1 / 25
1
しおりを挟む
月曜の朝である。
俺は寝起きの頭で呆然と駅の改札口に立ち尽くしていた。週初めなだけあって、出勤途中らしき人達が多い。スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生達が通り過ぎるのをしばらく眺めた後、俺は自分の着ている服を見下ろした。
黒い七分袖のTシャツと少し太めのジーンズ。カーキ色のミリタリージャケット。なるべく目立たない地味なものを選んできたつもりだが、一般的に見れば遊びに行く格好だ。
今年十八歳になった俺は、学年で考えると高校三年生の年齢にあたる。だがそれも学校に通っていればの話で、二年の夏に高校を中退した身の俺は、世間でいう立派なニートだった。
四捨五入すれば二十歳とはいっても、十八歳は子どもに違いない。学校にも行かず親の脛をかじって日々気ままに生きられていいじゃないか、と元・同級生らは言う。だけどそれも普通の家庭で育っていたならの話で、俺の場合は羨ましがられる要素なんて何一つなかった。
まず俺には親というものがいない。小学校の頃に二人とも事故で死んでしまった。
会社経営をしていた父親のおかげで、割と裕福な部類に入る家だったと思う。両親は厳しくも優しく、一人っ子の俺に惜しみない愛情を注いでくれていた。勉強を頑張れば欲しい物は買ってもらえたし、好きなことはある程度何でもやらせてもらえていた。
……そんな幸せな暮しも、俺が小学二年の時に終わってしまった。会社へ行く途中だった両親の車が居眠り運転のトラックに激突され、なんの前触れもなく父と母の人生は奪われてしまったのだ。
両親の死を聞かされた時のことよりも、葬式の風景よりも、その後に目にした大人たちの恐ろしさの方が強烈に印象に残っている。
葬儀が済んだ後、会社を興す時に金を貸したという遠い親戚や父の友人と名乗る大人達が大勢家に来て、家にある値打ち物の家具や金になりそうな物を根こそぎ持って行ってしまった。俺のゲーム機や漫画本までも、だ。数枚の紙切れを手にして言い争う大人達を、幼い俺は床に座り込んで他人事のように眺めていた。
俺が相続したはずの財産は、俺を引き取ることになった母方の兄夫婦が住む家のリフォームや、俺より四つ年上の従兄弟の学習塾代や受験、入学費用その他として活用された。
残ったのは、何も持たない俺だけである。
「新しい両親」のお情けで高校に通わせてもらっていた俺だが、結局は二年ともたなかった。その頃にはいろんな不満が溜まりに溜まりまくっていて、感情が爆発するのは時間の問題というところまできていた。
きっかけは些細なことだった。
ある昼休みにクラスメイトと言い合いになり、やがて取っ組み合いになり、結果、俺は相手を意識不明の重体にまで追いやってしまった。壁の角に思いきり相手の頭を叩き付けた瞬間の感触は、一年以上経った今でも手に残っている。
「あいつが軽い調子で『そのうち親ぶっ殺す』と言っていたのがどうしても許せなかった」。教師と警察に本音を言った俺は、結局退学になってしまった。
幸いにもその生徒は翌日意識を取り戻し、ぎりぎり鑑別所に行かずに済んだものの……義理の父親となった母の兄から、それこそ意識を失うほどに殴られた。以来俺の飯は一日一回になり、四つ年上の兄とは会話を禁止され、家族の誰も俺と口をきいてくれなくなった。バイトで稼いだ給料はもちろん全て取りあげられ、まるで絵に描いたような悲惨な生活を強いられるようになった。
だから、脱出。
家族が寝静まった深夜三時、俺は唯一持つことを許されていたスマホだけをポケットに、家を飛び出した。
『それじゃ朝九時、××駅の改札で』。
数時間前に届いたメールをもう一度読み返し、俺は切符売り場の壁にもたれて男が来るのを待っていた。男専用の出会い系サイト──それも多くの場合は援助交際を目的としたいかがわしい掲示板で知り合った男だ。
『雑誌、映像モデル募集。十代優遇、住み込み可能』。
という書き込みに、俺は一も二もなく飛び付いた。何しろ住む場所がないのだから、とにかく金を稼がなければならない。初めは他の利用者と同様に援助交際でもして現金を手に入れようと思っていたが、どうせやるなら一度でがっつりと稼ぎたい。
恐らく仕事内容はエロい格好で写真を撮られたりするAVのようなものだと思う。が、俺には失う物なんて何もない訳だから、汚れた仕事でもある程度はできるつもりでいた。
『軽く面接するから、今日は予定大丈夫?』。
遊隆と名乗ったその男の顔は分からない。向こうから声をかけると言っていたからこうして待っているのだが、九時十分になってもそれらしき男は一向に現れない。
ひやかされたのかもしれないと思ったが、他に予定もないのでそのまま俺はぼんやりと男を待ち続けた。
そして時計の針が九時三十分を回った頃。突然、真横から肩を叩かれた。
「あ……」
「メールの子?」
「は、はい」
「悪い。九時からだったっけ。勘違いしてた、申し訳ない」
「いえ、別に……」
俺は思わず姿勢を正した。握っていたスマホをジーンズのポケットに入れ、ついでに手の汗をシャツで拭う。心臓は高鳴っていた。
仕事の内容が内容だからどんな変態男が来るのかと思いきや、現れた男は予想よりもずっと若かった。それどころか、かなりのいい男に分類されるであろうルックスだ。
見上げるほどに背が高く、腰の位置が高く、体付きも逞しい。シベリアンハスキーのように吊りあがった大きな目はくっきりとした二重瞼で、鼻も高い。口角の上がった唇の端には金色のピアスが付いている。
見ようによってはただのチャラ男だが、俺にとっては息を飲むほど完成された、モデルのような出で立ちだった。それでいて髪は金色で肌は小麦色に日焼けしているといういかつさが、只者でない雰囲気を醸し出している。
「よろしく。俺、遊隆」
雰囲気にぴったりの低い声。どれをとっても男らしく、とても卑猥な仕事なんてやるような奴には見えなかった。
「大丈夫か?」
「……あ、はい」
「じゃ、行くか」
俺はその男──遊隆の後を小走りでついて行った。
ひょっとしたら俺はかなりツイているのかもしれない。素直にそう思った。
俺は寝起きの頭で呆然と駅の改札口に立ち尽くしていた。週初めなだけあって、出勤途中らしき人達が多い。スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生達が通り過ぎるのをしばらく眺めた後、俺は自分の着ている服を見下ろした。
黒い七分袖のTシャツと少し太めのジーンズ。カーキ色のミリタリージャケット。なるべく目立たない地味なものを選んできたつもりだが、一般的に見れば遊びに行く格好だ。
今年十八歳になった俺は、学年で考えると高校三年生の年齢にあたる。だがそれも学校に通っていればの話で、二年の夏に高校を中退した身の俺は、世間でいう立派なニートだった。
四捨五入すれば二十歳とはいっても、十八歳は子どもに違いない。学校にも行かず親の脛をかじって日々気ままに生きられていいじゃないか、と元・同級生らは言う。だけどそれも普通の家庭で育っていたならの話で、俺の場合は羨ましがられる要素なんて何一つなかった。
まず俺には親というものがいない。小学校の頃に二人とも事故で死んでしまった。
会社経営をしていた父親のおかげで、割と裕福な部類に入る家だったと思う。両親は厳しくも優しく、一人っ子の俺に惜しみない愛情を注いでくれていた。勉強を頑張れば欲しい物は買ってもらえたし、好きなことはある程度何でもやらせてもらえていた。
……そんな幸せな暮しも、俺が小学二年の時に終わってしまった。会社へ行く途中だった両親の車が居眠り運転のトラックに激突され、なんの前触れもなく父と母の人生は奪われてしまったのだ。
両親の死を聞かされた時のことよりも、葬式の風景よりも、その後に目にした大人たちの恐ろしさの方が強烈に印象に残っている。
葬儀が済んだ後、会社を興す時に金を貸したという遠い親戚や父の友人と名乗る大人達が大勢家に来て、家にある値打ち物の家具や金になりそうな物を根こそぎ持って行ってしまった。俺のゲーム機や漫画本までも、だ。数枚の紙切れを手にして言い争う大人達を、幼い俺は床に座り込んで他人事のように眺めていた。
俺が相続したはずの財産は、俺を引き取ることになった母方の兄夫婦が住む家のリフォームや、俺より四つ年上の従兄弟の学習塾代や受験、入学費用その他として活用された。
残ったのは、何も持たない俺だけである。
「新しい両親」のお情けで高校に通わせてもらっていた俺だが、結局は二年ともたなかった。その頃にはいろんな不満が溜まりに溜まりまくっていて、感情が爆発するのは時間の問題というところまできていた。
きっかけは些細なことだった。
ある昼休みにクラスメイトと言い合いになり、やがて取っ組み合いになり、結果、俺は相手を意識不明の重体にまで追いやってしまった。壁の角に思いきり相手の頭を叩き付けた瞬間の感触は、一年以上経った今でも手に残っている。
「あいつが軽い調子で『そのうち親ぶっ殺す』と言っていたのがどうしても許せなかった」。教師と警察に本音を言った俺は、結局退学になってしまった。
幸いにもその生徒は翌日意識を取り戻し、ぎりぎり鑑別所に行かずに済んだものの……義理の父親となった母の兄から、それこそ意識を失うほどに殴られた。以来俺の飯は一日一回になり、四つ年上の兄とは会話を禁止され、家族の誰も俺と口をきいてくれなくなった。バイトで稼いだ給料はもちろん全て取りあげられ、まるで絵に描いたような悲惨な生活を強いられるようになった。
だから、脱出。
家族が寝静まった深夜三時、俺は唯一持つことを許されていたスマホだけをポケットに、家を飛び出した。
『それじゃ朝九時、××駅の改札で』。
数時間前に届いたメールをもう一度読み返し、俺は切符売り場の壁にもたれて男が来るのを待っていた。男専用の出会い系サイト──それも多くの場合は援助交際を目的としたいかがわしい掲示板で知り合った男だ。
『雑誌、映像モデル募集。十代優遇、住み込み可能』。
という書き込みに、俺は一も二もなく飛び付いた。何しろ住む場所がないのだから、とにかく金を稼がなければならない。初めは他の利用者と同様に援助交際でもして現金を手に入れようと思っていたが、どうせやるなら一度でがっつりと稼ぎたい。
恐らく仕事内容はエロい格好で写真を撮られたりするAVのようなものだと思う。が、俺には失う物なんて何もない訳だから、汚れた仕事でもある程度はできるつもりでいた。
『軽く面接するから、今日は予定大丈夫?』。
遊隆と名乗ったその男の顔は分からない。向こうから声をかけると言っていたからこうして待っているのだが、九時十分になってもそれらしき男は一向に現れない。
ひやかされたのかもしれないと思ったが、他に予定もないのでそのまま俺はぼんやりと男を待ち続けた。
そして時計の針が九時三十分を回った頃。突然、真横から肩を叩かれた。
「あ……」
「メールの子?」
「は、はい」
「悪い。九時からだったっけ。勘違いしてた、申し訳ない」
「いえ、別に……」
俺は思わず姿勢を正した。握っていたスマホをジーンズのポケットに入れ、ついでに手の汗をシャツで拭う。心臓は高鳴っていた。
仕事の内容が内容だからどんな変態男が来るのかと思いきや、現れた男は予想よりもずっと若かった。それどころか、かなりのいい男に分類されるであろうルックスだ。
見上げるほどに背が高く、腰の位置が高く、体付きも逞しい。シベリアンハスキーのように吊りあがった大きな目はくっきりとした二重瞼で、鼻も高い。口角の上がった唇の端には金色のピアスが付いている。
見ようによってはただのチャラ男だが、俺にとっては息を飲むほど完成された、モデルのような出で立ちだった。それでいて髪は金色で肌は小麦色に日焼けしているといういかつさが、只者でない雰囲気を醸し出している。
「よろしく。俺、遊隆」
雰囲気にぴったりの低い声。どれをとっても男らしく、とても卑猥な仕事なんてやるような奴には見えなかった。
「大丈夫か?」
「……あ、はい」
「じゃ、行くか」
俺はその男──遊隆の後を小走りでついて行った。
ひょっとしたら俺はかなりツイているのかもしれない。素直にそう思った。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
クソザコ乳首アクメの一日
掌
BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。
pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから
https://twitter.com/show1write
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
【R18】性の目覚め、お相手は幼なじみ♂【完結】
桜花
BL
始まりは中2の夏休み。
あれは幼なじみの春樹と初めてAVを見た日。
僕の中で、何かが壊れた。
何かが、変わってしまった。
何年も続けてきた、当たり前の日常。
全て特別なものに思えてくる。
気付かれるのが怖い。
もし伝えたら、どんな顔をするのかな…。
幼なじみ2人の数年にわたる物語。
性欲を我慢している恋人にもっと求めてもらうべく一計を案じてみた結果
桜羽根ねね
BL
口の悪い美形魔道士×明るい異世界転移者
ついったXのふぉろわさん100人嬉しいな企画で、入れてほしいプレイをゆるっと募集した結果生まれた作品です♡
私が勝手にプラスした性癖(プレイ)も含めて、出てくる要素は成分表に載せています。念のために確認するも自由、びっくりおもちゃ箱気分で確認しないのも自由です。
グロやリョナといった私が苦手なものは出てこないので、いつものようでちょっと違うらぶざまエロコメを楽しんでもらえたら嬉しいです!
何がきても美味しく食べる方向けです♡
♡受け
サギリ(22)
黒髪黒目の異世界転移者。一人称俺。凡庸な容姿だけど明るくムードメーカー。攻めに拾われて住み込み店員という形で一緒に住んでいる。最初は口の悪い攻めのことが苦手だったものの、なんやかんやあって大好きになり、告白して両想いに。もっと激しく求めてほしいと思っている。
♡攻め
クラブ(28)
銀髪金目の超絶美形魔道士。一人称僕。魔法薬のお店を営んでいる。客の前では物腰柔らか。受けを拾ったのも、異世界人の体液が高位魔法薬の材料になるからだった。しかし段々と絆されていき、いつしか受けのことを愛するように。抱き潰さないよう性欲を抑えているし、身体を心配して中出しもしない。とても巨根。
♡あらすじ
両想いになって毎日いちゃらぶな日々を過ごす二人。ヤることヤったある日、夜中に目覚めたサギリは傍にクラブがいないことに気が付く。薄く開いた扉の向こうからは、小さく漏れ聞こえてくる声。そっと声の元を探ると、部屋の外、締め切られたトイレの中から水音とクラブの喘ぎ声が聞こえてきた。どうやら何度もイってボチャボチャと重たい精液を吐き出しているらしい。こんなに我慢していたのかと、雷を受けたような気分になるサギリ。オナニーなんてせずに全部自分に性欲をぶつけろとクラブに伝えるが──……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる