3 / 17
第3話 人の「噂」と「想像力」
しおりを挟む
「先生は幽霊とか、怖くないんですか?」
月が綺麗な夜だった。さわさわと葉っぱの揺れる音が心地好く、半袖でちょうど良いと感じる暖かな春の夜。
俺と夜城先生は、地元・九蓮宝町で有名な心霊スポットである廃墟となった空き家──の周りを歩いていた。なんてことはない、コンビニの帰り道だ。
「それは霊感のない俺への皮肉か? 見えないモノを怖がってどうする」
怪談作家で怖い話や超常現象、都市伝説などが大好きな夜城先生には霊感がない。人生の三十一年間、一度として心霊現象に遭遇したことがない。本人はそれがとても悔しいらしく、常日頃から霊感持ちである俺をある意味では妬んでいるのだ。
「見える、見えないはあまり関係ないですよ。人間の恐怖って、大抵は個人の想像力が生み出すモノですからね。先生の書いてる小説も、先生の想像力が生んだものてしょ」
「自分の想像が生んだ恐怖を、なぜ怖がる必要がある」
「何て言えばいいのかなぁ……ホラー映画を見た後に、夜中トイレ行けなくなる現象がまさにソレじゃないですか? 廊下に何かいたらどうしよう、トイレで何かあったらどうしよう、って。分かってるのに自分の想像で怖くなっちゃうアレです」
大量のスナック菓子とビールが詰まったエコバッグを両手に、先生が「フン」と鼻を鳴らして笑った。
「俺はそんな経験はない。夜中のトイレも風呂も、ガキの頃から一度も怖いと思ったことはねえ」
「先生って変わり者ですよねぇ。ホラー映画大好きなのに、超絶リアリストっていうか」
「どうせ見えねえのに怖がる必要はないってことだ。霊は存在する。だが俺には見えねえ。じゃあ俺にとっては空気と同じだ」
俺は善人でいることを心がけてはいるが聖人ではないので、ここでちょっとしたイタズラを思い付いてしまった。俺の知る限り一度も見たことのない「先生のビビる顔」が、どうしても見たくなってしまったのだ。
「先生。実は先生が怖がるんじゃないかな、って今まで黙ってたんですが……」
「何だ、まさか原稿のデータ消したとかじゃねえだろうな」
「違いますよ。……実はこの廃屋の空き家、色々と噂があるじゃないですか」
歩く俺達の右横、ブロック塀の向こうには昼間でも陰鬱として暗い雰囲気のデカい空き家がある。
なぜこんなにも大きく立派な家が何十年も放ったらかしなのか、地元では様々な噂が流れていた。
家主が首を吊ったとか、強盗殺人事件があったとか。どれも確かな話ではないのだが、古い空き家というだけで不気味さを演出するため、非日常的な過去を捏造し勝手に付け足されてしまう。
俺が見たところ、この空き家に悪意を持つ霊体は棲んでいない。幾つかの霊はいるようだが、別段のっぴきならない理由でいる訳ではなさそうなので、こちらが何もしなければ害はないだろう。
「噂ほどアテにならねえものはないな」
先生がチラリと空き家に目を向けて言った。
「え、でも怖くないですか? 強盗に殺された人の怨念が今もそこにいるかもしれませんよ。先生のすぐ隣で、先生のこと見てるかも」
「『かも』ってことは、お前自身が見えてるモノじゃねえな。ハッタリだ」
「う、……」
「人の噂に関する怖い話、してやろうか」
「何ですか?」
「口裂け女って知ってるか」
「はい、あの『私キレイ?』ってやつですよね」
「その噂が流行った時、日本全国の子供達が本気で口裂け女の存在を信じ込んでいたんだ。ありもしねえ目撃談が次々に出てきて、恐怖で学校に通えなくなる子供が続出した。──と、そこまではお前も知っているだろう」
リアルタイムで体験した訳ではないけれど、知識としては知っている。学校側でも集団下校や心理カウンセリングなど、口裂け女という噂に対する様々な対応をする羽目になったのだ。
「あまり表沙汰にはなってねえが、ある小学校では口裂け女への『生贄』が選出されるという事件が起きた。常日頃からイジメ被害を受けていた生徒や、大人しくて口答えのできない生徒が『生贄』にされたんだ」
「え、……い、生贄ですか……?」
「もちろん命を奪った訳ではないが、口裂け女の出没が噂されていた路地裏や、それこそ廃墟となった空き家なんかに『生贄』を放置していたそうだ。こいつを捧げるから自分達には手出しをしないでくれ、とな」
子供達にはそれほどの恐怖があったのだろう。生贄の風習なんて知らないはずの子供達が人身御供という手段を自ら考え実行に移してしまったのは、彼らが本気で口裂け女を恐れていたからだ。
だけど、生贄に選ばれてしまった児童の恐怖はそれ以上だっただろう。口裂け女なんてただの都市伝説だと分かっている俺には、その恐怖は想像もできない。
「たった一つの『噂』が、子供達に生贄という最悪の手段を選ばせた。実際に命を落とした子供はいないが、心理的には殺人未遂と同等だろう。子供らは本気で口裂け女への生贄としてクラスメイトを捧げたのだからな。殺されようが食われようが構わないと思った訳だ」
「………」
「噂はやがて実体を持つ。それがどんな「形」で現れるかは誰にも分からねえが……人の噂がどれほどの影響力を持つか、その影響力がどんな結果を引き起こすか。分かっただろう」
俺は黙って空き家を見上げた。
ここにいる浮遊霊は大人しく無害だ。だけど人の噂によって凶悪な悪霊とされ、その噂は肝試しなどをする連中を招き、結果として居場所を脅かされた無害な浮遊霊達の怒りを買い、いつしか本当に恐ろしい霊が生まれてしまう。
幽霊も人間も妖怪も、噂一つでどんなモノにでもなってしまうのだ。
「……ごめんなさい先生。先生のこと、怖がらせようと思って軽率なことを……。噂なんて本当にアテにならないし、鵜呑みにするべきじゃないですね……」
「いや、別に謝るようなことじゃねえ。口裂け女だのテケテケだののお陰で、都市伝説というジャンルはホラー界には欠かせない存在となったしな」
先生をビビらせることは出来なかったけれど、また一つ何か大事なことを教えられた気がして俺は口元を弛めた。先生といると普段ちっとも考えないようなことを考えさせられる。だから俺は、先生と一緒にいられることに感謝している。
「怖い噂だけでなく、もう少し色っぽい噂でも立てばな」
「全裸の美少年が廃墟に住んでいる、とかですか?」
「ああ、それはいいな」
自分で言っておきながらむくれる俺をからかうように、先生がニヤリと笑みを浮かべた。
「昔の怪談はそういう話が多かった。雪女なんかが良い例だな」
「美女が現れて男を誘惑する話はあるけれど、美男子が男を誘惑する話はないですね」
「いや、中には当然そのテの話もあっただろう。世に出る時に大衆受けするよう美男子が美女に変えられたってだけだ」
「先生が構想段階で妄想する美男子のエロい幽霊を、編集さんから美女に変えるよう言われるのと同じですか?」
「まあな。俺の頭の中にいる幽霊を噂として広めれば、いつかは実体を持つかもな」
冗談で言っているとは分かっているけれど、万が一でもそんなことになったら俺は困ってしまう。
先生の想像する「完璧な美青年」とやり合うなんて、俺には自信がないからだ。
「噂なんてくだらないですよっ、先生は噂じゃなくて先生自身の筆で恐怖を生み出してくださいね!」
プイとそっぽを向いて先生より数歩先を小走りに進む俺。十九歳にもなってこんなことで拗ねるなんて恥ずかしいが、先生はこうしてたまに俺を怒らせる……というか妬かせる意地悪を平然と言う。つまり今の俺の態度は、先生の思惑通りという訳だ。
「黎人、あまり急ぐな。転んだら危ないぞ」
「子供じゃないんですから大丈夫ですよ」
仕方ねえ奴め、と先生が両手にエコバッグを下げたまま俺の後を追ってくる。
「走るな。黎人。ゆっくり歩け」
「………」
小走りのまま少し振り向くと、焦って俺を追う先生の背後でくすくすと笑う存在が目に映った。
「ああ……早速実体を持っちゃった」
ほんのりと青く発光する、色白で黒髪の美青年。空き家を囲うブロック塀の上に座った彼は、俺達を見下ろしながら口元に手をあてて笑っている。その悪戯っぽい笑みも、月光を吸収し透き通る青白い肌も、まさに芸術そのものだった。
「何だ、どうした黎人」
「先生に言ったら怒るからやめておきます」
「俺は滅多なことでは怒らねえ。何か見たのなら言え」
「いや、今回は絶対怒ると思います。『何でお前だけ、ずるいぞ、畜生!』って」
俺は自分のエコバッグの中からペットボトルのジュースを取り出し、青年の座るブロック塀の下へと置いた。
(先生の想像が実体を持った訳じゃなくて、君が先生の想像に潜り込んだんだろ。でも残念だけど、先生は君の願いを叶えてあげられないよ。波長は合っても、先生に君をどうにかする力はない。くれぐれも先生には近付くなよ)
先生に聞かれたら怒られるので心の中で念じただけだが、充分青年には伝わったようだ。全裸の美青年はつまらなそうに目を細めて、ブロック塀の上から俺を見下ろしている。
「何やってんだ、黎人。ジュースそこに供えてくのか? ビールもやった方がいいか?」
「いえ、大丈夫ですよ。帰りましょう、先生──」
瞬間、うなじに冷たいものが触れて鳥肌がたった。
「っ……!」
「黎人?」
ほんの数秒間、体の中の血液が全て冷水になったかのような悪寒に包まれる。だけどすぐにその悪寒も消え、俺はぶるぶると頭を振って先生の顔を見た。
「大丈夫か?」
「……はい。先生、早く帰りましょう」
「ああ、お菓子とビールで夜更かしだな」
俺が片手に持っていたエコバッグを先生の方へ突き出すと、何の疑問も持たずに先生がそれを持ってくれた。
荷物のなくなった両手を先生の腕に巻き付け、ぴったりとくっついて夜道を歩く。
「どうした、やけに甘えるな」
「俺が今ここにいるのは、先生のお陰ですから」
「よく分からんが、エロい顔になっている」
「……先生ってば」
俺はその逞しい腕に頬擦りしながら、口元を弛めて目を細めた。
ああ、今夜は月が綺麗だ。
こういう夜は素敵な出会いがあるものだっていうのもまた、どこかの誰かが作った噂なのかもしれないね。
第3話・終 ~つづく!~
月が綺麗な夜だった。さわさわと葉っぱの揺れる音が心地好く、半袖でちょうど良いと感じる暖かな春の夜。
俺と夜城先生は、地元・九蓮宝町で有名な心霊スポットである廃墟となった空き家──の周りを歩いていた。なんてことはない、コンビニの帰り道だ。
「それは霊感のない俺への皮肉か? 見えないモノを怖がってどうする」
怪談作家で怖い話や超常現象、都市伝説などが大好きな夜城先生には霊感がない。人生の三十一年間、一度として心霊現象に遭遇したことがない。本人はそれがとても悔しいらしく、常日頃から霊感持ちである俺をある意味では妬んでいるのだ。
「見える、見えないはあまり関係ないですよ。人間の恐怖って、大抵は個人の想像力が生み出すモノですからね。先生の書いてる小説も、先生の想像力が生んだものてしょ」
「自分の想像が生んだ恐怖を、なぜ怖がる必要がある」
「何て言えばいいのかなぁ……ホラー映画を見た後に、夜中トイレ行けなくなる現象がまさにソレじゃないですか? 廊下に何かいたらどうしよう、トイレで何かあったらどうしよう、って。分かってるのに自分の想像で怖くなっちゃうアレです」
大量のスナック菓子とビールが詰まったエコバッグを両手に、先生が「フン」と鼻を鳴らして笑った。
「俺はそんな経験はない。夜中のトイレも風呂も、ガキの頃から一度も怖いと思ったことはねえ」
「先生って変わり者ですよねぇ。ホラー映画大好きなのに、超絶リアリストっていうか」
「どうせ見えねえのに怖がる必要はないってことだ。霊は存在する。だが俺には見えねえ。じゃあ俺にとっては空気と同じだ」
俺は善人でいることを心がけてはいるが聖人ではないので、ここでちょっとしたイタズラを思い付いてしまった。俺の知る限り一度も見たことのない「先生のビビる顔」が、どうしても見たくなってしまったのだ。
「先生。実は先生が怖がるんじゃないかな、って今まで黙ってたんですが……」
「何だ、まさか原稿のデータ消したとかじゃねえだろうな」
「違いますよ。……実はこの廃屋の空き家、色々と噂があるじゃないですか」
歩く俺達の右横、ブロック塀の向こうには昼間でも陰鬱として暗い雰囲気のデカい空き家がある。
なぜこんなにも大きく立派な家が何十年も放ったらかしなのか、地元では様々な噂が流れていた。
家主が首を吊ったとか、強盗殺人事件があったとか。どれも確かな話ではないのだが、古い空き家というだけで不気味さを演出するため、非日常的な過去を捏造し勝手に付け足されてしまう。
俺が見たところ、この空き家に悪意を持つ霊体は棲んでいない。幾つかの霊はいるようだが、別段のっぴきならない理由でいる訳ではなさそうなので、こちらが何もしなければ害はないだろう。
「噂ほどアテにならねえものはないな」
先生がチラリと空き家に目を向けて言った。
「え、でも怖くないですか? 強盗に殺された人の怨念が今もそこにいるかもしれませんよ。先生のすぐ隣で、先生のこと見てるかも」
「『かも』ってことは、お前自身が見えてるモノじゃねえな。ハッタリだ」
「う、……」
「人の噂に関する怖い話、してやろうか」
「何ですか?」
「口裂け女って知ってるか」
「はい、あの『私キレイ?』ってやつですよね」
「その噂が流行った時、日本全国の子供達が本気で口裂け女の存在を信じ込んでいたんだ。ありもしねえ目撃談が次々に出てきて、恐怖で学校に通えなくなる子供が続出した。──と、そこまではお前も知っているだろう」
リアルタイムで体験した訳ではないけれど、知識としては知っている。学校側でも集団下校や心理カウンセリングなど、口裂け女という噂に対する様々な対応をする羽目になったのだ。
「あまり表沙汰にはなってねえが、ある小学校では口裂け女への『生贄』が選出されるという事件が起きた。常日頃からイジメ被害を受けていた生徒や、大人しくて口答えのできない生徒が『生贄』にされたんだ」
「え、……い、生贄ですか……?」
「もちろん命を奪った訳ではないが、口裂け女の出没が噂されていた路地裏や、それこそ廃墟となった空き家なんかに『生贄』を放置していたそうだ。こいつを捧げるから自分達には手出しをしないでくれ、とな」
子供達にはそれほどの恐怖があったのだろう。生贄の風習なんて知らないはずの子供達が人身御供という手段を自ら考え実行に移してしまったのは、彼らが本気で口裂け女を恐れていたからだ。
だけど、生贄に選ばれてしまった児童の恐怖はそれ以上だっただろう。口裂け女なんてただの都市伝説だと分かっている俺には、その恐怖は想像もできない。
「たった一つの『噂』が、子供達に生贄という最悪の手段を選ばせた。実際に命を落とした子供はいないが、心理的には殺人未遂と同等だろう。子供らは本気で口裂け女への生贄としてクラスメイトを捧げたのだからな。殺されようが食われようが構わないと思った訳だ」
「………」
「噂はやがて実体を持つ。それがどんな「形」で現れるかは誰にも分からねえが……人の噂がどれほどの影響力を持つか、その影響力がどんな結果を引き起こすか。分かっただろう」
俺は黙って空き家を見上げた。
ここにいる浮遊霊は大人しく無害だ。だけど人の噂によって凶悪な悪霊とされ、その噂は肝試しなどをする連中を招き、結果として居場所を脅かされた無害な浮遊霊達の怒りを買い、いつしか本当に恐ろしい霊が生まれてしまう。
幽霊も人間も妖怪も、噂一つでどんなモノにでもなってしまうのだ。
「……ごめんなさい先生。先生のこと、怖がらせようと思って軽率なことを……。噂なんて本当にアテにならないし、鵜呑みにするべきじゃないですね……」
「いや、別に謝るようなことじゃねえ。口裂け女だのテケテケだののお陰で、都市伝説というジャンルはホラー界には欠かせない存在となったしな」
先生をビビらせることは出来なかったけれど、また一つ何か大事なことを教えられた気がして俺は口元を弛めた。先生といると普段ちっとも考えないようなことを考えさせられる。だから俺は、先生と一緒にいられることに感謝している。
「怖い噂だけでなく、もう少し色っぽい噂でも立てばな」
「全裸の美少年が廃墟に住んでいる、とかですか?」
「ああ、それはいいな」
自分で言っておきながらむくれる俺をからかうように、先生がニヤリと笑みを浮かべた。
「昔の怪談はそういう話が多かった。雪女なんかが良い例だな」
「美女が現れて男を誘惑する話はあるけれど、美男子が男を誘惑する話はないですね」
「いや、中には当然そのテの話もあっただろう。世に出る時に大衆受けするよう美男子が美女に変えられたってだけだ」
「先生が構想段階で妄想する美男子のエロい幽霊を、編集さんから美女に変えるよう言われるのと同じですか?」
「まあな。俺の頭の中にいる幽霊を噂として広めれば、いつかは実体を持つかもな」
冗談で言っているとは分かっているけれど、万が一でもそんなことになったら俺は困ってしまう。
先生の想像する「完璧な美青年」とやり合うなんて、俺には自信がないからだ。
「噂なんてくだらないですよっ、先生は噂じゃなくて先生自身の筆で恐怖を生み出してくださいね!」
プイとそっぽを向いて先生より数歩先を小走りに進む俺。十九歳にもなってこんなことで拗ねるなんて恥ずかしいが、先生はこうしてたまに俺を怒らせる……というか妬かせる意地悪を平然と言う。つまり今の俺の態度は、先生の思惑通りという訳だ。
「黎人、あまり急ぐな。転んだら危ないぞ」
「子供じゃないんですから大丈夫ですよ」
仕方ねえ奴め、と先生が両手にエコバッグを下げたまま俺の後を追ってくる。
「走るな。黎人。ゆっくり歩け」
「………」
小走りのまま少し振り向くと、焦って俺を追う先生の背後でくすくすと笑う存在が目に映った。
「ああ……早速実体を持っちゃった」
ほんのりと青く発光する、色白で黒髪の美青年。空き家を囲うブロック塀の上に座った彼は、俺達を見下ろしながら口元に手をあてて笑っている。その悪戯っぽい笑みも、月光を吸収し透き通る青白い肌も、まさに芸術そのものだった。
「何だ、どうした黎人」
「先生に言ったら怒るからやめておきます」
「俺は滅多なことでは怒らねえ。何か見たのなら言え」
「いや、今回は絶対怒ると思います。『何でお前だけ、ずるいぞ、畜生!』って」
俺は自分のエコバッグの中からペットボトルのジュースを取り出し、青年の座るブロック塀の下へと置いた。
(先生の想像が実体を持った訳じゃなくて、君が先生の想像に潜り込んだんだろ。でも残念だけど、先生は君の願いを叶えてあげられないよ。波長は合っても、先生に君をどうにかする力はない。くれぐれも先生には近付くなよ)
先生に聞かれたら怒られるので心の中で念じただけだが、充分青年には伝わったようだ。全裸の美青年はつまらなそうに目を細めて、ブロック塀の上から俺を見下ろしている。
「何やってんだ、黎人。ジュースそこに供えてくのか? ビールもやった方がいいか?」
「いえ、大丈夫ですよ。帰りましょう、先生──」
瞬間、うなじに冷たいものが触れて鳥肌がたった。
「っ……!」
「黎人?」
ほんの数秒間、体の中の血液が全て冷水になったかのような悪寒に包まれる。だけどすぐにその悪寒も消え、俺はぶるぶると頭を振って先生の顔を見た。
「大丈夫か?」
「……はい。先生、早く帰りましょう」
「ああ、お菓子とビールで夜更かしだな」
俺が片手に持っていたエコバッグを先生の方へ突き出すと、何の疑問も持たずに先生がそれを持ってくれた。
荷物のなくなった両手を先生の腕に巻き付け、ぴったりとくっついて夜道を歩く。
「どうした、やけに甘えるな」
「俺が今ここにいるのは、先生のお陰ですから」
「よく分からんが、エロい顔になっている」
「……先生ってば」
俺はその逞しい腕に頬擦りしながら、口元を弛めて目を細めた。
ああ、今夜は月が綺麗だ。
こういう夜は素敵な出会いがあるものだっていうのもまた、どこかの誰かが作った噂なのかもしれないね。
第3話・終 ~つづく!~
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
わけあって、ちょっとお尻周りがふっくらしているんです。【日常生活でおむつは欠かせません!】
ろむ
大衆娯楽
前代未聞、
おむつ男子の70%ノンフィクションストーリー⁈
"レポート"では無くちょっと変わったリアルな日常の様子をお届け。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
片思い台本作品集(二人用声劇台本)
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
今まで投稿した事のある一人用の声劇台本を二人用に書き直してみました。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。タイトル変更も禁止です。
※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる