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失踪7〜8日目 夜間
23話
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迷路を出ても追い掛けて来たピエロ顔のトカゲから逃げる為に、途中見付けたレストランへ窓から侵入した滝田と加藤。なんとかトカゲをやり過ごせたようで、隠れていた厨房でやっとひと息つく。
「なあ、さっきの続きだが、罪ってなんだと思う?」
「だからそれは、私が足立を──」
滝田の質問に対して、自身の肩を抱きながら答えようとする加藤。しかしその言葉を制して滝田が言った。
「今俺らを襲っているのは奈々恵ちゃんか、それとも殺人ピエロか」
「は?」
「もちろんそれは、殺人ピエロだ。そうだろ?」
「そう、だけど?」
「だとすると問題になってる罪って奴は、奈々恵ちゃんに対する物じゃなく、殺人ピエロに対する物なんじゃ無いか?」
そんな考えは一切無かった加藤が、確かにそれも一理あると頷く。
「だってそうだろ?ゆずちゃん達はともかく、奈々恵ちゃんに会ったことすらない俺達には、彼女に対する罪なんて無いに決まってるんだ。初めの3人はともかく、入口で死んでた浜中とかいう警察も関係無さそうだろ?」
実際はわからないが、普通に考えればそうだろう。加藤はそう考えてから、「でも」と反論を始める。
「それなら殺人ピエロに対する罪も無いじゃない。私も、あんたも、あの警察も」
「それはどうかな?」
潜伏中に煙草を吸うなと言いたい所だが、話の腰を折るのもなんなので、ライターで火をつけるのを黙って見過ごす加藤。
「思い出したんだよ。あいつはな、確かに殺人ピエロを作った人間のひとりとも言えるんだ」
「なによ、どういう意味?」
「あの殺人ピエロの事件があった日、警察に一本の通報があった。遊園地で鞄に包丁を入れた男を見たという通報だ。通報を受けた所轄の警察署は、数人の警官を遊園地へ送った。通報内容にしては人数が少な過ぎるが、それは通報した人間が高齢で、自分の見た物が本当に包丁だったか自信が無いと言い出したのが原因のひとつだ。現地で話を聞いた警官のリーダーは、遊園地側とも協議した結果、その場で館内の人間全員に避難を要請することなく、そこに来ていた数人でパトロールするという対応に留めた。後でこの対応が問題になったんだが、避難要請は犯人を刺激することになり逆効果だったことや、目撃証言の信憑性の低さなどを理由に、警察が非を認めることは無かった」
まるで資料でも読むように説明した滝田。加藤は話を聞いて「だから?」と聞いた。
「その判断をした警官のリーダーがあの浜中だ」
「なんでオカルト雑誌の記者がそんなことまで知ってるわけ?心霊現象以外興味ないんでしょ?」
「この遊園地が潰れた時、ここを心霊スポットにしようと決めた俺は、1番話題になりそうな殺人ピエロについて色々調べたんだよ。これでも出版社の人間なんでな、事件を調べてた記者から資料を見せて貰うことも簡単だった。もう旬を過ぎたネタだったからな、当時は。その資料の中にあったんだよ、あいつの写真。あと名前も確かに浜中だった」
「記憶力良過ぎじゃない?」
「褒めるなよ、記者になるなら必須の能力だ」
本当にその記憶は正しいのかと、疑って聞いただけだったのだが、滝田には通じなかったようだ。
「もし浜中がちゃんと殺人ピエロを見付けて包丁を取り上げていたら、あんな事件は起こらなかった。そうだろ?」
「確かにそうだけど」
「そもそも殺人ピエロは、犯行前に不審な行動を取っている。鞄に入れた包丁を見られたのも、わざとだったんじゃないかと噂されているぐらいだ」
「わざとって、なんで?」
「止めて欲しかったんじゃないかと、精神判定の専門家はそう判断していた。だから罪ってのは、殺人ピエロを作り出してしまった罪、じゃないか」
「自信満々だけど、それならあんたの罪はなんなのよ」
「決まってるだろ?この遊園地に心霊現象や都市伝説が産まれる隙を作ったことだよ」
「は?」
「理解し辛いかも知れんが、怪異とか幽霊って言うのはな、人間が見ていない空間には存在しないんだ。観測して初めて存在する。いや、もっと適切な言葉で説明するなら、観測される可能性のある空間でしか存在出来ないんだ」
「意味わかんない」
「つまり鍵が開かなくて、中を覗く人が居ない箱の中には存在出来ないってことさ」
「それってつまり幽霊なんか居ないって言ってるってこと?」
「居るよ、見たろ?」
「見たから意味わかんないって言ってるの」
「あんな凄え怖い殺人ピエロでも、この遊園地が厳重に戸締りをして、誰も中に入れないようにすれば存在出来なかったんだ。なぜならそれは、人の想像力や恐怖が産み出す物だから」
納得出来ない顔の加藤だが、滝田は最後にこう言った。
「だから俺の罪は、怨霊としての殺人ピエロを作り出した罪、なんだろうな」
「それならさ、私の罪はなんだと思う?」
そう聞かれて、実は心当たりがあった滝田はなにか答えようとしたが、短くなった煙草と一緒にそれらは灰皿へと捨てた。
「ふう、腹減ったなぁ。なんか食い物ねえのか?」
あるわけもないのに業務用の冷蔵庫を開ける滝田。そして中を見て怪訝な顔をする。
「なあ、潰れかけの遊園地のレストランに、こんだけ野菜置いとく必要なんかあるか?」
そう言われて加藤も中を見る。人が入れそうな大きさの冷蔵庫には、びっしりと様々な野菜が入っている。確かにせめて最終日に処分するのが普通だろう。なんなら従業員でわけて持って帰れば良い。
「てかさ、ここが潰れたのって7年前なんだよ」
汚く傷んで見えはするが、普通7年も放置すれば、カビによって形が無くなり、染みだけになっていてもおかしくないのだ。
「もしかして誰かが住んでる?」
「それにしちゃあ大人数だな。あのピエロトカゲの餌かなんかか?」
そんな軽口を叩いていたその時、手前にあった人参が、呼吸でもするようにボコンと一度膨らんですぐに萎む。
「え?」
「なに、今の」
そしてそれはミミズのように身体を伸縮させながら少しだけ進み、ボトんと音を立てて冷蔵庫から床に落ちる。
「いっ」
咄嗟に後ろへ飛び退いた2人は、注意深くそれを目で追っている。さっきの緩慢な動きとは違い、今度は身体をクネクネと動かしながらやや速い速度で蛇行しながら動き出す。
人参があり得ない動きで自身に迫り、2人はカウンターに背を打つける。そして追い詰められた2人の前で、止まったままの人参が上下に割れ、まるで欠伸でもするかのように大きくパカっと開く。
「キシャアアア」
唾液のような物が間で糸引き、動物なら歯に当たるだろう箇所も見える。滝田と加藤が無言でカウンターに登ろうとしたその瞬間、冷蔵庫の中の野菜達が一斉にガタガタと音を立てて動き始めた。
「なんなんだよ!ここはあああ!」
「いやあああ!」
厨房内が一気に騒がしくなった。
「なあ、さっきの続きだが、罪ってなんだと思う?」
「だからそれは、私が足立を──」
滝田の質問に対して、自身の肩を抱きながら答えようとする加藤。しかしその言葉を制して滝田が言った。
「今俺らを襲っているのは奈々恵ちゃんか、それとも殺人ピエロか」
「は?」
「もちろんそれは、殺人ピエロだ。そうだろ?」
「そう、だけど?」
「だとすると問題になってる罪って奴は、奈々恵ちゃんに対する物じゃなく、殺人ピエロに対する物なんじゃ無いか?」
そんな考えは一切無かった加藤が、確かにそれも一理あると頷く。
「だってそうだろ?ゆずちゃん達はともかく、奈々恵ちゃんに会ったことすらない俺達には、彼女に対する罪なんて無いに決まってるんだ。初めの3人はともかく、入口で死んでた浜中とかいう警察も関係無さそうだろ?」
実際はわからないが、普通に考えればそうだろう。加藤はそう考えてから、「でも」と反論を始める。
「それなら殺人ピエロに対する罪も無いじゃない。私も、あんたも、あの警察も」
「それはどうかな?」
潜伏中に煙草を吸うなと言いたい所だが、話の腰を折るのもなんなので、ライターで火をつけるのを黙って見過ごす加藤。
「思い出したんだよ。あいつはな、確かに殺人ピエロを作った人間のひとりとも言えるんだ」
「なによ、どういう意味?」
「あの殺人ピエロの事件があった日、警察に一本の通報があった。遊園地で鞄に包丁を入れた男を見たという通報だ。通報を受けた所轄の警察署は、数人の警官を遊園地へ送った。通報内容にしては人数が少な過ぎるが、それは通報した人間が高齢で、自分の見た物が本当に包丁だったか自信が無いと言い出したのが原因のひとつだ。現地で話を聞いた警官のリーダーは、遊園地側とも協議した結果、その場で館内の人間全員に避難を要請することなく、そこに来ていた数人でパトロールするという対応に留めた。後でこの対応が問題になったんだが、避難要請は犯人を刺激することになり逆効果だったことや、目撃証言の信憑性の低さなどを理由に、警察が非を認めることは無かった」
まるで資料でも読むように説明した滝田。加藤は話を聞いて「だから?」と聞いた。
「その判断をした警官のリーダーがあの浜中だ」
「なんでオカルト雑誌の記者がそんなことまで知ってるわけ?心霊現象以外興味ないんでしょ?」
「この遊園地が潰れた時、ここを心霊スポットにしようと決めた俺は、1番話題になりそうな殺人ピエロについて色々調べたんだよ。これでも出版社の人間なんでな、事件を調べてた記者から資料を見せて貰うことも簡単だった。もう旬を過ぎたネタだったからな、当時は。その資料の中にあったんだよ、あいつの写真。あと名前も確かに浜中だった」
「記憶力良過ぎじゃない?」
「褒めるなよ、記者になるなら必須の能力だ」
本当にその記憶は正しいのかと、疑って聞いただけだったのだが、滝田には通じなかったようだ。
「もし浜中がちゃんと殺人ピエロを見付けて包丁を取り上げていたら、あんな事件は起こらなかった。そうだろ?」
「確かにそうだけど」
「そもそも殺人ピエロは、犯行前に不審な行動を取っている。鞄に入れた包丁を見られたのも、わざとだったんじゃないかと噂されているぐらいだ」
「わざとって、なんで?」
「止めて欲しかったんじゃないかと、精神判定の専門家はそう判断していた。だから罪ってのは、殺人ピエロを作り出してしまった罪、じゃないか」
「自信満々だけど、それならあんたの罪はなんなのよ」
「決まってるだろ?この遊園地に心霊現象や都市伝説が産まれる隙を作ったことだよ」
「は?」
「理解し辛いかも知れんが、怪異とか幽霊って言うのはな、人間が見ていない空間には存在しないんだ。観測して初めて存在する。いや、もっと適切な言葉で説明するなら、観測される可能性のある空間でしか存在出来ないんだ」
「意味わかんない」
「つまり鍵が開かなくて、中を覗く人が居ない箱の中には存在出来ないってことさ」
「それってつまり幽霊なんか居ないって言ってるってこと?」
「居るよ、見たろ?」
「見たから意味わかんないって言ってるの」
「あんな凄え怖い殺人ピエロでも、この遊園地が厳重に戸締りをして、誰も中に入れないようにすれば存在出来なかったんだ。なぜならそれは、人の想像力や恐怖が産み出す物だから」
納得出来ない顔の加藤だが、滝田は最後にこう言った。
「だから俺の罪は、怨霊としての殺人ピエロを作り出した罪、なんだろうな」
「それならさ、私の罪はなんだと思う?」
そう聞かれて、実は心当たりがあった滝田はなにか答えようとしたが、短くなった煙草と一緒にそれらは灰皿へと捨てた。
「ふう、腹減ったなぁ。なんか食い物ねえのか?」
あるわけもないのに業務用の冷蔵庫を開ける滝田。そして中を見て怪訝な顔をする。
「なあ、潰れかけの遊園地のレストランに、こんだけ野菜置いとく必要なんかあるか?」
そう言われて加藤も中を見る。人が入れそうな大きさの冷蔵庫には、びっしりと様々な野菜が入っている。確かにせめて最終日に処分するのが普通だろう。なんなら従業員でわけて持って帰れば良い。
「てかさ、ここが潰れたのって7年前なんだよ」
汚く傷んで見えはするが、普通7年も放置すれば、カビによって形が無くなり、染みだけになっていてもおかしくないのだ。
「もしかして誰かが住んでる?」
「それにしちゃあ大人数だな。あのピエロトカゲの餌かなんかか?」
そんな軽口を叩いていたその時、手前にあった人参が、呼吸でもするようにボコンと一度膨らんですぐに萎む。
「え?」
「なに、今の」
そしてそれはミミズのように身体を伸縮させながら少しだけ進み、ボトんと音を立てて冷蔵庫から床に落ちる。
「いっ」
咄嗟に後ろへ飛び退いた2人は、注意深くそれを目で追っている。さっきの緩慢な動きとは違い、今度は身体をクネクネと動かしながらやや速い速度で蛇行しながら動き出す。
人参があり得ない動きで自身に迫り、2人はカウンターに背を打つける。そして追い詰められた2人の前で、止まったままの人参が上下に割れ、まるで欠伸でもするかのように大きくパカっと開く。
「キシャアアア」
唾液のような物が間で糸引き、動物なら歯に当たるだろう箇所も見える。滝田と加藤が無言でカウンターに登ろうとしたその瞬間、冷蔵庫の中の野菜達が一斉にガタガタと音を立てて動き始めた。
「なんなんだよ!ここはあああ!」
「いやあああ!」
厨房内が一気に騒がしくなった。
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