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君色の空に微笑みを・18
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俯いた混一が呟く。
「……俺が相手じゃ、浩介は幸せになれないよ」
「そんなこと無い」
「だって、浩介はただでさえ嫉妬深いのにさ。今は普通にしてたって、いずれは俺を許せなくなるよ。付き合った相手が男と寝る仕事してるなんて、嫌でしょ」
俺は深く息を吸って、言った。
「嫌だ」
「ほら」
「だから混一、この仕事は辞めてくれ」
「何言ってんの? 浩介にそんなこと言う権利が……」
「ある。俺はお前の男になるんだからな」
「意味分かんない。話が飛んでるよ」
「混一。お前、俺のこと好きか」
いつになく真剣に言う俺に、混一が困ったような笑みを浮かべる。
「ん。好きだよ」
「それは客として、の意味か?」
「……分かんない。けど、浩介のことは大事に想ってるし、他の誰かに渡したくないとも思ってる」
それで充分だ。むしろ今はその程度の気持ちでいい。そこから始めることが出来れば、可能性はいくらでも広がって行く。
「俺も、お前を誰にも渡したくない。……だったら俺は混一の物になるし、お前も俺の物になってほしい。俺達にとってそれが最善だろ。だから混一――」
「浩介」
混一が俺の肩に頭を預けて呟いた。
「どうしたのさ。……本当はそんな話しに来たんじゃないでしょ。もっと他に言いたいこと、俺に言ってもらいたいことがあるんでしょ……?」
混一の髪からあの爽やかで甘い香りがして、胸が詰まって泣きそうになる。
「大丈夫だよ、浩介。俺に何でも言っていいよ」
「……混一……」
俺は混一の手を握り、目を閉じた。
「……どうして分かる?」
「だって浩介、俺の返事を急いでるから。まるで一刻も早く俺を自分の物にしたいみたいじゃん。何をそんなに焦ってるのさ」
「………」
握った手に力を込め、俺は言った。
「部長を殴った」
「………」
「お前とのことを知られて、退職を促された。俺の人格を全否定された気がして、酷い言葉でお前を貶されて――我慢できなくて、殴った」
「……そっか」
「これで俺は晴れて明日から無職だ。馬鹿みたいだろ、今まで何の為に仕事してたのかって話」
「何の為だったの?」
「そりゃあ、生きる為だ。金が無きゃ生活できないし、お前にも会いに来れなかった」
それを聞いた混一が小さく笑って言った。
「じゃあ、別にその仕事じゃなくたっていいんじゃん。我慢して嫌な思いしてまで続ける必要なんかないよ。仕事を変えればいいだけの話じゃん」
「和了さんにも言われたけど、実際そんな簡単な話じゃねえよ。例えば俺にやりたいことがあって、じゃあ今からそれをやろうって決めたとしても、俺の年齢で一から始めるとなるとどれだけ大変か……考えただけで怖くなる」
「だから、出来ることならまだその仕事を続けたいの?」
「例え白い目で見られようと、俺が我慢すればいいだけの話なんだ。元々あの職場ではまともな人間関係なんて築いてなかったし、今更のけ者にされたところで痛くも痒くも――」
「………」
「今まで俺は、色んなことを途中で投げ出して逃げてきた。多分、そのツケが回ってきてるんだろうな。一つの試練だったんだと思う。結局、無駄にしちまったけれど」
自嘲気味に笑って、俺は熱くなった目頭を乱暴に拭った。
「さっき和了さんに言われたんだ。人生なんて気の持ちようでどうにでもなるって。自分の人生は自分で切り開くんだって。……俺、話聞いて確かにそうだと思ったよ。でも……」
「………」
「……怖いんだ。今から夢を追いかけて、それが実現しなかったら……。夢を追うばかりに社会から脱落して、底辺で燻って、明日の飯の心配とかするようになって、一生普通の人間には戻れないんじゃないかって思うとっ……、怖くて一歩も踏み出せないんだ……」
「浩介」
混一が涙目になった俺の顔を覗き込む。俺を宥めるかのような、穏やかで優しい笑みを浮かべながら。
「浩介は今の仕事してて、どういう時が一番幸せだった?」
「……そりゃあ、店の売上が良かったり、客からお礼のメールが来た時とかに……」
「嘘だね」
「え?」
「それは会社の幸せであって、浩介個人の幸せじゃない。浩介の幸せは給料日に安い居酒屋で飲んで休みの日に寝ること。俺と知り会ってからは俺に会いに来ること。言ってみればその他はどうでもいいし、全く幸せじゃない。違うかな?」
言い返せない。確かに混一の言う通りなんだ。俺は毎日ただ漠然と仕事をしているだけで、そこにやり甲斐なんて少しも見出していない。
混一が続けた。
「それでも浩介は毎日朝起きて電車乗って仕事して、今までやってきた。もし続けるなら、この先もずっと同じことを繰り返す訳でしょ。我慢して立派に頑張ってきた、って見方もあるけど、もし俺がそんな浩介を評価するなら立派だなんて全然思わないな」
「そりゃあ立派じゃねえよ。だってそうやって働くのって、社会人なら皆やってる。普通のことじゃん。……混一は、そんな普通の生活すら評価できないってことか?」
「普通の暮らしをすること自体が悪いんじゃないよ。『普通』に満足した気になって、本当に自分が望んでいることを蔑ろにしてるのが悪いんだ。だけど更に悪いのは、それに気付いていながらまだ自分と向き合わないことかな。現状が自分に相応しいんだって、無理矢理納得して諦めるなんて馬鹿みたいだよ」
俺はカッとなって声を荒げた。
「気付いても、現状を変えたくてもっ……どうしたらいいのか分からない人間が大半だ。環境に縛られて身動きが取れないなら、諦めや妥協だってある程度は必要じゃないか」
「浩介は……毎日食事をする時、何を考えてる?」
「え?」
「目の前に好物の料理があったら、どうする?」
「……そりゃあ、食べるよ」
「その日の夕飯に、食べたい物があったとしたら?」
「作るなり買うなりして食べるさ。それが何だよ」
突然の意味不明な質問に、俺は腹立たしささえ覚えながらぶっきらぼうに答えた。
だけど混一は俺の答えを聞いて満足げに頷き、抱えた膝に頬を寄せて笑っている。
「人生もそれと同じ。好きな物を好きな時に食べるように、道を選んでいいんだよ。苦手な物を我慢して食べたところで、例えそれを克服できたとしても……大好きな物を食べる幸せには到底及ばないよね」
「………」
「人は努力してこそ幸せになれるって、今の浩介はそう思うでしょ。……でも俺は違う。我慢しないで好きな物を食べるような感覚で、人生を過ごしてもいいんだと思ってる」
「混一……」
「適当に生きろとか、怠けろ、って言ってるんじゃないよ。もちろん努力は素晴らしい。けれど、それが自分のやりたいことに対しての努力だったなら最高に素晴らしい」
「う……」
「浩介はただ漠然と働くのを嫌がってる訳じゃない。他にやりたい仕事があるならいいんだよ、自分の好きな道を選んで。だって人生一度きりなんだから、やりたいことやった方が良いのは当然じゃん。……こんなの、うんざりするほど使い古された言葉なのに、どうして大半の人は未だに我慢してるんだろうね」
涙が止まらなかった。
「分かるよ。生きてく上では色々な縛りがあるから。税金とか年金とか、病気とか事故とか、未来は不安で一杯だ。……でもだからこそ俺は、自分だけの道を歩いてたいんだ。いつか自由じゃなくなる時が来るかもしれない。けど……俺や浩介のそれは、今じゃない」
「……混一……」
「俺の考え方は多分、世間じゃあんまり受け入れて貰えないと思う。考え様によっては自分勝手なだけだもんね。そういう意味では俺、社会不適合者なんだろうな……」
そう言った混一の笑顔はどこか寂しげで、切なくて、喉の奥に異物が入り込んだかのように息が出来なくなる。
堪え切れなくなって両手で顔を覆うと、混一が俺のその手に優しく触れて言った。
「……泣かせてごめん。でも、浩介には俺の思ってることを知ってもらいたかった。好きだから言うんだ。浩介には人生を後悔して欲しくない」
「混一っ……」
抱き締めた両腕に混一の温かさが伝わってくる。その温かさ、そして混一の強さと孤独が。俺の中に浸透してくる――。
「大丈夫だよ、浩介。迷いそうになっても俺がついてるから、大丈夫……」
俺は混一を胸に抱き、流れる涙もそのままに強く唇を噛みしめた。
「浩介、泣かないで」
そう言って俺の頬を拭う混一の手もまた、温かい。
俺は自分の手でも涙を拭って、正面からしっかりと混一の目を見つめた。
「混一」
「………」
「……どうしても俺は、お前と一緒にいたい。他の男に抱かれてようと、俺のことを客の一人としか見ていなかろうと……。お前が好きで、……好きで仕方ない。どう考えても諦められそうにない……」
言ってるうちにまた涙が溢れてきて、俺は何度も頬を拭いながら混一に訴えた。
「俺も自分だけの世界を持ちたいんだ。お前と同じ領域に行きたい。人生が食事と同じなら、混一。俺は最後の最後、死ぬ間際での食卓もお前と一緒に囲みたい……」
俺の胸に頬を押し付けて、混一が小さく笑った。
「恥も外聞も捨てた……嘘偽りの無い、剥き出しの本音だね」
「………」
「浩介はいつも俺の前ではかっこつけてて、なかなか本音でぶつかってきてくれなかった。傷付きたくないからって、常に逃げの姿勢を取ってただろ。その癖に嫉妬心だけは強くてさ、俺を掻っ攫う勢いで強気に出てくれてたら……俺はとっくの昔に浩介の物になってたのに」
「……もう手遅れか?」
「ほら、また逃げようとしてる」
呆れたように混一が笑う。
「混一――」
俺は首を振って、力任せにその身体を抱きしめた。
「死ぬまでお前を放さない。一生、俺の隣にいろ」
「………」
俺の腕の中、小さく頷く混一。伏せられた瞳は微かに潤んでいるように見えた。
「混一が見てる世界、俺もいつかは見れるかな」
「見れるよ。浩介にだけ見せてあげる。着てる物を全部脱いで、まっさらな状態になったらね」
「……俺、これから会社に戻る」
「うん」
「それで、辞める意思をしっかり伝えてくる」
「……分かった。待ってる」
抱き合う俺達の隙間には何も入れない。
「ずっと、待ってる……」
これからも、絶対に。
「……俺が相手じゃ、浩介は幸せになれないよ」
「そんなこと無い」
「だって、浩介はただでさえ嫉妬深いのにさ。今は普通にしてたって、いずれは俺を許せなくなるよ。付き合った相手が男と寝る仕事してるなんて、嫌でしょ」
俺は深く息を吸って、言った。
「嫌だ」
「ほら」
「だから混一、この仕事は辞めてくれ」
「何言ってんの? 浩介にそんなこと言う権利が……」
「ある。俺はお前の男になるんだからな」
「意味分かんない。話が飛んでるよ」
「混一。お前、俺のこと好きか」
いつになく真剣に言う俺に、混一が困ったような笑みを浮かべる。
「ん。好きだよ」
「それは客として、の意味か?」
「……分かんない。けど、浩介のことは大事に想ってるし、他の誰かに渡したくないとも思ってる」
それで充分だ。むしろ今はその程度の気持ちでいい。そこから始めることが出来れば、可能性はいくらでも広がって行く。
「俺も、お前を誰にも渡したくない。……だったら俺は混一の物になるし、お前も俺の物になってほしい。俺達にとってそれが最善だろ。だから混一――」
「浩介」
混一が俺の肩に頭を預けて呟いた。
「どうしたのさ。……本当はそんな話しに来たんじゃないでしょ。もっと他に言いたいこと、俺に言ってもらいたいことがあるんでしょ……?」
混一の髪からあの爽やかで甘い香りがして、胸が詰まって泣きそうになる。
「大丈夫だよ、浩介。俺に何でも言っていいよ」
「……混一……」
俺は混一の手を握り、目を閉じた。
「……どうして分かる?」
「だって浩介、俺の返事を急いでるから。まるで一刻も早く俺を自分の物にしたいみたいじゃん。何をそんなに焦ってるのさ」
「………」
握った手に力を込め、俺は言った。
「部長を殴った」
「………」
「お前とのことを知られて、退職を促された。俺の人格を全否定された気がして、酷い言葉でお前を貶されて――我慢できなくて、殴った」
「……そっか」
「これで俺は晴れて明日から無職だ。馬鹿みたいだろ、今まで何の為に仕事してたのかって話」
「何の為だったの?」
「そりゃあ、生きる為だ。金が無きゃ生活できないし、お前にも会いに来れなかった」
それを聞いた混一が小さく笑って言った。
「じゃあ、別にその仕事じゃなくたっていいんじゃん。我慢して嫌な思いしてまで続ける必要なんかないよ。仕事を変えればいいだけの話じゃん」
「和了さんにも言われたけど、実際そんな簡単な話じゃねえよ。例えば俺にやりたいことがあって、じゃあ今からそれをやろうって決めたとしても、俺の年齢で一から始めるとなるとどれだけ大変か……考えただけで怖くなる」
「だから、出来ることならまだその仕事を続けたいの?」
「例え白い目で見られようと、俺が我慢すればいいだけの話なんだ。元々あの職場ではまともな人間関係なんて築いてなかったし、今更のけ者にされたところで痛くも痒くも――」
「………」
「今まで俺は、色んなことを途中で投げ出して逃げてきた。多分、そのツケが回ってきてるんだろうな。一つの試練だったんだと思う。結局、無駄にしちまったけれど」
自嘲気味に笑って、俺は熱くなった目頭を乱暴に拭った。
「さっき和了さんに言われたんだ。人生なんて気の持ちようでどうにでもなるって。自分の人生は自分で切り開くんだって。……俺、話聞いて確かにそうだと思ったよ。でも……」
「………」
「……怖いんだ。今から夢を追いかけて、それが実現しなかったら……。夢を追うばかりに社会から脱落して、底辺で燻って、明日の飯の心配とかするようになって、一生普通の人間には戻れないんじゃないかって思うとっ……、怖くて一歩も踏み出せないんだ……」
「浩介」
混一が涙目になった俺の顔を覗き込む。俺を宥めるかのような、穏やかで優しい笑みを浮かべながら。
「浩介は今の仕事してて、どういう時が一番幸せだった?」
「……そりゃあ、店の売上が良かったり、客からお礼のメールが来た時とかに……」
「嘘だね」
「え?」
「それは会社の幸せであって、浩介個人の幸せじゃない。浩介の幸せは給料日に安い居酒屋で飲んで休みの日に寝ること。俺と知り会ってからは俺に会いに来ること。言ってみればその他はどうでもいいし、全く幸せじゃない。違うかな?」
言い返せない。確かに混一の言う通りなんだ。俺は毎日ただ漠然と仕事をしているだけで、そこにやり甲斐なんて少しも見出していない。
混一が続けた。
「それでも浩介は毎日朝起きて電車乗って仕事して、今までやってきた。もし続けるなら、この先もずっと同じことを繰り返す訳でしょ。我慢して立派に頑張ってきた、って見方もあるけど、もし俺がそんな浩介を評価するなら立派だなんて全然思わないな」
「そりゃあ立派じゃねえよ。だってそうやって働くのって、社会人なら皆やってる。普通のことじゃん。……混一は、そんな普通の生活すら評価できないってことか?」
「普通の暮らしをすること自体が悪いんじゃないよ。『普通』に満足した気になって、本当に自分が望んでいることを蔑ろにしてるのが悪いんだ。だけど更に悪いのは、それに気付いていながらまだ自分と向き合わないことかな。現状が自分に相応しいんだって、無理矢理納得して諦めるなんて馬鹿みたいだよ」
俺はカッとなって声を荒げた。
「気付いても、現状を変えたくてもっ……どうしたらいいのか分からない人間が大半だ。環境に縛られて身動きが取れないなら、諦めや妥協だってある程度は必要じゃないか」
「浩介は……毎日食事をする時、何を考えてる?」
「え?」
「目の前に好物の料理があったら、どうする?」
「……そりゃあ、食べるよ」
「その日の夕飯に、食べたい物があったとしたら?」
「作るなり買うなりして食べるさ。それが何だよ」
突然の意味不明な質問に、俺は腹立たしささえ覚えながらぶっきらぼうに答えた。
だけど混一は俺の答えを聞いて満足げに頷き、抱えた膝に頬を寄せて笑っている。
「人生もそれと同じ。好きな物を好きな時に食べるように、道を選んでいいんだよ。苦手な物を我慢して食べたところで、例えそれを克服できたとしても……大好きな物を食べる幸せには到底及ばないよね」
「………」
「人は努力してこそ幸せになれるって、今の浩介はそう思うでしょ。……でも俺は違う。我慢しないで好きな物を食べるような感覚で、人生を過ごしてもいいんだと思ってる」
「混一……」
「適当に生きろとか、怠けろ、って言ってるんじゃないよ。もちろん努力は素晴らしい。けれど、それが自分のやりたいことに対しての努力だったなら最高に素晴らしい」
「う……」
「浩介はただ漠然と働くのを嫌がってる訳じゃない。他にやりたい仕事があるならいいんだよ、自分の好きな道を選んで。だって人生一度きりなんだから、やりたいことやった方が良いのは当然じゃん。……こんなの、うんざりするほど使い古された言葉なのに、どうして大半の人は未だに我慢してるんだろうね」
涙が止まらなかった。
「分かるよ。生きてく上では色々な縛りがあるから。税金とか年金とか、病気とか事故とか、未来は不安で一杯だ。……でもだからこそ俺は、自分だけの道を歩いてたいんだ。いつか自由じゃなくなる時が来るかもしれない。けど……俺や浩介のそれは、今じゃない」
「……混一……」
「俺の考え方は多分、世間じゃあんまり受け入れて貰えないと思う。考え様によっては自分勝手なだけだもんね。そういう意味では俺、社会不適合者なんだろうな……」
そう言った混一の笑顔はどこか寂しげで、切なくて、喉の奥に異物が入り込んだかのように息が出来なくなる。
堪え切れなくなって両手で顔を覆うと、混一が俺のその手に優しく触れて言った。
「……泣かせてごめん。でも、浩介には俺の思ってることを知ってもらいたかった。好きだから言うんだ。浩介には人生を後悔して欲しくない」
「混一っ……」
抱き締めた両腕に混一の温かさが伝わってくる。その温かさ、そして混一の強さと孤独が。俺の中に浸透してくる――。
「大丈夫だよ、浩介。迷いそうになっても俺がついてるから、大丈夫……」
俺は混一を胸に抱き、流れる涙もそのままに強く唇を噛みしめた。
「浩介、泣かないで」
そう言って俺の頬を拭う混一の手もまた、温かい。
俺は自分の手でも涙を拭って、正面からしっかりと混一の目を見つめた。
「混一」
「………」
「……どうしても俺は、お前と一緒にいたい。他の男に抱かれてようと、俺のことを客の一人としか見ていなかろうと……。お前が好きで、……好きで仕方ない。どう考えても諦められそうにない……」
言ってるうちにまた涙が溢れてきて、俺は何度も頬を拭いながら混一に訴えた。
「俺も自分だけの世界を持ちたいんだ。お前と同じ領域に行きたい。人生が食事と同じなら、混一。俺は最後の最後、死ぬ間際での食卓もお前と一緒に囲みたい……」
俺の胸に頬を押し付けて、混一が小さく笑った。
「恥も外聞も捨てた……嘘偽りの無い、剥き出しの本音だね」
「………」
「浩介はいつも俺の前ではかっこつけてて、なかなか本音でぶつかってきてくれなかった。傷付きたくないからって、常に逃げの姿勢を取ってただろ。その癖に嫉妬心だけは強くてさ、俺を掻っ攫う勢いで強気に出てくれてたら……俺はとっくの昔に浩介の物になってたのに」
「……もう手遅れか?」
「ほら、また逃げようとしてる」
呆れたように混一が笑う。
「混一――」
俺は首を振って、力任せにその身体を抱きしめた。
「死ぬまでお前を放さない。一生、俺の隣にいろ」
「………」
俺の腕の中、小さく頷く混一。伏せられた瞳は微かに潤んでいるように見えた。
「混一が見てる世界、俺もいつかは見れるかな」
「見れるよ。浩介にだけ見せてあげる。着てる物を全部脱いで、まっさらな状態になったらね」
「……俺、これから会社に戻る」
「うん」
「それで、辞める意思をしっかり伝えてくる」
「……分かった。待ってる」
抱き合う俺達の隙間には何も入れない。
「ずっと、待ってる……」
これからも、絶対に。
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