夜かかる魔法について

狗嵜ネムリ

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 静かな夜だった。
 深夜三時近いのだから当たり前だけど、それを差し引いても静かな夜だった。
「響希、ビール」
「ありがと」
 ビールと煙草。いつもと同じ夜の過ごし方。
 俺と翔宇はソファに隣り合って座り、エアコンの風に混じり消えて行く紫煙を見つめていた。
 シャワーを浴びたばかりの肌は互いに少し火照っていて、触れた肩からTシャツ越しでも熱が伝わってくる。
 沈黙が嫌で、俺は床に向かって煙を吐いている翔宇の横顔に呟いた。
「何か言えよ」
「ん? 何の話しようか」
「何でもいい」
「さっき、公園ですげえ蚊に食われた」
「そんなのどうでもいい」
 翔宇が笑って俺の頭を撫でる。
「そういえば響希、誕生日プレゼント貰ったの?」
「ん」
 俺は頷いてテレビの横の棚に置いておいた箱を指さした。
「プラチナの時計たもうた」
「嘘っ! お前、そんなモン貰って……バチが当たるぞ」
「俺もそう思った。だから、俺が今の結城さんと同じ年齢になった時に使うことにした」
「それは何年後?」
 いち、にい、と指を折って数える。
「……十四年後。三十五歳だ」
「気が遠くなるなぁ。十四年後なんて全く想像できねえ。……その時、俺らまだ一緒にいるのかなぁ」
「そろそろ互いに鬱陶しくなってるかもな」
「可愛くねえ答え」
「……鬱陶しく思いながらも、結局は一緒にいると思う」
「………」
 まだ半分の煙草を灰皿に押し付ける。
「計算してみろ。出会ってから今日までの七年は、俺も翔宇も学生の時の気持ちのままで過ごしてきたんだ」
「じゃあこれからの七年は、今までを取り返すための時間な」
「その先の七年は、どうせ俺らのことだから色々と文句言い合いながら一緒に過ごしてる。どうだ、十四年なんてあっという間だぞ」
「それから先は?」
 翔宇が苦笑しながら煙草を揉み消す。
 俺は翔宇の肩に頭を乗せ、涙がこぼれないようにと祈りながら答えた。
「それから先も、ずっと一緒にいる。それで、たまに最初の七年のことを思い出すんだ。翔宇が毎週金曜日に酔って帰って来てたこととか、俺達が零と出会ったこととか、二人で雑誌に載ったこととか、……七夕の日に、同じ花火を見たこととか」
「そうだな。でもあともう一つ、大事なことを思い出さねえと」
「え……?」
 翔宇が俺の手を握り、首を曲げて俺の額にキスをした。
「初めて俺らが一つになった、今夜のこと」
「………」
 どちらからともなく唇を重ねた。
 すぐに隙間を割られ、翔宇の舌が入ってくる。息苦しさすら心地良い。
 舌を絡めながら、俺は伸ばした手を翔宇のシャツの中へ入れ、汗ばんだ背中を強く抱きしめる。
「……響希。ストップ」
「ん……なんで?」
「ちゃんとベッドでしよ」
「……うん」
 ほい、と翔宇が腕を広げた。その中に身を投じて首にしがみつくと、翔宇が俺の体を抱いたままソファから立ち上がった。
「うおっ。お前、結構軽いな。今何キロ?」
「六〇ちょっと……軽いってほどでもねえだろ」
「ジムでベンチプレスあげてる俺としては、響希なんざ余裕で抱っこできるわ」
 翔宇がリモコンでリビングの明かりを消し、俺を抱きながら寝室へ入った。部屋が狭いから普段は翔宇が床に布団を敷いて寝ているのだが、今夜は二人、同じベッドに上がる理由がある。
「よいしょ」
 俺と翔宇の体重を受けてベッドが軋んだ。
「響希、緊張してる?」
「してる」
「俺も……」
 仰向けになった俺の上に翔宇が体を重ねてきた。それから鼻先一センチのところまで顔を近付け、微笑んだ俺の唇に弾くようなキスを繰り返す。
「お前それ好きだな」
「響希が可愛いから何度もキスしたくなる」
「なんか恥ずかしいんだよ、そのキス」
「恥ずかしかろうと何だろうと、今日はちゃんと店からローション借りてきたからな」
「………」
 翔宇の手が俺のシャツを捲り、中に入ってきた。円を描くように肌を撫で回され、俺の頬が赤くなる。温かく、優しい感触。ずっとこの手を欲していた。
「んっ、あ……」
 指先が乳首に触れた瞬間、俺の口から声が漏れた。
「響希、ここ気持ちいい?」
「あっ……」
 答える余裕がなく、ただ頷くことしかできない。そんな俺を見て翔宇が笑った。
 片手でシャツを脱がされ、それからハーフパンツを脱がされた。裸になった上半身に翔宇の両手が滑る。
「全身リップしてやろうか」
「う、ん……」
 翔宇の唇が俺の首筋に移動し、何度もキスをしてから舌先で喉仏をなぞるように舐められた。鎖骨の上に落とされた唇が、俺の肌を強く吸い上げる。
「あっ、……キスマークは付けるなよ。客に何言われるか……」
「……悪い。頭に無かった」
 それから、翔宇の手が下着の上から俺のそこに触れてきた。軽く持ち上げるようにして撫でられ、柔らかな快感に俺の視界が潤みだす。
「ん……翔宇……」
 そうしながら翔宇の舌が俺の腰や臍に這う。やがて下着の上にキスをされ、既に反応している俺のその部分を布ごと口に含まれた。
「うっ、あ……」
「熱くなってるぞ。気持ちいい?」
 唇に挟まれてゆっくりと擦られるその感覚は、今まで経験してきたどんな愛撫よりも心地良く、刺激的だった。
「翔宇だから気持ちいいっ……」
「可愛いな」
 翔宇の唾液と俺の体液が下着に染みを作っている。
 それから唇は脚の付け根へ、内股へ、膝頭とその裏側へ……俺の全身を愛おしむように優しく愛撫してくれた。
「翔宇……」
 我慢できなくて、俺は自分の手を下着の中に入れようとした。それを見ていた翔宇が俺の脛から唇を離し、伸ばした手で俺の腕を掴む。
「自分で触るのは駄目だぞ、我慢しろ」
「だ、って……もう、焦らすなっ……」
「俺にして欲しい?」
 翔宇が俺の下着に手をかけた。そのままほんの少しだけ下へずらし、ちらりと覗いた俺の先端を見て笑う。
「どうした。超反応してるじゃん」
「……してるよ。翔宇がエロいことするから」
 クック、と笑った翔宇が俺の下着を一気にずり下ろした。
「じゃあ、もっとする。足広げて」
 大きく開いた脚の中心に翔宇が顔を落としてくる。
「ん……」
 柔らかくて、だけど燃えるように熱い舌の感触。翔宇は両手で俺の根元を押さえながら何度も頭を上下し、その度に俺の意識を朦朧とさせた。
「翔宇っ……翔宇……」
 今にも意識が途切れそうだ。
「あっ、あ……。翔宇っ……気持ちいい……」
 翔宇の唇からこぼれる卑猥な濡れた音が、更に俺を扇情的な気持ちにさせる。
 風呂場でされた時と今とでは、訳が違う。ましてや、仕事中にされる愛撫なんかとは比べ物にならない。少しでも気を抜いたらあっという間に果ててしまいそうなほど、翔宇のそれは神がかっていた。
「あぁっ、もう……俺っ」
「まだ出しちゃ駄目だぞ。響希、俺もすげえ熱くなってきた」
 服を脱いだ翔宇が俺の体に覆いかぶさる。俺達は全裸で抱き合い、今日何度目かのキスをした。
「んっ、ぁ……」
 翔宇の腰が俺の上で前後に動く。
「きしし」
「お、おい。翔宇……それやめろ……あっ」
 動いている腰の下、硬くなった俺と翔宇のそれが擦れ合う。俺は恥ずかしさに翔宇から顔を背けた。
「やめてほしい?」
「や、やるならさっさとしてもらいたいんだけど……」
 強がりなのはもちろんバレている。翔宇は俺の頬や顎にキスをしてから、俺の耳元で囁いた。
「響希を気持ち良くさせる方が先だ」
「も、もうじゅうぶん気持ちいいって……。ずっと緊張したままでいたくねえよ……」
「ほんと? じゃ、少しだけ……」
 体を起こして俺の傍らにあぐらをかいた翔宇が左手で俺のそれを握り、優しく前後に扱きだした。そうしながら、空いた右手でローションの蓋を開ける。
「いつも客にしてることを俺からされるってどうよ?」
「変な感じ……」
 生温い液体が俺のその部分に塗りたくられる。翔宇の左手が聞き慣れた音を立てて俺のそれに絡み付き、同時に熱くなった入り口に右手の指を突き立てられた。
「んっ、……」
 俺はシーツを握り締めて、開いた自分の足先を見つめていた。
「力抜いて」
 前に翔宇の指を挿れられた経験はあるものの、俺の体は緊張してさっぱり言うことを聞いてくれない。
「響希、力抜いて」
「う、……ん……」
「もう少し」
「ん……」
 何度も深呼吸を繰り返し、なんとか内股の力を緩める。翔宇の指が俺の中へ侵入してきたと思った瞬間、一気に根元まで挿れられた。
「うわ、お前っ。急すぎっ……あぁっ……!」
「だ、大丈夫か。なんて声出してんだよ、響希」
「すげ……翔宇の指、奥まで入ってるっ……あ、あっ」
 さすがにローションが有るのと無いのとでは俺への負担が全然違う。中をゆっくりとかき回されても、激しく揺らされても、風呂場の時と比べたら痛みは殆どなかった。
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