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破壊

俺の奢りだ

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「結局戦う以外に道は無いのか」
「そうだね。残念だけどあれはもう兄さんじゃない。別のなにかだよ。僕も腹を括らないと」
「出来れば身内で潰し合いはさせたくないから、今回もアルフィには隠れていて欲しいんだけど」
「無理だね。これはもう明らかに僕が来たせいだ。それもここを指定したのは兄さんとはいえ、ここに居着く判断をしたのは僕。責任は充分あるでしょ?一緒に戦うぐらい許してよ」
 またガランとして人が居なくなった街を歩き、昼間からバーへ集まった俺達は、平行線の議論を続ける。
「アルフィ、それでも俺は」
「シャルル様、もう言わないで。ね?」
「あぁ、だがせめてもう少しだけ時間をくれ。フィデロが戦う理由や、魔族との関係を探れば、もしかしたら戦わずに居られる道が見えるかも知れない」
「はぁ、本気で言ってるんだよね。何回も殺され掛けたのに」
「だからって殺して良い理由にはならない」
「凄いよね。どうやったらそんな考え方が出来るの?」
「少なくとも小物魔族は殺してええやろ」
 俺が元々居た場所がそんな所だったから。だけじゃ無いだろうな。日本では警察や裁判所などが個人の代わりに動く前提があったから、個人の復讐どころか防衛すら過剰なら許されない場合もあった。だがこの世界では違う。相手が侯爵嫡男という実力者であり、社会的信用が高い人間である以上、国に言えば簡単に拘束してくれるわけでもないのも事実。
 だからこれは、俺の甘さなんだろう。そして結局戦う力が無いから、それ以外で解決しようと考えるのだ。
「しかしダカストロ様、探ると言ってもどうやって?あの者が簡単に真実を語るとは思えませんよ」
「マスターの言う通りだよ。そもそもああなる前から兄さんは、考えてることわかんない人だったんだから」
「それは」
 俺が飲んでいたレモンティーを置いて話し始めた時、聞き慣れたベルの音が鳴る。バーの扉が開く音だ。
「あ、やっぱりここでした?集まるなら言って下さいよ。仲間外れは寂しいです」
 集中した視線を無視するように、当たり前のように店内に入ってきたフィデロは、「ふう、お腹空きましたね」と言いながら俺達と横並びのカウンター席へと腰を落ろす。
 全員がいつでも戦闘出来るよう身構える。いや、俺はそういうスキルは無いから全員じゃない。自分の中で見栄を張っても仕方ないのに。うん、完全にただ震えてるだけだ。
 しかしふと気付いてマスターに合図を送ると、バクバクと音を立てる心臓を黙らせながらフィデロに話し掛けた。
「フィデロ、飲み物は俺のお勧めで良いか?」
「へえ、結構余裕なんですね?見た感じただの人間。しかもかなり弱そうにしか見えないですけど」
 そう言っている間にマスターがカクテルを作り、フィデロの前にそっと置く。
「俺の奢りだ」
「ふふ、ありがとうございます。ん、美味しい」
 見た目も美しい青色のカクテルを少しずつ飲んでいくフィデロ。警戒もなく俺が薦めた飲み物を飲むということは、身体はやはり普通じゃないんだろう。まあ腹にあんなの飼ってるんだから当たり前だが。
「そう言えば勇者はシャルルさんに負けたって言ってましたね。どうせ魔族がなにかしたからだと思ってましたが、実は実力隠してるタイプですか?」
「どうかな」
 ニヒルに言ってのけたが、フィデロはまったく聞いていない笑顔のまま。完全に俺がスベったみたいな空気にされた。くそ、お前が聞いたんだ、お前が。
「はあ、美味しかった。ご馳走様でした。なにかご飯も作ってくれませんか?誰も居ないから、食べる物もなくて困ってたんです」
「それよりフィデロ、お前が腹で飼ってる魔族について教えてくれないか?」
「はあ、ストレートですね。この子はガロア。私が幼い頃に召喚した魔族で、ずっと私がお腹の中で育ててきた友人です」
「幼い頃に召喚?どうやって?」
「覚悟と代償を示せ。古文書に書かれた方法を実践しただけですよ。簡単でした」
「覚悟と代償?なにを差し出した?」
 嫌なフレーズだ。特に魔族なんて得体の知れない者が絡んでいるなら尚更。
「愛する弟を」
ーーーガチャン
 グラスが落ちて割れるが、アルフィは見向きもせずに固まっている。そしてゆっくりと信じられないものを見る目をして兄を呼ぶ。
「兄さん?」
「なんですか?アルフォンソ」
「まさか、兄さん」
「そうですよ。ミシェルを殺したのは魔族じゃありません。私です」
 立ち上がろうとするアルフィを両サイドから俺とオカンが止める。そして俺はまたフィデロに話を進めるよう促した。
「ミシェルっていうのは、バークフォード家の次男か」
「そうです。家に侵入した魔族に殺されたことになってますが、実際は私が殺した後で、契約したガロアに人間では再現不可能な状態にして貰ったんですよ」
 アルフィのもうひとりの兄が、どんな姿で発見されたのかは聞きたくもない。
 アルフィは目を見開いてフィデロを睨んでいる。次男が死んだのがいつかは知らないが、口振りからしてつい最近の話では無いのだろう。ずっと裏切られてきたと知ったんだ、当然だ。
「もちろん代償はミシェルじゃありませんよ?ミシェルを殺したのは覚悟です。代償は私の身体。私の中身は全部彼の、ガロアの物になりました。だから私の中にはなにもありません。彼が住んでいるだけ」
「なんやペラペラ喋りおるけど、こいつの言うとることがほんまかなんかわからんで」
「いや、本当だよ。自白剤飲ませたんだから」
 オカンの指摘に答えたのは俺だった。元執事だった頃の取り決めで、マスターとは無言でもある程度やり取りが出来る。それを使ってマスターに、飲み物へ自白剤を投入させたのだ。まあ本当に成功するとは思っていなかったが。
「あれが自白剤なんですか?へえ。味はしませんでしたよ」
「気付いていて飲んだんじゃないのか?」
「そんなそんな。どうせそんな薬は効きませんし、考えても無かったです」
 減らず口を。まあどっちにしろ情報が本物かどうかなんて調べようはないか。
「ねえ兄さん」
 感情の籠らない声でアルフィが言う。
「なんですか?」
「なんでミシェル兄さんを殺したの?」
「それは、なんで自分じゃなかったかという意味ですか?」
「え?」
「どっちでも良かったんですけどね、はは。目障りな弟が消えれば良いって、ずっと思っていましたから。それを実行に移すことで、自分の覚悟を示したのですよ」
「うそ、だ」
 これ以上はアルフィがダメージを負い過ぎる。話を変えた方が良いかも知れない。
「となると、アルフィをカストに送ったのも、俺と同時に始末するため、か?」
「ふうん?やっぱりこの貧乏領地をここまで発展させただけあって、馬鹿じゃないんですね」
 返事はせずにふんと鼻息だけで終わらす。いちいちこいつの挑発に乗ってたら話が進まない。
「出る杭は打たれるって言いますしね、ちょっと頑張り過ぎですよ、あなた」
「これでも出過ぎないように気を付けていたんだがな」
 そういう輩がいることも想定していた。だから無闇に現代日本の知識を使うことはせずに、一定で留めたのだ。なにより第一だったのは反感を買わないことだったからな。
「少しでも出てると気になってしまう。私の悪い癖なんです」
「嫌な癖だ」
「アルフォンソをこの街へ送れば、しばらく帰って来ないのは目に見えてました。引き篭もりのくせに放浪癖もありますからね。その間に勇者さんを焚き付けたんですよ、あの街は怪しいんだって」
「お前だったのか」
「ええ、だっていくら勇者さんでも、出て行ってすぐのアルフォンソに、早く帰って来いだのと手紙を何通も送ったりはしないですよ」
 確かに妙だったが、勇者の性格があれだから無視していた。
「勇者さんがこの街でなにかしら騒ぎを起こすのも想定済み。後はアルフォンソが飼ってる魔族の痕跡を見付ければ良し、そうでなければ私が雇った商人が適当な証拠を捏ち上げる予定でした。思い込みの激しい勇者さんですから、この程度は簡単にコントロール出来ますよ」
 どっちにしろ勇者に襲われる運命だったのか。
「こうしてまんまとアルフォンソが魔族に洗脳されていると思い込んだ勇者さんは、貴方達を殺そうとする。あぁ、完全に洗脳されていたら殺すしかないと教えたのも私です。どうでした?一緒に旅に出るはずだった勇者さんに裏切られた気分は」
 下を向いたアルフィの顔は見えないが、聞いていて愉快な話ではないのは確かだ。
「まあ勇者さんに勝っちゃうとは思いませんでしたが、しかも魔族抜きで。魔族を出してきて勇者さんを殺せば、私は軍隊を編成してこの街を消せたのですが」
 危ない話だ。しかしもうこれ以上は聞く必要もない。こいつが俺達を殺そうとしているのは、勘違いや気の迷いなんてもんじゃないのは確かだ。もう話し合えるレベルでは無かった。
「よくわかったよ。お前が俺達の敵だっていうことが。で?今ここで俺達を殺すか?」
 フィデロは眠そうな目を擦りながら笑う。
「えぇ?なんでですかぁ?やだな、私はみんなを殺すつもりなんてないですよ?魔族を使役する者同士、仲良くしようねって言いに来ただけですぅ」
「やっぱり自白剤は効いてないみたいだな」
「中身がなにも無い空っぽの身体に、何入れてもなんにもならないんですよ。食べ物も、愛情も、友情も、なにも、感じません」
 ニコッと笑う顔はアルフィに似て美しいのに、なんでこうも禍々しく嫌悪感に満ちているのか。
「ここじゃ食べ物は出ないみたいなんで、他探しますね」
 席を立ったフィデロ。本当にまた今日も離脱するのか、それとも今日こそは俺達を攻撃するつもりか。
「明日、広場で待ってます」
 深々と御辞儀をして店を出たフィデロ。俺達は念の為オカンに頼んですぐに場所を転移し、街の外れにある結界内のアジトへと逃げ込んだ。とりあえず、明日まではここで待機するしかないな。
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