29 / 32
失踪7〜8日目 夜間
29話
しおりを挟む
溢れる涙を隠すことなく、加藤は進んでいく。手に持っていたはずのスマホもどこかに落とし、月明かりだけが頼りで。
相変わらず半透明の人間達が楽しそうに園内を回っているが、今のところ加藤を襲う様子はない。館内放送からはまた剣闘士の入場が流れているが、なにがきっかけでこの曲が止まり、こいつらが襲ってくるとも限らない。加藤は息を切らしながら必死に目的地へと向かう。
「ここだ」
そしてようやく坂上と成田との集合地点である救護室へと辿り着いた。恐る恐る建物の中へと入り、ベッドのある部屋の扉を開く。暗がりに誰かが寝ているのを発見し、加藤は声を掛けた。
「坂上?」
「ん、んぅ……」
苦しそうな声を出しながら目を覚ました坂上。声を聞いて安心した加藤が部屋に入ろうとした瞬間、坂上の悲鳴が響く。
「いやあああ!あああ!あああぁっ!やああ!やめでえええ!いいい!」
坂上が身体を勢い良く動かす度にベッドが跳ねて、坂上の頭の近くからなにかが落ちて転がって来る。
ライトが無いので暗くてよく見えないが、カーテンが無くなった窓から入る月明かりによって、なんとか輪郭が見えて来た。それが一緒ボールに見えて、加藤はビクッとしたが、次の瞬間にボールであった方が良かったと後悔した。
「いやああっ!」
恐怖で歪んだ成田の頭部。それから離れるようにベッドに近付くと、坂上がベッドに拘束されていることに気付いた。
「ああ!もう嫌ああ!うっ!ううううあああ!殺してえええ!もう殺してよおおお!」
「ちょ!ちょっと!落ち着いて!ねえ!」
自分より取り乱した坂上の姿を見て、冷静になった加藤は、坂上の四肢に付いた拘束を外していく。どうやらただのマジックテープだったようで、鍵などはないので簡単に外せた。しかし拘束が解かれても動こうとしない坂上を見て、加藤は恐る恐る声を掛ける。
「大丈夫?」
「もう、なにも考えたくない」
それはこっちのセリフだと、口から出そうになったが飲み込んだ加藤。「とりあえずここを出るわよ」と言って身体を起こしてやると、なんとか後ろをついて来た。流石に成田の生首があるここにずっと居たくはなかったらしい。
外に出たらまたあの半透明人間が居るので、加藤は仕方なく同じ建物の違う部屋に移動した。事務所だったと思われるそこで、坂上を椅子に座らせた加藤は、自分も隣に椅子を持って来て座る。
2人はポツポツと離れていた間にあった出来事を話していく。成田が殺人犯だったこと、滝田が命をかけて加藤を守ったこと、そして殺人ピエロのこと。
「そうか、じゃああの人のお姉さんを殺したんだ、私」
「それって、ただの事故でしょ」
「滝田も最後までそう言ってくれたよ」
「なにあいつ、いい奴じゃん」
「ふふ、本当にね。なんで私なんかの為に」
「ねえ、加藤ゆず」
坂上が加藤の目を見る。フルネームで呼ばれた加藤は、今度は文句を言わなかった。
「奈々恵と最後に会った場所ってどこ?てか、あの日なにがあったの?」
加藤はそれでもしばらく躊躇って、そして立ち上がった。
「ついて来て」
無言で歩く2人。建物を出るとあの音楽が聞こえて来て、周囲には半透明人間がウロウロしている。大人も居れば子供も居て、笑い声が聞こえて来ないのが不自然なぐらい普通に、潰れたはずの遊園地を楽しんでいる。
それらを初めて見たはずの坂上は、しかしなぜか驚きも怖がりもせずにただ坂上の後ろを歩く。中よりはマシだがやや暗い園内を、加藤の進行方向を後ろからスマホで照らしながら。
しばらく歩くとメリーゴーランドが見えた。他のアトラクションと違い、隠すことなく煌々と輝いている。ライトアップされながら回るメリーゴーランド。流れる音楽とマッチしていて違和感はなく、ここが潰れているのを忘れてしまいそうになる。
2人が少しだけ足を止めてそれを見ていると、誰も居なかった筈なのに、メリーゴーランドの馬が、なにかを乗せて流れてくる。
「うっ」
「あれって」
馬の上に乗っていたのは浜中だった。血塗れで馬に抱き付くように置かれている。その後ろからは原形をとどめていない死体が3体続けてやって来た。恐らく和田達なのだろう。
そして次に首の無い女性の死体。これはきっと成田なのだろう。首だけがあそこにあって、死体が無くなっていたのは、移動されていたからだったらしい。
最後に流れて来た傷だらけの肉塊を見て、加藤は膝を付いてその場で顔を覆う。肩を震わして泣く加藤の背中を摩る坂上。
一度視界から消えた後は、何周してももう死体は流れて来ない。その代わりメリーゴーランドの前にひとり、ずっといたような顔をして、いつに間にか血だらけのピエロが立っていた。
「キャハハハハハハハハハハハ」
機械のような、獣のような、人間ではないなにかの笑い声。体格からして足立奈々恵ではない。涙のマークの無いそのピエロは、間違いなくこの廃遊園地の主役だった。
出会った時と同じように深々とお辞儀をしたピエロ。そしてその後ろから、ピエロの仮面を付けた少女が現れた。
「奈々恵?」
坂上が震えている。その手をゆっくりと前に出し、一歩、前に進む。しかしその肩をしっかりと加藤が掴んで止めた。
「違う」
「でも!」
「違うの!」
「生きてたんだよ!奈々恵が!」
「死んでるの!」
「なんでそん──」
「私が殺したんだよ!」
「……え?」
加藤がそう言った瞬間、ブレーカーが落ちたように、全ての光と音が消え、周囲の半透明人間達も夢だったように消え失せた。もちろん、目の前に居たピエロ達も。
相変わらず半透明の人間達が楽しそうに園内を回っているが、今のところ加藤を襲う様子はない。館内放送からはまた剣闘士の入場が流れているが、なにがきっかけでこの曲が止まり、こいつらが襲ってくるとも限らない。加藤は息を切らしながら必死に目的地へと向かう。
「ここだ」
そしてようやく坂上と成田との集合地点である救護室へと辿り着いた。恐る恐る建物の中へと入り、ベッドのある部屋の扉を開く。暗がりに誰かが寝ているのを発見し、加藤は声を掛けた。
「坂上?」
「ん、んぅ……」
苦しそうな声を出しながら目を覚ました坂上。声を聞いて安心した加藤が部屋に入ろうとした瞬間、坂上の悲鳴が響く。
「いやあああ!あああ!あああぁっ!やああ!やめでえええ!いいい!」
坂上が身体を勢い良く動かす度にベッドが跳ねて、坂上の頭の近くからなにかが落ちて転がって来る。
ライトが無いので暗くてよく見えないが、カーテンが無くなった窓から入る月明かりによって、なんとか輪郭が見えて来た。それが一緒ボールに見えて、加藤はビクッとしたが、次の瞬間にボールであった方が良かったと後悔した。
「いやああっ!」
恐怖で歪んだ成田の頭部。それから離れるようにベッドに近付くと、坂上がベッドに拘束されていることに気付いた。
「ああ!もう嫌ああ!うっ!ううううあああ!殺してえええ!もう殺してよおおお!」
「ちょ!ちょっと!落ち着いて!ねえ!」
自分より取り乱した坂上の姿を見て、冷静になった加藤は、坂上の四肢に付いた拘束を外していく。どうやらただのマジックテープだったようで、鍵などはないので簡単に外せた。しかし拘束が解かれても動こうとしない坂上を見て、加藤は恐る恐る声を掛ける。
「大丈夫?」
「もう、なにも考えたくない」
それはこっちのセリフだと、口から出そうになったが飲み込んだ加藤。「とりあえずここを出るわよ」と言って身体を起こしてやると、なんとか後ろをついて来た。流石に成田の生首があるここにずっと居たくはなかったらしい。
外に出たらまたあの半透明人間が居るので、加藤は仕方なく同じ建物の違う部屋に移動した。事務所だったと思われるそこで、坂上を椅子に座らせた加藤は、自分も隣に椅子を持って来て座る。
2人はポツポツと離れていた間にあった出来事を話していく。成田が殺人犯だったこと、滝田が命をかけて加藤を守ったこと、そして殺人ピエロのこと。
「そうか、じゃああの人のお姉さんを殺したんだ、私」
「それって、ただの事故でしょ」
「滝田も最後までそう言ってくれたよ」
「なにあいつ、いい奴じゃん」
「ふふ、本当にね。なんで私なんかの為に」
「ねえ、加藤ゆず」
坂上が加藤の目を見る。フルネームで呼ばれた加藤は、今度は文句を言わなかった。
「奈々恵と最後に会った場所ってどこ?てか、あの日なにがあったの?」
加藤はそれでもしばらく躊躇って、そして立ち上がった。
「ついて来て」
無言で歩く2人。建物を出るとあの音楽が聞こえて来て、周囲には半透明人間がウロウロしている。大人も居れば子供も居て、笑い声が聞こえて来ないのが不自然なぐらい普通に、潰れたはずの遊園地を楽しんでいる。
それらを初めて見たはずの坂上は、しかしなぜか驚きも怖がりもせずにただ坂上の後ろを歩く。中よりはマシだがやや暗い園内を、加藤の進行方向を後ろからスマホで照らしながら。
しばらく歩くとメリーゴーランドが見えた。他のアトラクションと違い、隠すことなく煌々と輝いている。ライトアップされながら回るメリーゴーランド。流れる音楽とマッチしていて違和感はなく、ここが潰れているのを忘れてしまいそうになる。
2人が少しだけ足を止めてそれを見ていると、誰も居なかった筈なのに、メリーゴーランドの馬が、なにかを乗せて流れてくる。
「うっ」
「あれって」
馬の上に乗っていたのは浜中だった。血塗れで馬に抱き付くように置かれている。その後ろからは原形をとどめていない死体が3体続けてやって来た。恐らく和田達なのだろう。
そして次に首の無い女性の死体。これはきっと成田なのだろう。首だけがあそこにあって、死体が無くなっていたのは、移動されていたからだったらしい。
最後に流れて来た傷だらけの肉塊を見て、加藤は膝を付いてその場で顔を覆う。肩を震わして泣く加藤の背中を摩る坂上。
一度視界から消えた後は、何周してももう死体は流れて来ない。その代わりメリーゴーランドの前にひとり、ずっといたような顔をして、いつに間にか血だらけのピエロが立っていた。
「キャハハハハハハハハハハハ」
機械のような、獣のような、人間ではないなにかの笑い声。体格からして足立奈々恵ではない。涙のマークの無いそのピエロは、間違いなくこの廃遊園地の主役だった。
出会った時と同じように深々とお辞儀をしたピエロ。そしてその後ろから、ピエロの仮面を付けた少女が現れた。
「奈々恵?」
坂上が震えている。その手をゆっくりと前に出し、一歩、前に進む。しかしその肩をしっかりと加藤が掴んで止めた。
「違う」
「でも!」
「違うの!」
「生きてたんだよ!奈々恵が!」
「死んでるの!」
「なんでそん──」
「私が殺したんだよ!」
「……え?」
加藤がそう言った瞬間、ブレーカーが落ちたように、全ての光と音が消え、周囲の半透明人間達も夢だったように消え失せた。もちろん、目の前に居たピエロ達も。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる