シャンプーにボディソープもちゃんとある。目に映るもの全てが面白くて、まるでちょっとした旅行をしている気分になった。
「お、泡立ってきた」
「すごい。俺本当に泡風呂なんて初めて」
「入るともっとすごいぞ」
 蒼汰がシャツを脱ぎ、脱衣所に放る。俺もぎこちなく服を脱ぎ、ベルトを外してジーンズを下ろした。蒼汰の前で裸になるのは恥ずかしいが、やはり男同士ということが根っこにあるからか、そこまでの抵抗はない。それに、どうせ湯船に入ってしまえば泡で何も見えなくなるのだ。
   一応は前を隠し、蒼汰に背を向けて泡風呂の中へと身を沈める。
   泡の弾ける音と、フルーツのような爽やかで甘い匂い。全身を包み込むお湯の心地好さ、ゆったりとした広いバスタブ。俺は心の底から溜息をつき、至福のひと時に頬を弛ませた。
「気持ちいいか? 翼、もう少し詰めてくれ」
 俺のすぐ後ろで、蒼汰が体をうんと伸ばす。左右の浴槽縁に両腕と両脚を投げ出し、風呂の中で遠慮なく寛いでいる恰好だ。俺の腰の辺りにそれが当たっていてもまるで気にしていない。いかにも「慣れている」感じだった。
「泡風呂の素、一袋残ってるから持って帰れば。武虎が喜ぶんじゃねえの」
「名案だけど、ラブホテルの備品を子供に使わせるのってどうなんだろ。……道徳的に」
「俺はガキの頃、母親が持ち帰ったラブホの備品を躊躇なく使ってたけどな」
「え」
「俺の母親、風俗嬢だったからよ。ピンサロから始まってハコヘル、デリヘル、そんで最終的にはソープか。ちなみに父親は誰か分からねえ」
 唐突に言われ、返答に困る。俺は泡の中に口元を埋めて膝を抱えた。
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