23 / 59
日、月、暇なし
10
しおりを挟む
「……その話、俺が考えたんだ。小学六年の時に卒業記念で作った絵本のキャラクターなんだよ」
「へえ」
「丁度その頃に武虎が産まれて……0歳の時から毎晩、自作の絵本を読んでやってたんだ。そしたらすっかり気に入ったらしくて、今でも大人気」
画用紙で作った絵本は流石にボロボロになっていて、今は俺の机の引き出しの奥で眠っている。たまに武虎が寝る前になって「ロンメルの話して」とせがんでくることはあるが、何しろ自分で考えた話なのだ。わざわざページを捲らなくても、始めから最後までそらで話してやれる。
「どんな話なんだ?」
「簡単に言えば迷子のトラが、家族を見つける話。自分では凄い大冒険のつもりだったけど、今思うとかなり単純でありがちな物語だな。多分、当時見てたアニメの影響とかも入ってるんだろうけど」
「ふうん。今度俺にも見せろよ。簡単な話なら、英訳して授業で使うから」
「ぜ、絶対やだ」
喋りながらも作業を続けていると、始めてから二時間が経つ頃には教室中がハロウィンのそれっぽい雰囲気に包まれていた。
入口にもガーランドを取り付けたし、ランタンも飾った。壁中にお化けやコウモリの切り絵を貼り、生徒達の絵もいっぱいに貼った。どこから見てもハロウィンだ。胸を張って生徒を迎えられる。
「生徒が来るの楽しみだな。早く武虎にも見せたい」
「ああ、助かったよ翼くん。ありがとうな」
脚立を肩に担いだ蒼汰が片手で俺の頭を撫で回す。咄嗟にその手を跳ね除けたが、普段褒められ慣れていないからか、腹が立つのと同じくらい気恥ずかしくもあった。
「何だよ。手伝ってくれたご褒美だろ」
「そんなの要らな、……あっ」
唇を押し付けられた頬が瞬時にして赤くなる。
たったそれだけのことで体が動かなくなり、一切の言葉も出なくなった。
「中学生みたいな反応だな」
呆けた俺の目の前で、蒼汰が肩を揺らしてくすくすと笑っている。
「ふ、ふざけんなよ本当に……!」
「そういう反応されると逆にもっと悪戯したくなるんだって。学べよ、お前は」
にじり寄ってくる蒼汰を必死に両手で押し退けながら、俺は壁の時計に目をやった。午後二時。もうそろそろ帰らないと、俺も蒼汰もこの後の予定がある。
「子供達が勉強する場所で……こういうこと、するなって」
「背徳的で堪らねえか」
「そんなこと言ってないっ、……」
蒼汰が俺の後頭部に片手を添え、引き寄せた。
「あ、う……」
唇が塞がれるよりも先に舌が触れる。有無を言わさず絡めとられた俺の舌が、蒼汰の唇によって激しく吸われる。背中を反らせて逃げようとすれば、蒼汰が上体を曲げて俺を追う。
駄目だと頭で分かっているのに。体の力が抜けて、拒むことができなかった。
「ん、……ん、ぅ」
そうしているうちに、蒼汰の膝が俺の脚の間へと入ってきた。軽く刺激されて声が洩れ、腰の一点がむずむずして震えてしまう。
「や、あ……。やめろ、あっ、……」
ぐいぐいと押し付けられる膝頭。あの夜はもっと際どいことをされたのに、ここが教室だと思うと恥ずかしさに体中が熱くなった。その熱が期待なのか不安なのか分からない。ただもう何も考えられなくなって、本能を揺さぶる刺激に涙を滲ませるだけだ。
「……はぁ」
俺の口から舌を抜いた蒼汰が、俺の頭を胸に抱いて溜息をつく。
「流石にこれ以上は時間的に無理か。失敗した」
「………」
「また秘密が増えたな」
何だか翻弄されている気分だった。繰り返し緊張と緩和が与えられているような感覚に、気持ちが追い付いていかない。
俺は俯き、脚立を奥の事務室へ運ぼうとしている蒼汰の背中に質問した。
「……何であんたは、俺に拘るんだ?」
「翼に興味があるから」
「………」
脚立を戻した蒼汰が戻ってきて、下を向いたままの俺の肩に手を置いた。
「お前みたいな奴、今まで一人も周りにいなかったからな。純粋に知りたいんだ、翼がどんな奴なのかって」
何と反応したら良いのか分からないが、肩に置かれた蒼汰の手はどっしりと重い。まるで体が地面に埋まってしまいそうだ。
「翼も俺を見定めてる最中だろ。でも完全に俺を拒まないってことは、少なくとも悪い感情は持ってねえ訳だ。俺ら互いに探ってる状態で、そこから何かが始まるってこと」
何を根拠に言っているのだろう。どうしてそんなに自信があるんだろう。俺は狭い脳内に疑問符をまき散らしながら、不敵な笑みを浮かべる蒼汰の顔をただ茫然と見つめ続けた。
「そう固く考えずに。気楽に付き合って行こうぜ、翼くん。それから今日のバイト代な、武虎にお菓子でも買ってやれ」
俺の手のひらに、五百円硬貨が落とされた。グッズを買った時の釣り銭だ。
「そうだ。翼くんも金曜日の教室に参加しないか。武虎がお菓子作るの上手いって言ってたから、子供らに何か作ってきてほしいんだけど。これ、一応当日のスケジュール。生徒の人数とかも書いてあるから」
棚の上にあったプリント用紙を差し出す蒼汰は、友達に軽い頼み事をするような笑顔を浮かべている。自信に満ちた笑顔だ。こちらが断るなんて微塵も想像していない顔だ。
やるしかないんだろな、と思う。決意というよりは、諦めに近い。
蒼汰の頭上、天井からぶらさがったカボチャもまた笑っていた。
「へえ」
「丁度その頃に武虎が産まれて……0歳の時から毎晩、自作の絵本を読んでやってたんだ。そしたらすっかり気に入ったらしくて、今でも大人気」
画用紙で作った絵本は流石にボロボロになっていて、今は俺の机の引き出しの奥で眠っている。たまに武虎が寝る前になって「ロンメルの話して」とせがんでくることはあるが、何しろ自分で考えた話なのだ。わざわざページを捲らなくても、始めから最後までそらで話してやれる。
「どんな話なんだ?」
「簡単に言えば迷子のトラが、家族を見つける話。自分では凄い大冒険のつもりだったけど、今思うとかなり単純でありがちな物語だな。多分、当時見てたアニメの影響とかも入ってるんだろうけど」
「ふうん。今度俺にも見せろよ。簡単な話なら、英訳して授業で使うから」
「ぜ、絶対やだ」
喋りながらも作業を続けていると、始めてから二時間が経つ頃には教室中がハロウィンのそれっぽい雰囲気に包まれていた。
入口にもガーランドを取り付けたし、ランタンも飾った。壁中にお化けやコウモリの切り絵を貼り、生徒達の絵もいっぱいに貼った。どこから見てもハロウィンだ。胸を張って生徒を迎えられる。
「生徒が来るの楽しみだな。早く武虎にも見せたい」
「ああ、助かったよ翼くん。ありがとうな」
脚立を肩に担いだ蒼汰が片手で俺の頭を撫で回す。咄嗟にその手を跳ね除けたが、普段褒められ慣れていないからか、腹が立つのと同じくらい気恥ずかしくもあった。
「何だよ。手伝ってくれたご褒美だろ」
「そんなの要らな、……あっ」
唇を押し付けられた頬が瞬時にして赤くなる。
たったそれだけのことで体が動かなくなり、一切の言葉も出なくなった。
「中学生みたいな反応だな」
呆けた俺の目の前で、蒼汰が肩を揺らしてくすくすと笑っている。
「ふ、ふざけんなよ本当に……!」
「そういう反応されると逆にもっと悪戯したくなるんだって。学べよ、お前は」
にじり寄ってくる蒼汰を必死に両手で押し退けながら、俺は壁の時計に目をやった。午後二時。もうそろそろ帰らないと、俺も蒼汰もこの後の予定がある。
「子供達が勉強する場所で……こういうこと、するなって」
「背徳的で堪らねえか」
「そんなこと言ってないっ、……」
蒼汰が俺の後頭部に片手を添え、引き寄せた。
「あ、う……」
唇が塞がれるよりも先に舌が触れる。有無を言わさず絡めとられた俺の舌が、蒼汰の唇によって激しく吸われる。背中を反らせて逃げようとすれば、蒼汰が上体を曲げて俺を追う。
駄目だと頭で分かっているのに。体の力が抜けて、拒むことができなかった。
「ん、……ん、ぅ」
そうしているうちに、蒼汰の膝が俺の脚の間へと入ってきた。軽く刺激されて声が洩れ、腰の一点がむずむずして震えてしまう。
「や、あ……。やめろ、あっ、……」
ぐいぐいと押し付けられる膝頭。あの夜はもっと際どいことをされたのに、ここが教室だと思うと恥ずかしさに体中が熱くなった。その熱が期待なのか不安なのか分からない。ただもう何も考えられなくなって、本能を揺さぶる刺激に涙を滲ませるだけだ。
「……はぁ」
俺の口から舌を抜いた蒼汰が、俺の頭を胸に抱いて溜息をつく。
「流石にこれ以上は時間的に無理か。失敗した」
「………」
「また秘密が増えたな」
何だか翻弄されている気分だった。繰り返し緊張と緩和が与えられているような感覚に、気持ちが追い付いていかない。
俺は俯き、脚立を奥の事務室へ運ぼうとしている蒼汰の背中に質問した。
「……何であんたは、俺に拘るんだ?」
「翼に興味があるから」
「………」
脚立を戻した蒼汰が戻ってきて、下を向いたままの俺の肩に手を置いた。
「お前みたいな奴、今まで一人も周りにいなかったからな。純粋に知りたいんだ、翼がどんな奴なのかって」
何と反応したら良いのか分からないが、肩に置かれた蒼汰の手はどっしりと重い。まるで体が地面に埋まってしまいそうだ。
「翼も俺を見定めてる最中だろ。でも完全に俺を拒まないってことは、少なくとも悪い感情は持ってねえ訳だ。俺ら互いに探ってる状態で、そこから何かが始まるってこと」
何を根拠に言っているのだろう。どうしてそんなに自信があるんだろう。俺は狭い脳内に疑問符をまき散らしながら、不敵な笑みを浮かべる蒼汰の顔をただ茫然と見つめ続けた。
「そう固く考えずに。気楽に付き合って行こうぜ、翼くん。それから今日のバイト代な、武虎にお菓子でも買ってやれ」
俺の手のひらに、五百円硬貨が落とされた。グッズを買った時の釣り銭だ。
「そうだ。翼くんも金曜日の教室に参加しないか。武虎がお菓子作るの上手いって言ってたから、子供らに何か作ってきてほしいんだけど。これ、一応当日のスケジュール。生徒の人数とかも書いてあるから」
棚の上にあったプリント用紙を差し出す蒼汰は、友達に軽い頼み事をするような笑顔を浮かべている。自信に満ちた笑顔だ。こちらが断るなんて微塵も想像していない顔だ。
やるしかないんだろな、と思う。決意というよりは、諦めに近い。
蒼汰の頭上、天井からぶらさがったカボチャもまた笑っていた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる