日本国を支配しようとした者の末路

kudamonokozou

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頼朝の嫌がらせは天賦の才?

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平泉の街は様変わりしてしまっていた。

「おのれ下郎!坂東武者を侮辱する気か!」
料理屋に入ったおよそ武士とは思えないならず者たちは、運ばれてきた料理をひっくり返す、他の客を追い出す、店の戸を壊すなど、散々に謂れのない狼藉を働いた。
店の者たちは、ただ震え上がるだけであった。

「もうそれくらいにしておけ!」
と、見かねた和田義盛の家来が、ならず者たちを制した。

「なにぃ!わしらは鎌倉殿の直々の命令で動いてるんだぞ!おぬしらの指図は受けん!」
かっとした和田家の家来は、太刀の柄に手をかけた。
「おや?鎌倉殿に逆らうのか。ようし、鎌倉殿に御注進いたす。」
それでも和田家の家来は、太刀に手をかけたままで殺気を放っていた。鎌倉武士の意地であった。
ならず者たちは和田家の家来の殺気に押され、負け惜しみを言いながらどこかへ行ってしまった。

このような輩が、頼朝に直接注進できるなぞ無論はったりである。
しかし、そのようなはったりを言わせてしまっている自分たちの立場に、和田家の家来は忸怩たる思いであった。
『あのようなならず者が、坂東武者をを名乗るとは世も末よ。本来なら切って捨てたい。』
和田家の家来は、本気で怒っていた。

突然湧いて出たならず者どもの嫌がらせ行為が、平泉の繁華街に何度も発生した。
おかげで平泉は、短い間に治安の乱れた街に変貌してしまったのである。

これは、頼朝がならず者を多勢平泉に送り込んだせいである。
頼朝が犯人である。
ならず者は、強盗、略奪、人さらいを生業としており、悪質な無法者であった。

こういう嫌らしい企みを思いつくことにかけては、頼朝はひどく目ざとかった。
そして、武家の面目など全く気にしなかった。
とにかく平泉の治安を乱して、藤原氏に痛手を与えたいのであった。

もう平泉は、人々が自由に行き来できる街では無くなっていた。
今夜も平泉の街は、店はすっかり戸締りをして閉まっていた。無法者に荒らされないためである。

それでもならず者たちは、あらかじめ狙いを付けておいた店の前に現れ、金棒や大槌を手にして店を打ち壊そうとしていた。
月が出ているので、明るさには事欠かなかった。

『シュッ』
何かが飛ぶような音がしたと思うと、ならず者の一人が倒れていた。金棒がころんころんと転がった。
「何だ?」
別の男が駆け寄ると、倒れていた男は胸に矢が刺さって死んでいた。
『シュッ』
また先ほどの音がして、もう一人ならず者が倒れた。

「どこだ!気を付けろ!」
ならず者は騒ぐが、どこから攻撃されているのか分からないので、右往左往するだけだった。

『シュッ』
『シュッ』
矢の飛ぶ音がいくつかして、ならず者は残らず倒れていた。

この様子を二階の窓から覗き見していた店の者たちは、藤原氏の役人に届け出た。
役人は早速、下人を使わせて死体を処理した。

ならず者が行方不明となる事件が二晩続いたので、ならず者を仕切っている海野幸次郎はやけになった。
「この件が首尾よく行けば、わしは御家人に取り立ててもらえる約束だ。奴ら金だけ受け取って、逐電しやがったのか。逃がしはしねえ。こうなったら、全員を集めて平泉の街を一気に叩き壊してしまえ!」
と、平泉の大通りに手勢を集めて、街を打ち壊す算段を行なった。

このはかりごとを知った藤原氏は、軍隊を集めて待ち構えていた。
大通りを歩いているのは、ならず者だけであった。平泉の住民は皆戸締りをして、外へ出ないようにしていた。

やけになるとろくなことは無い。
住民の中に混じってゲリラ的に嫌がらせをすることで、取り締まりが難しかったのに、ならず者の方で集団になって明らかな武力行為に及んだので、藤原氏が兵力を使ってならず者を成敗する大義名分が出来たし、成敗もしやすくなったのである。

海野幸次郎率いる一団は、藤原氏の軍隊が待ち構えているのに怯んだが、血の気の多い連中なので無謀にも闇雲に襲い掛かって来た。

藤原氏の武士が、編隊を組んで一斉に弓を射た。
ばたばたとならず者が倒れていく。また矢が一斉に放たれた。矢は効果的にならず者を倒していった。
奴らに抗う術は無かった。まさに愚かな集団である。

何とか武士の近くまでたどり着いた者も、力任せに武器を振り回すだけで、戦で使えるような技を持っていない。
やたらと薙刀を振り回して、味方を傷つけるものもいた。

和田家の家来たちも見て見ぬふりをして、助けには行かなかった。それどころか、
『鎌倉殿は、なにゆえこのような愚かな真似をしたのだろうか。』
と、憤りを感じていた。

ならず者は、短い時間で全滅した。海野幸次郎をはじめ、全員の死亡が確認された。

和田家の家来は、
『鎌倉殿の名を軽々に口に出し、その命を受けたと偽りを申し立てて、浅ましき狼藉を働く輩云々』
と、和田義盛に注進したが和田義盛は、
『このような見掛け倒しで弱い者を集めても意味が無く、少数でも強者を選ぶのがよろしいと思います。』
と、頼朝に報告した。

頼朝は焦っていた。

奥州に放った間者から、金鉱の秘密について、いっこうに良い連絡が無く、報告されたことと言えば、甲斐源氏の一族である武田十蔵と彼が従えていた鎌倉武士100名近くが、何者かによって殺害されたことである。
そして今回の平泉の治安を乱すはかりごとも全く功を奏せず、和田家の家来の不信感を招く結果になった。

この後も頼朝の主な活動は、権力にものを言わせた嫌がらせ行為である。

藤原秀衡もその被害に遭うが、何と言っても一番の被害者は、源義経である。
義経は、平家滅亡の最大の功労者である。しかし、頼朝はその最大の功労者を、追い詰め滅ぼした。

義経は、藤原秀衡の反対を押し切って、兄頼朝の力になろうと馳せ参じ、命がけで戦った。
九郎の名から分かる通り、義経は九男である。頼朝は二人の兄が平治の乱で落命したので、三男で源氏の棟梁となった。
本来なら、可愛い弟のはずである。

しかし頼朝は、義経の功績を認めようとせず、逆に疎んじ、逆賊の汚名を着せ、ついには藤原泰衡をそそのかして殺させた。
この権力を笠に着た卑怯っぷりは、歴史上類を見ないおぞましさである。

民衆も、義経に対する頼朝の仕打ちは流石にあんまりだという思いで、「判官びいき」という言葉が広く使われるようになった。
「判官」は義経の官職名である。
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