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暴虐
簡単なミッションだ
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翌日、勇者が街に侵入してるというのに、昼前まで惰眠を貪った俺が司令室に行くと、すでにしっかり働いていたアルフィが笑顔でコーヒーを淹れてくれた。
「むしろ昨日あれだけやられて、今立ってるのが不思議なぐらいだよ」
一瞬ひとりで仕事させて申し訳ないと思ったが、原因の半分はアルフィだったので熱めのコーヒーをグッと飲んで忘れようと思う。
「あれ?勇者だ」
画面を見ると勇者が映し出されていた。なるほど、見つかっていたのか。余裕があるなと思ったら。
「南の地区から入ってすぐに東へ移ってたみたい。だからすぐに発見出来なかったんだけど、朝方には探索系の魔族が居場所を特定してね」
「動きを止めていたのか」
「流石にあの馬鹿でも、敵地で堂々と普通に移動出来るなんて思ってないみたいだね」
「囲まれたら厄介だからな。普通は隠れながら進むだろう」
空き家で順番に仮眠を取っている様子の勇者。チャンスではあるが、現段階での目的は敵の戦力を減らすこと。なので見つかったからといってすぐに奇襲をかけるような真似はしない。出来れば少しずつ相手の人数を減らしたいのだ。
「ちなみに相手の僧侶、ジュリアはかなり精神的に弱ってるみたいだよ」
昨日魔道士が瓦礫の下敷きになったのを見捨てた件だろう。画面に映る彼女はかなり暗い表情だ。
「狙うならあの僧侶か」
「だね。回復されるのは厄介だし早めに潰したい」
俺達も遊びじゃないからな。敵が弱っているなら心苦しくてもそこを攻めねばなるまい。
「襲撃して彼女だけをリタイヤさせるのは」
「無理だろうね。市街地で戦い難い魔道士と違って、回復や支援が専門の僧侶は必須だから。狙うと間違いなく率先して守るよ」
魔族の力押しでは難しいか。それに魔族の投入は人数を出来る限り減らしてからが望ましい。
「じゃあやっぱりここもドールズの出番だな」
「悔しいけどどうにか出来るならよろしく」
「なに、簡単なミッションだ」
複雑そうなアルフィを横目に、俺はボスであるマスター経由でドールズに指示を出す。さて上手くいけば良いが。
「ちょっと!なにあれ!なんで子供が歩いてるの!?」
しばらくすると勇者達が潜伏する家の周辺に、数人の子供が集まって来た。みんな緊張感はなくペチャクチャと喋りながら、その家の鍵を開けて中に入ってしまう。アルフィが慌て出すが俺が落ち着くように肩を叩く。
「くそ、子供か」
潜伏しているのを見られた勇者達はすぐに立ち上がる。そして勇者は腰から剣を抜き、容赦なく目の前の子供を斬り捨てた。
「あ」
胸を斬られた子供がその場で倒れる。すぐに後ろで見ていた子供達が逃げようとして走り出したが、追いかけたフランクが攻撃して、道の真ん中で昏倒させる。迷いも容赦も微塵も感じられない動きだった。
「危ねえな、応援呼ばれるところだったぜ」
「よくやったぞフランク。さてここは危ないな」
勇者と武闘家フランクは当たり前のように動こうとしたが、それを剣士が止める。
「まて、せめて止血を」
「何故だ?」
剣士の言葉に勇者が問う。歯を食い縛る剣士だが、すぐに頭を振って下を向く。
「いや、良い」
剣士は迷いを断ち切って勇者の後に続いて空き家を出ようとした。しかしそんな中、僧侶のジュリアはなにも言わずに斬られた少年に回復魔法を掛け始める。
「なにをやっている。無駄な魔力を使うな」
「無駄?あなたは子供を救う魔力が無駄だと仰るんですか?」
ジュリアが手を当てて治療する間、勇者に一瞥もくれずに集中している。
「無駄だ、こいつは敵だ。魔族の街に住む魔族の仲間。子供であっても生きる価値はない」
「おいお前ら、それより早く逃げねえと、道で寝てるガキ見られたら人が集まるぞ。留まるならせめてあれ家の中に放り込むか?」
フランクは自分が昏倒させた子供達を見ながら焦っている。
「フランクの言う通りだな。その必要はない。先を急ごう」
「くっ」
「ジュリア、行くぞ。勝手な行動は許さん」
ジュリアはそう言われて治療の手を止める。アルフィの言っていた通り、彼女は勇者の行動や考え方に思う所はあれど、魔王討伐のために全てを黙認しようとしている。普段ならこの後傷付いた子供を無視して勇者と共に此処を去るのだろう。仲間の魔道士を見捨てた時と同じように。
「ん?どうした?ジュリア、行くぞ」
勇者が家を出ようとしたが、まだ立ち上がらないジュリアを見て再度呼び掛ける。
「あ、い、いや、いやだ」
「は?」
「治療!治療しなきゃ!」
恐らくその行動はジュリアらしくないのだろう。勇者も他の仲間も唖然としている。しかし彼女はまだ寝ている子供の治療を再開した。それを見た勇者は思い通りにいかないジュリアを怒鳴りつける。
「おい!行くぞ!命令だ!そんなガキは放っておいて、この場所から離れるんだ!」
それでもジュリアは治療を止めない。まるで取り憑かれたように必死に治療を続ける。
「なあおい!外のガキどうすんだよ!もたもたしてるぐらいなら隠した方が良いぞ!?」
フランクの攻撃によって家の前の道で昏倒する子供達。怪我は勇者に斬られた子供よりマシだが、道に寝る姿は目立つ。隠れている身である勇者達にとって、今の状況はリスキー過ぎる。
「そのまま治療を続けるなら置いていくぞ!どうするんだ!?」
苦肉の策だ。ここで魔族に囲まれれば、今まで隠れて移動した意味がなくなる。
「来い!」
勇者が無理矢理にジュリアの肩を持って立たせる。それでもジュリアは取り憑かれたように治療しようとしている。
「だめええ!はあはあ!私は!治療するのおおお!」
勇者が引き摺って歩くが、子供のように駄々を捏ねて暴れ出してしまう。困惑した勇者が家を出た所で手を緩めると、ジュリアは走り出して道で寝ている子供を治療し始める。
「はあはあ、ここにもいる。あっちにも!治療する!治療しないと!」
明らかに尋常じゃないジュリアの行動に唖然とする勇者達。
「お、おい、静かにしろ!ヤバいって!魔族が集まって来るぞ!?」
「ちっ!こいつは置いていく!」
すぐに決断した勇者は残り2人になった仲間を連れて逃げ出していく。おかしくなったジュリアを置いて。
「どういうこと?いやそれどころじゃない!子供達が!」
「アルフィ落ち着いて。よく見てくれ」
倒れていた子供達が立ち上がっていく。
「作戦成功だな」
「なに?なんなの?」
「彼らは数分だけ子供になれる薬を飲んだドールズだ」
「え!?そんな凄い薬が?」
「アルフィでも知らなかったか。魔族の秘薬のひとつだ。今この街でもドールズしか取り扱っていない珍品でな。趣味の良い紳士淑女に大人気だ」
子供達がどんどん成長していき、すぐに大人の姿に戻る。
「あいつら普段喧嘩慣れしてるからな。フランクの攻撃で倒れたのも演技だったのさ。まあ流石に速攻で勇者が斬りつけるとは思ってなかったからビビったけど」
斬られた男もジュリアの治療でなんとか軽傷で済んだらしい。立ち上がって普通に歩き出した。
「わざと攻撃させたの?何のために?」
「ジュリアに治療させるためさ。そして治療中のジュリアに中毒虫を設置させた」
「ドールズは中毒虫まで使い熟してるの!?」
「彼らはドールズでもトップクラスのエージェントだからな」
「だから街の人間を勝手にエージェントにしないでよ」
そんな話をしている間に、ジュリアは簡単に拘束されて、中毒虫からも解放された。
「これであと3人か」
「放って置いたら勝手に城塞に入って来るだろうし、下手に街壊されたくないから予定通り待ってようか」
「そうだな」
完全に見つかっているのに、慎重に進んでいく勇者達をモニターで見ながらお菓子を食べる。時間掛かりそうだなぁ。
「休憩する?」
「しちゃおっか」
こいつら無駄に慎重だから、待ってたらまた日が暮れそうだ。俺達は監視を他の魔族に頼んで仮眠室へと向かった。
「むしろ昨日あれだけやられて、今立ってるのが不思議なぐらいだよ」
一瞬ひとりで仕事させて申し訳ないと思ったが、原因の半分はアルフィだったので熱めのコーヒーをグッと飲んで忘れようと思う。
「あれ?勇者だ」
画面を見ると勇者が映し出されていた。なるほど、見つかっていたのか。余裕があるなと思ったら。
「南の地区から入ってすぐに東へ移ってたみたい。だからすぐに発見出来なかったんだけど、朝方には探索系の魔族が居場所を特定してね」
「動きを止めていたのか」
「流石にあの馬鹿でも、敵地で堂々と普通に移動出来るなんて思ってないみたいだね」
「囲まれたら厄介だからな。普通は隠れながら進むだろう」
空き家で順番に仮眠を取っている様子の勇者。チャンスではあるが、現段階での目的は敵の戦力を減らすこと。なので見つかったからといってすぐに奇襲をかけるような真似はしない。出来れば少しずつ相手の人数を減らしたいのだ。
「ちなみに相手の僧侶、ジュリアはかなり精神的に弱ってるみたいだよ」
昨日魔道士が瓦礫の下敷きになったのを見捨てた件だろう。画面に映る彼女はかなり暗い表情だ。
「狙うならあの僧侶か」
「だね。回復されるのは厄介だし早めに潰したい」
俺達も遊びじゃないからな。敵が弱っているなら心苦しくてもそこを攻めねばなるまい。
「襲撃して彼女だけをリタイヤさせるのは」
「無理だろうね。市街地で戦い難い魔道士と違って、回復や支援が専門の僧侶は必須だから。狙うと間違いなく率先して守るよ」
魔族の力押しでは難しいか。それに魔族の投入は人数を出来る限り減らしてからが望ましい。
「じゃあやっぱりここもドールズの出番だな」
「悔しいけどどうにか出来るならよろしく」
「なに、簡単なミッションだ」
複雑そうなアルフィを横目に、俺はボスであるマスター経由でドールズに指示を出す。さて上手くいけば良いが。
「ちょっと!なにあれ!なんで子供が歩いてるの!?」
しばらくすると勇者達が潜伏する家の周辺に、数人の子供が集まって来た。みんな緊張感はなくペチャクチャと喋りながら、その家の鍵を開けて中に入ってしまう。アルフィが慌て出すが俺が落ち着くように肩を叩く。
「くそ、子供か」
潜伏しているのを見られた勇者達はすぐに立ち上がる。そして勇者は腰から剣を抜き、容赦なく目の前の子供を斬り捨てた。
「あ」
胸を斬られた子供がその場で倒れる。すぐに後ろで見ていた子供達が逃げようとして走り出したが、追いかけたフランクが攻撃して、道の真ん中で昏倒させる。迷いも容赦も微塵も感じられない動きだった。
「危ねえな、応援呼ばれるところだったぜ」
「よくやったぞフランク。さてここは危ないな」
勇者と武闘家フランクは当たり前のように動こうとしたが、それを剣士が止める。
「まて、せめて止血を」
「何故だ?」
剣士の言葉に勇者が問う。歯を食い縛る剣士だが、すぐに頭を振って下を向く。
「いや、良い」
剣士は迷いを断ち切って勇者の後に続いて空き家を出ようとした。しかしそんな中、僧侶のジュリアはなにも言わずに斬られた少年に回復魔法を掛け始める。
「なにをやっている。無駄な魔力を使うな」
「無駄?あなたは子供を救う魔力が無駄だと仰るんですか?」
ジュリアが手を当てて治療する間、勇者に一瞥もくれずに集中している。
「無駄だ、こいつは敵だ。魔族の街に住む魔族の仲間。子供であっても生きる価値はない」
「おいお前ら、それより早く逃げねえと、道で寝てるガキ見られたら人が集まるぞ。留まるならせめてあれ家の中に放り込むか?」
フランクは自分が昏倒させた子供達を見ながら焦っている。
「フランクの言う通りだな。その必要はない。先を急ごう」
「くっ」
「ジュリア、行くぞ。勝手な行動は許さん」
ジュリアはそう言われて治療の手を止める。アルフィの言っていた通り、彼女は勇者の行動や考え方に思う所はあれど、魔王討伐のために全てを黙認しようとしている。普段ならこの後傷付いた子供を無視して勇者と共に此処を去るのだろう。仲間の魔道士を見捨てた時と同じように。
「ん?どうした?ジュリア、行くぞ」
勇者が家を出ようとしたが、まだ立ち上がらないジュリアを見て再度呼び掛ける。
「あ、い、いや、いやだ」
「は?」
「治療!治療しなきゃ!」
恐らくその行動はジュリアらしくないのだろう。勇者も他の仲間も唖然としている。しかし彼女はまだ寝ている子供の治療を再開した。それを見た勇者は思い通りにいかないジュリアを怒鳴りつける。
「おい!行くぞ!命令だ!そんなガキは放っておいて、この場所から離れるんだ!」
それでもジュリアは治療を止めない。まるで取り憑かれたように必死に治療を続ける。
「なあおい!外のガキどうすんだよ!もたもたしてるぐらいなら隠した方が良いぞ!?」
フランクの攻撃によって家の前の道で昏倒する子供達。怪我は勇者に斬られた子供よりマシだが、道に寝る姿は目立つ。隠れている身である勇者達にとって、今の状況はリスキー過ぎる。
「そのまま治療を続けるなら置いていくぞ!どうするんだ!?」
苦肉の策だ。ここで魔族に囲まれれば、今まで隠れて移動した意味がなくなる。
「来い!」
勇者が無理矢理にジュリアの肩を持って立たせる。それでもジュリアは取り憑かれたように治療しようとしている。
「だめええ!はあはあ!私は!治療するのおおお!」
勇者が引き摺って歩くが、子供のように駄々を捏ねて暴れ出してしまう。困惑した勇者が家を出た所で手を緩めると、ジュリアは走り出して道で寝ている子供を治療し始める。
「はあはあ、ここにもいる。あっちにも!治療する!治療しないと!」
明らかに尋常じゃないジュリアの行動に唖然とする勇者達。
「お、おい、静かにしろ!ヤバいって!魔族が集まって来るぞ!?」
「ちっ!こいつは置いていく!」
すぐに決断した勇者は残り2人になった仲間を連れて逃げ出していく。おかしくなったジュリアを置いて。
「どういうこと?いやそれどころじゃない!子供達が!」
「アルフィ落ち着いて。よく見てくれ」
倒れていた子供達が立ち上がっていく。
「作戦成功だな」
「なに?なんなの?」
「彼らは数分だけ子供になれる薬を飲んだドールズだ」
「え!?そんな凄い薬が?」
「アルフィでも知らなかったか。魔族の秘薬のひとつだ。今この街でもドールズしか取り扱っていない珍品でな。趣味の良い紳士淑女に大人気だ」
子供達がどんどん成長していき、すぐに大人の姿に戻る。
「あいつら普段喧嘩慣れしてるからな。フランクの攻撃で倒れたのも演技だったのさ。まあ流石に速攻で勇者が斬りつけるとは思ってなかったからビビったけど」
斬られた男もジュリアの治療でなんとか軽傷で済んだらしい。立ち上がって普通に歩き出した。
「わざと攻撃させたの?何のために?」
「ジュリアに治療させるためさ。そして治療中のジュリアに中毒虫を設置させた」
「ドールズは中毒虫まで使い熟してるの!?」
「彼らはドールズでもトップクラスのエージェントだからな」
「だから街の人間を勝手にエージェントにしないでよ」
そんな話をしている間に、ジュリアは簡単に拘束されて、中毒虫からも解放された。
「これであと3人か」
「放って置いたら勝手に城塞に入って来るだろうし、下手に街壊されたくないから予定通り待ってようか」
「そうだな」
完全に見つかっているのに、慎重に進んでいく勇者達をモニターで見ながらお菓子を食べる。時間掛かりそうだなぁ。
「休憩する?」
「しちゃおっか」
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