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俺と翔宇は中学からの幼馴染だった。
中二のクラス替えで初めて同じクラスになり、席も隣でよく話すようになった。翔宇が同性愛者だと見抜けたのは、単純に俺と同じ匂いがしたからだ。
お互いそうだと知って、更に仲は深まった。けれど、俺と翔宇が親友以上の関係になることはなかった。理由はどちらも攻め気質──いわゆる「タチ」だったからだ。
中高一貫の学校だったから、高校も同じでよく遊んだ。その頃には互いに恋人がいたりして、男同士のセックスのやり方に悩んだり、ビデオや雑誌で仕入れた知識を互いに教え合ったりしていた。
遊びに行くのも、テスト勉強をするのも。俺達はいつも一緒だった。付き合ってる訳ではなかったが、周りの連中は俺達が他とは違う特別な関係だということに薄々気付いていたかもしれない。今となっては確かめようがないけれど。
高校卒業後、俺と翔宇は地元を出て一緒に暮らし始め、今の「この仕事」も一緒に面接を受けた。十八歳の頃から四年間で何度か勤め先の店舗は変えたものの、仕事内容は全く変わっていない。
出張型、ハコ型、飲み屋系やクラブ系など、一口に売り専といっても色々な店があるが、煎じつめれば皆同じ──男が男相手に性的なサービスをする仕事だ。
今現在俺達が働いている店「Gラッシュ」には、十八歳から三十過ぎくらいまでの約二十人のボーイが所属していて、皆様々な理由を持ってこの仕事をしている。学費のためとか借金だとか、単なる小遣い稼ぎだとか。中には堂々と「セックスが好きだから」なんて公言している強者もいる。
俺と翔宇が働く理由は、他のボーイ達のそれとは少し違っていた。
忘れもしない、高校三年の冬休みのある日。
翔宇の部屋でひとしきりゲームをやって遊んだ後、卒業したらどうする、なんて話になった時のことだ。急に翔宇が大人の顔になり、これみよがしに煙草をふかしながら俺に語り出した。
「俺は頭も悪いし、これといって特別な取り柄もねえ。でもな。今何もしなかったら、このまま大人になった時に後悔するのは目に見えてんだ。だったら、今の若さと体力をフル活用してやれることをやれるうちにやってやれと思う」
正直言って、翔宇が何を言っているのか俺にはいまいち理解できていなかった。何て答えたら良いのか分からずに黙っていると、
「俺は卒業したら地元出て、東京で売り専やる」
あっさりそう宣言された。
俺の素直な感想としては、「別にいいんじゃない?」だった。雑誌や漫画でそのテの仕事を取り扱った話を読んでいたから偏見なんてなかったし、翔宇が決めたことならそうするべきだと思った。
翔宇なりに頭を使って考えた結果なのだ。俺がそれを止める理由なんてないし、むしろその一分後に「じゃあ俺もやってみようかな」なんて言葉が出たほどだった。翔宇はひどく驚き、そして喜んでくれた。
ただ単に、互いに離れるのが怖かったのだと思う。世間ではまだまだ同性愛が白い目で見られているし、大学へ行く選択をしなかった俺達は、せっかく見つけた「同じ仲間」と離れて一般社会の中を一人で生きてゆく自信がなかったのだ。
そうして十八歳だった俺と翔宇は、ガチガチに緊張しながらこの仕事を始めた。
仕事中、俺は八坂響希ではなく「流星リュウセイ」になる。翔宇は立川翔宇でなく「詩音シオン」になる。酒を飲み、大爆笑しながらお互いに決めた源氏名だった。
予約が入れば客の自宅やホテルに行く。店舗の個室でサービスすることもある。当時新人の俺と翔宇はタチ専門であるにも関わらず、出勤するたび客から鬼のように指名を受けた。
例えば六十分の出張コースだと、客から一万三千円を受け取り、その内の八千円がボーイの給料となる。一日五人から指名されれば四万円だ。それを週四回で十六万。そう簡単にいく訳ないと思いつつ、実際に初月の給料を計算してみた時は金額の凄まじさに目玉が飛び出るかと思った。
文字通り体を使って働くことに対して初めは不安で仕方なかったけど、俺も翔宇も慣れるまでそれほど時間はかからなかった。一番気がかりだった「買いに来る客ってどんな人なんだろう?」の疑問も、始めてみたら案外普通の男ばかりで、大してストレスにもならなかった。そのお陰で、いや、そのせいで……? 四年もこの仕事を続けてきたのだ。
たまには雑誌の取材やグラビア撮影なんかもあり、俺と翔宇は今でもそれなりに売れている。互いに常連の客がいて、飯を奢ってもらったり物を買ってもらえたり、普通の生活では決して経験できないようなこともたくさんあるのだ。
だからと言ってもちろん、良いことばかりではない。
風俗業界に四年もいるとどうしても価値観がズレてきてしまうのだ。セックスが日常の中で当たり前になってきて、恋愛感情なんてなくても、どんなに好みのタイプじゃなくても、いつの間にか淡々と数をこなせるようになっていた。「この仕事をしてるうちはまともな恋愛なんてできない」なんてぼやいてる仕事仲間もいる。確かに俺もその通りだと思う。
好きな男に売り専をやっていると言えない、または好きな男にバレてしまった。彼氏が偶然店に来て修羅場になった。客に惚れた、惚れられた。俺自身仲間から様々な恋愛相談を受けてきたが、どんなに親身になって助言をしたとしても、結局その殆どが残念な結果に終わってしまうのだった。
「流星も、男を取るか、仕事を取るかにした方がいいよ」。飲み会の席で、酔った仲間からそんなことを言われた記憶がある。その時の俺は分かった振りをしてうんうんと頷きながらそれに同意したが、本当はちっとも分かっていなかった。
七年前の夏に芽生えた、甘酸っぱくて切ない気持ち。二十一歳になった今も、俺はそれを捨てられずにいた。
あの夜花火の音にかき消された言葉は、今も翔宇には届いていない。
俺は翔宇が好きだった。
中二のクラス替えで初めて同じクラスになり、席も隣でよく話すようになった。翔宇が同性愛者だと見抜けたのは、単純に俺と同じ匂いがしたからだ。
お互いそうだと知って、更に仲は深まった。けれど、俺と翔宇が親友以上の関係になることはなかった。理由はどちらも攻め気質──いわゆる「タチ」だったからだ。
中高一貫の学校だったから、高校も同じでよく遊んだ。その頃には互いに恋人がいたりして、男同士のセックスのやり方に悩んだり、ビデオや雑誌で仕入れた知識を互いに教え合ったりしていた。
遊びに行くのも、テスト勉強をするのも。俺達はいつも一緒だった。付き合ってる訳ではなかったが、周りの連中は俺達が他とは違う特別な関係だということに薄々気付いていたかもしれない。今となっては確かめようがないけれど。
高校卒業後、俺と翔宇は地元を出て一緒に暮らし始め、今の「この仕事」も一緒に面接を受けた。十八歳の頃から四年間で何度か勤め先の店舗は変えたものの、仕事内容は全く変わっていない。
出張型、ハコ型、飲み屋系やクラブ系など、一口に売り専といっても色々な店があるが、煎じつめれば皆同じ──男が男相手に性的なサービスをする仕事だ。
今現在俺達が働いている店「Gラッシュ」には、十八歳から三十過ぎくらいまでの約二十人のボーイが所属していて、皆様々な理由を持ってこの仕事をしている。学費のためとか借金だとか、単なる小遣い稼ぎだとか。中には堂々と「セックスが好きだから」なんて公言している強者もいる。
俺と翔宇が働く理由は、他のボーイ達のそれとは少し違っていた。
忘れもしない、高校三年の冬休みのある日。
翔宇の部屋でひとしきりゲームをやって遊んだ後、卒業したらどうする、なんて話になった時のことだ。急に翔宇が大人の顔になり、これみよがしに煙草をふかしながら俺に語り出した。
「俺は頭も悪いし、これといって特別な取り柄もねえ。でもな。今何もしなかったら、このまま大人になった時に後悔するのは目に見えてんだ。だったら、今の若さと体力をフル活用してやれることをやれるうちにやってやれと思う」
正直言って、翔宇が何を言っているのか俺にはいまいち理解できていなかった。何て答えたら良いのか分からずに黙っていると、
「俺は卒業したら地元出て、東京で売り専やる」
あっさりそう宣言された。
俺の素直な感想としては、「別にいいんじゃない?」だった。雑誌や漫画でそのテの仕事を取り扱った話を読んでいたから偏見なんてなかったし、翔宇が決めたことならそうするべきだと思った。
翔宇なりに頭を使って考えた結果なのだ。俺がそれを止める理由なんてないし、むしろその一分後に「じゃあ俺もやってみようかな」なんて言葉が出たほどだった。翔宇はひどく驚き、そして喜んでくれた。
ただ単に、互いに離れるのが怖かったのだと思う。世間ではまだまだ同性愛が白い目で見られているし、大学へ行く選択をしなかった俺達は、せっかく見つけた「同じ仲間」と離れて一般社会の中を一人で生きてゆく自信がなかったのだ。
そうして十八歳だった俺と翔宇は、ガチガチに緊張しながらこの仕事を始めた。
仕事中、俺は八坂響希ではなく「流星リュウセイ」になる。翔宇は立川翔宇でなく「詩音シオン」になる。酒を飲み、大爆笑しながらお互いに決めた源氏名だった。
予約が入れば客の自宅やホテルに行く。店舗の個室でサービスすることもある。当時新人の俺と翔宇はタチ専門であるにも関わらず、出勤するたび客から鬼のように指名を受けた。
例えば六十分の出張コースだと、客から一万三千円を受け取り、その内の八千円がボーイの給料となる。一日五人から指名されれば四万円だ。それを週四回で十六万。そう簡単にいく訳ないと思いつつ、実際に初月の給料を計算してみた時は金額の凄まじさに目玉が飛び出るかと思った。
文字通り体を使って働くことに対して初めは不安で仕方なかったけど、俺も翔宇も慣れるまでそれほど時間はかからなかった。一番気がかりだった「買いに来る客ってどんな人なんだろう?」の疑問も、始めてみたら案外普通の男ばかりで、大してストレスにもならなかった。そのお陰で、いや、そのせいで……? 四年もこの仕事を続けてきたのだ。
たまには雑誌の取材やグラビア撮影なんかもあり、俺と翔宇は今でもそれなりに売れている。互いに常連の客がいて、飯を奢ってもらったり物を買ってもらえたり、普通の生活では決して経験できないようなこともたくさんあるのだ。
だからと言ってもちろん、良いことばかりではない。
風俗業界に四年もいるとどうしても価値観がズレてきてしまうのだ。セックスが日常の中で当たり前になってきて、恋愛感情なんてなくても、どんなに好みのタイプじゃなくても、いつの間にか淡々と数をこなせるようになっていた。「この仕事をしてるうちはまともな恋愛なんてできない」なんてぼやいてる仕事仲間もいる。確かに俺もその通りだと思う。
好きな男に売り専をやっていると言えない、または好きな男にバレてしまった。彼氏が偶然店に来て修羅場になった。客に惚れた、惚れられた。俺自身仲間から様々な恋愛相談を受けてきたが、どんなに親身になって助言をしたとしても、結局その殆どが残念な結果に終わってしまうのだった。
「流星も、男を取るか、仕事を取るかにした方がいいよ」。飲み会の席で、酔った仲間からそんなことを言われた記憶がある。その時の俺は分かった振りをしてうんうんと頷きながらそれに同意したが、本当はちっとも分かっていなかった。
七年前の夏に芽生えた、甘酸っぱくて切ない気持ち。二十一歳になった今も、俺はそれを捨てられずにいた。
あの夜花火の音にかき消された言葉は、今も翔宇には届いていない。
俺は翔宇が好きだった。
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