花が散る、その夜に。

花の巫女

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相容れない二人

『発情期』

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翌朝。
千里は久しぶりに爽やかな朝を迎えた。
上半身を起こして、いつもの腰の痛さは感じないことに違和感を感じたが、すぐに昨夜の出来事を思い出す。

─丞、本当に何もしなかったのか。

彼がどれだけ真面目かは分かっていたが、の事実が無かったことを改めて実感すると若干の切なさと彼への信頼が比例のように増加した。

「おっ、起きたか千里」

湯浴みを終えたばかりなのか、まだ火照りが抜けてないまま丞は布団にいる千里の元へと近付く。瞬間、倒れそうなほどぶわっと甘い香りが丞の鼻を直撃し、みるみる内に目の色が今までの紺青色から深縹こきはなだ色に変わっていった。

「せ、千里……これは………」

「はぁはぁ…ど……しよ…たす、く…」

「……………発情期、か」

発情期のΩほど、番のいないαにとって厄介な者はいない。
経験のない丞でさえ、こんなに間近に発情期のΩがいれば雄の本能として目の前にいる男を襲って孕ませたいという欲望に駆られてしまうのだから。
しかも初日だからか、Ωの発するフェロモンの量はいつもより多い。
丞は鼻をつまむことでどうにかその衝動を抑え、ゆっくりとゆっくりと息乱れてぐったりしている千里の元へ向かう。

「あつ……いよぉ…からだ、が…」

「薬は!?抑制剤は持ってるだろう?」

「う、ん…菊さん…女将に言えば、だして、くれる」

「わかった。ここから絶対に動くなよ」

そう釘を刺し、丞は急いでお菊のところへと走った。
今の状態の千里を放ったらかしにすれば、匂いをかぎつけたαやβに襲われて犯されるのも時間の問題である。丞のように分別のあって理性が保てる人間がいればいいのだが、生憎ここは遊郭であり、発情期のΩ─ましてや看板陰間の発情期となれば客にとってこれ以上の喜びは無い。
千里は陰間なのだから最悪そういう状況になったとしてもなんらおかしいことではないし、寧ろ今は発情期のΩをサービスとして提供している店さえある。

──しかしどうしてか丞は、それを想像すると激しい怒りが沸いてくる。
それがどのような感情なのかは、知る由もなかったのだが。


「女将!女将はいるか!?」

大きい広間(受付等をする場所)で焦ったように大声を発する。それは他の客間にも響いていたようで、なにごとかと野次馬が部屋から顔を出す。無論、そのちょっとした騒ぎに女将が気付かないはずもなく、あからさまに顔を曇らせながら渦中の人物の前に現れた。

「ちょっと…こんなに大声でどうしましたお客様?」

「千里が発情期になってしまって…薬とかありませんか!?」

「千里が発情期…?分かりました。すぐに処置を施し致しますので、お客様はもうお帰りになられた方がよろしいのでは?」

お菊の冷静な対処のおかげで落ち着いた丞は、今日も通常出勤であることを思い出す。

「………はい。千里のこと、お願いします」

「荷物を取りに行かせますので、少々お待ちくださいませ」

お菊はΩ用の抑制剤を棚から取り出し、すぐさま『華凛の間』へと直行した。


「千里…私だよ。入ってもいいかい?」

「ぃぃ…で、す…」

弱々しい返事が聞こえて襖を開ければ、同じΩであるお菊でさえも腹が疼くような感覚が襲ってくる。

「取り敢えずこれをお飲み。…あんた、今までこういう類の過ちを犯してきたことなんてなかったのに今回はどうしたっていうんだい?」

薬を飲んでしばらくすると効いてきたのか、息が整い始めて部屋中に萬栄していたフェロモンがどんどん薄くなっていく。理性を取り戻した千里は、固く閉じたその口を解き始める。

「……分からないんです、僕にも。今日あたり発情期が来ることは知っていたんですが、昨日はそんなことを考えている暇もなくて…」

「あの男に抱かれたの?」

「逆ですよ。抱かなかったんです。僕、初めて客とヤらずに夜を明けました。驚いたのもそうなんですが、嬉しくて…。僕には身体以外にもちゃんと価値があるんだって彼が教えてくれたんです」

「今回は相手があの堅物将校様だったから良かったけど、他の輩だったらすぐさま犯されてたわよ。そこらへん、自覚しなさい。あと…分かっていると思うけど、あまりのめり込まないようにね。痛い目見るのはあんたなんだから」

それは注意ではなく、忠告。彼女自身もΩで水商売人でありために、千里よりもこの界隈の良いこと悪いこと様々見てきたのだ。せっかく好きな人と結ばれようともその幸せは永遠には続かない。それを身に染みて感じているからこその忠告であった。

「ここ、今夜も使うからあんたは自室に戻りなさい。片付けはこっちでやっておくから。あと今日の外出は禁止。出来る限り夜の客も入れないようにしておくから」

「……すいません。ありがとうございます」

千里はふらついた様子で『華凛の間』をでて、静かに襖を閉める。抑制剤が効いたからと言って完全に発情期の症状を抑えられる訳では無い。
現に彼の下半身はビクついて、今にも白濁の液が垂れそうな勢いで溢れている。

そっちに意識を集中していたせいか、いつもなら背後の気配に気付いているはずなのだが、今は気付いた瞬間に意識が薄くなり始めた。

「んんっ!!だ、だ……れ……ぇ…」

「発情した陰間はすげぇな。もう勃っちまいそう」

下卑た笑いを浮かべる男達に抱えられ、千里はこの『桜蘭楼』から姿を消した。










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