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8月のイルカ達へ・1
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7月6日、金曜日。
朝から気温は既に30度を越えていた。素肌に触れる制服が煩わしく、通学途中に乗る僅か20分の電車の中がこの世の楽園に思えてくるような、そんな季節。
うんざりするほどの暑さの中で一人通学路を歩きながら、俺はいよいよ明日に迫った夏休みのことを考えて頬を弛めた。
高校三年生。今年が最後の夏休みだ。
人生の中で最も特別な長期休暇。大学受験をする連中はこの先も何年か夏休みがあり続けるけど、俺にとっては本当に、最後の最後の夏休み。
周りの生徒達も皆浮かれていて、普段は学校の何もかもを憎んでいるような不良連中や、勉強以外の楽しみを知らないのではというような真面目な優等生さえもが、生き生きとした笑顔でその特別な休暇が来るのを待っていた。
どこに行く、何をする。何を買う、何を学ぶ。ここ最近は休み時間中に交わされる話といったらそのことばかりだった。
俺もそのうちの一人だ。40日ある夏休み、やりたいことが山ほどある。仲間達と海やプールに行くのはもちろん、川辺でバーベキューをしたり花火をしたり、夜の街で一睡もせずに騒ぎ明かしたり。楽しい計画は考えだしたらきりがない。
話し相手の仲間達が近くにいない通学途中の道でだって、頭の中では常に夏休みのことを考えている。
「おーい、 彪史。おはよう!」
あまりに集中しすぎて、妄想に耽りすぎて、背後から声をかけられても気付かない時が多々ある。俺は何拍か遅れて後ろを振り返り、ニッと笑ってクラスメイトに挨拶をした。
「おはよう、栄治。暑いな、今日も」
「あれ、今日は慶介と一緒じゃないのか?」
「慶介とは駅じゃなくて、いつもこの先のコンビニで待ち合わせしてるんだ」
「そうなのか。そんじゃ俺は週番だから、また後でな、彪史!」
栄治が走って行くのを見送った後、俺は再び頬を弛めた。堪えようとしても、どうにもだらしない笑みが浮かんできてしまう。
仲間達は誰も知らないけど、俺にはもう一つ、夏休みの大事な計画があった。
先月の初旬から付き合いだした恋人とのことだ。
相手は同じクラスの柏木慶介。一年の頃からの親友で、休みの日はよく二人で連れ立って、ゲームセンターやカラオケに行ったりするような仲だった。
突然、親友が恋人になった理由。それは、この年頃特有の「ちょっとした偶然」なんだと思う。
睡眠時間を除けば一日の大半を占める学校生活という日常の中、度々起こる思い込みや勘違いなんかが、ふとしたきっかけで恋愛に発展してしまう――学生なら男女関係なく一度は体験していそうな、どこにでも転がっている「恋の序章」だ。俺と慶介の関係も、そんな感じで始まった。
慶介のことを普通の友達として見ていた俺に彼が告白してきた時は、照れ臭くて、焦って、まともに返事をすることすらできなかった。真っ赤になってぎこちなく頷いた俺を、慶介がホッとしたような笑顔で抱きしめてくれた――。
とにかく俺達はウマが合った。友達として付き合っていた時だって、まるで双子みたいに息ぴったりだった。上辺だけの付き合いじゃない。互いの嫌な所も弱い所も全て分かった上で、こいつとずっと一緒にいたいと互いに思えるような関係だった。それが恋愛に発展してしまったのは無理もないことなのかもしれない。今だから白状するけど、俺は親友時代の時から、慶介が付き合っていた女の子達に心のどこかで嫉妬したりしていたのだ。
高身長で甘いマスクで、男子校に通ってるくせに女にとことんモテる慶介。毎朝同じ時間の電車に乗る他校の女子からラブレターを貰ったこともあるし、放課後の通学路で突然現れた子に告白されたこともあった。女子達に内面を見せなくても顔が良くて背が高いってだけで、慶介は生まれついての勝ち組なのだ。
単に慶介は、女の子と付き合うのに疲れたんだろう。黙っていても女の子の方から寄って来てしまう慶介だったから、綺麗な服や愛らしいメイクの下に隠された女子特有のいやらしさとか腹黒さを、嫌というほど目にしてきたに違いない。だから俺に告白した時も、「お前と一緒なら有りのままの俺でいられるから」なんてクサい台詞を吐くことができたんだと思う。
とにかく、二人で同じ時間を過ごせるのも今年が最後。だから夏休みは二人で好きな所に行って思いっきり遊び、たくさんの特別な思い出を作ろう。慶介とはそんなふうに約束をしている。
特別な思い出。
俺にとって特別といったら、一つしかなかった。たぶん慶介も俺と同じ気持ちだった。もしかしたらこの夏、旅行先の海が見える綺麗なホテルで、慶介と初めてそういうことをするんだろう、なんて漠然とした思いがあった。
「彪史は、夏休みどこ行きたい?」
だから昨日慶介にそう訊かれた時、真っ先に答えたんだ。
「二人きりになれる所」
今思えば少しがっつきすぎだったかもしれない。言った直後、自分で自分の馬鹿さ加減に恥ずかしくなったほどだ。
18歳――子供と大人の微妙な境目。大人の世界に片足を突っ込んでおきながら、まだ子供の世界で甘えていたい、そんな複雑な年頃。しかしどんなに複雑な心境を語ったところで所詮は思春期なのだ。好きな奴が傍にいるなら、考えることと言ったら一つしかない。
慶介は俺の返事に一瞬驚き、だけど照れたように笑って乱暴に俺の頭を撫でてくれた。そして一言、こう言った。
「そんなの、いつでも連れてってやる」
昨日も朝から暑い一日だった。放課後の空も真っ青だった。俺と慶介はその日、慶介の家であっさりと一線を越えた。実際には「あっさり」というほどスムーズにはいかなかったわけだけど。とにかく俺はソレ自体が初めてだったし、慶介も男を相手にするのは初めてだったから、互いに物凄く思い出深い一夜となった。
昨日より一つ大人になった、今日。
俺は少しだけ緊張しながら慶介の姿を探した。
それなのに――突然、何の前触れもなく、慶介から別れを告げられた。
「彪史と付き合い始めてから今日まで、俺なりによく考えたんだ」
そう前置きをした慶介は、茫然とする俺に向かって別れを選ぶことになった経緯を説明した。
俺と付き合う前に別れた元カノからしつこく言い寄られていたこと。そのうちに再び情が湧いてしまったこと。俺とは別れても友達でいられると思ったこと。初めは俺と元カノの両方と上手く付き合えればいいと思ったが、不器用な自分にはそれが無理なこと……。
一気に魂が抜けた気がした。俺は声も出せず、ただ金魚のように口をパクパクとさせて慶介の顔を見つめることしかできなかった。
「ごめんな、彪史。でも俺、今まで生きてきた中で一番考えたんだ。お前のことは大事だし、これからもずっと俺の大事な存在なのは変わらないけど、いろんな意味で、彼女のことも同じくらい大事っていうか……」
――その後のことは覚えてない。たぶん意地っ張りな俺のことだから、なんとか平静を保って「分かったよ」なんて言って教室を出てきたんだろう。涙すら出ていないのはショックが大きすぎたからとかじゃなくて、ただ単に思考が停止してしまったというか、とにかく現実味がなかったからだ。
家に着いてからもずっと思考は止まったままだった。俺は何も考えずマンションの階段を上がり、何も考えず二〇六号室のドアを開き、何も考えずに靴を脱いだ。
「ただいま……」
生ける屍と化した俺に、リビングから出てきた母ちゃんが、獲物を待ち構えていたかのような満面の笑みを浮かべて言う。
「おかえり、彪史! さっそくだけど通知表!」
「ん。あとで渡す……」
俯いたままで返事をした俺を見て、母ちゃんが首をひねった。
「どうしたの。成績落ちてたの?」
「落ちてない。暑いからシャワー浴びたいだけ」
「そう? 制服脱いだら、洗濯カゴに入れておいてね」
「ん」
「それとね、お隣に引っ越して来た人がさっき挨拶に見えたのよ。207号室、ずっと誰も入ってなかったでしょ。あんたも会ったら挨拶しなさい」
「ん」
母ちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「なによ、明日から夏休みのわりには元気ないわね」
「別に」
俺は母ちゃんの前を素通りして、さっさと浴室に入った。
制服を脱ぎ、汗でべたつく体にシャワーを浴びせる。そうしているうちに、ゆっくりと現実が見えてきた。
慶介にフラれた。
そうだ、俺は失恋したんだ――。
あんなに仲が良かったのに。何でも言い合い、信頼し合ってたのに。慶介は俺よりも女を選んだ。男が女を選ぶなんて一般的に見ればごく当たり前のことなんだろうけど、俺にとっては耐え難い現実だった。
慶介とその女の間にどれほどの愛情があるのかは分からない。だけどどうしても、それが俺達の築いてきた友情や信頼を上回るなんて考えられなかった。
結局は性別の問題なんだろう。それ以外に納得できる理由がない。
「………」
この先も誰かを好きになる度に、こんな思いをすることになるんだろうか。
こんなに苦しくて辛くて、涙が止まらないほどの胸の痛みを味わうことになるんだろうか。
今の俺には、フラれた腹いせに事件を起こす人間の気持ちがよく分かる。彼を誰にも取られたくないと、浮気相手や彼の本命の恋人を傷付ける人間の気持ちが分かる。ただしそこまでの根性がない俺は、ただ涙に濡れて慶介との思い出にすがるしかない。
「う……」
こうして俺の高校最後の夏休みは、どん底の絶望から始まった。
朝から気温は既に30度を越えていた。素肌に触れる制服が煩わしく、通学途中に乗る僅か20分の電車の中がこの世の楽園に思えてくるような、そんな季節。
うんざりするほどの暑さの中で一人通学路を歩きながら、俺はいよいよ明日に迫った夏休みのことを考えて頬を弛めた。
高校三年生。今年が最後の夏休みだ。
人生の中で最も特別な長期休暇。大学受験をする連中はこの先も何年か夏休みがあり続けるけど、俺にとっては本当に、最後の最後の夏休み。
周りの生徒達も皆浮かれていて、普段は学校の何もかもを憎んでいるような不良連中や、勉強以外の楽しみを知らないのではというような真面目な優等生さえもが、生き生きとした笑顔でその特別な休暇が来るのを待っていた。
どこに行く、何をする。何を買う、何を学ぶ。ここ最近は休み時間中に交わされる話といったらそのことばかりだった。
俺もそのうちの一人だ。40日ある夏休み、やりたいことが山ほどある。仲間達と海やプールに行くのはもちろん、川辺でバーベキューをしたり花火をしたり、夜の街で一睡もせずに騒ぎ明かしたり。楽しい計画は考えだしたらきりがない。
話し相手の仲間達が近くにいない通学途中の道でだって、頭の中では常に夏休みのことを考えている。
「おーい、 彪史。おはよう!」
あまりに集中しすぎて、妄想に耽りすぎて、背後から声をかけられても気付かない時が多々ある。俺は何拍か遅れて後ろを振り返り、ニッと笑ってクラスメイトに挨拶をした。
「おはよう、栄治。暑いな、今日も」
「あれ、今日は慶介と一緒じゃないのか?」
「慶介とは駅じゃなくて、いつもこの先のコンビニで待ち合わせしてるんだ」
「そうなのか。そんじゃ俺は週番だから、また後でな、彪史!」
栄治が走って行くのを見送った後、俺は再び頬を弛めた。堪えようとしても、どうにもだらしない笑みが浮かんできてしまう。
仲間達は誰も知らないけど、俺にはもう一つ、夏休みの大事な計画があった。
先月の初旬から付き合いだした恋人とのことだ。
相手は同じクラスの柏木慶介。一年の頃からの親友で、休みの日はよく二人で連れ立って、ゲームセンターやカラオケに行ったりするような仲だった。
突然、親友が恋人になった理由。それは、この年頃特有の「ちょっとした偶然」なんだと思う。
睡眠時間を除けば一日の大半を占める学校生活という日常の中、度々起こる思い込みや勘違いなんかが、ふとしたきっかけで恋愛に発展してしまう――学生なら男女関係なく一度は体験していそうな、どこにでも転がっている「恋の序章」だ。俺と慶介の関係も、そんな感じで始まった。
慶介のことを普通の友達として見ていた俺に彼が告白してきた時は、照れ臭くて、焦って、まともに返事をすることすらできなかった。真っ赤になってぎこちなく頷いた俺を、慶介がホッとしたような笑顔で抱きしめてくれた――。
とにかく俺達はウマが合った。友達として付き合っていた時だって、まるで双子みたいに息ぴったりだった。上辺だけの付き合いじゃない。互いの嫌な所も弱い所も全て分かった上で、こいつとずっと一緒にいたいと互いに思えるような関係だった。それが恋愛に発展してしまったのは無理もないことなのかもしれない。今だから白状するけど、俺は親友時代の時から、慶介が付き合っていた女の子達に心のどこかで嫉妬したりしていたのだ。
高身長で甘いマスクで、男子校に通ってるくせに女にとことんモテる慶介。毎朝同じ時間の電車に乗る他校の女子からラブレターを貰ったこともあるし、放課後の通学路で突然現れた子に告白されたこともあった。女子達に内面を見せなくても顔が良くて背が高いってだけで、慶介は生まれついての勝ち組なのだ。
単に慶介は、女の子と付き合うのに疲れたんだろう。黙っていても女の子の方から寄って来てしまう慶介だったから、綺麗な服や愛らしいメイクの下に隠された女子特有のいやらしさとか腹黒さを、嫌というほど目にしてきたに違いない。だから俺に告白した時も、「お前と一緒なら有りのままの俺でいられるから」なんてクサい台詞を吐くことができたんだと思う。
とにかく、二人で同じ時間を過ごせるのも今年が最後。だから夏休みは二人で好きな所に行って思いっきり遊び、たくさんの特別な思い出を作ろう。慶介とはそんなふうに約束をしている。
特別な思い出。
俺にとって特別といったら、一つしかなかった。たぶん慶介も俺と同じ気持ちだった。もしかしたらこの夏、旅行先の海が見える綺麗なホテルで、慶介と初めてそういうことをするんだろう、なんて漠然とした思いがあった。
「彪史は、夏休みどこ行きたい?」
だから昨日慶介にそう訊かれた時、真っ先に答えたんだ。
「二人きりになれる所」
今思えば少しがっつきすぎだったかもしれない。言った直後、自分で自分の馬鹿さ加減に恥ずかしくなったほどだ。
18歳――子供と大人の微妙な境目。大人の世界に片足を突っ込んでおきながら、まだ子供の世界で甘えていたい、そんな複雑な年頃。しかしどんなに複雑な心境を語ったところで所詮は思春期なのだ。好きな奴が傍にいるなら、考えることと言ったら一つしかない。
慶介は俺の返事に一瞬驚き、だけど照れたように笑って乱暴に俺の頭を撫でてくれた。そして一言、こう言った。
「そんなの、いつでも連れてってやる」
昨日も朝から暑い一日だった。放課後の空も真っ青だった。俺と慶介はその日、慶介の家であっさりと一線を越えた。実際には「あっさり」というほどスムーズにはいかなかったわけだけど。とにかく俺はソレ自体が初めてだったし、慶介も男を相手にするのは初めてだったから、互いに物凄く思い出深い一夜となった。
昨日より一つ大人になった、今日。
俺は少しだけ緊張しながら慶介の姿を探した。
それなのに――突然、何の前触れもなく、慶介から別れを告げられた。
「彪史と付き合い始めてから今日まで、俺なりによく考えたんだ」
そう前置きをした慶介は、茫然とする俺に向かって別れを選ぶことになった経緯を説明した。
俺と付き合う前に別れた元カノからしつこく言い寄られていたこと。そのうちに再び情が湧いてしまったこと。俺とは別れても友達でいられると思ったこと。初めは俺と元カノの両方と上手く付き合えればいいと思ったが、不器用な自分にはそれが無理なこと……。
一気に魂が抜けた気がした。俺は声も出せず、ただ金魚のように口をパクパクとさせて慶介の顔を見つめることしかできなかった。
「ごめんな、彪史。でも俺、今まで生きてきた中で一番考えたんだ。お前のことは大事だし、これからもずっと俺の大事な存在なのは変わらないけど、いろんな意味で、彼女のことも同じくらい大事っていうか……」
――その後のことは覚えてない。たぶん意地っ張りな俺のことだから、なんとか平静を保って「分かったよ」なんて言って教室を出てきたんだろう。涙すら出ていないのはショックが大きすぎたからとかじゃなくて、ただ単に思考が停止してしまったというか、とにかく現実味がなかったからだ。
家に着いてからもずっと思考は止まったままだった。俺は何も考えずマンションの階段を上がり、何も考えず二〇六号室のドアを開き、何も考えずに靴を脱いだ。
「ただいま……」
生ける屍と化した俺に、リビングから出てきた母ちゃんが、獲物を待ち構えていたかのような満面の笑みを浮かべて言う。
「おかえり、彪史! さっそくだけど通知表!」
「ん。あとで渡す……」
俯いたままで返事をした俺を見て、母ちゃんが首をひねった。
「どうしたの。成績落ちてたの?」
「落ちてない。暑いからシャワー浴びたいだけ」
「そう? 制服脱いだら、洗濯カゴに入れておいてね」
「ん」
「それとね、お隣に引っ越して来た人がさっき挨拶に見えたのよ。207号室、ずっと誰も入ってなかったでしょ。あんたも会ったら挨拶しなさい」
「ん」
母ちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「なによ、明日から夏休みのわりには元気ないわね」
「別に」
俺は母ちゃんの前を素通りして、さっさと浴室に入った。
制服を脱ぎ、汗でべたつく体にシャワーを浴びせる。そうしているうちに、ゆっくりと現実が見えてきた。
慶介にフラれた。
そうだ、俺は失恋したんだ――。
あんなに仲が良かったのに。何でも言い合い、信頼し合ってたのに。慶介は俺よりも女を選んだ。男が女を選ぶなんて一般的に見ればごく当たり前のことなんだろうけど、俺にとっては耐え難い現実だった。
慶介とその女の間にどれほどの愛情があるのかは分からない。だけどどうしても、それが俺達の築いてきた友情や信頼を上回るなんて考えられなかった。
結局は性別の問題なんだろう。それ以外に納得できる理由がない。
「………」
この先も誰かを好きになる度に、こんな思いをすることになるんだろうか。
こんなに苦しくて辛くて、涙が止まらないほどの胸の痛みを味わうことになるんだろうか。
今の俺には、フラれた腹いせに事件を起こす人間の気持ちがよく分かる。彼を誰にも取られたくないと、浮気相手や彼の本命の恋人を傷付ける人間の気持ちが分かる。ただしそこまでの根性がない俺は、ただ涙に濡れて慶介との思い出にすがるしかない。
「う……」
こうして俺の高校最後の夏休みは、どん底の絶望から始まった。
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