上 下
11 / 29

非御家人の悲哀

しおりを挟む
略奪を生業とするならず者を多勢入れることによって、平泉の治安を乱そうとする頼朝のはかりごとは、杜撰過ぎて、後のことを考えない浅はかさが露呈した結果となった。

これでまた、平泉の治安は回復した。

頼朝は、無い知恵を絞った。

そして、御家人になれなかった武士を、平泉に送り込むことを思いついた。
平泉の治安を乱すのに成功した暁には、御家人として取り立てることにする。
功績の大きかったものには、奥州から分捕った所領を安堵させる。

しかしこの案は、和田義盛などの有力御家人とは利益が相反することになる。

よってこの策も、いずれは御家人ともめ事を起こす杜撰なものであったのだが、御家人となって所領安堵を約束されることを夢見た武士団は、頼朝の当てにならない約束を信じて平泉に入って来た。

草薙六平太は、今や奥州以外の全国を支配している源頼朝より、御恩を得られる御家人を目指して、手練れの家臣を引き連れて平泉の外れの小高い山の奥に拠を構えた。

「御家人として我らが栄えるためには、蝦夷を追い出すことが必要である。容赦は要らぬ。」
草薙六平太とその家臣たちは、蝦夷とは縁のない者ばかりであった。
そして、蝦夷は朝廷に逆らう逆賊という偏見を植え付けられていた。

実際は、奥州藤原氏は朝廷や貴族に多額の寄進を行なっていた。
例えば、平家の焼き討ちにあった東大寺の再建に奉じる鍍金料金を、奥州藤原氏は五千両納めた。一方頼朝の納めた額は千両であった。実に五倍の納付額である。
他にも奥州藤原氏は、金や馬、宋からの陶磁器やアザラシの皮などの貴重品や海産物を寄進していた。
このように、朝廷も貴族も奥州藤原氏の財力で助かっていたのである。

しかし田舎侍の草薙六平太は、そのようなことは全く知らなかった。

「尋常の手段では埒が明かぬ。夜中に何人か切ってしまえ。」

ある日の朝、三か所で太刀で斬られた商人や職人の骸が発見された。

検死を行なった藤原氏の役人は、
『この傷は、武士の仕業に違いない。』
と、推定した。
殺された三人に関係性は無く、殺害現場も関連性はなかった。
無差別殺人である。

『また不埒者を送り込んだか。』
藤原秀衡は、汚い手を使う頼朝を憎んだ。

秀衡は民たちに、日没後は外出無用との指示を出した。

そして囮として、町人に扮した藤原氏の武士を夜中に平泉の街中を歩かせた。

そうとは知らぬ草薙六平太一派がまた夜中に歩く町人を襲おうとすると、それは実は藤原氏の武士だったので、相手の攻撃を危うくかわした。そこへ、近くに潜んでいた別の藤原氏の武士が駆け寄り、斬りあいとなった。
実戦に長けている草薙一派は強く、太刀を打ち込む強さが凄まじい。藤原氏の武士は相手の太刀を防ぐのに精いっぱいで、じりじり押されて行った。鍔迫り合いとなって、草薙一派の武士は自分の太刀の背に手の平を当てて、強く押し込んでいく。
藤原氏の武士は段々押し負けて行き、相手の刃が首に触れ、あと少しで頸動脈を斬られそうになった正にその時、町人に化けていた武士が大声で気合をかけながら、短刀で突いてきた。草薙一派の武士は体を開いてその短刀を払い、返す刀で相手の腕を斬った。町人姿の武士は太刀をかわそうとしたが、いくらか腕の肉を斬られた。
そこへ藤原氏の武士たちが集まって来たので、草薙一派の武士はヒシの実をまき散らして、太刀を肩に担いで背を向けて走って逃げた。
藤原氏の武士も、それ以上追わなかった。

「そうか、囮であったか。なら、こちらにも考えがある。」

次の日、草薙六平太一派は大胆不敵にも、白昼堂々と平泉の繁華街で太刀を振り回し、近くで物売りをしていた娘たちを捕まえ、人質にして馬に載せてさらっていった。

「武士を捨てたか。」
秀衡は、御家人になれると思い込んで、誘拐に手を染めた草薙一派を嘆いた。
御家人になれれば、貧乏暮らしから解放されると欲に目がくらんでいた。
その欲を利用する頼朝には、一層腹が立った。

草薙一派の住処は、細い山道を登った狭い土地にあった。
山道は一本道なので、防衛に適していた。

また秀衡は、人質を必ず助け出したいと思っていたので、強硬手段を取らなかった。
しかし、なんとかして人質を救出しなければならない。

一方、草薙六平太一派は今後の行動を思案した。
「まずは、平泉の治安を乱すことが鎌倉殿の指示じゃ。」
「さっさと蝦夷を追い出してしまえばよいのでは。そうすればこの土地は、我らのものとなるという約束のはず。」
「されば、借財をしてでも国より軍勢を率いて、一気に攻め込んでしまえば良い。」
「ことはそう簡単ではない。和田義盛など御家人たちの動向も不穏なものを感じる。我らを手駒にして、手柄は奴らが横取りするのではないだろうか。」

そもそも、頼朝の約束自体、口から出まかせである。奥州藤原氏に混乱を生じさせれば、それで良いのである。
頼朝は、結局奥州の金を奪い取ることが念願であった。

捕らわれた娘たちは、離れの土間の中で足首を縄で縛られ、その先は太い柱に固く結ばれていた。
草薙一派の武士たちが見張っているので、逃げ出すことはできない。

見張りを代った一人の武士が、外の空気を吸いに表に出てきた。

するとそこへ、一人の女がふらりと現れた。

「やや、どうやって縄から逃れた?」
逃げる女を、草薙一派の武士が捕まえようと着物の裾に触れた瞬間、女はくるっと体を反転させて、武士の首を腕に巻き付けてぐいと捻じ曲げた。
武士は言葉を発せぬまま、命を落とした。
女は武士の太刀を抜き取り、その骸を草むらに投げ捨てた。

その時母屋の方で、
「火事だ!火事だ!」
と言う叫び声が聞こえた。
武士達が表に出て見ると、母屋に火の手が上がっている。
見張りを一人残して、他の武士達は消火に駆け付けた。

見張りの武士の目の前に、一人の女がいつの間にか立っていた。
手には抜き身の太刀を持っている。
武士は、
「おい、そのような物を持っていると危ないではないか。太刀を捨てろ。それにしてもいつ縄を外したのだ。」
と、呑気なことを言った。
「その娘たちを放しなさい。」
と、言い放つ女の凄さがひしひしと感じられたので、あっと思った武士は慌てて太刀を抜いた。
しかし、太刀を抜いた直後に武士の右腕は太刀と共に二間近く飛ばされていた。

「うーん!」
武士は、唸り声を上げて動かなくなってしまった。

そこへ藤原氏の武士達が現れて、娘たちの縄を切り、外へと連れ出した。

騒ぎに気が付いて、人質を逃す者かと追いかける草薙一派の前に、先ほどの女が立ちはだかった。
女は両手に抜き身の太刀を持っていた。

草薙六平太は、
「女でも容赦はせぬぞ!」
と斬りかかろうとしたが、女の方が強いと察知して思わず後ずさりした。

「頼朝は、約束なぞ守らぬぞ。御家人たちの様子を見ても分かるであろう。」
と、女に言われたが、草薙六平太は、
「我らには、これより他に道が無い!」
と、死ぬ気で打ち込んできた。
女はその決死の打ち込みを片手ではじき返すと、草薙六平太の太刀は空中へ舞い上がった。

草薙六平太は、今自分は斬られていたと確信した。
女が手加減して、自分を斬らずに太刀をはじき返したということを確信した。
それほどこの女には、恐ろしさを感じた。

いつの間にか、草薙一派は弓矢を構えた藤原氏の武士によって囲まれていた。
草薙六平太は、観念した。

「わしの首で家来の助命を頼む。」
と草薙六平太は、覚悟を決めてそう申し出た。

「頼朝はお主らを御家人にする気なぞ、毛頭ござらんぞ。」
と、恰幅の良い一人の武士が優しそうに言った。それは藤原国衡であった。
「犬死にじゃ。何も良いことは無い。頼朝の約束は忘れて、国へ帰られよ。」
と、国衡になだめられると、草薙六平太はもう戦う気力を喪失して、うつ伏してしまった。

「心配御無用。頼朝は今、別の悪巧みにかかりっきりになっておるよ。今のうちに国へ帰られよ。」
と、帰り際に国衡が言い放った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

薙刀姫の純情 富田信高とその妻

もず りょう
歴史・時代
関ヶ原合戦を目前に控えた慶長五年(一六〇〇)八月、伊勢国安濃津城は西軍に包囲され、絶体絶命の状況に追い込まれていた。城主富田信高は「ほうけ者」と仇名されるほどに茫洋として、掴みどころのない若者。いくさの経験もほとんどない。はたして彼はこの窮地をどのようにして切り抜けるのか――。 華々しく活躍する女武者の伝説を主題とし、乱世に取り残された武将、取り残されまいと足掻く武将など多士済々な登場人物が織り成す一大戦国絵巻、ここに開幕!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

処理中です...