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失踪7〜8日目 夜間
19話
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「こりゃあ大変だぞ」
ミラーハウスの中は完全な闇であり、それぞれが持つライトの灯りだけが頼りだ。しかも中はガラスと鏡が置かれた迷路になっているのだから、簡単には進めない。
「さっきの音のこともあるし、割れてる所もあるだろうから気を付けて歩かないとね」
普通のミラーハウスと違い、鏡もガラスも近くで見れば汚れが酷いので、落ち着いて進めば思っていた程は難しくないのかも知れない。
それでも成田の言う通り、足元にはガラス片が落ちている箇所もあった。靴で踏むと独特のギシャリという音と共に砕けていく。その音を聞いた滝田がどうでも良さそうに呟く。
「靴の底なんて意外と脆いからな。貫通するかも知れんから、簡単に踏んで歩くなよ」
滝田が珍しく大人らしいことを言うと、坂上は破片から足を退けて足元を照らす。
「そのまま真由美ちゃんが足元を照らして、私達が前や横を照らしましょう。そうしたら──」
「あ、おい!ゆっくり歩けって!」
いつの間にか先頭を歩いていた加藤が、呼び止める滝田の声など聞かず足早に先を急ぐ。どうしても単独行動がしたいらしい。
本来なら手でガラスや鏡を触りながら、そこに通路があるか確認するのもひとつの方法ではあるが、それらが割れている可能性もあるここでは、不用意に手を前に出すのは危険だ。それなのに加藤は足元も見ずに、僅かな光と前に出した手で道を確認しながら進んでいく。
「誰か居るんでしょ!?出てきなさい!」
そう言いながらもむしろ追い詰められているような、焦っているようにも聞こえる加藤の怒鳴り声が響く。後ろから追い掛ける3人は慎重に進んでいる為徐々に離され、もはや加藤へと続く正解の道がわからなくなっていた。
「キャッ!」
そんな時、息を荒くした加藤の小さい悲鳴が聞こえた。
「どうした!」
「誰か居たの!?」
悲鳴の方へと灯りを向ける3人。しかしその間に鏡があるのか加藤の姿すら見付からない。
「あんた誰よ、足立じゃない。誰なの!」
「おい!誰と話してる!」
「ゆずさん!とりあえず逃げて!」
先へと進みつつ叫ぶ坂上だが、ある場所でチラッと鏡に写った物を見て悲鳴を上げる。
「いやああああ!」
その場で尻餅を付いて両手で顔や耳を覆う。狂乱し顔を振りながらも、腰が抜けてその場から動けないのだ。
「ちょっと真由美ちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫じゃないだろうな。あれ見たらそりゃ、その子はそうなる」
坂上の道化恐怖症のことを知っている滝田が警戒しながら言った。そして坂上に駆け寄った成田がライトで周囲を探ると、そこには加藤と対峙する不審者の姿があった。
赤青黄色、原色の絵の具をひっくり返して作ったような衣装に、七色に染まったアフロ。赤く丸いボールのような鼻、白塗りの上に笑顔のメイクが描かれ、その瞳の下には涙のマークがひとつ。
その姿はどこにでもいるピエロであり、だからこそこの街の人間にとっては恐怖の象徴だった。女性の中では比較的高身長の加藤と比べてもまだ高い身長。体格もゴツく、確かにあれが足立だとは思えない。
「おい!逃げろ!」
動かないのか、動けないのか、加藤はその場で棒立ちになっている。その間も震えて小さくなる坂上。そして今度は成田が叫ぶ。
「1人じゃない!」
「え!?」
滝田が成田のライトが照らす先を見ると、そこには確かにもうひとりのピエロが歩いていた。
「こっちに来てる!逃げるぞ!」
「立って!真由美ちゃん!」
成田が無理矢理坂上を立たせて、半ば引き摺りながら元来た道を進む。
「離せ!このおおお!」
「おい!ゆずちゃん捕まってるぞ!?」
「駄目!もう来てる!」
3人の後ろにはいつの間にか、もうひとりのピエロが迫っていた。しかし途中で立ち止まったピエロは、目の前に現れたガラスをドンドンと叩き出した。どうやら間に1枚ガラスがあったらしい。これでは真っ直ぐにこちらへは来れない。
「逃げるにしても、助けるにしてもチャンスだな」
選択を成田に委ねるように顔を向ける滝田。成田は加藤の叫び声を聞きながら、腕の中で震える坂上を抱き締める。そして次の瞬間。
バリン。
先程外で聞いたのと同じ音がミラーハウス内に響き、成田と滝田が硬直する。目の前のピエロが、どこからか取り出したバールでガラスを叩き割ったのだ。
「に!逃げろおおおお!」
再び走り出す滝田。何度かガラスに頭や手をぶつけながらも、転がるように先へと進む。そしてようやく見えて来た入り口の扉。滝田は縋るようにそれに手を当てて、勢い良く開こうとしたが──。
「おい、おいおいおい!開けろ!なんだよおお!おい!開けろってえええ!」
入った時開けっ放しにしていた筈の外開きの扉は、今はどう足掻いても開きそうにない。滝田は何度も扉を叩き、足で蹴るもびくともしない。その間に後ろを警戒していた成田が叫ぶ。
「来ないで!お願い!来ないでえええ!」
急ぐ必要が無くなったからか、ゆっくりと歩きながら向かって来るピエロ。暗闇に浮かぶ笑い顔があまりにも不気味で、道化恐怖症では無い筈の2人でも震えが止まらない。
「開けええ!」
「来ないで!いやあああ!」
「ああ、ああああ!あああああああ!」
そしてピエロは「キャッキャ」と笑いながら、手に持ったバールを大きく振りかぶった。
ミラーハウスの中は完全な闇であり、それぞれが持つライトの灯りだけが頼りだ。しかも中はガラスと鏡が置かれた迷路になっているのだから、簡単には進めない。
「さっきの音のこともあるし、割れてる所もあるだろうから気を付けて歩かないとね」
普通のミラーハウスと違い、鏡もガラスも近くで見れば汚れが酷いので、落ち着いて進めば思っていた程は難しくないのかも知れない。
それでも成田の言う通り、足元にはガラス片が落ちている箇所もあった。靴で踏むと独特のギシャリという音と共に砕けていく。その音を聞いた滝田がどうでも良さそうに呟く。
「靴の底なんて意外と脆いからな。貫通するかも知れんから、簡単に踏んで歩くなよ」
滝田が珍しく大人らしいことを言うと、坂上は破片から足を退けて足元を照らす。
「そのまま真由美ちゃんが足元を照らして、私達が前や横を照らしましょう。そうしたら──」
「あ、おい!ゆっくり歩けって!」
いつの間にか先頭を歩いていた加藤が、呼び止める滝田の声など聞かず足早に先を急ぐ。どうしても単独行動がしたいらしい。
本来なら手でガラスや鏡を触りながら、そこに通路があるか確認するのもひとつの方法ではあるが、それらが割れている可能性もあるここでは、不用意に手を前に出すのは危険だ。それなのに加藤は足元も見ずに、僅かな光と前に出した手で道を確認しながら進んでいく。
「誰か居るんでしょ!?出てきなさい!」
そう言いながらもむしろ追い詰められているような、焦っているようにも聞こえる加藤の怒鳴り声が響く。後ろから追い掛ける3人は慎重に進んでいる為徐々に離され、もはや加藤へと続く正解の道がわからなくなっていた。
「キャッ!」
そんな時、息を荒くした加藤の小さい悲鳴が聞こえた。
「どうした!」
「誰か居たの!?」
悲鳴の方へと灯りを向ける3人。しかしその間に鏡があるのか加藤の姿すら見付からない。
「あんた誰よ、足立じゃない。誰なの!」
「おい!誰と話してる!」
「ゆずさん!とりあえず逃げて!」
先へと進みつつ叫ぶ坂上だが、ある場所でチラッと鏡に写った物を見て悲鳴を上げる。
「いやああああ!」
その場で尻餅を付いて両手で顔や耳を覆う。狂乱し顔を振りながらも、腰が抜けてその場から動けないのだ。
「ちょっと真由美ちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫じゃないだろうな。あれ見たらそりゃ、その子はそうなる」
坂上の道化恐怖症のことを知っている滝田が警戒しながら言った。そして坂上に駆け寄った成田がライトで周囲を探ると、そこには加藤と対峙する不審者の姿があった。
赤青黄色、原色の絵の具をひっくり返して作ったような衣装に、七色に染まったアフロ。赤く丸いボールのような鼻、白塗りの上に笑顔のメイクが描かれ、その瞳の下には涙のマークがひとつ。
その姿はどこにでもいるピエロであり、だからこそこの街の人間にとっては恐怖の象徴だった。女性の中では比較的高身長の加藤と比べてもまだ高い身長。体格もゴツく、確かにあれが足立だとは思えない。
「おい!逃げろ!」
動かないのか、動けないのか、加藤はその場で棒立ちになっている。その間も震えて小さくなる坂上。そして今度は成田が叫ぶ。
「1人じゃない!」
「え!?」
滝田が成田のライトが照らす先を見ると、そこには確かにもうひとりのピエロが歩いていた。
「こっちに来てる!逃げるぞ!」
「立って!真由美ちゃん!」
成田が無理矢理坂上を立たせて、半ば引き摺りながら元来た道を進む。
「離せ!このおおお!」
「おい!ゆずちゃん捕まってるぞ!?」
「駄目!もう来てる!」
3人の後ろにはいつの間にか、もうひとりのピエロが迫っていた。しかし途中で立ち止まったピエロは、目の前に現れたガラスをドンドンと叩き出した。どうやら間に1枚ガラスがあったらしい。これでは真っ直ぐにこちらへは来れない。
「逃げるにしても、助けるにしてもチャンスだな」
選択を成田に委ねるように顔を向ける滝田。成田は加藤の叫び声を聞きながら、腕の中で震える坂上を抱き締める。そして次の瞬間。
バリン。
先程外で聞いたのと同じ音がミラーハウス内に響き、成田と滝田が硬直する。目の前のピエロが、どこからか取り出したバールでガラスを叩き割ったのだ。
「に!逃げろおおおお!」
再び走り出す滝田。何度かガラスに頭や手をぶつけながらも、転がるように先へと進む。そしてようやく見えて来た入り口の扉。滝田は縋るようにそれに手を当てて、勢い良く開こうとしたが──。
「おい、おいおいおい!開けろ!なんだよおお!おい!開けろってえええ!」
入った時開けっ放しにしていた筈の外開きの扉は、今はどう足掻いても開きそうにない。滝田は何度も扉を叩き、足で蹴るもびくともしない。その間に後ろを警戒していた成田が叫ぶ。
「来ないで!お願い!来ないでえええ!」
急ぐ必要が無くなったからか、ゆっくりと歩きながら向かって来るピエロ。暗闇に浮かぶ笑い顔があまりにも不気味で、道化恐怖症では無い筈の2人でも震えが止まらない。
「開けええ!」
「来ないで!いやあああ!」
「ああ、ああああ!あああああああ!」
そしてピエロは「キャッキャ」と笑いながら、手に持ったバールを大きく振りかぶった。
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