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先生、または桜井蒼汰

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 午後十時。武虎が熟睡し、父さんがテレビを見ながら晩酌をする時間。
 コンビニに行くと父さんに伝えて、家を出た。夜になるとだいぶ風が冷たく感じる。厚手のパーカにマフラーを巻いて自転車に跨った俺は、そのまま近場にあるコンビニとは逆方向の公園へと向かった。
 武虎を迎えに行く時に通る、小さな児童公園だ。若者やカップルはここより少し先にある広い市の公園へ行くから、この時間、児童公園は俺だけの遊び場となっている。
 かといって本当に遊ぶ訳ではなく、ブランコに腰を下ろしてコーヒーを啜ったり、ベンチの上で仰向けになって夜空を見つめたりするだけだ。孤独な暇潰し。毎日来ている訳ではないし、これといって曜日や時間を決めている訳でもない。ふらりと行きたくなって、ふらりと帰る。たったそれだけの気分転換。
   だけど俺は、この、世間から隔離されたような静かな時間と空間が好きだった。
「お、今日も誰もいない」
 ここに来ると、そんな弾んだ声の独り言も出てしまう。早速ベンチに座ってコーヒーを開け、一口飲む。温かいコーヒーと、板チョコと。我ながら質素な夜の過ごし方だが、温まった体に夜風が気持ち良い。葉っぱのざわめく音も、靴の底で砂を蹴る音も、板チョコの割れる音も、どこか物悲しく、それでいて何故か安心する。
「はぁ、……」
 小さく溜息をついたら、温まった体が少しだけ震えた。その時。
「こんばんは」
 ふいに誰かの声がして、振り返る。背後にある入口から入って来たのは、ニット帽と黒縁の眼鏡をかけた男だった。
「こんばんは」
 この辺りに住んでいる誰かだと思い、咄嗟に挨拶を返す。男はにこやかに笑って俺の方へと近付き、当然のように隣に腰を下ろしてきた。一瞬変質者かもしれないと思って身構えたが、その考えはすぐに消え去った。スマホを片手にした男が、「君が、メールの子かな?」と訊いてきたからだ。待ち合わせの相手を勘違いしているだけらしい。
「いえ、違いますけど……」
 素直に答えると、男は落胆したように項垂れて「またすっぽかされた」と呟いた。
「三日前から約束してたのに、残念だ」
「そうなんですか」
 電話で連絡を取らないところをみると、出会い系か何かだろうか。関わらない方がいいと、俺は本能的に察知して男から距離を取った。
「暇なら俺と遊ぶ? ちょっとなら金あるから、どっか連れてってやるけど」
「いえ、遠慮しときます」
 男が眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、俺を観察するように見つめてくる。
「君、いくつ」
「十八、ですけど……」
「じゃあ大丈夫だ」
 何が? ──問う間もなく、男に肩を抱き寄せられた。ずっしりと重い腕だった。
「いま時間あるなら、バイトしてみる?」
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 その単語に反応した俺は、猶もこちらを見つめている男と視線を合わせた。
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