日本国を支配しようとした者の末路

kudamonokozou

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鎌倉に武家政権を確立したのは誰か

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治承四年、1180年8月に石橋山の戦いでボロ負けをして命運尽きる寸前の頼朝であったが、梶原景時によって見逃してもらい、平治の乱に続いてまた命拾いをした。
その後、上総広常が2万騎を率いて馳せ参じたことにより、頼朝の勢力は一気に膨れ上がり、その後もあれよあれよと言う間に御家人が集まり、関東に一大勢力を築いた。

そして同年10月には頼朝は鎌倉に入る。戦ではボロ負けしても、堂々と鎌倉入りしたのである。
奇跡である。

さらに同じく10月には、富士川の戦いで平家軍は自滅的な敗戦を喫している。
石橋山の敗戦から富士川の大勝利まで、わずか2カ月足らずである。

まさに、わらしべ長者的な成上がり方である。
不思議な力が働いたとしか言いようが無い。

平家の力に翳りが見え始め、日本国に傀儡政権を樹立する機会は今と感じたルシフェルは、頼朝に命令した。

「我が家は、秩序の家なり。頼朝よ、我家を組織せよ。」
ルシフェルから命令を受けても、頼朝はきょとんとして何をどうしたらよいのか分からなかった。
しかし、「ははー!」と、条件反射的に平伏した。

ルシフェルが言う「家」とは、ルシフェルの手先となって働く手下たちの集団のことである。

これほど多くの武士団を統率するためには、組織化が必要である。
そのことを政子に進言されて、やっと頼朝は、はたと膝を打った。

そして富士川の戦いから一ヶ月ほど後に、頼朝は鎌倉武士団を統率する長官として和田義盛を侍所別当に任命した。

養和元年、1181年閏2月に平清盛が死去する。これで平家の屋台骨は揺らいだ。

寿永二年、1183年5月倶利伽羅峠の戦いで、源義仲が平家を破ると、同年7月に平家は都落ちし、義仲が入京する。
従兄弟同士であったが、プライドの高い頼朝は義仲をさげすんだ。

元暦元年、1184年1月に宇治川の戦いで源範頼、義経軍が源義仲軍を破り、義仲は戦死する。最後まで義仲と命運を共にしていた巴御前であったが、義仲から『そなたは女の身。ここで落ちてくれ。』との命令を受け、巴御前は鎧を脱ぎ捨てて、東国の方へ落ちて行った。

翌月に源範頼、義経軍は、一の谷の戦いで平家を破る。
二カ月続けての大勝利である。範頼と義経は、よく働く。

しかし相変わらず頼朝は、鎌倉に居たままで戦場には出向かない。
歴史上は、頼朝が義仲を倒したことになるのだが、実際のところ頼朝は何もしていない。

ここで鎌倉武家政権は、組織の強化を行なった。
政子は、政治、財政を執行する役職と、訴訟を裁く役職が必要であると提言した。
政子の言うことはいちいちもっともであった。頼朝は政子に逆らえない。

同年10月には鎌倉に、大江広元を別当として公文所を開設する。
大江広元は武士ではなく、貴族である。

続けて同月に鎌倉に三善康信を執事として問注所を開設する。
三善康信は公家である。

4年前に既に開設されている侍所は、軍事、警察を司る。

軍事一辺倒では国を治められないことを、政子は理解していた。

これにより、鎌倉政権の中央機関の基盤は完成した。

政子は次に、地方政府の強化を提言した。

いわゆる守護・地頭の設置である。
文治元年、1185年3月に壇ノ浦の戦いで平家が滅亡したその年の11月に、守護・地頭の設置が朝廷より認められた。

守護は、国ごとに一人置く。現在で言う警察本部長のようなものである。その権力範囲はもっと広いものであるが。
具体的には、北条時政、千葉篤胤、比企能員、梶原景時、三浦義澄などなどの有力御家人が守護に任命された。

地頭は、郡ごとに置く。
地頭も御家人である。地頭は荘園からの年貢の徴収権を貴族から奪い取った。
これにより、この国の経済の管理者は、貴族から武家に移った。

ルシフェルは、政子の支配者としての資質の高さを喜んだ。

この守護・地頭の設置をもって、鎌倉幕府の成立と近頃の歴史では唱えている。
奥州以外の、政治・経済基盤、警察力を確立したからである。

しかし頼朝は、経済的なことよりも、義経追討のことを重視していた。
守護・地頭の設置の表向きの名目は、義経追討のためであった。
それほど頼朝は、義経を恐れていた。
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