7 / 59
先生、または桜井蒼汰
1
しおりを挟む
午後十時。武虎が熟睡し、父さんがテレビを見ながら晩酌をする時間。
コンビニに行くと父さんに伝えて、家を出た。夜になるとだいぶ風が冷たく感じる。厚手のパーカにマフラーを巻いて自転車に跨った俺は、そのまま近場にあるコンビニとは逆方向の公園へと向かった。
武虎を迎えに行く時に通る、小さな児童公園だ。若者やカップルはここより少し先にある広い市の公園へ行くから、この時間、児童公園は俺だけの遊び場となっている。
かといって本当に遊ぶ訳ではなく、ブランコに腰を下ろしてコーヒーを啜ったり、ベンチの上で仰向けになって夜空を見つめたりするだけだ。孤独な暇潰し。毎日来ている訳ではないし、これといって曜日や時間を決めている訳でもない。ふらりと行きたくなって、ふらりと帰る。たったそれだけの気分転換。
だけど俺は、この、世間から隔離されたような静かな時間と空間が好きだった。
「お、今日も誰もいない」
ここに来ると、そんな弾んだ声の独り言も出てしまう。早速ベンチに座ってコーヒーを開け、一口飲む。温かいコーヒーと、板チョコと。我ながら質素な夜の過ごし方だが、温まった体に夜風が気持ち良い。葉っぱのざわめく音も、靴の底で砂を蹴る音も、板チョコの割れる音も、どこか物悲しく、それでいて何故か安心する。
「はぁ、……」
小さく溜息をついたら、温まった体が少しだけ震えた。その時。
「こんばんは」
ふいに誰かの声がして、振り返る。背後にある入口から入って来たのは、ニット帽と黒縁の眼鏡をかけた男だった。
「こんばんは」
この辺りに住んでいる誰かだと思い、咄嗟に挨拶を返す。男はにこやかに笑って俺の方へと近付き、当然のように隣に腰を下ろしてきた。一瞬変質者かもしれないと思って身構えたが、その考えはすぐに消え去った。スマホを片手にした男が、「君が、メールの子かな?」と訊いてきたからだ。待ち合わせの相手を勘違いしているだけらしい。
「いえ、違いますけど……」
素直に答えると、男は落胆したように項垂れて「またすっぽかされた」と呟いた。
「三日前から約束してたのに、残念だ」
「そうなんですか」
電話で連絡を取らないところをみると、出会い系か何かだろうか。関わらない方がいいと、俺は本能的に察知して男から距離を取った。
「暇なら俺と遊ぶ? ちょっとなら金あるから、どっか連れてってやるけど」
「いえ、遠慮しときます」
男が眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、俺を観察するように見つめてくる。
「君、いくつ」
「十八、ですけど……」
「じゃあ大丈夫だ」
何が? ──問う間もなく、男に肩を抱き寄せられた。ずっしりと重い腕だった。
「いま時間あるなら、バイトしてみる?」
「……バイト?」
その単語に反応した俺は、猶もこちらを見つめている男と視線を合わせた。
コンビニに行くと父さんに伝えて、家を出た。夜になるとだいぶ風が冷たく感じる。厚手のパーカにマフラーを巻いて自転車に跨った俺は、そのまま近場にあるコンビニとは逆方向の公園へと向かった。
武虎を迎えに行く時に通る、小さな児童公園だ。若者やカップルはここより少し先にある広い市の公園へ行くから、この時間、児童公園は俺だけの遊び場となっている。
かといって本当に遊ぶ訳ではなく、ブランコに腰を下ろしてコーヒーを啜ったり、ベンチの上で仰向けになって夜空を見つめたりするだけだ。孤独な暇潰し。毎日来ている訳ではないし、これといって曜日や時間を決めている訳でもない。ふらりと行きたくなって、ふらりと帰る。たったそれだけの気分転換。
だけど俺は、この、世間から隔離されたような静かな時間と空間が好きだった。
「お、今日も誰もいない」
ここに来ると、そんな弾んだ声の独り言も出てしまう。早速ベンチに座ってコーヒーを開け、一口飲む。温かいコーヒーと、板チョコと。我ながら質素な夜の過ごし方だが、温まった体に夜風が気持ち良い。葉っぱのざわめく音も、靴の底で砂を蹴る音も、板チョコの割れる音も、どこか物悲しく、それでいて何故か安心する。
「はぁ、……」
小さく溜息をついたら、温まった体が少しだけ震えた。その時。
「こんばんは」
ふいに誰かの声がして、振り返る。背後にある入口から入って来たのは、ニット帽と黒縁の眼鏡をかけた男だった。
「こんばんは」
この辺りに住んでいる誰かだと思い、咄嗟に挨拶を返す。男はにこやかに笑って俺の方へと近付き、当然のように隣に腰を下ろしてきた。一瞬変質者かもしれないと思って身構えたが、その考えはすぐに消え去った。スマホを片手にした男が、「君が、メールの子かな?」と訊いてきたからだ。待ち合わせの相手を勘違いしているだけらしい。
「いえ、違いますけど……」
素直に答えると、男は落胆したように項垂れて「またすっぽかされた」と呟いた。
「三日前から約束してたのに、残念だ」
「そうなんですか」
電話で連絡を取らないところをみると、出会い系か何かだろうか。関わらない方がいいと、俺は本能的に察知して男から距離を取った。
「暇なら俺と遊ぶ? ちょっとなら金あるから、どっか連れてってやるけど」
「いえ、遠慮しときます」
男が眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、俺を観察するように見つめてくる。
「君、いくつ」
「十八、ですけど……」
「じゃあ大丈夫だ」
何が? ──問う間もなく、男に肩を抱き寄せられた。ずっしりと重い腕だった。
「いま時間あるなら、バイトしてみる?」
「……バイト?」
その単語に反応した俺は、猶もこちらを見つめている男と視線を合わせた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる