君色の空に微笑みを

狗嵜ネムリ

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君色の空に微笑みを・3

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 ――あの日、駅近くの広場は東京から来た修学旅行生で賑わっていた。俺の地元では珍しい光景じゃない。バイトの休みを利用して帰郷していた俺は、幼さの残る、それでいてガラの悪い中学生の集団に辟易しながら自転車置き場に向かっていた。
 東京の旅行生は一目で分かる。都会から来た自分達の方が垢抜けていると、皆どこか俺の地元を見下しているからだ。粋がりたい年頃なのは分かるけど、地べたにあぐらをかいて馬鹿笑いをしたりそこら中に唾を吐いたりする都会の子供は、正直言って大嫌いだった。
 だけどそんな中でただ一人、彼だけは他の連中と違っていた。大声で品の無い話をしたりしないし、道路に唾も吐かない。かといって爪弾きにされている様子でもない。
 ただじっと、空に透かしたサイダーの瓶を見ていた不思議な少年。ガラスに反射する光を楽しんでいるかのような鳶色の瞳は、それこそ手にした瓶よりもきらきらと輝いていた。まるで彼の世界だけが、青空の下で静止しているかのようだった。
 あまりにもその光景が神秘的で、だけど青春映画のワンシーンのように切なくて、俺は少し離れた場所から無意識のうちに携帯のカメラを彼に向けていた。純粋に、絵画のようなあの一瞬を手元に残しておきたいと思ったからだ。
 東京に戻ってからも時々はその画像を見て彼を思い出していたけど、三年前に携帯を新しくしたのと同時に画像のことなどすっかり忘れてしまっていた。
 だけどまさかあの時の少年が、今俺の目の前にいるなんて幾ら何でも――。
「お仕事は何をされてるんですか?」
「えっ、なに?」
 ぼんやりしていたら突然質問され、俺はハッとして顔を上げた。
「浩介さんのお仕事」
「ああ、……セレクトショップの本社勤務だよ」
「へえ、どうりでお洒落な訳ですね」
「つまらない仕事だよ。君は、どこ出身なんだ?」
「俺はずっと東京」
「そっか、今何歳?」
「十九です。この仕事も最近始めたばっかりなんで、そういう意味では浩介さんと同じ初心者なんですよ」
 やっぱり。十九歳となると五年前は中学生だ。俺の記憶と符合する。
「でも、どうしてまたこんな仕事を?」
「浩介さんこそ、どうして今の仕事に就いたんです? さっき、つまらないって言ってましたけど」
 多分、俺の質問に軽い侮蔑を感じたんだろう。全く悪気は無かったものの、少し棘のある言い方で返されて申し訳ない気持ちになった。
「俺は……取り敢えず生活できればいいやと思ってさ。確かに面白味の無い仕事だけど、とにかく働かなきゃ食えないからな」
「食う為に働いてるってこと?」
「そりゃそうだよ。仲の良い同僚なんて一人もいないし、上司だってムカつく人間ばかりだしさ。毎日同じことの繰り返しで、クレームの電話なんて受けた日にはストレス溜まって寿命が縮みそうだ。……ま、仕事なんてみんなそんなモンだよ」
「ふうん……」
「辛いことも笑顔で我慢、それが社会人ってモンだからな」
 十九歳の混一色ホンイーソーを相手に得意げになって語ってみたものの、彼はつまらなそうに俺を眺めているだけで全く興味が無さそうだ。
「そ、それで君は? どうしてこの仕事を?」
 バツが悪くなって話を振ると、混一色がくすくす笑いながら立てた膝に顎を乗せて言った。
「普通の風俗と比べると給料は少し低いですけど、この店って何だか面白いじゃないですか。お客さんも色々な人がいて、性的なサービスは無しで普通の友達みたいに話したりゲームしたりしたい、って人も多いんですよ。女性相手だと変に緊張しちゃう方も多いみたいで」
 その気持ちは分からないでもない。俺自身も恋愛感情は別として、女性といるより男と気楽に遊ぶ方が性に合っていると常々思う。どうも女の人が相手だと恋人でなくても気を遣ってしまうし、共通の話題でもない限り、ただ話しているだけで色々と面倒臭く感じる時もある。
 まぁそもそも俺の場合、そこまで女の人と一緒にいたという経験は無いのだけど。
 混一色が続けた。
「一時間でも二時間でも、誰かに必要とされるのって悪くないですよね。俺以外の色子も個性的な奴らが多くて、皆それぞれ需要があるんですよ」
「個性的といえば、ここの人達は名前が変わってるよなぁ。和了ホーラから始まって、国士無双までいるときたもんだ。本当の麻雀と同じように、名前によってランクが決まってたりするのか?」
「いえ。和了さんて、人の名前覚えるの苦手だから。麻雀関係の名前だと覚えるのに楽なんだって。そういう理由で色子の名前は和了さんが決めてますけど、俺のは本名なんですよ」
「えっ。混一色って、本名なのか?」
「実は俺の名前、武田混一ホンイツっていいます。親父が麻雀好きだったから。流石に本名で働くのはアレかなってことで、一応正式な源氏名は『混一色』なんですけど、気付いたら普通に混一、混一って皆が……」
 そう言って溜息をついた彼に、俺は思わず笑ってしまった。
「いいじゃん、混一で。かっこいい名前だよ」
「まぁ……トイトイホーとか、サンショクドウジュンとかに比べたらまだ……」
 確かにそうだと更に笑った俺を見て、混一も照れ臭そうに目を細めている。正直、その控えめな笑顔には堪らないものがあった。
「……俺はこういう場所は初めてだけど、混一みたいな綺麗な男が働いてるなんて思いもしなかった。すごい人気あるだろ、君」
 素直な気持ちを口にすると、混一が含み笑いをして鼻の頭をかいた。
「そんなことないですよ。俺、どちらかと言うと真面目な人間じゃないから。売れるための営業努力もしてないし、何よりここには、俺なんかよりいい男がいっぱいいますもん」
「そうなのか。意外だな……」
「でもそんな俺だから、こうして浩介さんと会えた、って考えると何だか運命的でしょ?」
 ね、と笑って混一が俺の両手を握りしめた。口ではあんなことを言っておきながら何という営業上手。そして、そうと分かっていても骨抜きになってしまう単純な俺。男女問わず、こんなふうに手を握られたのは初めてのことだった。
 柔らかくて温かい手。爽やかな匂い。綺麗な、だけど毒のある笑顔。
 ……赤くなった顔が爆発してしまいそうだ。
「じゃあ、そろそろ始めますか?」
「な、何を……」
「浩介さんがしたいこと、だよ」
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