【完結】愚者共の行進

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失踪5日目

05話

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 ボール遊びが出来るぐらいの広いグラウンドの奥には、申し訳程度の遊具が並んでいる。入り口とは真逆の公園の奥に設置された公衆トイレの壁には、スプレーで描かれた雑な落書きが放置されていた。
 夏の勢いのままに生い茂った草木同様に、手入れが行き届いていない遊具。塗装が剥がれた古いそれらは、子供でも遊ぶのに抵抗を感じる程である。
 地元の人間でもあまり立ち寄ることのないこの公園は、駅から高校までの通学路から、少し離れた住宅街にある為、本来ならあの高校の生徒が利用することはあまり無い。坂上がここを知っていたのは、お金が無い時に学校帰り、足立とただお喋りする為の場所として使っていたからだ。ただ、公園巡りと称して色んな公園を転々としていた為、特定に時間が掛かってしまった。
 投稿を見たのが17時ぐらいで、今はもう18時。まだ明るいが、そろそろ暗くなってくる頃合いだろう。あの投稿された写真がその場で撮られた物かはわからないが、なにか失踪の手掛かりになる物があるかも知れない。坂上は公園に入り、広いグラウンドを見渡す。
 人の気配はない。視認出来る範囲に人影もない。それなのになぜか、妙な胸騒ぎが止まらない。不意に後ろが気になって振り向いた瞬間から、坂上の心の隅に恐怖が生まれた。
「奈々恵?」
 それは友を呼ぶ為ではなく、恐怖を誤魔化す為に発した言葉。風に乗って消えるそれに、答える者はもちろん居ない。
 走って来たこともあって、さっきまで暑くてしょうがなかったはずなのに、ここに来てから一気に汗が引き、今では少し肌寒ささえ感じる。一歩ずつ、広いグラウンドを進み、遊具群に近付く度に、自分の呼吸がはっきりと聞こえるようになってくる。
 居なくなった友人を探しているだけ。それだけなのに、なぜか来てはいけない場所に足を踏み入れたような、そんな感覚。あの日足立が「よく見たら可愛いよ」と言っていた、場所の特定に役立ったパンダのスプリング遊具も、近くで見れば塗装が剥がれ、黒い涙を流しているように見えて不気味だ。
 黄泉通信でお気に入りに入れていた例の写真を開く。ピースをする足立の左側に写っているのは、やはりこのパンダで間違いない。その他の背景も一致する。遊具は他にブランコとシーソー、ジャングルジム付きの滑り台のみ。かつて暗くなるまで2人で座っていたベンチは、周囲を草で覆われている。

キィ。

 視線を動かすまでもない。さっきから坂上が見ていたブランコが、風も無いのに動いたのだ。誰かに軽く押されたように。

カタ──。

 今度は後ろから。振り向くとシーソーが下に降り、反動で上に上がっていく。もちろん誰も居ないのに、である。
「はあはあ、ふぅ」
 公園に着いた直後と同じぐらい、息が荒れていく。1秒と同じ場所を注視せず、周囲を乱雑に観察していく。
 その時、視線の端に動くなにかを捉えた気がして、振り向こうとしたが。
「いやあっ!」
 坂上が咄嗟に耳を押さえてしゃがみ込んだのは、いきなりスマホから例の曲が流れたからだ。剣闘士の入場。黄泉通信でラッキーピエロが出た時に鳴る曲。昼間に1度聞いたあの曲が、また流れる。
「な、んで?」
 急いでスマホを開くと、10個のサムネイル全てがピエロの顔になっている。
「ひっ!」
 わかっていたのに、驚いてスマホを落としてしまう。更新時間でも無いし、もちろん手動で更新なんてしていない。頼んでもいないのに現れるそのピエロに怯えていると、後ろから声を掛けられた。
「五月蝿い」
「え!?」
 振り向くとそこには、プラチナブロンドの目立つ髪をした少女が立っていた。
「止めれば?」
「あ、ごめん」
 言われてスマホを拾い、急いでアプリを落とす。音が止まると同時に少女は歩き出した。
「ちょっと!」
 振り向いた少女はかなり機嫌が悪そうに坂上を睨む。
「あなた、加藤ゆずさんよね?」
 あの高校に通っていて彼女を知らない人は少ない。目立つ髪色に不遜な態度。だがどこか人を惹きつける美貌を持った少女。あの和田達と一緒に、足立を虐めていたと噂される人物だ。
 返事どころか目を合わせることもなく、彼女は出口へと歩いていく。なぜ彼女がここに居たのか。その答えを考えている内に、坂上の頭からはさっきまでのパニックに似た恐怖は無くなっていた。
 だからだろう。公衆トイレから物音が聞こえても、さっきのように怯えなかったし、1秒でも早く立ち去りたいと思っていた筈なのに、坂上の足はトイレへと向かって行った。
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