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「どうだ、大したことなかっただろ」
「結構ボロボロ……」
 乱れに乱れた髪を手で整えながら、俺は蒼汰の隣をふらつく足で歩き続けた。連れて来られたのは三駅先の、例のディスカウントストアがある街だった。通りは仮装をした人達で賑わい、普段は八時頃に閉まってしまう店も空いている。
 メインストリートはハロウィン一色。巨大なカボチャのオブジェを背景に写真を撮る人達もいれば、名前も知らない人々に駄菓子を配っている集団もいた。あちこちで歓声が沸き上がり、カラフルなネオンとカメラのフラッシュで目がちかちかする。
「翼くん、何か食うか。クレープにチュロスに、ポップコーンもあるってよ」
「な、何か凄い。遊園地に来たみたいだ」
「はぐれないように気を付けろ。あと、痴漢にもな」
 人混みの中、蒼汰の手が一瞬だけ俺の手を握った。すぐに離したのは俺が「クレープ食べたい」と屋台を指したからだ。お祭り騒ぎの中とはいえ、蒼汰と手を繋いで歩くなんてできなかった。そんなことをしたら多分俺は、余裕が持てなくなる。
「クレープか、いいな。チョコチップ入りのカスタードと生クリーム、それからバニラアイスにたっぷりチョコソースかけて食おう」
「蒼汰って意外に甘党なんだな……」
 笑いながら、蒼汰がクレープ屋のワゴンへと俺を引っ張って行く。俺も彼に負けず劣らず甘い物好きだが、流石に夕飯を食べてきたせいか、蒼汰と同じものを食べることはできなかった。
 それにしても混んでいる。ハロウィンの何がそこまでさせるのか、男も女も派手な仮装でビール片手に歓声をあげ、抱き合ったり歌ったり写真を撮ったりと大騒ぎだ。英会話教室でのパーティーが霞んでしまうほど、人も街も皆ハロウィンに熱狂していた。
 クレープは美味しかった。イルミネーションも綺麗だった。俺が憧れていた「夜の街」はどこまでも輝き、生き生きしていて、……楽しかった。
「ゲーセンでも行くか? 混んでそうだけど」
「蒼汰、今日はありがとうな。色々と」
「何だ、もう帰るつもりかよ」
「武虎のこととかさ。俺をここに連れて来てくれたのも、前に俺が全然遊んでないとか、友達いないって言ったの、覚えてたからだろ」
 蒼汰はポップコーンを頬張りながら俺を見つめている。
「初めは最悪だって思ってたけど、蒼汰って実は良い奴なんだな」
「別に俺は、……」
 蒼汰の呟きは喧騒にかき消されてしまったが、その横顔はほんの少し笑っているようにも見えた。
 子供の直感は正しいのかもしれない。あれだけ子供達から好かれている蒼汰なのだ、きっと良い奴なんだろう。
   初めて会ったあの夜だって、今思えば正体を隠したまま最後まですることもできたのだ。だけど蒼汰はしなかった。その後も普通に接してくれていた。
 裏と表の顔があるなんて、社会で働いているなら当前のことじゃないか。……蒼汰は多分、始めから良い奴だったんだ。
「少しは見直したか?」
「まあね。正直、見直した」
「そうか」
 人混みの中、今度こそ蒼汰が俺の手を握った。
「じゃあ、今日は一晩中付き合えよ」
「………」
 それが何を意味しているのか、そのくらい俺にでも分かる。こんなことになるなんて予想していなかったけれど、幻想的なイルミネーションと巨大なカボチャのオブジェを見つめているうちに、俺は頷いていたらしい。
「……マジか」
 蒼汰が俺の手を放し、「俺の株もだいぶ上がったな」と頭をかきながら冗談ぽく笑った。
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