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支配

理由は要らねえ

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 勘違いされやすいがワシだって肌乾燥するし、手にクリーム塗ったりはする。だから薬屋でクリーム買う度にプレゼント包装するのはやめて欲しい。
「あれ?店長なんで手にクリームなんて塗ってんすか?」
「いや、そりゃあ手が乾燥してるからっしょー?」
「石膏ジョーク?ギャハハ!」
 他の魔族ですらこれだから、人間が勘違いするのも仕方ない。ワシはゲラゲラ笑う魔族を蹴り飛ばし、休憩を切り上げて工場の視察を始める。
「なんか妙に忙しそうじゃねー?」
 城塞の方にかかりっきりだったから、魔道具工場に来るのはほぼ初めてだ。バークフォードに越してからも、魔道具職人達はしっかり働いてくれてるらしい。まあ街に魔道具が広く供給されてることからもわかってたけど。
「おい、霊水のストック切れてるぞ!」
「鉄材もっとねえの!?あーもう!材料調達部隊増やせよ!」
 それにしても活気が凄い。アル様の下で働けることに喜びを感じてやる気が出てるのか?魔界の時より遥かに忙しそうだ。
「ん?なんだこりゃ?」
 生産ラインを覗くも、見慣れない魔道具ばかりが流れてくる。ワシだって魔道具職人だ。多少アレンジした程度の魔道具なら、新作でもなにかわかる。しかし今生産されている物がなんなのか、まったく検討が付かない。
「おいおーい、なに作ってんのー?これ」
 他のラインも、これも、これも知らない。なんだ?おい、なにやってんの?
「ちょっとー!なあ!」
「ん?店長どうした?」
「こりゃなんだー?お前らなに作ってるのー?」
「はぁ?なにって今工場で作ってる魔道具は100%シャルル派だよ」
「あー?なんだって?」
「だから、シャルル派の魔道具」
 シャルル派?なんだ?なにが起こってる?
「お、おい、シャルル派ってなに?」
「あのなぁ。俺だって忙しいの!わかるだろ!?冗談に付き合ってる暇ねえんだって!」
「いやマジで!マジで知らねえの!教えろって!」
「お前、本気で言ってるのか?」
 あり得ない物を見る目だ。でも知ったかしてても始まんねえし。ワシは慎重に頷いた。
「始まりはこの工場が出来た頃、今から2ヶ月前ぐらいだな。あの方がやって来たんだ、見学させてくれって」
 あの方、シャルル派。そりゃ関係ないとは今更思わんけど。
「シャルルンが来たのねー?」
「そうだ。シャルル様が来て、商品のレビューを始めた」
「んー?レビュー?」
「そうだよ、彼がやったのはそれだけだ」
「なんだよそれー、それでなにが変わるってー?」
「俺達だって初めは熱心な客が工場に冷やかしに来たが、偉いさんだし無碍にも出来ずって感じでな。勝手に使用感やら話始めて迷惑してた。ただそれを聴いている内に、ひとり、またひとりと作業の手が止まっていった。そして気付けば俺達は皆、彼の話に夢中になっていた」
「勿体ぶるなよー、なにを話したって?」
「細かく臨場感に溢れる使用感。そこからあらゆる視点で語られる改善点。更に俺達が思いも付かなかった新しい魔道具の形。いや、あれは新しい時代だ。彼は魔道具業界に、シャルル派という時代を作り出した」
 完成した魔道具をひとつ、急いで手に取る。形は鬼堕としに似ているが、根本的にこれは違う物だ。魔力を流してみると、挿入部が振動しながら広がっていく。
「広がった!?」
「彼は言った、気持ち良いだけでは調教にならない。広げよ、そして圧迫せよと」
「なんだこれー、こんなの本当に気持ち良いのかー?」
「このバイブは今この工場の主戦力だ。それが答えだな」
「バイブ?」
「シャルル派では鬼堕としをバイブと呼ぶ」
「なんだそれ!?オカン様が作った歴史を馬鹿にしてんの!?俺達は伝統ある魔道具職人っしょ!?チャラチャラ横文字使って喜んでんじゃねえよ!」
「ふっ、旧体制の遺物か。その時代は終わったよ。この工場でも当初シャルル派とオカン派で闘争が起こった。そして今、この工場は、いや魔道具職人は全てシャルル派になった。歴史はもう動いた後だ、遅かったな」
「ふざけんな!オカン様の一番弟子!このテンチョーがそんなこと許さねえっての!」
「これを見ろ」
「なんだこれ、貞操帯か?」
 変な形の貞操帯。またなにかギミックでもあるのか?でもそんなん知ったこっちゃねえ。
「それを装着すると、先端に付いたディスプレイに、勃起しようとした回数が表示される」
「ディスプレイ?これのことかー?ここに回数が?それになんの意味が」
「それがわからねえから、お前は次の時代に行けてねえのよ!ただ勃起を阻害するだけでなく!興奮した回数まで晒される屈辱!それこそが最高のスパイス!」
「なんだ?なに言ってんのー?わかんねえ、わけわかんねえよ!」
「この2カ月で魔道具の世界は100年進んだ。お前も魔道具職人なら、しっかり学び直さないとついていけなくなるぞ」
 周囲の魔道具職人達が切磋琢磨し、次々と新しい意見を交わしている。それを盗み聞くも、そこで語られる考え方はもちろん、用語ですら理解出来ないことに気付き、背筋が凍る。
「おいおい、勘弁してくれよー!」
 なんだよこれ。なにが起こってんだ?
「あれ?店長が工場に居るとは珍しいな」
「シャルル様が来たぞ!」
「おはようございます!シャルル様!」
「シャルル様!これ使って下さい!」
「おい!無礼だぞ!シャルル様はアル様が選んだ魔道具しか認めない!」
「申し訳ございません!シャルル様!若い者が!」
「いや良いって。意見ぐらいは言えるし。あんまネタバレすると楽しみが減っちゃうから勘弁だけどねぇ」
「なるほどおおおお!」
「おい!シャルルン!お前なにやった!」
 やられた。ワシが人間を排除しようとシャルルンに接触する前から、あっちはあっちで魔族を懐柔するように動いていたとは。
「なにって?てか店長先に言っとくけど、あんま俺に近付き過ぎんなよ?忠告したからな?」
 なんだその強気な視線は。それになにか鬼気迫る空気を感じる。
「あ、そうだ店長。ここで言うのもなんだが、やっぱり俺には魔族に人間が必要な理由は思い付かなかった」
「なんだとー?」
 こいつ、この状況でそんな戯言を?
「だって魔族って強いし、魔道具の技術とか建築、農業、どんな分野でも人間の上をいってる。たぶんこれから起こる勇者との戦いでも、人間は力になれないどころか、足を引っ張るかも知れない」
「そんなことないですよ!シャルル様!」
「俺達にはシャルル様が必要です!」
 なんで魔族のお前らが、そんな辛そうな目であいつを見てんのよ?相手は人間だぞ?
「だけどさ?俺達には今魔族の力が必要で、そんでもって俺もこの街の民も、皆お前らが作る魔道具が大好きなんだよ。なにも返せねえ俺が言うのは勝手過ぎるが、お願いだ、俺達と一緒に戦ってくれ!そんでさ?もっとエロい魔道具いっぱい見せてくれよ!もうこの街の人間は、魔族が作る魔道具無しじゃ生きていけないんだ!」
 なんだ?おい、こいつなにを言っている?図々しいだけの言い分。聞くに堪えないわがまま。だけどなんだ?ワシは大切ななにかを、忘れてはいないか?
「役にも立てない、弱い人間が、ワシら魔族の力と知恵のみを欲すると、そう言ってんのかー?」
「あぁ、わがままですまん!だけど俺は魔道具のファンなんだ!」
 魔道具のファン?そうか、そうだよ。
「思い出しちまったじゃーん」
「ん?」
 かつてオカン様に聞いたことがある。ワシら弱小魔族を配下にしてくれたのは何故か。戦うのが好きじゃないはずのオカン様が、幹部になってまでワシらを庇護する理由はなんなのか。何も出来ない、何も返せないワシらを、何故見捨てないのか。
「ワシらにとって魔道具は子供みたいなもんだ」
 なんでこんな大切なこと忘れてたんだ。オカン様が居なくなって、他の幹部に怯えて、勇者に怯えて、それで大切なこと忘れてちゃ、オカン様に顔向け出来ねえや。
「ワシらの大切な子供を愛してくれる奴ら守るのに理由は要らねえ。なあ、シャルル・ダカストロ!」
「なんだ?」
 なんて眼だ。圧倒的な強者であるワシを相手に、何故あんな強く熱い眼が出来る。
「ワシはアル様に忠誠を誓った。だが、もうひとつ誓いたいもんが出来ちまったみてーだ」
 ゆっくり近付き、ワシはクリームでしっとりした手を差し出した。
「あんたを友と呼ばせてくれ。そしてこの街の人間は、ワシら魔族が必ず守る」
「店長」
 シャルルンの手がしっかりと俺の手を握る。
「やっぱ石膏だから手カサカサだな」
「いやクリーム塗ったばっかりだしー!ふざけんなよてめえ!」
 マジでさ、ちょっとだけアル様に嫉妬しちゃうかも。良い男じゃねえか、シャルルン。
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