東京ナイトイーグル

狗嵜ネムリ

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「つ、疲れた……」
 俺はシャワールームで遊隆にもたれかかり、心の底から太い息を吐いた。あんなに泣きながら喘ぎ悶えていたのに、もうすっかり元の俺に戻っている。それは遊隆も同じだ。
「雪弥、お疲れ。俺もすげえ疲れたわ」
 俺の体にシャワーを浴びせながら遊隆が笑った。
「まさか雀夜が出てくるとは思わなかったな。松岡さん、意地が悪すぎるぜ」
「……でも遊隆、すぐに適応してたじゃん」
「だって取り乱す訳にいかねえだろ? それに実際やってみたら、楽しかったし……」
 俺は遊隆の胸に顔を埋めながら訊いてみた。
「……雀夜が出てきた時、最初は怖かった?」
「え?」
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「……そうか」
 遊隆がシャワーを止め、俺の体を優しく抱きしめる。
「雪弥がいたから全然怖くなかった。雪弥と一緒だったから、ちっとも……」
「俺、遊隆のこと好きだよ」
 えっ、と遊隆の声が聞こえた。前にもこんな場面があったような気がする。
「前まで遊隆に惚れかかってたけど、今は完全に惚れてるよ。おかしい?」
「お、おかしくはねぇけど……」
 しどろもどろになる遊隆が可愛くて、俺は含み笑いした。
「遊隆は俺のこと好き?」
「好き……だけど。いや、好きだよ」
「嘘だ」
「本当だって」
「じゃあ撮影以外でもセックスしてくれる?」
「ゆ、雪弥っ……」
 なんとなく理解した。
 全くこんな仕事をしておきながら、この男は……。
「……遊隆には、いろんなこと教えてもらったから」
「ん?」
「今度は俺が遊隆に、恋愛のしかた教えてやる」
「うわっ!」
 思い切り遊隆の体に飛び付き、そのまま唇を塞ぐ。
 しばらくの間キスをしてから、俺達は顔を見合わせて笑った。


 その夜は遊隆のアパートで打ち上げと称した飲み会をすることになった。雀夜は露骨に嫌がっていたが、俺が無理矢理に手を引いてやっとの思いで連れてくることができたのだ。
「マジで、どうして、俺に、一言も教えてくれなかったのさ!」
 どうせならと思って桃陽も呼んだのだが、彼の怒りは凄まじかった。
「俺だって見たかった! 参加したかった! ずるい!」
「こうなるから松岡さんも、桃陽には黙ってたんだな……」
 遊隆が耳打ちしてきて、俺は慌てて桃陽を宥めた。
「お、俺達だって雀夜が出るの知らなかったんだよ。桃陽を仲間外れにした訳じゃないんだってば」
「雀夜はなんで黙ってたんだよ! バカチンコ野郎!」
 桃陽の怒りの矛先が雀夜に向かう。
「お前が出たら、主役の二人が霞んじまうだろうが」
 雀夜は煙草を燻らせながらつまらなそうな顔で言った。
「そんなにヤりてぇなら、仕事じゃない時にヤればいいだろうが」
「えっ!」
「はっ?」
 俺と遊隆の声が重なった。
 桃陽がニンマリと笑って寝転がり、俺の膝に頭を乗せる。
「絶対だよ! 雪弥、雪弥! 今度は俺が雪弥をイかしてあげるからな!」
「桃陽、もう酔ってるだろ」
「お前、俺以外の男とはヤラねえんじゃなかったのかよ」
「突っ込まれるのは雀夜だけだよ。でも俺、タチもできるから。雪弥に突っ込むならいいじゃん」
「お前のチンポじゃユキヤが満足しねえだろ」
「言い返せないけどムカつく!」
「分かった、分かったから喧嘩するなよ桃陽」
 溜息をついて頭を撫でてやると、桃陽は心地良さそうに目を閉じて俺の膝に頬ずりした。
「なぁ、雀夜──」
 遊隆が思い詰めた表情で問いかけた。
「どうしてお前、今回のこれに参加したんだ?」
「………」
「遊隆、知らないの……?」
 それに答えたのは、俺の膝から頭を上げた桃陽だった。
「雀夜、モデル引退するんだよ」
「えっ?」
「マジかよ……」
 驚いた俺と遊隆は同時に雀夜へ顔を向けた。雀夜は顔色一つ変えずに紫煙を吐いている。
「遊隆と最後の動画だったから、特別な物にしたかったんでしょ? 俺、雀夜が松岡さんと話してたの聞いたもん」
「そうなの……?」
 俺が問いかけると、雀夜が小さく笑って頷いた。
「俺ももう二十五歳だぜ。いつまでも公の場で裸になる訳にいかねえだろ」
「そんなことないのに……」
 あの撮影が最後だったなんてできれば知りたくなかった。だって雀夜は、雀夜は。
「あっ……」
 頭の中に閃光が走り、俺は理解した。
 雀夜はずっと、遊隆のことが気がかりで仕方なかったのだ。トイレの個室での一件の時には既に引退を決意していたのだろう。
 あの時も、そして今日も。俺に遊隆の相手を任せられるか、確かめたかったのだ──。
「……雀夜」
 そう思ったら急に寂しくなってきて、俺はしっかりと真正面から雀夜を見た。
「遊隆のこと、俺に任せてくれていいから! 雀夜ががっかりしないように、俺、ずっと遊隆と、仕事でも、プライベートでもっ……」
「ゆ、雪弥っ」
 赤くなった遊隆が俺の腕を押さえて発言を遮った。
 雀夜がゆっくりと紫煙を吐き出す。
「馬鹿じゃねえの。俺は遊隆の心配なんてしてねえよ」
「………」
 そっぽを向いた雀夜の頬が心なしか緩んでいるのに気付き、俺は満面の笑みを浮かべて彼に向かって頷いた。
「結局、最後まで雀夜の売上は抜けなかったな……なんかムカつく」
 遊隆が缶ビールをあおって唇を尖らせた。言葉とは裏腹に、その顔には寂しさが滲んでいる。
 遊隆にとっても、いろんな意味で雀夜は特別な存在だったんだろう。どうやっても俺は二人の過去を知ることはできないけど、たまにこうして集まって飲むくらいの関係はこれからも続けばいいと思った。
「桃陽も、寂しくなるな」
「んー」
 ぼんやりとした顔で桃陽が起き上がり、今度はあぐらをかいた雀夜の膝の上に移動する。
「結局、次の俺の相手は誰になるんだろうなぁ……」
「ユキヤだったりしてな」
「あー、それがいいかも。松岡さんに相談してみようっと」
「えっ!」
「だ、駄目だ! 雪弥は渡さねえ!」
 憤る遊隆を見て、桃陽がケラケラと笑った。
「大丈夫だよ。……それに、俺は寂しくないよ。だってこれからもずっと雀夜に会えるもんね!」
 顔を上げて、雀夜の頬にキスをする桃陽。
「なんだ、お前らやっぱりデキてたのか」
「まさか」
 雀夜が吐き捨てるように言った。
「こいつの遅刻癖が直るまで面倒みてやるだけだ」
「そうだよ。だからね、雀夜の家でずっと暮らすんだ。毎朝起こしてもらって、毎晩エッチしまくる」
「ふざけんな。そう毎日お前の性欲に付き合ってられるか」
「なんで? 雀夜だってほぼ毎晩俺に手出してくるじゃん。最近は俺のことギュウしないと落ち着いて寝れねえって自分で言ったんじゃん」
「……桃陽、てめえ」
「やっぱ桃陽酔ってるだろ……」
 俺は遊隆と顔を見合わせて苦笑した。
 それから数時間後。
 すっかり酔い潰れて寝てしまった桃陽を雀夜が抱き、二人はタクシーで雀夜のマンションへ帰って行った。
 そして今まで床で寝ていた俺は、今日初めて遊隆のベッドで最初から一緒に眠ることになった。
 強く抱き合い、鼻先をくっつけ、小さく囁き合う。
「遊隆とこうして一緒に寝るなんて、なんかすごい不思議な気分」
「俺も。結構いいモンだな」
「これからもよろしくね、遊隆」
「俺もよろしく、雪弥」
 重なった唇からは煙草の香りがした。
「遊隆に会えて良かった……」
「……雪弥、大好きだよ」
 聞き慣れたはずのその台詞が、今はただ嬉しい。俺は目に涙を溜めながら何度も頷いた。
「俺も好き。遊隆が大好き……」
 遊隆は俺の涙に口付けて、優しく頭を撫でてくれた。
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