東京ナイトイーグル

狗嵜ネムリ

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「雪弥、ただいま」
 時刻は午後三時。玄関の方から声がして、疲れた顔の遊隆がリビングに入ってきた。
 動画撮影は夕方六時からだ。遊隆は午前中から写真撮影があって、これから夕方まで家で休憩し、一緒にスタジオに向かうことになっている。
「お疲れ、遊隆。仕事どうだった?」
「ん。まぁ写真だけだからな、いつも通りだったわ。……あぁそうだ、雪弥の画像の売上、総合トップの十位以内に入ったとか言ってたぞ」
「ほ、ほんと? うわ、来月プレッシャーだな……。ちなみに一位は」
「不動の雀夜様っすわ。二位が俺。三位が桃陽。ただし桃陽は、ウケ側の方ではダントツ一位だ」
「へぇ。桃陽は分かるけど、遊隆も意外と人気あるんだな」
「失礼な」
 ソファに転がって笑っていると、遊隆が煙草を取り出した。
「一服したら飯買いに行こうぜ。腹減って仕方ねえよ」
「コンビニ弁当で良ければ買っておいたけど」
「おっ、気が利くなぁ。さすが雪弥」
 本当ならオフの俺が飯の支度をして待っているべきだったのだが、以前に黒こげのハンバーグを遊隆に食わせて眠れないほどの腹痛を起こさせたことがある。恥ずかしい話だが、それ以来遊隆は俺の料理を怖がるようになってしまったのだ。
 電子レンジで温めた弁当をテーブルに置くと、遊隆が割箸を咥えながら首を傾げた。
「雪弥の分は?」
「俺は昼に食ったから。夜まで我慢するよ」
「そっか。今食ったら大変だもんな、これから動画撮るんだし……」
 唐揚げを頬張る遊隆の正面にテーブルを挟んで座り、俺は頬杖をついて宙を見つめた。
「撮影な。俺、あんまり詳しい内容聞いてないんだけど大丈夫かな」
 今日撮る動画は、俺のたっての希望もあって遊隆の得意分野とやらを披露してもらうことになっている。しかも細かい内容をわざと俺に知らせないでおくことで、自然なリアクションを期待されているらしい。
 それでも一応、最低限のことだけは松岡さんに教えてもらった。
 まずは、俺と遊隆以外のモデルが参加すること。遊隆のアシスタント的な役割をするらしいのだが、何人くらい参加するのかは知らされていない。
 それから、ちょっと怪しげな玩具を使うこと。手錠や首輪なんかもその部類に入るんだろう。恐らくはバイブやローターとかのお決まりグッズも。
 そして、最後は遊隆とセックスをして射精で終わるけど、それまでに何回かイかされるかもとのこと。だから、念には念をということで今日までオナニー禁止令が出されていた。
 他のモデルがその場にいて、玩具を使う。それだけ聞くと強姦系の匂いがするが、遊隆に言わせるとそうでもないらしい。
 ──雪弥が二度と体験できねえようなすげぇこと、教えてやる。
 得意げな顔で言っていた遊隆。だから俺も楽しみだった。
「雪弥は自然に振る舞ってくれればそれでいいんだ。間違っても怖いこととか、痛てぇことはしないから」
「……うん」
 そう言えば、松岡さんが言ってたっけ。遊隆は雀夜に怖い思いをさせられて、それがトラウマになってると。
「俺は遊隆を信じてるから、大丈夫だよ」
 テーブルに身を伏せて言うと、遊隆が照れ臭そうにはにかんだ。
 それから出勤するまでの数時間、俺と遊隆は普段通り家で過ごした。ゲームをしたり雑誌を読んだり、これからセックスする関係だなんて思えないくらいの、いつもの時間の潰し方。
 そうしてる間にあっという間に五時になって、俺達は遊隆の車で撮影場所のスタジオに向かった。一作目の時に教室のセット借りた時と同じスタジオだ。
「遊隆と雪弥、来ましたよー」
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
 松岡さんや他のスタッフに挨拶しながら、室内にざっと視線を走らせる。どうやら雀夜と桃陽のコンビは来ていないらしい。内心ホッとして、通りがかったスタッフに訊ねてみた。
「桃陽達、今日は見学来てないんですね」
「うん、あの二人も仕事だからね。桃陽は確か写真撮影で、雀夜は動画だよ」
「雪弥ぁー、シャワー浴びて着替えー」
「あっ、はい!」
「はい雪弥、脱いで脱いで!」
 俺はその場でシャツを脱ぎ、横で待機していた浩司さんにそれを渡した。手際の良さが物を言う仕事だ。余分な時間は少しでもカットできればそれに越したことはない。
「ズボンとパンツも、脱いで脱いで」
「わ、わ……」
 俺はスタッフ全員に見られている中で全裸になり、慌ててシャワールームに駆け込んだ。
「雪弥、シャンプー取って」
 狭い浴槽に遊隆と立ち、交互にシャワーを使って全身を洗う。ゆっくりしている暇はないのだ。遊隆が自分の頭を洗うついでに俺の頭もがしがしと洗い、俺は泡を流すついでに遊隆の頭へも容赦なくシャワーを浴びせる。念入りに体を洗い、大雑把にタオルで拭き、バスローブを羽織ってスタジオに戻る。
 そうしたら、次は髪の毛のセットだ。浩司さんにドライヤーをあててもらい、ヘアアイロンを使って彼の好きな「元気スタイルの俺」にしてもらう。
「雪弥、緊張してる? 顔が強張ってるよー」
「まだ二回目ですからね」
 俺の隣で、遊隆は別のスタッフにドライヤーをあててもらっている。
「遊隆はさすがに緊張してないだろ?」
「当然っす。もう既に晩飯のこと考えてますよ」
 余裕たっぷりに俺の方を見て、ニカッと笑う遊隆。
 俺だって普通の撮影だったら全然緊張なんかしない。だけど今日の撮影は事前に詳しい内容を知らされていないのだから、緊張するのも仕方ないのだ。むしろするなという方がおかしい。
「そういえば、今日参加するモデルはもう来てるのかな。どこにいるんだろう」
 呟くと、鏡の中で浩司さんの顔が一瞬慌てたように見えた。
「さぁ、松岡さんと別の部屋にいるんじゃない?」
「挨拶しておきたいけど、いいのかな」
「ていうかさ、雪弥!」
 浩司さんがパッと笑顔になって、俺の肩を叩いた。
「今月のトップテン入りおめでとう。快挙だよ、快挙」
「今月は新人ってこともあったから入れたけど、来月はたぶん無理ですよ」
 謙遜でも何でもなく、そう思った。
「大丈夫。今日の動画がアップされたらまた絶対に入れるよ。むしろ桃ちゃんも抜かしちゃったりして」
「それはないですって。桃陽には絶対敵いそうにない……」
「まぁ、あの子は特別だからね」
 髪型のセットが終わり、今度は衣装に着替える準備だ。
「これは雪弥、こっちは遊隆ね」
「………」
 渡されたのは、学生用の……
「体操着……?」
 オーソドックスなクルーネックのTシャツと、紺色ショート丈の短パン。白いソックス。つま先が青い上履きまで。
「ちょっと、遊隆。これ何かの間違いなんじゃ……」
「ん?」
 遊隆は普通の白いシャツの上に学ランを羽織っている。また学生設定なのは聞いてたけれど、この差は一体……。
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