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Chapter1:死骸人形と欠けた月
第十話:ちんぷんかんぷんですから
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@死骸人形
第十話
「リアンとヤトの体に流れる血は同じだ。後天的に血の記憶が損なわれることなどないはず。きっかけさえあれば、ヤトにもリアンと同じ魔術が使える可能性はある」
「うーん。なあミア、手本を見せてもらえないか? そうすれば感覚がわかるかも」
「思いつきで話すな。ミアちゃんが使えるのは陰魔術だ」
「あ、そっか。そりゃそうだ……すまん」
ヤトとミアにも同じ血が流れているが、言うまでもなく性別が違う。もっともヤトについてはヘルツェガヌムの影響によって生まれた存在であるとも言え、魔物には雌雄がないため、ヤトをヘルツェガヌムと同一とみなすのであればその性別についても議論の余地があったが……少なくともリアンの体を使っている以上は男性と呼んで差し支えあるまい。
つまり適性があるのは、ヤトは陽魔術、ミアは陰魔術だ。
血晶魔術については二人とも素質があるはずだったが——
「いいんです、ごめんなさい。わたしに適正があるのは陰魔術だけなので、父さまも勝手がわからず、体も弱いから兄さまのように魔術の鍛錬をすることはありませんでした。いつもここで父さまに厳しく指導される兄さまの姿を、地窓からこっそり眺めるばかりで……」
父からの指導を受けず、まさしく血のにじむような鍛錬も経ていないミアは、リアンほど魔術を扱えるわけではない。そもそもリアンのようなダブルホルダーではなかったし、顕在化した魔術血統である陰魔術も簡単なものしか扱えない。
「隠れて見てたのか」
「はい、もしかしたら訊けば中に入れてくれたのかもしれませんが。兄さまの集中を削ぎたくなくって……正直当時は、なんでそんなにがんばるんだろう、とも思ってました。でも今思えば、あの時から学院に行くことを考えてたのかもしれませんね」
「魔術学院、か。リアンが村を出て向かったそこって、なんなんだ? すごいのか?」
「すごいもなにも、この国で一番の魔術学校ですよ! 世界でもトップクラスの魔術を学べる場所で……あそこの試験を難なく突破できるのは、兄さまくらいのものですっ」
「ふうん。そりゃあ、自慢にもなるだろうが……ミアはよかったのか?」
「え?」
「だって、寂しいだろ。確か昨日聞いた話だと、父親が亡くなってからリアンは学院に行ったんだって? そりゃあリアンはすごいやつかもしれないが、この広い屋敷にミアを独り残すのは——あまりよくは思えない」
屋敷に来た時から、ヤトがずっと思っていたことだ。
母と父を亡くし、天涯孤独の兄妹。そこで兄が離れてしまえば、妹は村でたった独りになってしまう。
清掃の手が行き届かないほどの広大な屋敷で独り、兄の部屋だけは綺麗に保ちながら、帰りを待つ。なんて寂しい生活だろう。
せめてミアが大きくなるまであと数年、待つことはできなかったのだろうか?
怒りではないが、それに近似する感情が湧く。肉体だけを残して消えてしまった、聡明なるリアン・ムラクモに向けて。
「あっ……兄さまを悪く言わないでください! ヤトさんになにがわかるんですかっ!」
ミアは一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべると、すぐにムキになって反論した。
「兄さまは才能にあふれた、すごい人なんです! いつもわたしに優しくて、鍛錬に真剣で、頭もよくて、なんだってこなせる……すごい人——だったん、です。だから……わたしなんかが邪魔しちゃいけないって、思って」
しかし次第に語勢は弱々しくなり、目には涙がにじむ。泣きじゃくるのをすんでのところで耐えている、といった雰囲気。
それを見て慌てたのはヤトだ。
リアンがいなくなって寂しいなどと、そのリアンの死体同然であるヤトが指摘すべきことではなかった。
「ちょっ、泣くな! 悪かった、オレの発言が軽率だった。オレにリアンをなじる資格はない。だから泣かないでくれ、頼むっ」
「な、泣いてませんっ。テキトーなことを言わないでください!」
ミアは後ろを向き、着物の袖で目をごしごしと擦る。振り向いた時には、赤い瞳からこぼれようとしていた涙の粒は消えていた。
「ヤトさんに兄さまをなじる資格はない、その通りです。デリカシーのないヤトさんと違って、兄さまはいつもわたしを気遣ってくれてましたからっ」
「く……」
ひどい言い草だったが、今回ばかりはヤトも甘んじて非難を受け入れる。
「それで、どうするんだ? ヤト。陽魔術の勘は取り戻せていないようだが……もう少し粘ってみるか、それとも次に行くか」
話題を転換するノルトのナイスパス。
ただ能面じみた無表情ゆえに、それがヤトへの配慮だったのか、単に時間を無駄にすることを嫌って提案しただけだったのかはわからなかった。
次は——リアンの父、チギリの書斎だ。
どうするべきだろうか。もう少しここに留まるか、母屋の方へ戻って書斎に向かうか……。
「うぅん。どうすっかな……」
しばし考える。自然と右手が頭の方へ伸び、後頭部の辺りをぐっと横に押す。
ぽきり。首の関節から小気味よい音が響いた。
「……決めた! 陽魔術のことは結構気がかりだが、これだけ考えても出てこないなら今は諦める。またもしかしたら、なにかの拍子に思い出すかもしれな——ん?」
空振り続きになってしまうが、ここはもう諦めて、チギリの書斎へ向かう。
そう決断したヤトだったが、それを伝え終わる前に二者の妙な視線に気づく。
「————」
特にミアは、宝石のように赤いまんまるの目をさらに丸くして、ヤトのことを見つめている。
「なんだよ。オレの顔、なんかついてるか?」
「——え、あ、そういうわけじゃ……ない、ですけど」
それから書斎に着くまで、なぜかミアは、ヤトと視線を合わせようとはしなかった。
*
結論から先に言ってしまえば、チギリの書斎においても、ヤトの中の記憶を刺激するものは特になかった。
あるいはリアンとしての記憶は、もはや復元不可能なほど木端微塵に砕け散り、彼の死とともに忘却されてしまったのだろうか。もしそうであるのなら、今日一日のすべては徒労だったことになる。
チギリの書斎はたくさんの蔵書があり、彼が亡くなってからはたびたびリアンが使用していたそうだ。そのリアンもいなくなり、今や立ち入る者もおらず、中にはうっすらと埃が積もっていた。
ヤトやミアにはよくわからなかったが、中には貴重な本も多々あったらしく、珍しくそわそわした様子でノルトはそれらを見て回った。俗に魔術書と呼ばれる魔術の解説書から、帝都でかつて流行していた詩集、さらには他国の医術書まであった。
ノルトによれば、医術書はサクラフブキというはるか東方の国のもののようだ。もう読む者もいないため、気になるものはよかったら持っていってくれても構わないとミアが勧めると、ノルトは青い目を輝かせて両手いっぱいに書物を抱えたのだった。
「魔術技師ってのは、そんなに色んな知識がいるのか?」
「そういうわけではないが……これは単にワタシの興味だ」
「兄さまも以前、何度か言ってました。ノルトさんは知識欲の強い、見習うべき人だって……わたしもそう思います。魔術技師をしながら医者をしているだけでもすごいのに、魔導生物や植生にまで詳しいんですから」
リアンの死体にヘルツェガヌムが寄生していると見抜いたのもノルトだ。彼女の知識量は一介の魔術技師を超えている。
「ワタシはただ、気になることはなんでも調べたくなる主義なだけだ。ただ……すまない、さっきは少し、大人げなくはしゃいでしまった。ヤトの中の記憶を探るのが目的だったはずなのに」
「いえいえ。役に立つものがあったならよかったです。わたしはちょっと、ご本を読むのは好きじゃなくって。特に父さまのものは内容も難しくて、わたしが読んでもちんぷんかんぷんですから」
「しかし、今回もヤトの記憶を蘇らせるものはなかったのだろう? リアンの部屋も、道場も駄目となると……いよいよ手詰まりか」
気づけば外は夕暮れに包まれ、茂る草木も橙色の光に染められて淡く輝く。
記憶を探る試み。その成果は芳しくなかった。
そもそも根拠となったのは、ヤトがミアのことだけはある程度覚えていた、という一点のみだ。これはただ単にミアが以前のヤトにとって——すなわちリアンにとって特別だっただけで、それ以外の事柄についてはどうしても記憶を取り戻せはしないのではないか。
そんな疑念を感じ始めたのは、きっと当人であるヤトだけではないだろう。
「悪いな、丸一日付き合わせたのにさっぱりで」
「なに、こればかりは仕方がない。さてもういい時間だ、今日はこのくらいにして……」
「あ、あの。もう一箇所だけ……回ってみませんか?」
「ん?」
次第に解散の空気が漂い始めたところで、ミアがおずおずと手を上げる。
「回るって、どこを? 広い屋敷つったって、主要なところはもうあらかた見終えたんじゃないのか?」
「倉庫の方がまだ、ですから」
「倉庫……ふむ。ミアちゃんは、そこに仕舞われているものに心当たりがあるのか? ヤトの中の記憶を刺激する、なにかに」
「そういうわけではないんですが……。兄さまとわたしが、同じ思い出を抱いてるはずだって……わたしの勝手な想いなのかもしれません。でも……」
倉庫には昔から保管されているものに加え、リアンが村を出る時に部屋を整理して移したものもいくつかある。しかしミアの目的はそういった倉庫の品々ではないように窺えた。
どこか言いづらそうな、要領を得ない説明。だがそれでも、まだ今日を終わらせたくないのだと主張したがっていることは、すぐにヤトには察せられた。
「倉庫か。よしわかった、行ってみよう。案内してくれるか」
「ぁ……いいんですか?」
「当たり前だろ。ミアに少しでも思うところがあるなら、試してみる価値はある。どうせ失敗続きなんだ。ノルトはどうする? もう帰るか?」
「そうだな……いいや、せっかくここまで付き合ったのだから、最後まで見届けよう。どの道、今日は休診の看板を出してきた」
フ、と小さく微笑む。まだ子どもであろうとも、その意見を尊重しない者はこの場にいない。
かくして夕陽が沈みゆく中、一同は最後の場所へと向かうのだった。
第十話
「リアンとヤトの体に流れる血は同じだ。後天的に血の記憶が損なわれることなどないはず。きっかけさえあれば、ヤトにもリアンと同じ魔術が使える可能性はある」
「うーん。なあミア、手本を見せてもらえないか? そうすれば感覚がわかるかも」
「思いつきで話すな。ミアちゃんが使えるのは陰魔術だ」
「あ、そっか。そりゃそうだ……すまん」
ヤトとミアにも同じ血が流れているが、言うまでもなく性別が違う。もっともヤトについてはヘルツェガヌムの影響によって生まれた存在であるとも言え、魔物には雌雄がないため、ヤトをヘルツェガヌムと同一とみなすのであればその性別についても議論の余地があったが……少なくともリアンの体を使っている以上は男性と呼んで差し支えあるまい。
つまり適性があるのは、ヤトは陽魔術、ミアは陰魔術だ。
血晶魔術については二人とも素質があるはずだったが——
「いいんです、ごめんなさい。わたしに適正があるのは陰魔術だけなので、父さまも勝手がわからず、体も弱いから兄さまのように魔術の鍛錬をすることはありませんでした。いつもここで父さまに厳しく指導される兄さまの姿を、地窓からこっそり眺めるばかりで……」
父からの指導を受けず、まさしく血のにじむような鍛錬も経ていないミアは、リアンほど魔術を扱えるわけではない。そもそもリアンのようなダブルホルダーではなかったし、顕在化した魔術血統である陰魔術も簡単なものしか扱えない。
「隠れて見てたのか」
「はい、もしかしたら訊けば中に入れてくれたのかもしれませんが。兄さまの集中を削ぎたくなくって……正直当時は、なんでそんなにがんばるんだろう、とも思ってました。でも今思えば、あの時から学院に行くことを考えてたのかもしれませんね」
「魔術学院、か。リアンが村を出て向かったそこって、なんなんだ? すごいのか?」
「すごいもなにも、この国で一番の魔術学校ですよ! 世界でもトップクラスの魔術を学べる場所で……あそこの試験を難なく突破できるのは、兄さまくらいのものですっ」
「ふうん。そりゃあ、自慢にもなるだろうが……ミアはよかったのか?」
「え?」
「だって、寂しいだろ。確か昨日聞いた話だと、父親が亡くなってからリアンは学院に行ったんだって? そりゃあリアンはすごいやつかもしれないが、この広い屋敷にミアを独り残すのは——あまりよくは思えない」
屋敷に来た時から、ヤトがずっと思っていたことだ。
母と父を亡くし、天涯孤独の兄妹。そこで兄が離れてしまえば、妹は村でたった独りになってしまう。
清掃の手が行き届かないほどの広大な屋敷で独り、兄の部屋だけは綺麗に保ちながら、帰りを待つ。なんて寂しい生活だろう。
せめてミアが大きくなるまであと数年、待つことはできなかったのだろうか?
怒りではないが、それに近似する感情が湧く。肉体だけを残して消えてしまった、聡明なるリアン・ムラクモに向けて。
「あっ……兄さまを悪く言わないでください! ヤトさんになにがわかるんですかっ!」
ミアは一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべると、すぐにムキになって反論した。
「兄さまは才能にあふれた、すごい人なんです! いつもわたしに優しくて、鍛錬に真剣で、頭もよくて、なんだってこなせる……すごい人——だったん、です。だから……わたしなんかが邪魔しちゃいけないって、思って」
しかし次第に語勢は弱々しくなり、目には涙がにじむ。泣きじゃくるのをすんでのところで耐えている、といった雰囲気。
それを見て慌てたのはヤトだ。
リアンがいなくなって寂しいなどと、そのリアンの死体同然であるヤトが指摘すべきことではなかった。
「ちょっ、泣くな! 悪かった、オレの発言が軽率だった。オレにリアンをなじる資格はない。だから泣かないでくれ、頼むっ」
「な、泣いてませんっ。テキトーなことを言わないでください!」
ミアは後ろを向き、着物の袖で目をごしごしと擦る。振り向いた時には、赤い瞳からこぼれようとしていた涙の粒は消えていた。
「ヤトさんに兄さまをなじる資格はない、その通りです。デリカシーのないヤトさんと違って、兄さまはいつもわたしを気遣ってくれてましたからっ」
「く……」
ひどい言い草だったが、今回ばかりはヤトも甘んじて非難を受け入れる。
「それで、どうするんだ? ヤト。陽魔術の勘は取り戻せていないようだが……もう少し粘ってみるか、それとも次に行くか」
話題を転換するノルトのナイスパス。
ただ能面じみた無表情ゆえに、それがヤトへの配慮だったのか、単に時間を無駄にすることを嫌って提案しただけだったのかはわからなかった。
次は——リアンの父、チギリの書斎だ。
どうするべきだろうか。もう少しここに留まるか、母屋の方へ戻って書斎に向かうか……。
「うぅん。どうすっかな……」
しばし考える。自然と右手が頭の方へ伸び、後頭部の辺りをぐっと横に押す。
ぽきり。首の関節から小気味よい音が響いた。
「……決めた! 陽魔術のことは結構気がかりだが、これだけ考えても出てこないなら今は諦める。またもしかしたら、なにかの拍子に思い出すかもしれな——ん?」
空振り続きになってしまうが、ここはもう諦めて、チギリの書斎へ向かう。
そう決断したヤトだったが、それを伝え終わる前に二者の妙な視線に気づく。
「————」
特にミアは、宝石のように赤いまんまるの目をさらに丸くして、ヤトのことを見つめている。
「なんだよ。オレの顔、なんかついてるか?」
「——え、あ、そういうわけじゃ……ない、ですけど」
それから書斎に着くまで、なぜかミアは、ヤトと視線を合わせようとはしなかった。
*
結論から先に言ってしまえば、チギリの書斎においても、ヤトの中の記憶を刺激するものは特になかった。
あるいはリアンとしての記憶は、もはや復元不可能なほど木端微塵に砕け散り、彼の死とともに忘却されてしまったのだろうか。もしそうであるのなら、今日一日のすべては徒労だったことになる。
チギリの書斎はたくさんの蔵書があり、彼が亡くなってからはたびたびリアンが使用していたそうだ。そのリアンもいなくなり、今や立ち入る者もおらず、中にはうっすらと埃が積もっていた。
ヤトやミアにはよくわからなかったが、中には貴重な本も多々あったらしく、珍しくそわそわした様子でノルトはそれらを見て回った。俗に魔術書と呼ばれる魔術の解説書から、帝都でかつて流行していた詩集、さらには他国の医術書まであった。
ノルトによれば、医術書はサクラフブキというはるか東方の国のもののようだ。もう読む者もいないため、気になるものはよかったら持っていってくれても構わないとミアが勧めると、ノルトは青い目を輝かせて両手いっぱいに書物を抱えたのだった。
「魔術技師ってのは、そんなに色んな知識がいるのか?」
「そういうわけではないが……これは単にワタシの興味だ」
「兄さまも以前、何度か言ってました。ノルトさんは知識欲の強い、見習うべき人だって……わたしもそう思います。魔術技師をしながら医者をしているだけでもすごいのに、魔導生物や植生にまで詳しいんですから」
リアンの死体にヘルツェガヌムが寄生していると見抜いたのもノルトだ。彼女の知識量は一介の魔術技師を超えている。
「ワタシはただ、気になることはなんでも調べたくなる主義なだけだ。ただ……すまない、さっきは少し、大人げなくはしゃいでしまった。ヤトの中の記憶を探るのが目的だったはずなのに」
「いえいえ。役に立つものがあったならよかったです。わたしはちょっと、ご本を読むのは好きじゃなくって。特に父さまのものは内容も難しくて、わたしが読んでもちんぷんかんぷんですから」
「しかし、今回もヤトの記憶を蘇らせるものはなかったのだろう? リアンの部屋も、道場も駄目となると……いよいよ手詰まりか」
気づけば外は夕暮れに包まれ、茂る草木も橙色の光に染められて淡く輝く。
記憶を探る試み。その成果は芳しくなかった。
そもそも根拠となったのは、ヤトがミアのことだけはある程度覚えていた、という一点のみだ。これはただ単にミアが以前のヤトにとって——すなわちリアンにとって特別だっただけで、それ以外の事柄についてはどうしても記憶を取り戻せはしないのではないか。
そんな疑念を感じ始めたのは、きっと当人であるヤトだけではないだろう。
「悪いな、丸一日付き合わせたのにさっぱりで」
「なに、こればかりは仕方がない。さてもういい時間だ、今日はこのくらいにして……」
「あ、あの。もう一箇所だけ……回ってみませんか?」
「ん?」
次第に解散の空気が漂い始めたところで、ミアがおずおずと手を上げる。
「回るって、どこを? 広い屋敷つったって、主要なところはもうあらかた見終えたんじゃないのか?」
「倉庫の方がまだ、ですから」
「倉庫……ふむ。ミアちゃんは、そこに仕舞われているものに心当たりがあるのか? ヤトの中の記憶を刺激する、なにかに」
「そういうわけではないんですが……。兄さまとわたしが、同じ思い出を抱いてるはずだって……わたしの勝手な想いなのかもしれません。でも……」
倉庫には昔から保管されているものに加え、リアンが村を出る時に部屋を整理して移したものもいくつかある。しかしミアの目的はそういった倉庫の品々ではないように窺えた。
どこか言いづらそうな、要領を得ない説明。だがそれでも、まだ今日を終わらせたくないのだと主張したがっていることは、すぐにヤトには察せられた。
「倉庫か。よしわかった、行ってみよう。案内してくれるか」
「ぁ……いいんですか?」
「当たり前だろ。ミアに少しでも思うところがあるなら、試してみる価値はある。どうせ失敗続きなんだ。ノルトはどうする? もう帰るか?」
「そうだな……いいや、せっかくここまで付き合ったのだから、最後まで見届けよう。どの道、今日は休診の看板を出してきた」
フ、と小さく微笑む。まだ子どもであろうとも、その意見を尊重しない者はこの場にいない。
かくして夕陽が沈みゆく中、一同は最後の場所へと向かうのだった。
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