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衣川の戦い
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頼衡を誅殺する六日前、泰衡は舅の藤原基成と共に、頼朝からの義経追討の要請に対して、「義経の所在が分からないので云々」と苦し紛れの返信を送っている。
頼朝の圧力が頗る酷いので、泰衡はその圧力に耐え切れず常軌を逸して、頼衡誅殺事件を起こしてしまったものと思われる。
だが頼朝は、泰衡からの言い逃れには一切耳を貸さず、今度は毎月執拗に、泰衡追討の宣旨を朝廷に対して要請し始めた。
1189年閏四月に、とうとう朝廷も泰衡追討の宣旨を検討し始めた。その噂は、奥州にまで広まった。すべて頼朝の差し金である。
泰衡の精神は完全に崩壊した。
起請文の誓いなど、もうどうでも良くなった。
泰衡は、義経が寝泊まりをしている衣川館を襲撃することを決定した。衣川館は、藤原基成の居館である。
『義経の首を差し出せば、頼朝殿は許してくれて奥州藤原氏は安泰となる。』
泰衡は本気でそう考えていた。
しかし巴と国衡は、それが全くの思い違いであることを知っていた。
義経は、国衡に男女二体の骸を用意させた。
そして義経は、この二体に術をかけた。
その二体の骸を見た郷御前は、
「まあ、本当にそっくりなこと。」
と、驚嘆の声を上げた。
それから義経は、自分と郷御前にも術をかけた。
1189年閏四月三十日、巴と国衡、そして忠衡と常衡は、泰衡の暴挙を阻止すべく、衣川館へと向かった。
「我は藤原氏四代目当主、泰衡である!これより朝廷の宣旨により、源義経殿を討伐いたす!」
威勢の良い掛け声とともに、泰衡は従兵数百名を従えて、衣川館へと進軍した。
しかし、泰衡に従う従兵たちの足取りはおぼつかなかった。
泰衡の軍隊が衣川館の前に到着すると、衣川館の門前には置き盾を前にして数名の人物が立っていた。
その人物とは、巴御前、国衡、忠衡、通衡、武蔵坊弁慶と義経の家来数名である。
泰衡軍はたじろいだ。
置き盾で備えをしているのを見て、巴や国衡たちが本格的に戦闘を仕掛けるつもりであることを悟った。
巴たちの戦闘能力が異常に高いことを、藤原氏の武士たちは知っている。
味方が完全に戦意を消失しているのを感じた泰衡は、
「義経追討は宣旨であるぞ。朝廷に逆らう気か!」
と、叫んだ。
「まだ解らぬのか!義経殿の首を差し出しても、頼朝はこの奥州に攻め込んで来るのだぞ!」
と、巴が大声で一喝した。
巴が大声で叫ぶのを、皆のものは初めて聞いた。その天にも轟くような声で、一同は縮み上がった。国衡や弁慶までもが、初めて聞く巴の怒声に驚いた。
従兵たちは混乱した。
当主である泰衡の命令に逆らうことはできない。しかし、巴御前や弁慶だけでなく、藤原氏の国衡や忠衡、通衡までもが義経側に付いている状況である。
しかも、巴御前たちが相手だと、本当に逆にこちら側が全滅させられるかも知れないという恐怖を感じた。
巴が矢を番え、弓をきりきりと引き絞った。狙いは、馬上の泰衡に定められている。
それを見た泰衡は、慌てふためいて馬上から転げ落ちてしまった。従兵からも失笑がもれた。
逆上した泰衡は、
「皆のもの!掛かれ!」
と、攻撃命令を発した。
しかし、従兵たちはなかなか足を前に出せなかった。
巴に矢を向けられると、怯えて引き下がってしまう有様だった。
「義経殿ご自害!義経殿ご自害でござる!」
と、誰かが叫び、館の門が開けられた。
見ると、持仏堂が燃えている。弁慶と義経の家来がすぐさま持仏堂に飛び込み、一組の男女と幼児一人を担ぎ出した。
「義経殿!」
と、弁慶が叫び、泣きじゃくった。他の家来たちも泣いていた。
「主君を失くした今、義経殿のもとに参りまする。皆のもの、わしが自害した後、息を吹き返さぬように、急所を弓矢で射てくれ。」
と、弁慶は言い放ち、刀で自分の頸動脈を切った。夥しい血が噴き出した。
それと同時に、義経の家来たちは、弁慶の頭や胸に何本もの矢を打ち込んだ。
それほど弁慶の生命力は強かったのである。弁慶本人が恐れるほどに。
弁慶が完全に死んだことを確認すると、他の家来たちも刀で自分の頸動脈を切って息絶えた。
この時、弁慶の魂がほわほわと浮いてきて、一人の下男がそれを捕まえて大切に懐に仕舞った。
義経一派の回りは血の海となり、壮絶な修羅場となった。
いつの間にか、泰衡の従兵たちも近くに寄って来ていた。中には涙を流している者もいた。
「確かに義経じゃ!義経に間違いない!」
泰衡が、自害した男の顔を見て嬉々として叫んだ。
巴御前、国衡、忠衡、通衡はただ茫然としていた。
弁慶の魂を懐に入れた下男は、声を押し殺してさめざめと泣いていた。
「九郎殿。」
巴が回りには聞こえぬように、かすかな声で下男に言った。
下男は今にも大声で泣きだしそうなのを我慢して、巴に答えた。
「家来たちの命を犠牲にして、生きながらえる我が身を恥と思う。」
「いえ、ご家来たちも覚悟の上。九郎殿には果たすべき使命があるのです。それをやり遂げてください。」
と、巴はきっぱりとした口調で言った。
この下男の顔は、義経とは似ても似つかぬ顔つきであった。
顔つきがすっかり変わっていても、巴は氣を感じてそれが義経だとすぐに分かったのだった。
隣でその様子を見ていた国衡も、気が付いた。
「さすれば、あのお方が郷御前。」
と、国衡が郷御前の顔を見つめると、郷御前は小さく頷いた。
これは、義経が出羽で修得してきた術によって、変わり身をしたのであった。
幼女の骸は、錬金術によって錬成した。幼女ほどの小さな人間そっくりの人形であれば、三人が力を合わせれば造れるほど、彼らの錬金術は進化していたのである。
本物の娘は、ただ一人生き残っていた義経の家来が密かに保護していた。
こうして、義経一家がすり替わっていたのだが、泰衡は当然気付いていない。
頼朝の圧力が頗る酷いので、泰衡はその圧力に耐え切れず常軌を逸して、頼衡誅殺事件を起こしてしまったものと思われる。
だが頼朝は、泰衡からの言い逃れには一切耳を貸さず、今度は毎月執拗に、泰衡追討の宣旨を朝廷に対して要請し始めた。
1189年閏四月に、とうとう朝廷も泰衡追討の宣旨を検討し始めた。その噂は、奥州にまで広まった。すべて頼朝の差し金である。
泰衡の精神は完全に崩壊した。
起請文の誓いなど、もうどうでも良くなった。
泰衡は、義経が寝泊まりをしている衣川館を襲撃することを決定した。衣川館は、藤原基成の居館である。
『義経の首を差し出せば、頼朝殿は許してくれて奥州藤原氏は安泰となる。』
泰衡は本気でそう考えていた。
しかし巴と国衡は、それが全くの思い違いであることを知っていた。
義経は、国衡に男女二体の骸を用意させた。
そして義経は、この二体に術をかけた。
その二体の骸を見た郷御前は、
「まあ、本当にそっくりなこと。」
と、驚嘆の声を上げた。
それから義経は、自分と郷御前にも術をかけた。
1189年閏四月三十日、巴と国衡、そして忠衡と常衡は、泰衡の暴挙を阻止すべく、衣川館へと向かった。
「我は藤原氏四代目当主、泰衡である!これより朝廷の宣旨により、源義経殿を討伐いたす!」
威勢の良い掛け声とともに、泰衡は従兵数百名を従えて、衣川館へと進軍した。
しかし、泰衡に従う従兵たちの足取りはおぼつかなかった。
泰衡の軍隊が衣川館の前に到着すると、衣川館の門前には置き盾を前にして数名の人物が立っていた。
その人物とは、巴御前、国衡、忠衡、通衡、武蔵坊弁慶と義経の家来数名である。
泰衡軍はたじろいだ。
置き盾で備えをしているのを見て、巴や国衡たちが本格的に戦闘を仕掛けるつもりであることを悟った。
巴たちの戦闘能力が異常に高いことを、藤原氏の武士たちは知っている。
味方が完全に戦意を消失しているのを感じた泰衡は、
「義経追討は宣旨であるぞ。朝廷に逆らう気か!」
と、叫んだ。
「まだ解らぬのか!義経殿の首を差し出しても、頼朝はこの奥州に攻め込んで来るのだぞ!」
と、巴が大声で一喝した。
巴が大声で叫ぶのを、皆のものは初めて聞いた。その天にも轟くような声で、一同は縮み上がった。国衡や弁慶までもが、初めて聞く巴の怒声に驚いた。
従兵たちは混乱した。
当主である泰衡の命令に逆らうことはできない。しかし、巴御前や弁慶だけでなく、藤原氏の国衡や忠衡、通衡までもが義経側に付いている状況である。
しかも、巴御前たちが相手だと、本当に逆にこちら側が全滅させられるかも知れないという恐怖を感じた。
巴が矢を番え、弓をきりきりと引き絞った。狙いは、馬上の泰衡に定められている。
それを見た泰衡は、慌てふためいて馬上から転げ落ちてしまった。従兵からも失笑がもれた。
逆上した泰衡は、
「皆のもの!掛かれ!」
と、攻撃命令を発した。
しかし、従兵たちはなかなか足を前に出せなかった。
巴に矢を向けられると、怯えて引き下がってしまう有様だった。
「義経殿ご自害!義経殿ご自害でござる!」
と、誰かが叫び、館の門が開けられた。
見ると、持仏堂が燃えている。弁慶と義経の家来がすぐさま持仏堂に飛び込み、一組の男女と幼児一人を担ぎ出した。
「義経殿!」
と、弁慶が叫び、泣きじゃくった。他の家来たちも泣いていた。
「主君を失くした今、義経殿のもとに参りまする。皆のもの、わしが自害した後、息を吹き返さぬように、急所を弓矢で射てくれ。」
と、弁慶は言い放ち、刀で自分の頸動脈を切った。夥しい血が噴き出した。
それと同時に、義経の家来たちは、弁慶の頭や胸に何本もの矢を打ち込んだ。
それほど弁慶の生命力は強かったのである。弁慶本人が恐れるほどに。
弁慶が完全に死んだことを確認すると、他の家来たちも刀で自分の頸動脈を切って息絶えた。
この時、弁慶の魂がほわほわと浮いてきて、一人の下男がそれを捕まえて大切に懐に仕舞った。
義経一派の回りは血の海となり、壮絶な修羅場となった。
いつの間にか、泰衡の従兵たちも近くに寄って来ていた。中には涙を流している者もいた。
「確かに義経じゃ!義経に間違いない!」
泰衡が、自害した男の顔を見て嬉々として叫んだ。
巴御前、国衡、忠衡、通衡はただ茫然としていた。
弁慶の魂を懐に入れた下男は、声を押し殺してさめざめと泣いていた。
「九郎殿。」
巴が回りには聞こえぬように、かすかな声で下男に言った。
下男は今にも大声で泣きだしそうなのを我慢して、巴に答えた。
「家来たちの命を犠牲にして、生きながらえる我が身を恥と思う。」
「いえ、ご家来たちも覚悟の上。九郎殿には果たすべき使命があるのです。それをやり遂げてください。」
と、巴はきっぱりとした口調で言った。
この下男の顔は、義経とは似ても似つかぬ顔つきであった。
顔つきがすっかり変わっていても、巴は氣を感じてそれが義経だとすぐに分かったのだった。
隣でその様子を見ていた国衡も、気が付いた。
「さすれば、あのお方が郷御前。」
と、国衡が郷御前の顔を見つめると、郷御前は小さく頷いた。
これは、義経が出羽で修得してきた術によって、変わり身をしたのであった。
幼女の骸は、錬金術によって錬成した。幼女ほどの小さな人間そっくりの人形であれば、三人が力を合わせれば造れるほど、彼らの錬金術は進化していたのである。
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