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転生

なにもしてないって!

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 前世の記憶ってやつが蘇ったのは3歳になった頃だった。一度思い出してしまうと、なんでさっきまで思い出せなかったのか不思議なほど自然に、俺は俺だった。
 思い出した最後の瞬間は、集団に暴行されて殺されるという最悪な部類の死に方だったが、勇気を出して一歩を踏み出して死んだのだと思うと誇りにすら思える。そして気付いたのだ。せっかく出せた一歩が最後の一歩だったはずの悲劇。その続きが今なのだと。
 じゃあもう今から俺がすることは決まっている。頑張って頑張って、泥塗れになっても、誰に笑われようとも、胸を張れる人生を歩むのだ。だってもう、死ぬより怖いことなんて無いのだから。
 それから子供ながらにこの世界の情報を集め、まだ幼い自分になにが出来るのかを考え続けていた時、ふと死ぬ前に読んでいた本のことを思い出した。悪徳貴族の罠で陥れられた勇者が、諦めずに旅を続けて、最後には洗脳された仲間を助けて悪を討ち倒す物語。
 他でもない自分の名前がその物語に出て来るのだ。そう、自分が住むこの街の名前も見覚えがある。
「見てみろ!シャルル!ワシに刃向かった愚か者を奴隷にしてやった!はっはっは!お前にやろう!馬にでもして遊ぶが良い!」
 醜く太った明らかに悪そうな男。彼こそが俺の父親でありこのカストの街を任されている伯爵だ。そして俺はその倅、シャルル・ダカストロ。あの物語で勇者を陥れて最後には討伐される男の名である。
 とりあえずこの世界が本当に物語の世界なのか、ただの偶然なのか、なにもわからない。だが物語通り進めば、最後には勇者に討伐される運命が待っている可能性が高い。頑張って胸を張れる人生を送ろうと誓ったのに、勇者に討伐される悪役になるのは嫌だ。
 とりあえずこの街を出来るだけ良い街に変え、自分自身も潔白であろうと決めた俺は、まず鏡に写る父親に良く似て生意気そうで眼付きが悪く、子供のくせにぶくぶくと太った自分を変えることから始めようと奮起した。

 こうして猛烈なダイエットの後に健康維持のための適度な運動を続け、並行して貴族としての教養や一般常識などを必死に勉強していく。基本的なこと、計算や経済学などは前世の俺がほどほどに勉強しているので、この小さな頭にしっかり入っている。基礎があるので幼い頃から神童のように扱われた俺は、みるみる内に成長していった。
 典型的な嫌な貴族でしかなかった両親は、生活習慣病と思われる症状で若くして死んだ。そりゃああんな自堕落な生活してたら長生き出来る訳がない。俺は何度も改めるよう進言したが、最後まで2人は聞く耳を持たなかった。
 こうして俺が父の跡を継ぎ伯爵となったのは20歳の頃。親の跡を継いだ俺は、腐りきった領地を毎日駆け回って改善していく。汚職に塗れた重役を解任し、生まれや性別は気にせず、才能を持った若い人材を積極的に要職に採用していった。
 主戦力となる農地も任せっきりにするのではなく、実際に自分も耕起から関わることで、この土地で生まれる食材の良さや、問題点を共有し、より良い販売戦略や農耕技術の発展に努めた。
 俺の両親の悪政で苦しんだ人に対して、独自の社会保障制度も作って救済し、また働けるように社会復帰も手伝った。
 こうして15年、長いようで短い期間が過ぎ、我が領地は小さいながらにも豊かで笑いの絶えない街になった。前世ではどんなに良いアイデアを思い付いても、もっと効率が良いやり方を知っていても、実行に移せなかった。その反動のようにがむしゃらに頑張り続けた俺はあっという間に35歳になり、ここがあの物語の世界かも知れないなんてことも、もう覚えてはいなかった。
 確かに魔法もあれば魔物もいる。魔族の暗躍や魔王復活なんてきな臭い話も聞く。しかしまあ、普通に街で暮らす分にはあまり関係は無いものだ。実際俺が魔法を使える訳じゃないし。

 これはそんな忙しくも充実した暮らしをしていたある日の出来事。王国でも最西端に位置する辺境の小領地、カスト。中世ヨーロッパ風の街並みを歩いていく俺は、前世と違って猫背じゃないし、しっかり前を向いて胸を張っている。服装だって気を遣っていて、上質な布地で仕立てて嫌味にならない程度の刺繍を施した上物だ。自分でもびっくりするぐらいちゃんとした大人だ。うん。
「ダカストロ様!野菜持って行ってくれよ!」
「ありがとう!今年も豊作だな。手が足りなかったら呼んでくれよ」
 横はしっかり絞ったが、190cmの巨体な上に両親譲りの悪人顔なので、どうしても初対面の人には威圧的に見えてしまう俺。
「何度も助けて貰っちゃ農家の名が廃りますぜ!」
「いやいや、自分で収穫した野菜が1番美味いだろ?だからだよ」
「ははっ!またまた!」
 目の下のクマはどれだけ寝ても取れないし、目つきの悪さは合う眼鏡が調達出来ないので仕方ないし、笑い方が歪でどう好意的に考えても最低3人は人殺してそうな俺。
「ダカストロ様、今日はお休みですか?」
「あ、ダカストロ様だ!」
 真顔でも怒っていると勘違いされ、相手の目を見るだけで嫌悪感を与える俺だが、それでも長い間共に暮らした民は、子供も大人も慕ってくれている。街を歩くだけで感動して涙が出そうだ。
 なんていう充実感。頑張るって素晴らしい!まあ全て自分の努力の成果だなんて傲慢さは持っていない。もちろんこの街が良くなったのは、この街の民の頑張りあってこそだ。そもそも元が最悪だったから、なにしても感謝されるって部分もあるから、両親にも感謝せねばなるまい。あの悪政で抑圧されていたからこそ、俺の大胆な改革が受け入れられたのだから。
 買い食いを楽しんだ後、屋敷に帰った俺がリビングでめっちゃ飛ぶ紙飛行機を作っていた時、ノックして入って来た執事に手紙を渡される。休みの日になんだよと文句を言いながら封蝋に押された印璽を見て、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「ん?ぶふっ!ばーく!バークフォード!?」
 急いで中身を見ると、そこには物語でキーマンであった侯爵家三男、アルフォンソ・ディ・バークフォードがこの街にやって来ると書いてあった。
「侯爵家嫡男であらせられるフィデロ・ディ・バークフォード様直々の書簡とは、このカストの街も偉くなりましたな」
 後ろから手紙を覗き見ているマナーの悪い老執事は、クックと笑っている。
「これって偵察って意味だよな?」
「はい?いや、なにも隠すものも隠していると思われるものもありませんし、急成長を遂げた無名の伯爵領を視察に来るという意味でしょう?」
「俺を成敗する為の布石という考え方は出来ないか?」
「なっ!?まさかとは思いますが!ダカストロ様!バークフォード家になにか要らぬちょっかいでも掛けたのですか!?」
 執事がガタガタ震えながら詰め寄って来る。
「放っておくとすぐに陰でこそこそと暗躍する癖はおやめなさいと何度も言っているでしょう!?国の重鎮でもある侯爵家に弓引くなどもってのほかですぞ!?いくらここが豊かになっても、あなたはただの小さい領地の伯爵でしかないんですよ!?」
「いやいや!なにもしてないって!」
 急いで訂正するが、幼い頃より共にこの街を良くしようと努力してきたパートナーとも言える執事は、またどうせこいつなんかやってるよという疑いの目を向けてくる。
「ううむ、本当ですか?じゃあなにを慌てているのです?」
「いや、そう、だな?ただ視察に来る侯爵家の御子息をおもてなしする。それだけだな」
「ええ、気負いすることはありますまい」
 その名の貴族が存在するのは知っていたが、まさか本当に物語通りアルフォンソがやって来るなんて思ってもなかった俺は、仕方ないのでビクビクしながら歓待の準備を始めた。なにも悪いことなどしていないし、侯爵の御子息を監禁するつもりも、洗脳するつもりももちろんない。てか出来ない。だから殺される謂れはないし、さっさと帰って貰えば勇者が来ることももちろん無いのだ。そうなればもうその先の展開など関係無い。むしろここがターニングポイントなのだと、自分に言い聞かせる。
「だだだだだ、だいじょる、だいじょぶだ。落ち着け、俺」
 こうして数日後、俺は運命の出会いをすることになる。
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