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失踪5日目
02話
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始業式よりはマシだが、夏休み中の登校日とはなんと憂鬱なのだろう。せっかくのお休みモードに水を差す無粋なシステムに腹を立てながらも、学生という身分である以上逆らうことは出来ず、高校2年になり去年よりも身体に馴染むようになった制服を着て、久しぶりの自席に座る生徒達。
そんな中、セミロングだった髪をバッサリと切り、少しだけパーマを掛けた坂上真由美は、2年になってからなんとなく居場所が無い教室でひとり、昼休みにスマホを弄っていた。
その画面には、かつて親友だった少女がポイント欲しさに入れたアプリのアイコンが写っている。容量が増えた為に整理をしていたのだが、そのアイコンを長押ししては『削除』を選択することが出来ずに同じ動作を繰り返す。
「あれ、そのアイコンって黄泉通信?」
「え?」
そんな時、一学期は全く話すことの無かった隣の席の女子が話し掛けてきた。さっきから話すきっかけを探していたのだが、坂上はそれに気付くこともなく、驚いたまま素直に頷く。
「坂上さんもそういうのするんだ?」
「なになに?なんの話?」
「黄泉通信の話」
それに釣られてか、乗っかってか、また数人女子が増える。
「あ、あれだよね、噂があるやつ」
「えっと、本物の幽霊が混ざってるってやつ?」
「え、なにそれ怖い!そうなの!?」
「私が聞いたのは、ピエロの写真が出たら幸せになれるとかだけど」
「それラッキーピエロでしょ?ピエロの顔に加工された写真が出たら、ポイント貰えるんだよ。それ噂ってか普通に標準機能ね」
「えぇ、でもこの街の人間からしたら縁起悪いよね」
「まあね、私もやっぱピエロは嫌いかなぁ」
女子達が盛り上がる中、話に入れないでいた坂上は、しばらく考えてから席を立つ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「あ、うん。ごめんね、邪魔して」
「そんなことない。こっちこそ、ごめんね」
たぶん孤立気味な自分を気にしてくれているのだろう。坂上はそう理解しながらも、まだその優しさに応えられないでいた。教室を出てしばらく歩き、もう一度スマホを見る。なにかを変えるなら、また始めようとするのなら、まずやるべきことがあるだろう。懐かしい思い出の中にあった、そのアイコンを見て、坂上は決意した。
逃げ出すように出て来た道を戻り、自分の教室を通り越し、かつての親友が在籍するクラスの教室へと入る。そこで坂上は足立奈々恵を探した。今まで学校で見掛ける度に隠れてきた、顔を合わせないように必死だった、そんな彼女を探す。
「あ、ちょっと」
去年一緒のクラスだった生徒に聞こうとした時、その女子が坂上に気付かずに隣の女子と話し始めた。
「てかさ、足立さんマジで失踪したの?」
「先生言ってたけど、5日だっけ?家出じゃないの?」
「夏休みだし羽目外し過ぎたんじゃない?ほら、足立さんって去年噂あったじゃん」
「あーなんかあったね。今も加藤さん達のグループだし」
「まあグループっていうか、パシリ?」
「あの子可愛いけどトロいから」
「どうせどっかで遊んでんでしょ?高校生が夏休みに5日帰って来ないぐらいで騒ぐなっての」
失踪という無視出来ないワードにショックを受けながらも、その女子達の言動に怒りを抑えられなくなった坂上は、拳を握り一歩踏み出し。
「あのね──」
一斉に教室中の生徒の視線が坂上に集まる。坂上が女子生徒になにかをしたからではない。坂上のスマホから大音量で音楽が流れたからだ。
「え、え?」
もちろんマナーモードにしており、音など鳴るはずもないので、突然のことで少しパニックになりながらもスマホを開くと、ロック画面には黄泉通信のアイコンと共に『更新しました』の文字が。恐らくこのアプリが原因だろう。
時計を見ると13時。坂上の記憶でも確かに更新時間はその辺りだったはずだ。急いで曲を止めようとアプリを開くと、10個のサムネイル全ての人物の顔がピエロになっていた。
「きゃああああ!」
それを見てスマホを放り投げ、青い顔をして震える坂上。あまりに急な展開で時間が止まった空間に、スマホから流れる音楽だけが響く。
「だ、大丈夫?なにこれ、ピエロ?」
さっきまで足立の悪口を言っていた少女が、ばつが悪そうな顔でスマホを拾って渡す。話を聞かれていたことに気付いたらしい。
「ご、ごめんなさい。私道化恐怖症で」
さっきまでの怒りなどとうに消えた坂上が、画面を見ないようにアプリを落とすと、流れていた音楽も消える。
サーカスでピエロの登場シーンなどで流されることの多いその曲は、和名で『剣闘士の入場』という。幼い頃からピアノを習っていた坂上は、かつてこの曲を演奏したこともあったが、道化恐怖症になってからは、それを思い出させるこの曲さえも苦手になっていた。
軽快で楽しげな音楽が途切れ、教室の中は静寂に包まれる。みんな坂上がなにを言うのか、それを待っていたが、結局そのままなにも言わずに教室を出ることを選択した坂上。教室に熱が戻ったのは、そのほんの数秒後だった。
そんな中、セミロングだった髪をバッサリと切り、少しだけパーマを掛けた坂上真由美は、2年になってからなんとなく居場所が無い教室でひとり、昼休みにスマホを弄っていた。
その画面には、かつて親友だった少女がポイント欲しさに入れたアプリのアイコンが写っている。容量が増えた為に整理をしていたのだが、そのアイコンを長押ししては『削除』を選択することが出来ずに同じ動作を繰り返す。
「あれ、そのアイコンって黄泉通信?」
「え?」
そんな時、一学期は全く話すことの無かった隣の席の女子が話し掛けてきた。さっきから話すきっかけを探していたのだが、坂上はそれに気付くこともなく、驚いたまま素直に頷く。
「坂上さんもそういうのするんだ?」
「なになに?なんの話?」
「黄泉通信の話」
それに釣られてか、乗っかってか、また数人女子が増える。
「あ、あれだよね、噂があるやつ」
「えっと、本物の幽霊が混ざってるってやつ?」
「え、なにそれ怖い!そうなの!?」
「私が聞いたのは、ピエロの写真が出たら幸せになれるとかだけど」
「それラッキーピエロでしょ?ピエロの顔に加工された写真が出たら、ポイント貰えるんだよ。それ噂ってか普通に標準機能ね」
「えぇ、でもこの街の人間からしたら縁起悪いよね」
「まあね、私もやっぱピエロは嫌いかなぁ」
女子達が盛り上がる中、話に入れないでいた坂上は、しばらく考えてから席を立つ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「あ、うん。ごめんね、邪魔して」
「そんなことない。こっちこそ、ごめんね」
たぶん孤立気味な自分を気にしてくれているのだろう。坂上はそう理解しながらも、まだその優しさに応えられないでいた。教室を出てしばらく歩き、もう一度スマホを見る。なにかを変えるなら、また始めようとするのなら、まずやるべきことがあるだろう。懐かしい思い出の中にあった、そのアイコンを見て、坂上は決意した。
逃げ出すように出て来た道を戻り、自分の教室を通り越し、かつての親友が在籍するクラスの教室へと入る。そこで坂上は足立奈々恵を探した。今まで学校で見掛ける度に隠れてきた、顔を合わせないように必死だった、そんな彼女を探す。
「あ、ちょっと」
去年一緒のクラスだった生徒に聞こうとした時、その女子が坂上に気付かずに隣の女子と話し始めた。
「てかさ、足立さんマジで失踪したの?」
「先生言ってたけど、5日だっけ?家出じゃないの?」
「夏休みだし羽目外し過ぎたんじゃない?ほら、足立さんって去年噂あったじゃん」
「あーなんかあったね。今も加藤さん達のグループだし」
「まあグループっていうか、パシリ?」
「あの子可愛いけどトロいから」
「どうせどっかで遊んでんでしょ?高校生が夏休みに5日帰って来ないぐらいで騒ぐなっての」
失踪という無視出来ないワードにショックを受けながらも、その女子達の言動に怒りを抑えられなくなった坂上は、拳を握り一歩踏み出し。
「あのね──」
一斉に教室中の生徒の視線が坂上に集まる。坂上が女子生徒になにかをしたからではない。坂上のスマホから大音量で音楽が流れたからだ。
「え、え?」
もちろんマナーモードにしており、音など鳴るはずもないので、突然のことで少しパニックになりながらもスマホを開くと、ロック画面には黄泉通信のアイコンと共に『更新しました』の文字が。恐らくこのアプリが原因だろう。
時計を見ると13時。坂上の記憶でも確かに更新時間はその辺りだったはずだ。急いで曲を止めようとアプリを開くと、10個のサムネイル全ての人物の顔がピエロになっていた。
「きゃああああ!」
それを見てスマホを放り投げ、青い顔をして震える坂上。あまりに急な展開で時間が止まった空間に、スマホから流れる音楽だけが響く。
「だ、大丈夫?なにこれ、ピエロ?」
さっきまで足立の悪口を言っていた少女が、ばつが悪そうな顔でスマホを拾って渡す。話を聞かれていたことに気付いたらしい。
「ご、ごめんなさい。私道化恐怖症で」
さっきまでの怒りなどとうに消えた坂上が、画面を見ないようにアプリを落とすと、流れていた音楽も消える。
サーカスでピエロの登場シーンなどで流されることの多いその曲は、和名で『剣闘士の入場』という。幼い頃からピアノを習っていた坂上は、かつてこの曲を演奏したこともあったが、道化恐怖症になってからは、それを思い出させるこの曲さえも苦手になっていた。
軽快で楽しげな音楽が途切れ、教室の中は静寂に包まれる。みんな坂上がなにを言うのか、それを待っていたが、結局そのままなにも言わずに教室を出ることを選択した坂上。教室に熱が戻ったのは、そのほんの数秒後だった。
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