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どうにも気分が落ち着かないまま個室を出ると、俺の様子を見にきてくれたのか──廊下で遊隆と鉢合わせした。
「ゆ、遊隆っ」
「雪弥、大丈夫か? 個室に籠もって具合悪そうだったって聞いたんだけど」
「大丈夫……。ちょっと立ちくらみがしただけだから」
恥ずかしくて遊隆の顔を直視できなかった。俯いて歩く俺の横で、遊隆は心配そうに眉を潜めている。
「撮影、延期にしてもらうか? 顔色悪いぞ」
「ん……」
肩に置かれた手が温かい。俺はパッと顔を上げ、遊隆に向かって飛びきりの笑顔を見せた。
「平気、平気。……俺さ、ちょっとやる気出てきたから」
「え?」
「動画もさ、遊隆に何でも合わせるよ。やっぱり遊隆のファンの人達は、遊隆が生き生きしてる姿を見たいと思うんだよね」
「どうした? 雪弥、変な奴だな」
「変な奴じゃないよ。俺はいっつも前向き」
だって、そう思わないと雀夜との行為が無駄になってしまいそうで。どうしても、それだけは避けたかった。
雀夜が俺をどう思っていようが関係ない。俺は自分に与えられた仕事をこなし、最高のプレイで遊隆を輝かせてやる。それは今のところ俺にしかできないことなのだ。
「遅れてすいません。戻りました」
部屋に入ると、いくつもの心配そうな目が瞬時にこちらに向けられた。俺は具合が悪くなったことになっているのだ。少し気まずいけど、まさか本当のことを言う訳にもいかない。
「大丈夫か、雪弥」
松岡さんだけはいつもの無表情だったが、かけてくれる言葉には幾分か俺を気遣う気持ちが込められているようだった。
「大丈夫です、お騒がせしてすいません。撮影、いつでもできますから」
「ん。じゃ、遊隆とそっちで着替えろ。無理はすんなよ?」
「はいっ」
ベランダには雀夜と桃陽がいた。顔を近付け、何やら喋っている。
「今日はスーツだってさ。雪弥、童顔だから似合わねえなぁ」
「遊隆はホストみたいだな」
「伊達眼鏡なんかもしちゃったりして」
黒縁の洒落た眼鏡をかけ、遊隆が二本指でテンプルをクイッと上げる仕草をした。
「雪弥ちゃん、宿題は終わったんですかっ」
裏声で言われ、思わず吹き出してしまう。
「馬鹿じゃねえの」
遊隆とこうして他愛ない会話をしていると気が休まる。一緒にいるだけで自然と笑顔になってしまうのは、相手が遊隆だからか。雀夜が言う「遊隆に惚れかけてる俺の気持ち」が本当だったらいい。柄にもなくそんなことを考え、俺は自嘲気味に笑った。
「じゃあ、撮るよー」
顔を寄せ合い、にっこりと微笑む。遊隆のネクタイを引き、唇を合わせる。
「いいね、二人とも自然な表情してる」
遊隆の顎のラインに鼻筋をくっつけ、抱きしめられた温もりに頬を染める。好きでたまらない、そんな想いを瞳に込める。
「雪弥、その顔キープ」
見つめ合うだけで照れ臭くて、唇を噛みしめ、小さく笑う。
「遊隆……」
「ん?」
次々とシャッターが切られる中、俺は遊隆の耳元でそっと囁いた。
「次の動画、楽しみだな」
「雪弥はどういうのがいいんだ?」
遊隆が俺の耳をくすぐりながら、前髪をかき分けて額に唇を押し付ける。
「ん。遊隆に任せる」
「そんなこと言ったら後悔する羽目になるぜ?」
互いに腰を引き寄せ、至近距離で見つめ合う。
「しないよ。だって、遊隆になら何でもしてほしいから」
「えっ、……」
「遊隆、顔崩すな」
「やべ……。……雪弥、今何つった?」
俺は遊隆の肩に顎を乗せ、含み笑いした。
「もう言わない」
明日、遊隆と写真撮影。
あさって、俺は休み。
しあさって、遊隆との二作目の動画撮影。
「ゆ、遊隆っ」
「雪弥、大丈夫か? 個室に籠もって具合悪そうだったって聞いたんだけど」
「大丈夫……。ちょっと立ちくらみがしただけだから」
恥ずかしくて遊隆の顔を直視できなかった。俯いて歩く俺の横で、遊隆は心配そうに眉を潜めている。
「撮影、延期にしてもらうか? 顔色悪いぞ」
「ん……」
肩に置かれた手が温かい。俺はパッと顔を上げ、遊隆に向かって飛びきりの笑顔を見せた。
「平気、平気。……俺さ、ちょっとやる気出てきたから」
「え?」
「動画もさ、遊隆に何でも合わせるよ。やっぱり遊隆のファンの人達は、遊隆が生き生きしてる姿を見たいと思うんだよね」
「どうした? 雪弥、変な奴だな」
「変な奴じゃないよ。俺はいっつも前向き」
だって、そう思わないと雀夜との行為が無駄になってしまいそうで。どうしても、それだけは避けたかった。
雀夜が俺をどう思っていようが関係ない。俺は自分に与えられた仕事をこなし、最高のプレイで遊隆を輝かせてやる。それは今のところ俺にしかできないことなのだ。
「遅れてすいません。戻りました」
部屋に入ると、いくつもの心配そうな目が瞬時にこちらに向けられた。俺は具合が悪くなったことになっているのだ。少し気まずいけど、まさか本当のことを言う訳にもいかない。
「大丈夫か、雪弥」
松岡さんだけはいつもの無表情だったが、かけてくれる言葉には幾分か俺を気遣う気持ちが込められているようだった。
「大丈夫です、お騒がせしてすいません。撮影、いつでもできますから」
「ん。じゃ、遊隆とそっちで着替えろ。無理はすんなよ?」
「はいっ」
ベランダには雀夜と桃陽がいた。顔を近付け、何やら喋っている。
「今日はスーツだってさ。雪弥、童顔だから似合わねえなぁ」
「遊隆はホストみたいだな」
「伊達眼鏡なんかもしちゃったりして」
黒縁の洒落た眼鏡をかけ、遊隆が二本指でテンプルをクイッと上げる仕草をした。
「雪弥ちゃん、宿題は終わったんですかっ」
裏声で言われ、思わず吹き出してしまう。
「馬鹿じゃねえの」
遊隆とこうして他愛ない会話をしていると気が休まる。一緒にいるだけで自然と笑顔になってしまうのは、相手が遊隆だからか。雀夜が言う「遊隆に惚れかけてる俺の気持ち」が本当だったらいい。柄にもなくそんなことを考え、俺は自嘲気味に笑った。
「じゃあ、撮るよー」
顔を寄せ合い、にっこりと微笑む。遊隆のネクタイを引き、唇を合わせる。
「いいね、二人とも自然な表情してる」
遊隆の顎のラインに鼻筋をくっつけ、抱きしめられた温もりに頬を染める。好きでたまらない、そんな想いを瞳に込める。
「雪弥、その顔キープ」
見つめ合うだけで照れ臭くて、唇を噛みしめ、小さく笑う。
「遊隆……」
「ん?」
次々とシャッターが切られる中、俺は遊隆の耳元でそっと囁いた。
「次の動画、楽しみだな」
「雪弥はどういうのがいいんだ?」
遊隆が俺の耳をくすぐりながら、前髪をかき分けて額に唇を押し付ける。
「ん。遊隆に任せる」
「そんなこと言ったら後悔する羽目になるぜ?」
互いに腰を引き寄せ、至近距離で見つめ合う。
「しないよ。だって、遊隆になら何でもしてほしいから」
「えっ、……」
「遊隆、顔崩すな」
「やべ……。……雪弥、今何つった?」
俺は遊隆の肩に顎を乗せ、含み笑いした。
「もう言わない」
明日、遊隆と写真撮影。
あさって、俺は休み。
しあさって、遊隆との二作目の動画撮影。
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