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8月のイルカ達へ・9 通じ合う気持ち
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「はぁ、さすがに仕事明けで一日歩き回ると疲れるな」
ホテルのベッドに座り込んだ龍吾が、煙草を振り出して口に咥える。俺はベッドと向かい合う形で置かれていたソファに浅く腰掛け、たったいま龍吾が言った台詞について頭の中で色々と考えた。
疲れてるから手は出さないってことか。半ば強引にホテルまで連れて来られたことに対する厭味か。それとも、ただ会話の口火を切っただけのことなのか。
「龍吾、サメの人形ありがとう」
膝の上にぬいぐるみを乗せて呟くと、龍吾は煙草を持った手をヒラヒラと振って笑った。
「彪史が喜んでくれたならそれでいい」
「俺、ああいう所に連れてってもらったの初めてだから。父ちゃんがいた時にも行ったのかもしれないけど、全然記憶にないんだ。だからありがとう」
「俺も楽しかったしな。また忘れた頃に連れてってやるよ」
「龍吾はシャチが見たいんだろ」
「あれマジで凄かったな。水で濡れたの、乾いたか?」
「乾いたけど……海水だったのかな? 髪がバサバサになってる気がする」
「俺もだ。風呂沸かすか?」
「………」
何だか急展開だ。俺はソファに座って足をぶらつかせながら、浴室に向かう龍吾の背中をちらりと見た。ノーブランドのTシャツとジーンズ。ブランドで固めた学校の金持ち連中と比べたら、何の捻りもないスタイルだ。そこまでお洒落じゃないし、拘ってるって感じでもない。部屋にあった物を適当に着ただけ。
それが逆に愛おしく思えるようになってしまった俺は、もう龍吾のことを好きになってるんだろうか。つい最近慶介と別れたばかりなのに、もう次の男に目が行ってしまう俺は、ただの節操無しなんだろうか。本気で龍吾が好きなわけじゃないんだろうか。
「風呂沸くまでテレビでも見るか」
「俺も、そっち行っていい?」
「おいで」
ベッドに座って膝を抱える俺。隣で、龍吾がテレビのリモコンを手に何やら説明書らしきものを読んでいる。
「映画のチャンネルがあるらしいんだけどな……どのボタンだ?」
「普通そういうのって、フロントでDVD借りるんじゃないの?」
「彪史よく知ってるな。ラブホ上級者か」
「べ、別に。前に慶介と行った時にそういうシステムだったような気がして……」
「そこで他の男の名前を出すあたり、そっちは上級じゃねえな」
龍吾がリモコンを操作すると、突然アダルトビデオが流れ出した。
「うおっ、違う!」
「っ……」
「なんだこれ、違う違う!」
焦った龍吾がボタンを連打する。その度に違う内容のAVがどんどん画面に流れ、ますます龍吾が慌てだす。悪循環だ。
「わざとやってるみてえじゃん! 違うからな、彪史」
「落ち着けよ。取り敢えず説明書よく読んでみたら」
「そうだな……」
女優の喘ぎ声をそのままに、龍吾が説明書を引き寄せて目を細める。俺は抱えた膝の上に顎を乗せ、ぼんやりと画面を見つめた。可愛い女優のあられもない姿に少しも反応できない自分が可笑しかった。
「よっしゃ、これだ」
龍吾がリモコンを操作すると、今度こそ画面に普通の映像が流れ始めた。古い映画で内容はよく分からないけど、渋い俳優とレトロなドレスの女の子は魅力的だった。
「あ。彪史、この映画知ってるか?」
「知らない」
「これ、子供の時に見たことあるわ。中身は全然覚えてねえけど、確か一個20ドルするハンバーガーが出てくんだよ。何気ないシーンなんだけど、それがすっげえ美味そうでさ」
俺の隣であぐらをかいた龍吾は画面に釘付けになっている。その瞳はシャチを見た時と同じように集中度を増していて、俺は映画に対して軽い嫉妬を覚えた。
龍吾は好きなものを前にしたら、そっちに集中してしまう性格なんだろう。それは悪いことじゃない。だけど少しくらい、今の俺の気持ちを理解してくれたっていいのに。二人でいたいなんて台詞を吐いて、強引にホテルに来てしまった俺の気持ち――。
「出たっ、これだ、彪史! このハンバーガー20ドル!」
画面を指さしてはしゃいでいる龍吾の横顔を見ているうちに、ふつふつと笑いが込み上げてきた。
「すっげえ、超美味そう!」
理解してもらいたいなら、俺も龍吾の気持ちを理解しろって話だ。自分のことばかりを優先させているようじゃ大人にはなれない。龍吾の好きなものを、俺も好きと言えるようになりたい。
「龍吾、今度材料買って似たようなの作ってみようぜ、20ドルバーガー」
「いいな、それ! 母ちゃんにも食わしてやろう」
龍吾が俺の肩を抱いて体を揺さぶった。たったそれだけのことで、意識がぼんやりしてくる。
「――あ、そういえば風呂沸いた?」
俺から離れて浴室を覗きに行く龍吾。せっかく体が触れ合ったのに、この始末。だけど、振り回されてる感じが妙に楽しいのはどうしてか。
「沸いてるぞ、彪史一緒に入るか」
「えっ。いいよ俺は後で入るから、龍吾が先に……」
「今更恥ずかしがるでもねえだろ。時間限られてんだから短縮してこうぜ」
「あ、う……」
豪快に服を脱ぎだす龍吾。
自分で望んだことなのに、早くもドキドキしてきてしまった。俺は覚束ない足取りで浴室に向かい、今にも震えてしまいそうな手でベルトを外した。
「広くはないけど結構綺麗だな」
室内を見回しながら、龍吾がシャワーを掴んで栓をひねる。軽く体を流して髪を洗ってから、俺達は狭い浴槽に身を寄せ合って浸かった。
「あったけえ」
「……ん」
「彪史、さっきから口数少なくなってる」
「そうかな」
後ろから龍吾に抱っこされてる状態だ。この状況でぺらぺら喋れるほど、俺はこういう場面に慣れてない。経験だってたったの三回だ。緊張するなという方がおかしい。
「初めて会った時のこと覚えてるか?」
「覚えてるけど……」
「あの時の彪史、すげえエロい感じで俺のこと誘ってきてたじゃん。もうそういうのはしないのか?」
「ばっ……!」
ただでさえ緊張と熱気で赤くなった俺の顔が、より一層赤くなる。俺の背後でくすくす笑う龍吾を、思い切り殴ってやろうかと思ったほどに。
「冗談だ。でもあれがあったから、俺達、今こうしていられんのかもな」
「……そうだといいな」
俺が慶介にフラれてやさぐれていたから。龍吾と関係を持って、慶介をフッ切る覚悟ができたから。龍吾の過去を聞いたりして、告白されて、結果母ちゃんにカミングアウトできたから。
ここ最近起こった色々な出来事の全てが、一つに繋がっている。そんな一つ一つの経験が、俺を成長させてくれたのだと思う。だからこうして今、はっきりと自分の中で認めることができるんだ。
龍吾のことが、大好き。
「ありがとう龍吾」
「ん?」
「俺、今まで周りに大人の男っていなかったから。なんか龍吾が越してきてから、いろんなこと教わった気がする」
「感謝されるようなことはしてねえよ。彪史にしてみれば俺は大人なんだろうけど、大人の世界では二十三なんてまだまだガキだぜ」
「だから元彼に出て行かれたんだろうな」
「お前な、人の傷口を抉るようなこと言うなよ……」
「まだ引きずってるのか? 俺はもう慶介に何の未練もないのに」
湯船の中、龍吾が俺の体を抱きしめる。
「俺も、あいつに未練なんてない」
「だろうね」
上体を後ろへ倒して龍吾の体にもたれかかった。深く息を吐き、下から龍吾を見上げる。
「………」
すぐに龍吾が俺の口を塞いだ。いくら経験が少ないと言っても、この状況でキスをすればその続きを期待しないわけにはいかない。唇を割って絡ませた舌は互いに濡れている。その舌から、握り合った手から、密着した体から……龍吾の熱が、伝わってくる。
「んっ、……」
心地好いキスの中、龍吾の手が俺の胸元を弄った。探り当てられた乳首に、俺の体がビクリと反応する。
「あっ、……う」
「相変わらずここが弱いんだな。彪史、すげえ可愛い」
「そ、そんなに抓るな……ってば……」
身をくねらせる度に、浴槽の湯が波打つ。俺は荒い呼吸を繰り返しながら、乳首を弄る龍吾の手を見つめた。
与えられる快感に、剥き出しになったその部分が熱く反応している。余裕が持てなくて、だけどもっと触ってほしくて。俺は少しでも龍吾をその気にさせるため、精一杯の表情と声とで龍吾の愛撫に応えた。
「ん、あ……気持ちいい、龍吾……」
「……俺も勃ってきた」
腰に当たる硬さで分かる。龍吾も俺と同じくらい興奮してるんだ。
「龍、吾……」
「ここでするか? それともベッド行く?」
「どっちでもい……あっ」
「せっかくホテル来たんだし、ベッドでするか。その方が彪史も思いっきり乱れられるだろ」
「ん、んぅ……」
「立てるか?」
龍吾が俺の腕を掴んで湯船から立ち上がった。よろめきながら俺も浴槽を出て、濡れた体のままでバスルームを後にする。
「はぁっ……」
ベッドに倒れ込み、真正面から龍吾を受け入れる。龍吾の熱く濡れた体が、心地好く俺を圧迫する。恥ずかしさも理性もどこかへ飛んで行った。もう、龍吾と繋がることしか考えられない――。
「あっ、あ! 龍吾……」
「彪史……」
お互いのそれを握って擦り合い、更に何度も唇を重ね合う。身体中が痺れるような快感……。堪らなかった。
「ふ、あっ……! あぁっ、ん……!」
はしたなく大股を開いた俺の中心部分へ、龍吾が顔を埋める。卑猥な音をたっぷりとたてながら、柔らかい唇と舌とで俺のそれをしゃぶっている。下半身からズルズルに溶けてしまいそうなほど気持ちいい。このまま一思いにイかせてほしいくらいだ。
「龍、吾っ……。俺も……」
「彪史、してくれんの?」
「だ、だって俺ばっかりしてもらってるし……この間も」
「無理すんなよ」
無理なんかじゃない。単純に、龍吾にも悦んでもらいたいんだ。お互いが気持ち良くならなきゃ意味がない気がする。セックスってそういうモノのはずだ。
「ん……」
握ったそれにぎこちなく舌を這わせると、龍吾の手が俺の髪を撫でてくれた。
「ごめ、ん……。俺、今更だけど……誰かにフェラするの初めてだから……たぶん下手だと思うけど」
「へえ、そうなのか? 別に上手い下手は関係ねえよ。それに、彪史の顔見てるだけですげえ興奮する」
「んぅっ……ん……」
「彪史……」
軽く口に含み、中で舌を動かしてみる。俺がされて気持ち良かったことを龍吾にもするだけだ。そんな簡単なことなのに、なかなか思うようにできない。
そこまで考えた時、あっさりと自分の中で答えが出た。
――俺と龍吾のサイズが違うからか。
軽い落胆を覚えながらも妙に納得し、俺は龍吾のそれを口から抜いた。同じようにできないなら、違う方法を見つければいい。俺だけにしかできない方法なら、もっといい。
「龍吾、どこが一番気持ちいい?」
「裏側の、丁度このへんかな」
俺は握った手を上下させながら、龍吾の言う部分に舌を這わせた。何度も、緩急をつけて、丁寧に。
「あ、彪史っ……」
この角度なら、龍吾も俺の顔をもっとよく見ることができるだろう。だからできるだけ熱っぽく、愛おしむような表情で龍吾のそれを舐め回す。
「なんだよお前っ、すげぇエロい……」
「龍吾の、バキバキに勃ってきたよ」
「やべぇ。もう今すぐ彪史の中に挿れたい」
「あっ」
仰向けに転がされ、俺の両膝に手を置いた龍吾を見上げて言った。
「龍吾、今度はちゃんと優しくしろよ……」
「ん? ああ、また気絶しちゃうかもしれないからな。大丈夫、今度は気絶ギリギリのところでイかしてやるって」
「………」
そういえば俺、龍吾にちゃんと言ってなかったんだっけ。
「……俺、あの時龍吾としたのが、人生で二回目のセックスだったんだ」
「は?」
「そんで今が、人生で四回目……かな。うん」
「おい、ちょっと待て彪史」
龍吾が俺の足を閉じ、慌てて俺の体を起こした。
「お前、てっきり遊び慣れてんのかと……。違うのか?」
「悪かったね。はっきり言って初心者の類だよ。……だからフェラするのだって初めてだったし、ガンガン激しくされたらぼんやりしてきちゃうし……」
言いながら赤くなる俺の頬を、龍吾が優しく包み込む。額をくっつけ合い、神妙な顔付きで龍吾が囁いた。
「……そんなの聞いちまったら、申し訳なくてこれ以上手ぇ出せねえだろ」
「なんで? 俺と龍吾は既に一回ヤッてんだから、そんなこと言っても今更意味ないじゃん」
「でもな……」
「よく分かんない。俺はいま龍吾に抱いてもらいたいと思ってるし、龍吾だって俺とセックスしたいんだろ? 何で悩む必要があるのさ?」
瞬きを繰り返す俺のすぐ目の前で、龍吾の顔がボッと赤くなる。何か変なことを言ってしまったのかと思って口を噤むと、龍吾が赤い顔のままで俺を抱きしめ、ベッドに倒した。
「たまにはガキも良いこと言うな。大人の脳と比べたら、思考が柔軟で本能のままに生きてるって感じだ」
「え? なにが……」
「挿れるぜ、彪史。辛かったら言ってくれ」
「う、うんっ……」
広げられた足の間に、今度こそ龍吾の腰が入ってくる。これからする行為を思うと、期待で胸がはち切れそうだ。
幸せなんだろう、今の俺はきっと。
「――んっ!」
「平気か、彪史」
「あ、あ……平気……」
慶介の時とは全く違う痛みと異物感。その部分を無理矢理に押し開かれ、まるで龍吾に支配されてゆくような気にすらなってくる。
「ふ、あっ!」
侵入してきた龍吾のそれが、俺の中を擦り、奥の奥を突いている。淡い刺激が、じわじわと強烈な快感に変わってゆくのが分かった。
「はぁ、あっ……。龍吾……」
「彪史、中で超締め付けてる。痛てぇくらいだ……」
「ご、ごめん。だって、あっ……」
「すげえ気持ちいい。このまま緩めんなよ」
「あぁっ……!」
龍吾の腰が前後に動き始める。俺はシーツを握る手に力を込め、思い切り背中をそらして喘いだ。
「エロい顔、可愛い」
「あっあ……。龍、吾……! もっと、強くしても平気……!」
「っ……」
貫かれる度にガクガクと揺れる俺の体。眉根を寄せ、何かに耐えるように歯を食いしばっている龍吾。逞しい腕、割れた腹筋、黒髪から飛び散る汗……。
「ん、あっ……あぁ! 龍吾っ、俺……」
「どうした?」
「俺――」
喉の奥から漏れる卑猥な声と一緒に、想いの全てを吐き出してしまいたかった。俺の気持ちを龍吾に伝えたかった。
「やっ……! あぁっ、あ……!」
だけど、言葉が出てこない。言ってしまったら何かが終わってしまいそうで、それを思うと怖くて、俺はきつく目を閉じて首を振った。
「彪史、気持ちいいか?」
「んっ、いいっ……!」
「俺も。ずっと彪史とこうしてたいくらいだ」
そう言って、上から龍吾が俺の体を強く抱きしめる。温かくって、切なくて、つい涙がこぼれた。
「彪史、好きだよ」
「あ、あっ……」
「お前のことが好きだ」
恐れていたその言葉。また、龍吾に言われてしまった。
「う……」
「ずっと俺といてほしい。夏休みの間だけじゃなくて、冬になっても、来年になっても……彪史、ずっと……」
「あっ、う……龍吾っ……」
この期に及んで何を迷っているんだと自分でも思う。ただ首を縦に振って頷けばいい。ただ小さく微笑んで龍吾の首を抱きしめればいい。それだけで済むことなのに。たったそれだけのことなのに。
「……っ、……」
龍吾が俺の下腹部を支えて腰を打ち付ける。それは初めてセックスをしたあの時よりもずっと、俺を気遣っている動きだった。もちろん気遣ってもらったところで、俺に余裕が無いのは変わりないんだけど。
「ふぅっ、あ……! あぁっ」
「彪史っ……」
滝のように流れる俺の涙を、龍吾が指で拭ってくれる。無理に俺から返事を聞き出すことはしない。答えないからって怒ることもない。
そんな優しい龍吾と、俺もずっと一緒にいたい――。
「……ちょい限界きたかも。彪史、大丈夫か?」
「ん、うんっ……俺もイきたい……」
龍吾が俺のそれに手を伸ばした。その瞬間、焼けるような快感が一気に俺を包み込む。
「あぁっ……あっ、んっ!」
激しく扱かれ、打ち付けられる。呼吸さえも途切れ途切れになってくる。
込み上げてくる熱い塊が俺の中から逃げる前に、どうしても龍吾に言っておきたかった。
「龍、吾っ……」
「ん……?」
「す、き……!」
泣いてるせいで上手く言えなくて、龍吾には聞こえなかったかもしれない。
俺はもう一度、こんどははっきりと聞こえるように言った。
「好き、だからっ……龍吾が、好きっ……」
「………」
「大好き……!」
「……やべぇ、そんなこと言われたらすぐイっちまいそう……」
「龍吾……あっ、あ、あぁっ……!」
「俺も大好き……」
やがて俺たちは繋がったままで果て、その後もしばらく抱き合ってベッドの上で呼吸を整えた。
「大丈夫か、彪史……」
「……好きって言ったの……嘘じゃないよ」
嘘じゃないけど、できれば言いたくなかった。思っている分にはいいけれど、龍吾には伝えたくなかった。
だって、これでもう「いつ龍吾を失うか」のことしか考えられなくなる――。
慶介が、突然俺から去ったように。子供の頃、気付いたら父ちゃんがいなくなっていたように。龍吾もまた、いつか俺から離れていってしまうんじゃないかと……不安で、苦しくて、仕方がない。
「どうした、彪史……。なんで泣く?」
「……怖いんだ」
「何が怖い?」
「いなくなること」
裸のままで仰向けに寝た俺達は、手を繋いで天井を見つめた。
「………」
龍吾は黙って、俺の言った台詞について考えている。
「……いなくなられるのが、怖い」
「え? 俺が、ってことか?」
無言で頷くと、龍吾が噴き出した。
「俺はいなくならねえよ。ずっと彪史の傍にいるし、家も隣同士だろ」
「そんなの分かんないよ。あんなに仲が良かった慶介だっていなくなった。俺のことが大好きだったはずの父ちゃんだって、……いなくなった」
「彪史」
「心変わりとか、自分だけの事情なんて、いつ起こるか分かんないよ。永遠に一緒にいられる関係なんて、ないんだと思う」
龍吾の腕が俺の頭の下に入ってきた。素直にその腕の中へ身を任せ、俺は体内に溜まっていた不安を吐き出した。
「好きで仕方ないから、終わりが来るのが怖いんだ。本当は昨日龍吾に気持ちを打ち明けられた時、俺もすぐに応えたかった。だけど付き合えたとしても、その先に何があるのか考えると怖くて、言えなくて……こんなに辛いなら、いっそのこと初めから好きにならなければ良かったのに……」
「……彪史」
涙声になった俺の頭を、龍吾が優しく撫で回して言った。
「言っておくが、俺だって怖い」
「え?」
「彪史はまだ18だし、これから先、生きてく中でいろんな奴と出会う。いつか本気で好きになる奴が現れるかもしれない。その時に、俺とのことを後悔させちまわねえか……考えると、怖くて仕方ねえ。だから今までお前に遠回しなことばっかり言ってたんだと思う」
「龍吾……」
そんなこと、考えなくていいのに。
あくまでも俺は龍吾を好きでいられる自信がある。自分のことは自分が一番良く分かる。だからこそ、他人である龍吾のことが心配なんだ。
「初めはな、お前に頼られて調子乗ってた。例え慶介とヨリを戻したとしても、俺の経験からしてどうせガキ同士の恋愛なんて続くわけがねえ、最終的には俺の所に戻ってくる。……なんて馬鹿な計算してたんだ」
「………」
龍吾が続けた。
「だけどお前が海に行った日、慶介とヤッたって聞いて……気持ちに歯止めが効かなくなった。もう、一瞬でも彪史のこと誰にも渡したくねえ……。俺がお前と一緒にいたい。例え来年か再来年、お前が別の男を好きになったとしても」
「……ならないよ」
「そう、ならないかもしれねえ。もしかしたら、死ぬまで一緒にいるかもしれねえ。心変わりの可能性があるなら、逆にずっと好きでいる可能性だってある。それなら俺は、そっちに賭ける」
照れ臭くなったのか、龍吾がそこで言葉を切った。
少しの沈黙の中、俺はたったいま龍吾が口にした言葉を何度も頭の中で反芻させた。
「ずっと好きでいる可能性か……」
「……ま、なんだかんだ言っても先が分からないのが未来ってモンだろ。不安なことなんて腐るほどあるけど、いちいち気にしてたらキリがねえよ」
「……ん」
その時、脳内で鮮やかな閃光が瞬いた。青信号が点滅しているような光だ。その光の中に、つい昨日目にした母ちゃんの涙に濡れた笑顔が写り込んだ。
気にしたってどうにもならないことなんか、考えなくたっていい――。
「………」
軽くなった体がほんの一瞬浮かび上がり、重力に引き付けられてストンと地面に落ちたような感覚があった。
もう一度、その言葉を繰り返す。
気にしたってどうにもならないことなんか、考えなくたっていい。
俺は何を気にして、何を考えていたんだろう?
龍吾を失うことを恐れるあまり、いま現在の幸せを切り捨てるというのか。そんなのは、自ら不幸に突き進んでるだけなんじゃないのか。あるかどうかも分からない未来を自分勝手に想像し、怯え、否定する――そんなの、おかしい……。
龍吾のいる未来。いない未来。どっちが来るかなんて、誰にも分からない。
「未来」は「世界」だ。
海で泳ぐイルカ。プールで遊ぶイルカ。どっちが幸せかなんて、イルカ達は考えていない。もう片方の世界のことなんて気にしていないし、そもそも知ることもないのかもしれない。与えられた環境を受け入れ、精一杯に生きている。だから海のイルカも水族館のイルカも、同じくらい幸せなんじゃないか。
それなら、俺達だって――。
「龍吾……」
「ん?」
俺は体を回転させ、勢いよく龍吾に抱き付いた。
「うわっ」
「……大好き!」
「あ、彪史?」
「龍吾、ずっと俺の傍にいて」
背中に回された龍吾の腕が俺を強く抱きしめる。背骨が折れてしまいそうだ。心地好い苦しさに目を閉じる俺の耳元で、龍吾が優しく囁いた。
「一生大事にする。彪史、愛してる」
「龍吾……」
いつかこの腕が離れるのかもしれない。離れてまたくっついて、最後に結局離れるのかもしれない。
だけどそんな未来を想像しても、ちっとも不安にならなかった。
龍吾は今、俺を抱きしめてくれている。これが俺にとって最善の「世界」。慶介とのことで泣いていた過去の俺には、眩しくて直視できないくらいに輝いている完成された世界なんだ。
足りない部分は補い合えばいい。お互い一緒に成長して、二人で同じ未来を描けばいい。
何が起こるか分からない未来。それならば、可能性は無限大だ。
龍吾が傍にいるなら、もう何も怖くない――。
ホテルのベッドに座り込んだ龍吾が、煙草を振り出して口に咥える。俺はベッドと向かい合う形で置かれていたソファに浅く腰掛け、たったいま龍吾が言った台詞について頭の中で色々と考えた。
疲れてるから手は出さないってことか。半ば強引にホテルまで連れて来られたことに対する厭味か。それとも、ただ会話の口火を切っただけのことなのか。
「龍吾、サメの人形ありがとう」
膝の上にぬいぐるみを乗せて呟くと、龍吾は煙草を持った手をヒラヒラと振って笑った。
「彪史が喜んでくれたならそれでいい」
「俺、ああいう所に連れてってもらったの初めてだから。父ちゃんがいた時にも行ったのかもしれないけど、全然記憶にないんだ。だからありがとう」
「俺も楽しかったしな。また忘れた頃に連れてってやるよ」
「龍吾はシャチが見たいんだろ」
「あれマジで凄かったな。水で濡れたの、乾いたか?」
「乾いたけど……海水だったのかな? 髪がバサバサになってる気がする」
「俺もだ。風呂沸かすか?」
「………」
何だか急展開だ。俺はソファに座って足をぶらつかせながら、浴室に向かう龍吾の背中をちらりと見た。ノーブランドのTシャツとジーンズ。ブランドで固めた学校の金持ち連中と比べたら、何の捻りもないスタイルだ。そこまでお洒落じゃないし、拘ってるって感じでもない。部屋にあった物を適当に着ただけ。
それが逆に愛おしく思えるようになってしまった俺は、もう龍吾のことを好きになってるんだろうか。つい最近慶介と別れたばかりなのに、もう次の男に目が行ってしまう俺は、ただの節操無しなんだろうか。本気で龍吾が好きなわけじゃないんだろうか。
「風呂沸くまでテレビでも見るか」
「俺も、そっち行っていい?」
「おいで」
ベッドに座って膝を抱える俺。隣で、龍吾がテレビのリモコンを手に何やら説明書らしきものを読んでいる。
「映画のチャンネルがあるらしいんだけどな……どのボタンだ?」
「普通そういうのって、フロントでDVD借りるんじゃないの?」
「彪史よく知ってるな。ラブホ上級者か」
「べ、別に。前に慶介と行った時にそういうシステムだったような気がして……」
「そこで他の男の名前を出すあたり、そっちは上級じゃねえな」
龍吾がリモコンを操作すると、突然アダルトビデオが流れ出した。
「うおっ、違う!」
「っ……」
「なんだこれ、違う違う!」
焦った龍吾がボタンを連打する。その度に違う内容のAVがどんどん画面に流れ、ますます龍吾が慌てだす。悪循環だ。
「わざとやってるみてえじゃん! 違うからな、彪史」
「落ち着けよ。取り敢えず説明書よく読んでみたら」
「そうだな……」
女優の喘ぎ声をそのままに、龍吾が説明書を引き寄せて目を細める。俺は抱えた膝の上に顎を乗せ、ぼんやりと画面を見つめた。可愛い女優のあられもない姿に少しも反応できない自分が可笑しかった。
「よっしゃ、これだ」
龍吾がリモコンを操作すると、今度こそ画面に普通の映像が流れ始めた。古い映画で内容はよく分からないけど、渋い俳優とレトロなドレスの女の子は魅力的だった。
「あ。彪史、この映画知ってるか?」
「知らない」
「これ、子供の時に見たことあるわ。中身は全然覚えてねえけど、確か一個20ドルするハンバーガーが出てくんだよ。何気ないシーンなんだけど、それがすっげえ美味そうでさ」
俺の隣であぐらをかいた龍吾は画面に釘付けになっている。その瞳はシャチを見た時と同じように集中度を増していて、俺は映画に対して軽い嫉妬を覚えた。
龍吾は好きなものを前にしたら、そっちに集中してしまう性格なんだろう。それは悪いことじゃない。だけど少しくらい、今の俺の気持ちを理解してくれたっていいのに。二人でいたいなんて台詞を吐いて、強引にホテルに来てしまった俺の気持ち――。
「出たっ、これだ、彪史! このハンバーガー20ドル!」
画面を指さしてはしゃいでいる龍吾の横顔を見ているうちに、ふつふつと笑いが込み上げてきた。
「すっげえ、超美味そう!」
理解してもらいたいなら、俺も龍吾の気持ちを理解しろって話だ。自分のことばかりを優先させているようじゃ大人にはなれない。龍吾の好きなものを、俺も好きと言えるようになりたい。
「龍吾、今度材料買って似たようなの作ってみようぜ、20ドルバーガー」
「いいな、それ! 母ちゃんにも食わしてやろう」
龍吾が俺の肩を抱いて体を揺さぶった。たったそれだけのことで、意識がぼんやりしてくる。
「――あ、そういえば風呂沸いた?」
俺から離れて浴室を覗きに行く龍吾。せっかく体が触れ合ったのに、この始末。だけど、振り回されてる感じが妙に楽しいのはどうしてか。
「沸いてるぞ、彪史一緒に入るか」
「えっ。いいよ俺は後で入るから、龍吾が先に……」
「今更恥ずかしがるでもねえだろ。時間限られてんだから短縮してこうぜ」
「あ、う……」
豪快に服を脱ぎだす龍吾。
自分で望んだことなのに、早くもドキドキしてきてしまった。俺は覚束ない足取りで浴室に向かい、今にも震えてしまいそうな手でベルトを外した。
「広くはないけど結構綺麗だな」
室内を見回しながら、龍吾がシャワーを掴んで栓をひねる。軽く体を流して髪を洗ってから、俺達は狭い浴槽に身を寄せ合って浸かった。
「あったけえ」
「……ん」
「彪史、さっきから口数少なくなってる」
「そうかな」
後ろから龍吾に抱っこされてる状態だ。この状況でぺらぺら喋れるほど、俺はこういう場面に慣れてない。経験だってたったの三回だ。緊張するなという方がおかしい。
「初めて会った時のこと覚えてるか?」
「覚えてるけど……」
「あの時の彪史、すげえエロい感じで俺のこと誘ってきてたじゃん。もうそういうのはしないのか?」
「ばっ……!」
ただでさえ緊張と熱気で赤くなった俺の顔が、より一層赤くなる。俺の背後でくすくす笑う龍吾を、思い切り殴ってやろうかと思ったほどに。
「冗談だ。でもあれがあったから、俺達、今こうしていられんのかもな」
「……そうだといいな」
俺が慶介にフラれてやさぐれていたから。龍吾と関係を持って、慶介をフッ切る覚悟ができたから。龍吾の過去を聞いたりして、告白されて、結果母ちゃんにカミングアウトできたから。
ここ最近起こった色々な出来事の全てが、一つに繋がっている。そんな一つ一つの経験が、俺を成長させてくれたのだと思う。だからこうして今、はっきりと自分の中で認めることができるんだ。
龍吾のことが、大好き。
「ありがとう龍吾」
「ん?」
「俺、今まで周りに大人の男っていなかったから。なんか龍吾が越してきてから、いろんなこと教わった気がする」
「感謝されるようなことはしてねえよ。彪史にしてみれば俺は大人なんだろうけど、大人の世界では二十三なんてまだまだガキだぜ」
「だから元彼に出て行かれたんだろうな」
「お前な、人の傷口を抉るようなこと言うなよ……」
「まだ引きずってるのか? 俺はもう慶介に何の未練もないのに」
湯船の中、龍吾が俺の体を抱きしめる。
「俺も、あいつに未練なんてない」
「だろうね」
上体を後ろへ倒して龍吾の体にもたれかかった。深く息を吐き、下から龍吾を見上げる。
「………」
すぐに龍吾が俺の口を塞いだ。いくら経験が少ないと言っても、この状況でキスをすればその続きを期待しないわけにはいかない。唇を割って絡ませた舌は互いに濡れている。その舌から、握り合った手から、密着した体から……龍吾の熱が、伝わってくる。
「んっ、……」
心地好いキスの中、龍吾の手が俺の胸元を弄った。探り当てられた乳首に、俺の体がビクリと反応する。
「あっ、……う」
「相変わらずここが弱いんだな。彪史、すげえ可愛い」
「そ、そんなに抓るな……ってば……」
身をくねらせる度に、浴槽の湯が波打つ。俺は荒い呼吸を繰り返しながら、乳首を弄る龍吾の手を見つめた。
与えられる快感に、剥き出しになったその部分が熱く反応している。余裕が持てなくて、だけどもっと触ってほしくて。俺は少しでも龍吾をその気にさせるため、精一杯の表情と声とで龍吾の愛撫に応えた。
「ん、あ……気持ちいい、龍吾……」
「……俺も勃ってきた」
腰に当たる硬さで分かる。龍吾も俺と同じくらい興奮してるんだ。
「龍、吾……」
「ここでするか? それともベッド行く?」
「どっちでもい……あっ」
「せっかくホテル来たんだし、ベッドでするか。その方が彪史も思いっきり乱れられるだろ」
「ん、んぅ……」
「立てるか?」
龍吾が俺の腕を掴んで湯船から立ち上がった。よろめきながら俺も浴槽を出て、濡れた体のままでバスルームを後にする。
「はぁっ……」
ベッドに倒れ込み、真正面から龍吾を受け入れる。龍吾の熱く濡れた体が、心地好く俺を圧迫する。恥ずかしさも理性もどこかへ飛んで行った。もう、龍吾と繋がることしか考えられない――。
「あっ、あ! 龍吾……」
「彪史……」
お互いのそれを握って擦り合い、更に何度も唇を重ね合う。身体中が痺れるような快感……。堪らなかった。
「ふ、あっ……! あぁっ、ん……!」
はしたなく大股を開いた俺の中心部分へ、龍吾が顔を埋める。卑猥な音をたっぷりとたてながら、柔らかい唇と舌とで俺のそれをしゃぶっている。下半身からズルズルに溶けてしまいそうなほど気持ちいい。このまま一思いにイかせてほしいくらいだ。
「龍、吾っ……。俺も……」
「彪史、してくれんの?」
「だ、だって俺ばっかりしてもらってるし……この間も」
「無理すんなよ」
無理なんかじゃない。単純に、龍吾にも悦んでもらいたいんだ。お互いが気持ち良くならなきゃ意味がない気がする。セックスってそういうモノのはずだ。
「ん……」
握ったそれにぎこちなく舌を這わせると、龍吾の手が俺の髪を撫でてくれた。
「ごめ、ん……。俺、今更だけど……誰かにフェラするの初めてだから……たぶん下手だと思うけど」
「へえ、そうなのか? 別に上手い下手は関係ねえよ。それに、彪史の顔見てるだけですげえ興奮する」
「んぅっ……ん……」
「彪史……」
軽く口に含み、中で舌を動かしてみる。俺がされて気持ち良かったことを龍吾にもするだけだ。そんな簡単なことなのに、なかなか思うようにできない。
そこまで考えた時、あっさりと自分の中で答えが出た。
――俺と龍吾のサイズが違うからか。
軽い落胆を覚えながらも妙に納得し、俺は龍吾のそれを口から抜いた。同じようにできないなら、違う方法を見つければいい。俺だけにしかできない方法なら、もっといい。
「龍吾、どこが一番気持ちいい?」
「裏側の、丁度このへんかな」
俺は握った手を上下させながら、龍吾の言う部分に舌を這わせた。何度も、緩急をつけて、丁寧に。
「あ、彪史っ……」
この角度なら、龍吾も俺の顔をもっとよく見ることができるだろう。だからできるだけ熱っぽく、愛おしむような表情で龍吾のそれを舐め回す。
「なんだよお前っ、すげぇエロい……」
「龍吾の、バキバキに勃ってきたよ」
「やべぇ。もう今すぐ彪史の中に挿れたい」
「あっ」
仰向けに転がされ、俺の両膝に手を置いた龍吾を見上げて言った。
「龍吾、今度はちゃんと優しくしろよ……」
「ん? ああ、また気絶しちゃうかもしれないからな。大丈夫、今度は気絶ギリギリのところでイかしてやるって」
「………」
そういえば俺、龍吾にちゃんと言ってなかったんだっけ。
「……俺、あの時龍吾としたのが、人生で二回目のセックスだったんだ」
「は?」
「そんで今が、人生で四回目……かな。うん」
「おい、ちょっと待て彪史」
龍吾が俺の足を閉じ、慌てて俺の体を起こした。
「お前、てっきり遊び慣れてんのかと……。違うのか?」
「悪かったね。はっきり言って初心者の類だよ。……だからフェラするのだって初めてだったし、ガンガン激しくされたらぼんやりしてきちゃうし……」
言いながら赤くなる俺の頬を、龍吾が優しく包み込む。額をくっつけ合い、神妙な顔付きで龍吾が囁いた。
「……そんなの聞いちまったら、申し訳なくてこれ以上手ぇ出せねえだろ」
「なんで? 俺と龍吾は既に一回ヤッてんだから、そんなこと言っても今更意味ないじゃん」
「でもな……」
「よく分かんない。俺はいま龍吾に抱いてもらいたいと思ってるし、龍吾だって俺とセックスしたいんだろ? 何で悩む必要があるのさ?」
瞬きを繰り返す俺のすぐ目の前で、龍吾の顔がボッと赤くなる。何か変なことを言ってしまったのかと思って口を噤むと、龍吾が赤い顔のままで俺を抱きしめ、ベッドに倒した。
「たまにはガキも良いこと言うな。大人の脳と比べたら、思考が柔軟で本能のままに生きてるって感じだ」
「え? なにが……」
「挿れるぜ、彪史。辛かったら言ってくれ」
「う、うんっ……」
広げられた足の間に、今度こそ龍吾の腰が入ってくる。これからする行為を思うと、期待で胸がはち切れそうだ。
幸せなんだろう、今の俺はきっと。
「――んっ!」
「平気か、彪史」
「あ、あ……平気……」
慶介の時とは全く違う痛みと異物感。その部分を無理矢理に押し開かれ、まるで龍吾に支配されてゆくような気にすらなってくる。
「ふ、あっ!」
侵入してきた龍吾のそれが、俺の中を擦り、奥の奥を突いている。淡い刺激が、じわじわと強烈な快感に変わってゆくのが分かった。
「はぁ、あっ……。龍吾……」
「彪史、中で超締め付けてる。痛てぇくらいだ……」
「ご、ごめん。だって、あっ……」
「すげえ気持ちいい。このまま緩めんなよ」
「あぁっ……!」
龍吾の腰が前後に動き始める。俺はシーツを握る手に力を込め、思い切り背中をそらして喘いだ。
「エロい顔、可愛い」
「あっあ……。龍、吾……! もっと、強くしても平気……!」
「っ……」
貫かれる度にガクガクと揺れる俺の体。眉根を寄せ、何かに耐えるように歯を食いしばっている龍吾。逞しい腕、割れた腹筋、黒髪から飛び散る汗……。
「ん、あっ……あぁ! 龍吾っ、俺……」
「どうした?」
「俺――」
喉の奥から漏れる卑猥な声と一緒に、想いの全てを吐き出してしまいたかった。俺の気持ちを龍吾に伝えたかった。
「やっ……! あぁっ、あ……!」
だけど、言葉が出てこない。言ってしまったら何かが終わってしまいそうで、それを思うと怖くて、俺はきつく目を閉じて首を振った。
「彪史、気持ちいいか?」
「んっ、いいっ……!」
「俺も。ずっと彪史とこうしてたいくらいだ」
そう言って、上から龍吾が俺の体を強く抱きしめる。温かくって、切なくて、つい涙がこぼれた。
「彪史、好きだよ」
「あ、あっ……」
「お前のことが好きだ」
恐れていたその言葉。また、龍吾に言われてしまった。
「う……」
「ずっと俺といてほしい。夏休みの間だけじゃなくて、冬になっても、来年になっても……彪史、ずっと……」
「あっ、う……龍吾っ……」
この期に及んで何を迷っているんだと自分でも思う。ただ首を縦に振って頷けばいい。ただ小さく微笑んで龍吾の首を抱きしめればいい。それだけで済むことなのに。たったそれだけのことなのに。
「……っ、……」
龍吾が俺の下腹部を支えて腰を打ち付ける。それは初めてセックスをしたあの時よりもずっと、俺を気遣っている動きだった。もちろん気遣ってもらったところで、俺に余裕が無いのは変わりないんだけど。
「ふぅっ、あ……! あぁっ」
「彪史っ……」
滝のように流れる俺の涙を、龍吾が指で拭ってくれる。無理に俺から返事を聞き出すことはしない。答えないからって怒ることもない。
そんな優しい龍吾と、俺もずっと一緒にいたい――。
「……ちょい限界きたかも。彪史、大丈夫か?」
「ん、うんっ……俺もイきたい……」
龍吾が俺のそれに手を伸ばした。その瞬間、焼けるような快感が一気に俺を包み込む。
「あぁっ……あっ、んっ!」
激しく扱かれ、打ち付けられる。呼吸さえも途切れ途切れになってくる。
込み上げてくる熱い塊が俺の中から逃げる前に、どうしても龍吾に言っておきたかった。
「龍、吾っ……」
「ん……?」
「す、き……!」
泣いてるせいで上手く言えなくて、龍吾には聞こえなかったかもしれない。
俺はもう一度、こんどははっきりと聞こえるように言った。
「好き、だからっ……龍吾が、好きっ……」
「………」
「大好き……!」
「……やべぇ、そんなこと言われたらすぐイっちまいそう……」
「龍吾……あっ、あ、あぁっ……!」
「俺も大好き……」
やがて俺たちは繋がったままで果て、その後もしばらく抱き合ってベッドの上で呼吸を整えた。
「大丈夫か、彪史……」
「……好きって言ったの……嘘じゃないよ」
嘘じゃないけど、できれば言いたくなかった。思っている分にはいいけれど、龍吾には伝えたくなかった。
だって、これでもう「いつ龍吾を失うか」のことしか考えられなくなる――。
慶介が、突然俺から去ったように。子供の頃、気付いたら父ちゃんがいなくなっていたように。龍吾もまた、いつか俺から離れていってしまうんじゃないかと……不安で、苦しくて、仕方がない。
「どうした、彪史……。なんで泣く?」
「……怖いんだ」
「何が怖い?」
「いなくなること」
裸のままで仰向けに寝た俺達は、手を繋いで天井を見つめた。
「………」
龍吾は黙って、俺の言った台詞について考えている。
「……いなくなられるのが、怖い」
「え? 俺が、ってことか?」
無言で頷くと、龍吾が噴き出した。
「俺はいなくならねえよ。ずっと彪史の傍にいるし、家も隣同士だろ」
「そんなの分かんないよ。あんなに仲が良かった慶介だっていなくなった。俺のことが大好きだったはずの父ちゃんだって、……いなくなった」
「彪史」
「心変わりとか、自分だけの事情なんて、いつ起こるか分かんないよ。永遠に一緒にいられる関係なんて、ないんだと思う」
龍吾の腕が俺の頭の下に入ってきた。素直にその腕の中へ身を任せ、俺は体内に溜まっていた不安を吐き出した。
「好きで仕方ないから、終わりが来るのが怖いんだ。本当は昨日龍吾に気持ちを打ち明けられた時、俺もすぐに応えたかった。だけど付き合えたとしても、その先に何があるのか考えると怖くて、言えなくて……こんなに辛いなら、いっそのこと初めから好きにならなければ良かったのに……」
「……彪史」
涙声になった俺の頭を、龍吾が優しく撫で回して言った。
「言っておくが、俺だって怖い」
「え?」
「彪史はまだ18だし、これから先、生きてく中でいろんな奴と出会う。いつか本気で好きになる奴が現れるかもしれない。その時に、俺とのことを後悔させちまわねえか……考えると、怖くて仕方ねえ。だから今までお前に遠回しなことばっかり言ってたんだと思う」
「龍吾……」
そんなこと、考えなくていいのに。
あくまでも俺は龍吾を好きでいられる自信がある。自分のことは自分が一番良く分かる。だからこそ、他人である龍吾のことが心配なんだ。
「初めはな、お前に頼られて調子乗ってた。例え慶介とヨリを戻したとしても、俺の経験からしてどうせガキ同士の恋愛なんて続くわけがねえ、最終的には俺の所に戻ってくる。……なんて馬鹿な計算してたんだ」
「………」
龍吾が続けた。
「だけどお前が海に行った日、慶介とヤッたって聞いて……気持ちに歯止めが効かなくなった。もう、一瞬でも彪史のこと誰にも渡したくねえ……。俺がお前と一緒にいたい。例え来年か再来年、お前が別の男を好きになったとしても」
「……ならないよ」
「そう、ならないかもしれねえ。もしかしたら、死ぬまで一緒にいるかもしれねえ。心変わりの可能性があるなら、逆にずっと好きでいる可能性だってある。それなら俺は、そっちに賭ける」
照れ臭くなったのか、龍吾がそこで言葉を切った。
少しの沈黙の中、俺はたったいま龍吾が口にした言葉を何度も頭の中で反芻させた。
「ずっと好きでいる可能性か……」
「……ま、なんだかんだ言っても先が分からないのが未来ってモンだろ。不安なことなんて腐るほどあるけど、いちいち気にしてたらキリがねえよ」
「……ん」
その時、脳内で鮮やかな閃光が瞬いた。青信号が点滅しているような光だ。その光の中に、つい昨日目にした母ちゃんの涙に濡れた笑顔が写り込んだ。
気にしたってどうにもならないことなんか、考えなくたっていい――。
「………」
軽くなった体がほんの一瞬浮かび上がり、重力に引き付けられてストンと地面に落ちたような感覚があった。
もう一度、その言葉を繰り返す。
気にしたってどうにもならないことなんか、考えなくたっていい。
俺は何を気にして、何を考えていたんだろう?
龍吾を失うことを恐れるあまり、いま現在の幸せを切り捨てるというのか。そんなのは、自ら不幸に突き進んでるだけなんじゃないのか。あるかどうかも分からない未来を自分勝手に想像し、怯え、否定する――そんなの、おかしい……。
龍吾のいる未来。いない未来。どっちが来るかなんて、誰にも分からない。
「未来」は「世界」だ。
海で泳ぐイルカ。プールで遊ぶイルカ。どっちが幸せかなんて、イルカ達は考えていない。もう片方の世界のことなんて気にしていないし、そもそも知ることもないのかもしれない。与えられた環境を受け入れ、精一杯に生きている。だから海のイルカも水族館のイルカも、同じくらい幸せなんじゃないか。
それなら、俺達だって――。
「龍吾……」
「ん?」
俺は体を回転させ、勢いよく龍吾に抱き付いた。
「うわっ」
「……大好き!」
「あ、彪史?」
「龍吾、ずっと俺の傍にいて」
背中に回された龍吾の腕が俺を強く抱きしめる。背骨が折れてしまいそうだ。心地好い苦しさに目を閉じる俺の耳元で、龍吾が優しく囁いた。
「一生大事にする。彪史、愛してる」
「龍吾……」
いつかこの腕が離れるのかもしれない。離れてまたくっついて、最後に結局離れるのかもしれない。
だけどそんな未来を想像しても、ちっとも不安にならなかった。
龍吾は今、俺を抱きしめてくれている。これが俺にとって最善の「世界」。慶介とのことで泣いていた過去の俺には、眩しくて直視できないくらいに輝いている完成された世界なんだ。
足りない部分は補い合えばいい。お互い一緒に成長して、二人で同じ未来を描けばいい。
何が起こるか分からない未来。それならば、可能性は無限大だ。
龍吾が傍にいるなら、もう何も怖くない――。
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