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日、月、暇なし

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 溜息をつきながら玄関まで行き、上着を羽織ってブーツに足を突っ込む。鍵を閉めて蒼汰のいる所まで行くと、メットを被った蒼汰が大きなスクーターに跨って俺を待っていた。
「今日は寒いな。そんな薄着でいいのか?」
「……教室まで、スクーターで行くの?」
「いや、始めに材料買わねえと。翼が昨日言ってたディスカウントストアに寄って、それからだ」
「その段階から? 面倒臭いよ」
「後席にメット入ってるから被れ」
 渋々取り出したメットを被ると、蒼汰が体を捻って俺の顎紐を調節した。少し上目に覗き込むような視線を間近で見て、不覚にも体が硬直する。金曜の夜のことを思い出してしまったからだ。
「被ったら乗って、俺の腰に掴まれ」
「これ大丈夫なのか? 普通に乗ればいい? 頭フラフラする」
「大丈夫だ。吹っ飛ばされないようにしっかり掴まれ」
 今まで一度としてスクーターに乗ったことのない人間の多くがそうであるように、俺もまた不安で一杯だった。自転車とはタイヤの大きさもスピードも不安定さもリスクも、全てが桁違いなのだ。一瞬でもバランスを崩せばあっという間に大事故になる。
   姉貴のこともあって、俺はそこに跨るのが怖かった。
「もっと、ぎゅっとしろ」
「こう」
 蒼汰の背中に胸をくっつけ、何があっても振り落とされないようしっかりと腰に腕を巻き付かせる。後ろから抱きしめている恰好だ。恥ずかしくて堪らないが、命には代えられない。
「よし、行くぞ」
「ゆっくりだぞ、ゆっくり……」
 エンジンがかかり、車体が小刻みに、だけど激しく揺れ始める。俺は唇を噛んで覚悟を決め、蒼汰の背中に全てを委ねることにした。
「わっ、……!」
 走り出したスクーターが、徐々にスピードを上げて行く。頬にあたる風が痛い。満足に目を開けてもいられない。俺は蒼汰の背中に顔を押し付け、どうか事故に遭いませんようにと必死で祈り続けた。
「蒼汰! もっとゆっくり……!」
「これ以上スピード落としたら、逆に危ねえって!」
 こんなもの、自ら寿命を削っているのと同じだ。例え事故に遭って死ぬとしても、絶対にこいつを道連れにしてやる──。
「大丈夫かい」
 三駅分走ってようやくディスカウントストアの地下駐車場に着いた時、まるで乱暴された後のような状態になっている俺を見て蒼汰が言った。
「……大丈夫」
 ボサボサになった髪を手で整えながら、取り敢えずは無事で良かったと溜息をつく。
「普通のバイクと比べたらでかい分安定してるし、乗り易いんだけどな」
「それはもともと慣れてるから言えるんだろ。初心者にとってはバイクもスクーターも変わらない」
「ビッグスクーターだ」
「どっちでもいい」
 とにかく地に足がつかないふわふわとした感覚が続き、俺はよろめきながら蒼汰と一緒にストアのエレベーターに乗り込んだ。
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