夜かかる魔法について

狗嵜ネムリ

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「ちくしょう、やられた……」
「イッた奴は指咥えて見てろ」
「響希にまんまとハメられた……クソ」
 ぶつぶつ文句を言いながらベッドを降りる翔宇。
 俺は体を起こして顔に付いた翔宇の精液を指で拭い、零を引っくり返して四つん這いにさせた。
「自分で扱けるか?」
「は、はい……あっ!」
 何度も繰り返し、後ろから零を突き上げる。奥深くを突くたびに、零が弾けるような声で俺に応えた。
「俺もイきそ……零は?」
「ん。俺も……あっ、あ……イく……」
「マジで。出したばっかりなのに。さすがに若いな」
「だって響希くんがっ……あ、あぁっ!」
 やがて殆ど同時に、俺と零は果てた。
「ぷはぁー」
 ベッドに身を投げ出した零が、翔宇からティッシュを受け取る。零はそれを使って手に付いた自分の精液を拭い、外したゴムの口を縛っている俺を見て笑った。
「響希くん、超最高。お客さんが夢中になるのも分かりますよ」
「零も相当すごいと思うぜ。可愛かった」
「ふふ」
 全裸のままで零と抱き合い、軽く口付けを交わす。
「なぁ。俺は?」
「早漏は黙ってろ」
「む、ムカつく……。俺、結局零に挿れてねえし。響希なんて仕事で散々ヤッてきたくせに、どんだけだよ」
 むくれる翔宇を見てひとしきり笑った後、俺達は三人でシャワーを浴びた。
   浴室も部屋と同様かなり広く、男三人で入っても窮屈な感じは全くしない。ブラインドが上げられた大きな天窓からは星空が見える。朝になったらあの天窓からたっぷりと陽が入ってくるんだろう。想像しただけで気持ち良さそうだ。
「零は相当稼いでんだなぁ。十八歳でこんないい部屋住めるなんて普通じゃねえぞ」
 浴槽縁に腰かけて髪を洗いながら翔宇が言った。
「いや、結構ぎりぎりですよ。常連さんが減ったらすぐ引っ越さないと駄目なレベル」
 零が手にしたシャワーヘッドを俺の体に向けて笑う。
「俺らも金貯めとかないとな。響希、今日からちゃんと貯金しようぜ」
「だったらまず、お前の浪費癖を直すんだな」
 俺は零に体を洗ってもらいながら、天窓の向こう側の夜空を見て言った。
 ……まだ胸が高鳴っていた。



「ああ、腹減った。零、何食いたい?」
「うーん、温かいのがいいですね」
「じゃあ焼き肉にしようぜ。昨日響希に奢るって約束したじゃん」
「お前、勝負と約束を一まとめにするつもりだろ」
 零のマンションを出た俺達は大通りまで出てタクシーを拾い、繁華街へ向かった。三人揃って髪が濡れている。なんだか気まずかった。
「タン塩、食いたい。食いたいと思ったらすげえ腹減ってきた」
「俺は上カルビがいいです。あと野菜もいっぱい食べたいかな」
 翔宇と零が焼き肉話で盛り上がるのを尻目に、俺はさっきまでのことを思い出していた。
 翔宇の体。匂い。体液の熱さ。中二の頃からずっと目を背けていた禁断の領域に、とうとう足を踏み入れてしまったような気がした。しかも、あっけないほど簡単に。
 どちらかが更に踏み込めば、この先本当に一線を越えることだってあり得るかもしれない。さっきのあれは、それほど際どい行為だったのだ。翔宇は、何を思いながら俺に咥えさせたんだろう。
「………」
「……響希?」
「あ……?」
「大丈夫か、なんかボケーッとしてるけど」
 零と翔宇がこちらを見ている。俺は咳払いをしてから慌てて手を振った。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
「お前、今日仕事だったからな。食ったら帰って、さっさと寝た方がいいぞ」
「そうだな」
 それから十五分後、タクシーを降りた俺達は零が気に入っているという焼き肉チェーン店に入った。広々とした座敷に通され、早速翔宇と零がメニューを開く。
「生二つとオレンジジュース。特上カルビ、特上ロース、タン塩!」
「それからカルビクッパ、玉子スープ、サラダと豚トロ、野菜の盛り合わせも」
「あとライス三つ。そのうち二つは大盛り」
 たちまちテーブルの上が皿で埋め尽くされ、俺達は声高に笑いながら遅めの夕食にありついた。
「今日は本当に楽しかったですよ。これで明日からも仕事頑張れそうだ」
 零が焼き肉を頬張りながら言う。
「また遊んでくださいね」
「あたりめえだ。なにしろ俺は全然満足してねえからな」
 翔宇がビールを呷り、不満げな顔で俺を見た。
「おいしいところは全部響希に持ってかれた気分。ていうか俺マジ欲求不満」
「零、ウチの店に移って来ればいいのに」
 翔宇を無視して俺が言うと、零は困ったように笑いながら首を振った。
「俺、今の店もうちょっとでナンバーワンになれるんですよ。お客さんも応援してくれてるから、それまで頑張ってやろうかなんつって」
「ナンバーとかあるのか。面倒だな」
「ウチはナンバー付け禁止だもんな」
 翔宇と顔を見合わせていると、零が続けた。
「本当は俺も二人のお店みたいに自由なとこがいいんですけど、スタッフにもお世話になってるから期待に応えないと」
「世話になってるって?」
 何気なく俺が問うと、零の顔が少しだけ赤くなったような気がした。
「たまに新規でいいお客さんがいると、こっそり俺につけてくれるんですよ」
「ズルっこじゃん、それ。他の奴らにバレたら大変だぞ」
 翔宇が同業者の顔で口を尖らせる。
「零、そのスタッフと寝たのか?」
「ん。ていうか、ぶっちゃけ俺の彼氏なんですよ」
 はぁ。
 開いた口が塞がらなかった。
「スタッフと付き合うの絶対禁止だよな、普通は」
「ああ」
「スタッフと付き合ってるっていうか、彼氏がスタッフになったっていうか」
 しどろもどろになりながらも、零は照れ臭そうに笑っている。
「仕事のことに口出す気はないけど……。ていうか、彼氏いるなら俺らと遊んでていいわけ?」
 思わずそう質問すると、零は更に焦り出した。
「俺ら、その……あんまりセックスはしない仲なんです。ていうか、付き合ってから一回しかしてないかな? ……だからあいつは俺がこの仕事してても何も言わないわけで、ただただ俺がナンバーワンになれるのを応援してくれてるっていうか……。だから、遊びでのセックスも仕事に反映できるならオッケーだって……」
 煙草の煙を吐き、俺は黙り込んだ。
〝それって、付き合ってるって言えるのか?〟
 言いかけたが、言えなかった。零も少しだけ寂しそうな顔をしている。
「ま、どっちにしろ他のスタッフとかボーイにバレないようにしろよ。バレたら罰金だし、最悪の場合は二人ともクビだからな」
 翔宇は零の曇った表情に気付いているのかいないのか、持ち前のお気楽精神でそれを笑い飛ばした。
「クビになったら俺らの店に移ればいいだけの話だ。彼氏もまとめて面倒見てやるよ」
 だから俺も、わざと明るく言ってやった。
「ただし、ウチに来たら贔屓は無しだけどな」
「無くても指名ガンガン取れますよ、俺なら!」
 零も笑った。




   また、遊んでくださいね。
 零の言葉が頭の中で渦を巻いている。
「いい子だったろ」
 帰りのタクシーの中、翔宇がぼそりと呟いた。
「売り専やらしとくのは勿体ないよな」
 窓に翔宇の横顔が映っている。俺は黙ってそれに頷いた。
「こんな仕事してるくせに、すげえ無邪気で純粋なんだ、あいつ」
「……翔宇、酔ってんのか」
 俺が訊いたのと同時に、翔宇が体を倒して俺の膝に頭を乗せてきた。俺もまた酔っているらしい。タクシーの中だが、それを止めようとしなかった。
「なぁ響希。俺、本気出したら零を救えると思う?」
「ん……?」
「風俗あがらせて、まともな職に就かせて、まともな人生歩ませてやれると思う……?」
 その先は言わないでほしい。
   だけど、俺の願いは空しく砕け散った。
「放っておけないんだ。俺、零のこと守ってやりてえ。あいつのこと……好きなんだよ……」
「………」
 分かってた。
 零を見つめる翔宇の目に、何か特別な感情が交じっていたこと。だから俺は、わざわざあんな勝負を持ちかけたんだ。翔宇が零を抱いてる場面を目にする勇気がなかったから。そんなものを見るくらいなら、例え気乗りしなくても俺が零とヤッた方がましだったから。
 翔宇の黒髪を撫でながら、俺は窓に視線を向けた。涙を堪えようとして無様な顔になった俺が、真っ黒なガラスに映っている。
「なぁ、響希……」
「できるよ。翔宇なら、できる」
 窓の外を流れて行く色とりどりのネオンの光が、俺には花火に見えて仕方がなかった。
 中二の夏休み。人々の歓声。目を輝かせて空を見上げる、思春期の翔宇。
 俺の宝物が、静かに遠のいて行く。
「ありがと、響希……。帰ったら抱いてやるからな」
「遠慮しとく」
「………」
 翔宇が眠ってしまったのを確認してから、俺は鼻を啜った。
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