GRAVITY OF LOVE

狗嵜ネムリ

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GRAVITY OF LOVE・4

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「何だ、その疲れたツラ。お前ら昨日、何してたんだよ?」
 翌々日、金曜日。久々の休みを堪能した俺達が出勤すると、シャッターの閉まった店の前に咥え煙草でしゃがんでいる白鷹がいた。
「白鷹くんおはよ。どうしてここにいるんですか?」
 質問には答えず、逆に大和が訊ねた。俺もそうだが、大和も相当驚いた顔をしている。白鷹が開店前からGヘブンに来るのは初めてのことだったからだ。
「昨日、お前ら休ませるために俺がコッチ出勤しただろ。それで、色々と伝えとくことがあってな。鍵も返さねえとだし」
「なんだ、俺はてっきりボケが始まったのかと思いましたよ」
「大和てめえ、ボケてんのはどっちだ。政迩に店内ポップ描かせろって言ったの、やってねえじゃん」
「ああ、忘れてました。今日やります、すいません」
 ちっとも反省していない言い方だが、白鷹は肩を竦めただけでそれに関してはもう何も言わなかった。
 まだ出勤時間まで十分ある。俺と大和も煙草を咥えて、何となく黙ったまま時間を潰した。
「………」
 沈黙を破ったのは大和だった。
「……あの。白鷹くん、自分の店には行かなくていいんですか? 伝えたいことがあるなら、いま聞いておきますけど」
「ん。ああ、しばらく俺もコッチに出ようと思ってな」
「えっ? な、なんで」
「よく考えたら俺、初めの方に少し見ただけで大和の仕事ぶり知らねえだろ。政迩のことはもっと知らねえし。この辺でお前らと一緒に仕事して、色々知っといた方がいいと思ってな」
「そんな必要ないと思いますけど」
 露骨に嫌な顔をする大和を見上げ、白鷹が低く笑って言った。
「Gヘルの方もスタッフ育てなきゃならねえし、今後新しい店舗も増やしたいしさ。色々考えてんだよ、俺だって」
 急な展開に茫然とする大和を無視して、白鷹が俺に顔を向ける。
「そういう訳だから、よろしくな。政迩もいいな?」
「はい」
 大和は残念そうだけど、俺は悪くない話だと思った。白鷹と一緒に仕事をすれば普段よりもずっと会話する機会が多くなるし、今後の仕事の話だってしやすい。大和が本気で自分の店を持ちたいなら、この機会にじっくり白鷹と話せるはずだ。
「なんか嫌だな。白鷹くんと常に一緒とか、色んな意味で気を抜く暇がねえよ」
 白鷹がシャッターを開けている間、大和が俺に耳打ちした。少し頭を働かせれば今回のメリットにも気付けそうなものだが、大和は単純だから初めに抱いてしまった感情にしか頭がいかないらしい。
「昨日の仕事後に掃除しといたから、朝は掃除しなくていいぞ。そのまま通常業務に移ってくれ。大和はレジ金の準備な」
 狭い店内に男が三人もいると、何となく窮屈に感じてしまう。俺は大和がいるレジ前のスペースで入荷分の段ボールを開け、新しくきた商品の検品チェックを始めた。
「白鷹くん、昨日一人でも普段通りの売上取ってる。さすがだな……」
 大和が売上日報を開いて言うと、白鷹が「本当は上回るつもりだったんだけど」と勝ち誇ったように呟いた。
「でもそしたら昨日、もしかして一度も休憩入ってないんじゃないですか? 飯とかちゃんと食いました?」
「三十分だけGヘルのスタッフに来てもらった。一服したくなったら客がいない時を見計らって、休憩室でこっそりと、な」
「こっそりか。不良の学生みたいですね」
 まるで高校時代の大和だ。
 当時を思い出して頬を弛ませると、白鷹が俺の前に屈んで顔を覗き込んできた。
「政迩、お前そんなに無口だったっけ。開店前は作業の手さえ止めなければ、好きに喋ってていいんだぞ。大和は駄目だけど、お前は特別」
 大和が白鷹の背後でレジ金の用意をしながら、眉を吊り上げて変な顔をしてみせる。思わず噴き出しそうになるのを必死で堪え、俺は仕分けした商品を指して大和に言った。
「今日の入荷分だけど、ロンT可愛いから店頭に出してもいいか」
「ああ、いいよ。じゃあ店頭のテーブル開けとくから、先に柄別で畳んでおいてくれ」
 立ち上がった白鷹が、カウンターに身を乗り出す。
「大和店長、俺は何すればいい?」
「え、別に。何でもすればいいじゃないですか」
「俺にも遠慮なく指示出してくれていいからよ。お前のそういう、責任者としての仕事ぶりもチェックしないとだから」
「やりづれえなぁ。じゃあ白鷹くん、店頭のワゴンに入れてるぬいぐるみの補充してくださいよ。裏に在庫の箱があるんで」
「ぬいぐるみ売れてんだ? あのゲームキャラのだろ」
「割と外国人観光客にウケがいいです。海外でも人気なんじゃないですか」
「お前ら国際派だから、英語ペラペラだもんな」
「スペイン語も話せる人に言われたくないです」
「ついでにポルトガル語とイタリア語も分かるぞ」
「そんなのいつ使うんだか」
 大和と白鷹の会話は聞いていて飽きない。大和は白鷹を鬱陶しがっていて、白鷹はそんな大和にわざとぐいぐい絡んでいく。この二人の関係も俺と大和みたいに、傍目には分からなくても深い部分では通じ合っているのだ。
「よーし、じゃあ店開けるぞォ」
 午前十時になって有線のスピーカーにMP3プレイヤーを繋げ、今日もテクノ・エレクトロニカの音楽を流す。曲がかかれば開店の合図だ。
 店の前の道路にワゴンとラックを出して、その隣にスタンド看板を置く。少しでも通りにはみ出るとすぐに見回りの警察が注意しに来るから、駅のホームで言えば「白線の内側ぎりぎり」までで止めておく。
 だけどバレンタインも終わって平日の午前中、こんな時間から客が入ってくるはずはない。入荷分を捌き終えてから、いつも通り細かい棚の拭き掃除をやっていると、白鷹が店内の中央で俺を呼んだ。
「オーイ、政迩。ちょっとこっち」
 見ると、白鷹は肩に脚立を担いでいた。
「エアコンのフィルター掃除するから、お前、これ乗って蓋を外してくれ」
「いいですけど。白鷹さん、高所恐怖症ですか?」
「この脚立ぐらついて危ねえから、少しでも体重軽い奴が乗った方がいいと思ってな。押さえててやるから」
 腕捲りをして脚立に上ると、店頭で大和が不安げな表情を浮かべながら俺を見ているのに気付いた。
 エアコンの蓋を開け、更に中のフィルターを外す。途端に頭上から大量の埃が落ちてきた。
「うわ、汚ね……。お前らちゃんと掃除しろよ、週一くらいでさ」
 白鷹が顔を背けて、埃を吸いこまないよう口を押さえる。俺はこんな至近距離でもろに浴びているというのに。
「掃除機があれば、フィルター掃除も楽なんですけど……」
 外したフィルターを両手で持って、脚立を降りようとしたその時。
「う、わっ……」
「チカ!」
 突然バランスを崩し、背中から落下しそうになった。瞬間的に冷や汗が噴き出し、激突を覚悟する。――が、気付けば俺の体は床に落ちず、途中でピタリと止まっていた。
「大丈夫か?」
 白鷹の太い腕が俺の背中をしっかりと支えている。痛い思いをしなくて済んだと安堵した半面、何だか少女漫画のベタなワンシーンのようで恥ずかしくなった。
「気を付けろよチカ、危ねえなぁもう!」
 血相変えて走ってきた大和が、俺の手からフィルターを取り上げる。二人の時しか呼ばないはずの俺の呼び名を口にしているということは、大和も相当焦ったようだ。
 俺は白鷹に礼を言ってからその腕を離れ、「大丈夫」と大和にぎこちなく笑ってみせた。最初の衝撃が過ぎ去って、大和の顔に「白鷹に抱かれてる俺」に対する不満が浮かんだのが見えたからだ。
「なるほど、マサチカだからチカちゃんか。いいな、それ」
 その言葉に、今度は大和が「しまった」の表情を浮かべる。
「フィルター掃除は俺がやっとくから、チカちゃんは大和から別の指示もらえ」
「白鷹くん、今度安定した脚立買ってくださいよ。落ちて頭でも打ったら、洒落になりませんて」
「そうだな。明後日にでもホームセンター行ってくるわ」
 白鷹がフィルターを持ってスタッフルームに引っ込んで行く。その姿が見えなくなったところで、大和が俺の頭に付着していた埃を払い落としながら口を尖らせた。
「今の出来事、何もかもがムカつく」
「バランス崩したのは俺のミスだし、俺の名前を呼んだのは大和のミスだろ」
「もう使えねえよあの名前。俺達だけの秘密じゃなくなっちまった」
「それほど俺を心配してくれたってことだろ」
 地団太を踏む勢いで苛立ちをあらわにする大和。俺は小さく笑ってから、その場に放置されていた脚立を畳んで肩に担いだ。
「それより大和、俺何すればいい」
「もう危険な真似はさせらんねえから、カウンターで大人しく絵でも描いてろよ」
「じゃあ今日入荷したTシャツのポップ描いてくる」
「俺店頭にいるから。何かあったら呼べ」
 過保護ともいえる大和の気遣いに軽く頷き、俺はレジ横の引き出しからポップ用の厚紙とマジックを取り出した。
 嬉しいことに今日入荷してきたTシャツには、俺の好きなアメコミのキャラクターがプリントされている。こういう絵は大得意だ。「NEW ITEM」の横に、片腕を上げて飛んでいるヒーローっぽいキャラクターを描くことに決めた。
 もしも大和と俺で店を持てたら、好きなだけ絵が描けて、しかもそれを商品にしてもらえるかもしれないという。俺にとって、これ以上幸せな仕事はない。
「オッ、早速ポップ描いてるのか。上手いモンだな」
「わっ」
 背後から白鷹の顔がヌッと出てきて、せっかく上手く引けていた線がとんでもない方向に曲がってしまった。マジックで直に描いていたから変更は効かない。始めから描き直しだ。
「びっくりさせないでください、白鷹さん」
「びっくりさせて失敬。なあ、ロボット描けるか?」
「多分、描けますけど」
 白鷹が俺の手からマジックを奪い、新しい紙を取り出して得意げに言った。
「俺もロボットだけは描けるんだ。見てろ」
 俺は黙って、横で絵を描き始めた白鷹の手元を見つめた。
「……のっけから失敗した。チカちゃん、もう一枚紙くれ」
 何も考えないで線を引くからバランスが悪くなるし、スペースも足りなくなる。それに、そんな太いペンで描いたら細かい所は全部黒く塗りつぶされて、何が何だか分からなくなってしまうじゃないか。
「なかなか難しいな。チカ、もう一枚」
「白鷹さん、なんで頭とか体じゃなくて足から先に描くんですか?」
「上から描くと足が小さくなっちまうんだよ」
「………」
 白鷹に渡そうとしていた紙に、何となくペンを走らせる。ロボットなんて最近は描かないからあまり自信は無いけれど、少なくとも白鷹よりは上手く描けるはずだ。
「おおすげえ、そんな感じだ。それで背中を燃えさせてくれ」
「背中を? ……ああ、ブースターか」
 少し古臭いデザインだけど何とかそれっぽく描けたと思う。
 完成した紙を差し出すと、白鷹が子供みたいに目を輝かせて大事そうに両手で受け取った。
「すげえ、チカ天才じゃん。漫画家になればいいのに」
 なんて、遊んでる場合じゃない。幾ら暇でも今は仕事中なのだ。
「白鷹さん、そろそろちゃんと仕事した方が……」
「だって、外全然人歩いてねえし。昨日より暇だぞ」
「白鷹さんはオーナーでしょ。フリでもいいから仕事した方がいいです。それに、こんな場面を大和に見られたら、また面倒臭いことに――」
「何が面倒臭いっての?」
 途端に言葉に詰まる俺。付き合ってることを隠すって、本当に大変だと思った。今まで大和と二人だけで好き勝手やってきた分、白鷹の存在がもどかしくて仕方ない。
 店頭では大和が子供達とじゃれ合っていた。その横で母親らしき若い女が、ジーンズに覆われた細い脚をくの字に折って、ラックの下の方にあるキーホルダーを物色している。
 子供達と戯れる大和を見ているうちに、俺と大和の間にも子供ができたら、なんてことを思ってしまった。大和だったらその辺の若い男よりも、ずっと良い父親になれる気がする。
「じゃあ俺、ステッカーの補充してくる。チカは引き続き頑張れよ」
 俺の頭を軽く叩き、白鷹が再びスタッフルームに引っ込んで行った。
 白鷹が昔住んでいたバルセロナでは、ゲイ同士の結婚も認められているという。彼は幼い頃から男女問わず多くのゲイカップルを目にしてきたそうだ。だから白鷹自身も、そういうことに関してはかなりオープンなのかもしれない。何の含みもなく俺の頭を撫でもするし、隙があれば大和の尻を揉んだりもする。
 大和にとっては危険極まりない人物かもしれないが、もしかしたら白鷹は、俺達の良き理解者になってくれるんじゃないだろうか――何となくだけど、俺はそう思い始めていた。大和と相談して、俺達のことを打ち明けても良いかもしれない。
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