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1.出来ない別れ

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  「本日はお日柄も大変素晴らしく──……」


    お見合いのテンプレ台詞が次から次へと俺の耳を素通りしていく。
    大嫌いで心底軽蔑している実家のことも今はどうでも良い。
    頭の中は"年貢の納め時"で埋め尽くされていて、相手の紹介も俺の紹介もいつの間にか終わって気付いたら庭園に二人きり……。



   「──さん。先程から顔色が優れませんが……具合でも?」


    外向きの優しい声色は、嫌味たらしく"御園伊"を強調しつつも『いい加減説明しろ』と本心が乗せられていて、いつまでも俯いている俺を笑ってない笑顔で見ているのがわかる。
    チラりと周囲を見渡せば誰も歩いていない散歩道。完璧に整えられた花壇を荒らして逃げる度胸も俺にはない。


   「嘘ついててごめん、璉一郎」

    漸く覚悟を決めて視線を合わせるように顔を見上げると、予想通りの顔をしている璉一郎がいた。
    座って話そう、と目線でベンチを示せば軽く頷いて俺をエスコートしてくれる。例え気まずくても、こういう所は変わらない紳士ぶりに好きだなぁと心底思う。
    先ずはどこから話そうか、と少し悩む俺に焦れたのか口火をきったのは璉一郎だった。

   「何故嘘を? 最初から知ってたら……っ」
   「寝なかったのにって? 言い訳にもならないけど……俺は弥園伊みそのいから何年も前に逃げた人間なんだ。璉一郎も当然知ってるでしょ、弥園伊の、出来損ないの話」
   「それが、お前の事だと?」
   「そうだよ。可愛いらしい家族オメガの中で一人だけアルファの俺は、利用価値もなくなった必要ないゴミ。そんな自分を璉一郎には知られたくなかったから黙ってた」
   「お前は決して出来損ないではない」
   「俺は、……ッ出来損ないでどっち付かずの欠陥品なの。 ねぇ、この縁談はお前から断ってくれる? アレを宛がうなんてふざけるな!って言えば問題ないから。向こうはお詫びを建前に自慢のオメガをそっちに無理矢理宛がうこと前提の縁談なの。 もちろん俺もお前に二度と関わらないよ」

    内心を悟られたくなくて、目も合わせず早口で捲し立ててしまう。
    俺はちゃんと取り繕えているだろうか。作りなれた筈の笑みは久しぶりで上手く出来ているのか自分ではわからないけど、璉一郎に泣き顔だけは見せたくなかった。

    最後なのだから、いつも通りの俺でいないと。璉一郎は意外と心配性でデカイ図体に似合わずとても世話焼きでもあるのだ。嘘を吐かれてたにも関わらずサクっと見捨てられないかもしれない。

    早く離れて欲しい。
    さっさと背を向けて去って欲しい。

    じゃないと、とてもじゃないけど顔が保てそうにない。早く早く早く。
    
   「──……わかった」

    横から強めの風が吹き抜けて璉一郎が立ち上がったのが解った。 カツカツと無機質な靴音が徐々に遠ざかっていくのが聞こえる。

    まだ。
    あと少し。
    完全に音が聞こえなくなるまで泣くな。

    少しずつ息を吐こうとするのに、震えた喉の奥から嗚咽が上がってきて──目の奥が焦げているかのように熱い。 それに逆らわずいれば次から次へと涙が溢れ落ちた。


   「そ、いえば……今ま、っで、ありがとうって、伝えられなかっ、た」

    少し………否。 沢山の後悔があったけど、感謝だけはちゃんと伝えれば良かった。
    何度も俺なんかに優しくしてくれたのに。こんなことになるなら素直に言えば良かった。
    今さっきもあんなに強い風が当たらないようにしてくれてたのに───。
    
    璉一郎は怒った顔をしてたけど、本当は嘘吐かれて悲しんでたのを知ってる。それに気付かないフリをして捲し立てた。
    出来損ないだって俺が一番わかってるから本当のことだけど、璉一郎は俺が自分を卑下するのをとても嫌がってたから。
    怒って、俺とのことなんか全て忘れて欲しい。




    ───俺はどれだけベンチで泣いていたのか。
 
    ジャリリ……っと何かを踏みしめた音がしてハッと我に返る。
    やばい。泣いて少し冷静になってくるとめちゃくちゃ恥ずかしい。いい年した男がベンチで一人泣いてるって何。 これだから俺はアルファらしくないって言われるんだよ。
    俯いたまま然り気無く懐から出したハンカチで涙を拭う。 (泣いてませんけど?と汗拭いただけですけど?本当です)と心の中で誰かに言い訳をして立ち上がろうとすると、フッと目の前が陰った。


   「ど、して………」

    見上げると、立ち去った筈の璉一郎がいた。

   「縁談を断ってきた」
   「うん。……じゃなくて、さっき、わかったって。──帰る流れだったよね」
   「お前が初めて会った時の顔してたから」
   「顔?」
   「どっか行って欲しいって顔。だから少しだけ時間空けようと思って……縁談断ってコーヒー買ってきた」

    再び流れるように隣に座る璉一郎に、スッと渡されたテイクアウトのカップを思わず受け取る。 見れば俺の好きな店のやつ……。
    うっ、胸がきゅんとしてしまった。こういうとこだよ本当。いい加減にして欲しい。
    顔が赤くなりそうで俯いてコーヒーを見ていると、すりっと頬を手の甲で撫でられた。

   「泣いてたの?」
   「泣いてません。汗をかいただけです」
   「ふっ。誤魔化す時いつも敬語になるの気付いてるか?」 
   「……泣いてない。汗かいただけ」

    ははっと楽しそうな声で笑ってる璉一郎は、いつも通りで、さっきの別れ話が幻だったのかと勘違いしそうな落差に俺の情緒が付いていかない。
   

    
   「俺は了承してないから。する気もない」
   「?」
   「絶対に別れない」
   「え?」
   「絶対に別れない」
    
 
    唐突に何?と思って首を傾げ隣を見ると、今まで見たことないくらいに獰猛な視線を向けてくる璉一郎と目が合った。 目だけで「逃がさない」と言われているのが伝わるのに、ダメ押しのように同じことを二回真顔で繰り返す。ちょっと怖い。


   「八尋やひろ、オレと今すぐ結婚しよう」
    
    
    
    
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