143 / 163
第2部2章 堕落戦線
第139話 『神殺し』
しおりを挟む
『不遜なり——』
「おおっと、お怒りか?」
防御に大太刀を使わなかったことで、『星の意志』のカウンターはワンテンポ早く行われた。しかしそれもカナヒトは愛刀で凌ぎながら、後方へ下がって距離を取る。
「思った通りだ。いいか、あのバリアは完璧じゃねえ。どんな攻撃でも受けきれるって代物じゃなく……許容量が決まってんだ。今の一撃でもわずかに綻んだ。より強い一撃を加えれば、砕けるはずだ」
「なるほど——星の意志と言えど、ギフトに対して完璧に適応できたわけじゃない、か。……それに賭けるしかなさそうだな」
「より強い一撃たって、リーダーより強い攻撃なんてあたしもイドラもできないよ?」
「同時に行えばいい。俺とお前でバリアを砕いて、イドラが仕留める。このプランだ。異論は?」
言いながら、カナヒトはイドラの方を向く。
イドラは一呼吸の間だけ、考えを巡らせた。
コンペンセイターは真正のギフトで、しかもレアリティ1。コピーギフトのスキルよりも大きな影響力を持つ能力を有している。だが一方で、火力という面ではさほど強力ではない。
ならばバリアを破壊する役目には、やはり適任とは言い難い。
火力が必要だと言うのなら、適しているのはカナヒトの灼熱月輪、セリカの烈日秋霜、それに今はこの場にいないソニアが持つワダツミ——その辺りの傑作コピーギフトだろう。
「異論はない。——案に乗ろう、リーダー」
「おいしいところを譲ってやるんだ、感謝しろよ」
「ちょっとリーダー。あたしの意見は訊いてくんないの?」
「なんだ芹香、お前は反対か?」
「いや、賛成っ!」
「……だったらいちいち口をはさむなよ」
呆れ顔でカナヒトは刀を構える。イドラとセリカも、攻防に備えた。
先の武器の掃射で周囲は荒れ果て、付近に立ち並ぶ廃ビルの外壁にはいくつも穴が出来てしまっている。武器そのものは射出されて役目を果たすと消えてしまうので、旧オフィス街はまるで紛争地域のような姿になり果てている。
事実、これは紛争だった。文明の行く末を決める、人と神の。
「俺が正面から斬り込む。芹香は側方からカバー、イドラはさっきみたいに回り込め」
了解、と二人の声が重なり、最後の攻勢を開始する。
まっすぐに接近を試みるカナヒト。それを、
『小門・展開——四門』
大小入り混じる、四本の剣が迎え撃つ。
門の数は先ほどより大幅に減じてはいるが、そのぶん、射出までの時間が短かった。空間に極小の天の窓が開かれたかと思えば、すぐさまカナヒトに向かって四本すべてが放たれる。
「はぁッ!」
一本を回避、一本を叩き落とし、返す一刀でもう一本も弾き返す。
残る一本が頬をかすめた。鮮血が舞うも、迷いなき足取りは止まらない。
カナヒトならば、百本の剣雨に見舞われようとも進むのをやめないだろう。そう信じているからこそ、セリカもイドラも、己の役割を遂行する。
厄介なのは、『星の意志』が武器の射出頼りではなく、自身も大太刀を使いこなすという点だった。接近したとて、あの巨大な刀をかいくぐり、カナヒトとセリカで同時に攻撃を加えるというのは簡単ではない。
『なぜ抗う——どんな抵抗も無為、無意味、無駄である。大地の上に立つ者が、どうして大地そのものに勝ろうか?』
「意外とお喋りだな、星の意志。本当に無駄か試してみようじゃねえか!」
上段から振り下ろす鋭い一刀。それを、『星の意志』は黒い大太刀で受け止める。
側面から迫るセリカ。スキルはまだ使うな、というカナヒトの目くばせを受け、セリカはそのまま真っ赤な西洋剣を振り抜く。
ガキン、という弾かれたような音。やはり対ギフトの防壁が機能している。
『小門・展開——十二門』
さらには、カナヒトたちの攻防の間に背後へ回り込もうとするイドラを咎めるように、十二の武具が射出される。
進行ルートを塞ぐ牽制射撃。イドラは方向転換を余儀なくされる。
「不意打ちは警戒されているみたいだ」
「そうか——だったら正面からでいい。仕掛けるぞ!」
「了解!」
カナヒトはあえて『星の意志』の眼前に躍り出る。そして愛刀を大きく、最上段に構えた。
無防備に思えるほどの予備動作。しかしゆえにこそ、その一刀が放たれた時の威力は絶大。
とはいえ——その隙を『星の意志』が見逃すはずもなかった。無造作に振るわれた漆黒の一太刀が、呆気なくカナヒトの腹を裂く。
だがそれまでだ。刀身は、数センチ腹部を裂いたところで止まる。
「カナヒトっ!」
「いくぞ芹香ッ、これで厄介な刀は封じた——伝熱!!」
それは、対ギフトの防壁を頼りに自身での防御を捨てた『星の意志』とやっていることは同じだった。
防御に割く行動を省き、攻撃にすべてを注ぐ。
違いは、カナヒトには身を護る防壁などないということだけ。
肉を切らせて骨を断つ。捨て身の一刀が、白熱する弧状の月輪が、神に等しい黄金の女へ迫る。
「リーダー——わかったよ……! 紅炎っ!!」
それに合わせ、側面からさらに星の具現へと放たれる渾身の打突。
地底世界の片隅にある、とある小村で生まれた男の天恵——プロミネンス。そこからほとんど劣化なく情報を抽出し、製造されたコピーギフト。
セリカの手にある73号・烈日秋霜がその赤い刀身から激しく炎を噴き上げた。炎は渦を巻くようにしながら、刀身を覆うようにまとわりつく。触れるものすべてを灰さえ遺さず焼き尽くす、その火はまさしく太陽の紅炎。
「やあああぁぁ————っ!」
傑作コピーギフトの二振りが、白い熱と赤い炎をそれぞれまとい、破滅的なエネルギーを以って『星の意志』を襲う。
二つの刀剣は、その目標のわずか手前、『星の意志』を覆う半透明の防壁に激突し——
けたたましい音を立てて、それを破砕した。
「壊した……!」
ギフトに対する防御が消失する。カナヒトの見立て通り、『星の意志』のギフト・コピーギフトへの適応は完全ではなかった。
「今度こそ——」
防壁を失い、無防備になった『星の意志』。そこへ、カナヒトたちの後ろから肉薄するイドラ。
『星の意志』は太刀を手元に引き戻そうとする。が、失敗した。
カナヒトが黒い刀身を自らにぎり、動かなくしていたのだ。一歩間違えば指ごと切断されかねない危険な行動だったが——だからこそ確かに『星の意志』は虚を突かれ、驚愕を露わにするようなことこそなかったが、イドラへの対応を一瞬遅らせる。
その一瞬が、イドラの刃を届かせた。
「はぁっ……!」
ついにコンペンセイターの赤い刀身が、『星の意志』へ触れる。
リーチを伸ばすため順手ににぎられたナイフ状の天恵が——地底より持ち込まれた異界の武器が、原初の人型に傷をつける。
(下がられた——ならば!)
血は出ないにしろ、コンペンセイターの刃先は確かにその鎖骨の辺りに傷を与えた。だがダメージとしては浅手だ。『星の意志』は防壁が砕けるや否や、一歩後ろへ下がり、イドラたちから遠のいていた。
ならば。
さらに一歩、踏み込むまで!
「おおおおおおおおぉぉ——ッ!」
姿勢を落とす。くるりと手の内で天恵を半回転させ、逆手に構える。
ここを逃せば後はない。その思いで、イドラは強引に距離を縮める。
時間が経てば先の防壁が復活するかもしれない。そしてその時、より強く適応した防壁は、カナヒトとセリカの一撃でも砕けないようになっているかもしれない。あるいはそれより先に、千を超える刃に全身を刻まれているかもしれない。
長引けば長引くほど、勝利への目算は明瞭さを損なう。
だから、千載一遇のこの機を。仲間が作ってくれた隙を活かしきる。
『不遜なり、不遜なり……! 人の見る夢、幻想に等しい地平の存在が——』
「わかる言葉で話せよ、神さまなら!」
懐に入り込んでしまえば、敵が使う大太刀は長尺が過ぎる。対し、イドラの得物は取り回しのいいナイフだ。ゼロ距離に近いこの間合い、断然有利なのはイドラの方——!
斬る。斬る。斬る。
頼りの防壁を失えばギフトに対抗するすべはないのか、距離を取ろうとする『星の意志』。それを追い立て、息もつかせぬ猛攻を浴びせるイドラ。
(殺しきる——!)
離れようとする黄金の髪の女。離れまいとする狩人。二者の姿は、ともすればダンスのようにも映るだろう。
しかし舞踏も長くは続かない。有効な間合いに持ち込めないことにしびれを切らしたのか、『星の意志』はその大太刀を手放した。
その代わりに今一度、彼女のそばに開く極小の天の窓。
超至近距離のこの間合いに対応した、なにか別の得物を手にするつもりだ。
射出用ではないため、ポータルから現れたのは刃先ではなく柄の方。それを『星の意志』の細くしなやかな指が、絡みつくようにしてつかみ取る。
「——」
今だ見えぬ武器の全貌。だがおそらく、引き抜きざまにイドラに向かって振るわれるだろう。
それがわかっているからこそ、イドラは一瞬硬直した。攻めきりたいのはやまやまだが、敵の振り抜く武器がまるでわからない。
短剣か直剣か曲刀か槍か、はたまた斧か、あえて再びの長剣か。それとも意表を突く槌や鎌か。
『星の意志』に追いすがりながらの攻防を経たせいで、味方からもやや距離が空き、すぐさまの援護は期待できない。
選択を誤れば、対処に失敗すれば死ぬ。
ここで決めきりたい場面ではあるが、博打に出るのは悪手だろうか?
ここは冷静に、一度後退して、改めて味方と連携しながら攻め込むべきか?
『ア、ァ』
「————?」
思考が結論を出すより先に、イドラはかすかな疑問に眉をひそめる。
『星の意志』が動きを止めている。柄をつかみ取ったはずの手は静止し——引き抜く前に天の窓は閉じてしまった。結果、中途半端に引き出された正体不明のその武器は、ポータルの閉塞に巻き込まれ柄のところでポキンと折れて切断される。
「なん、だ?」
イドラは困惑した。まるで電源の落ちてしまった機械のようだったが、地底世界の住民であるイドラにそのような形容は思い浮かばなかった。
そして、ずるりと。
重力に引かれる自然の現象として、『星の意志』の頭部が滑り落ちた。
「——死んだ、のか? 一体どうして……」
うっすらと埃の積もったアスファルトに落ちたその生首は、生気——もとよりそうと呼べるものが宿っていたかは怪しいが——を完全に失っている。黄金の髪はべったりと地面に乱れて広がり、その瞳も光を欠いた。
だが、光背は健在。首から上を失いながらもその場に佇む肢体は、まだ神聖さを帯びた黄金の輝きを放っている。
『——つながった……! 聞こえるか、みんな!』
「先生?」
突如、耳元の通信機からウラシマの声が届く。
『イドラ君、よかった、無事だったんだね。通信妨害らしきものがあったけれど——それが消えたということは、星の意志は?』
「それが、いきなり首が落ちて——」
『倒した、ということ?』
「——僕にもよくわからないんです。一体、なにが起きたのか……」
答えが出ないまま、カナヒトとセリカが駆け寄ってくる。
『星の意志』の首は確かに落ちて、今もそこに転がっている。無線が再度つながるようになったのも、おそらくはその影響だろう。
ならば『星の意志』は死んだのだろうか?
だがイドラはなにもしていない。ダメージは与えていたものの、最後、『星の意志』はまだ反撃を試みようとしていた。にもかかわらず、突如としてその首を——
「首——」
ふとイドラは、地面に落ちた頭部ではなく、残った体の方に目を向けた。
……未だ輝くその体躯。
死んでいるのに?
首の断面は真っ白く、血はまったく通っていないようで、人間とはまるで体の作りが異なった。
だが、その断面の切り口。
どんな刃物よりも鋭い剣で斬られたような、空間そのものを断裂させたようなその有様は、イドラには見覚えがあった。
「おおっと、お怒りか?」
防御に大太刀を使わなかったことで、『星の意志』のカウンターはワンテンポ早く行われた。しかしそれもカナヒトは愛刀で凌ぎながら、後方へ下がって距離を取る。
「思った通りだ。いいか、あのバリアは完璧じゃねえ。どんな攻撃でも受けきれるって代物じゃなく……許容量が決まってんだ。今の一撃でもわずかに綻んだ。より強い一撃を加えれば、砕けるはずだ」
「なるほど——星の意志と言えど、ギフトに対して完璧に適応できたわけじゃない、か。……それに賭けるしかなさそうだな」
「より強い一撃たって、リーダーより強い攻撃なんてあたしもイドラもできないよ?」
「同時に行えばいい。俺とお前でバリアを砕いて、イドラが仕留める。このプランだ。異論は?」
言いながら、カナヒトはイドラの方を向く。
イドラは一呼吸の間だけ、考えを巡らせた。
コンペンセイターは真正のギフトで、しかもレアリティ1。コピーギフトのスキルよりも大きな影響力を持つ能力を有している。だが一方で、火力という面ではさほど強力ではない。
ならばバリアを破壊する役目には、やはり適任とは言い難い。
火力が必要だと言うのなら、適しているのはカナヒトの灼熱月輪、セリカの烈日秋霜、それに今はこの場にいないソニアが持つワダツミ——その辺りの傑作コピーギフトだろう。
「異論はない。——案に乗ろう、リーダー」
「おいしいところを譲ってやるんだ、感謝しろよ」
「ちょっとリーダー。あたしの意見は訊いてくんないの?」
「なんだ芹香、お前は反対か?」
「いや、賛成っ!」
「……だったらいちいち口をはさむなよ」
呆れ顔でカナヒトは刀を構える。イドラとセリカも、攻防に備えた。
先の武器の掃射で周囲は荒れ果て、付近に立ち並ぶ廃ビルの外壁にはいくつも穴が出来てしまっている。武器そのものは射出されて役目を果たすと消えてしまうので、旧オフィス街はまるで紛争地域のような姿になり果てている。
事実、これは紛争だった。文明の行く末を決める、人と神の。
「俺が正面から斬り込む。芹香は側方からカバー、イドラはさっきみたいに回り込め」
了解、と二人の声が重なり、最後の攻勢を開始する。
まっすぐに接近を試みるカナヒト。それを、
『小門・展開——四門』
大小入り混じる、四本の剣が迎え撃つ。
門の数は先ほどより大幅に減じてはいるが、そのぶん、射出までの時間が短かった。空間に極小の天の窓が開かれたかと思えば、すぐさまカナヒトに向かって四本すべてが放たれる。
「はぁッ!」
一本を回避、一本を叩き落とし、返す一刀でもう一本も弾き返す。
残る一本が頬をかすめた。鮮血が舞うも、迷いなき足取りは止まらない。
カナヒトならば、百本の剣雨に見舞われようとも進むのをやめないだろう。そう信じているからこそ、セリカもイドラも、己の役割を遂行する。
厄介なのは、『星の意志』が武器の射出頼りではなく、自身も大太刀を使いこなすという点だった。接近したとて、あの巨大な刀をかいくぐり、カナヒトとセリカで同時に攻撃を加えるというのは簡単ではない。
『なぜ抗う——どんな抵抗も無為、無意味、無駄である。大地の上に立つ者が、どうして大地そのものに勝ろうか?』
「意外とお喋りだな、星の意志。本当に無駄か試してみようじゃねえか!」
上段から振り下ろす鋭い一刀。それを、『星の意志』は黒い大太刀で受け止める。
側面から迫るセリカ。スキルはまだ使うな、というカナヒトの目くばせを受け、セリカはそのまま真っ赤な西洋剣を振り抜く。
ガキン、という弾かれたような音。やはり対ギフトの防壁が機能している。
『小門・展開——十二門』
さらには、カナヒトたちの攻防の間に背後へ回り込もうとするイドラを咎めるように、十二の武具が射出される。
進行ルートを塞ぐ牽制射撃。イドラは方向転換を余儀なくされる。
「不意打ちは警戒されているみたいだ」
「そうか——だったら正面からでいい。仕掛けるぞ!」
「了解!」
カナヒトはあえて『星の意志』の眼前に躍り出る。そして愛刀を大きく、最上段に構えた。
無防備に思えるほどの予備動作。しかしゆえにこそ、その一刀が放たれた時の威力は絶大。
とはいえ——その隙を『星の意志』が見逃すはずもなかった。無造作に振るわれた漆黒の一太刀が、呆気なくカナヒトの腹を裂く。
だがそれまでだ。刀身は、数センチ腹部を裂いたところで止まる。
「カナヒトっ!」
「いくぞ芹香ッ、これで厄介な刀は封じた——伝熱!!」
それは、対ギフトの防壁を頼りに自身での防御を捨てた『星の意志』とやっていることは同じだった。
防御に割く行動を省き、攻撃にすべてを注ぐ。
違いは、カナヒトには身を護る防壁などないということだけ。
肉を切らせて骨を断つ。捨て身の一刀が、白熱する弧状の月輪が、神に等しい黄金の女へ迫る。
「リーダー——わかったよ……! 紅炎っ!!」
それに合わせ、側面からさらに星の具現へと放たれる渾身の打突。
地底世界の片隅にある、とある小村で生まれた男の天恵——プロミネンス。そこからほとんど劣化なく情報を抽出し、製造されたコピーギフト。
セリカの手にある73号・烈日秋霜がその赤い刀身から激しく炎を噴き上げた。炎は渦を巻くようにしながら、刀身を覆うようにまとわりつく。触れるものすべてを灰さえ遺さず焼き尽くす、その火はまさしく太陽の紅炎。
「やあああぁぁ————っ!」
傑作コピーギフトの二振りが、白い熱と赤い炎をそれぞれまとい、破滅的なエネルギーを以って『星の意志』を襲う。
二つの刀剣は、その目標のわずか手前、『星の意志』を覆う半透明の防壁に激突し——
けたたましい音を立てて、それを破砕した。
「壊した……!」
ギフトに対する防御が消失する。カナヒトの見立て通り、『星の意志』のギフト・コピーギフトへの適応は完全ではなかった。
「今度こそ——」
防壁を失い、無防備になった『星の意志』。そこへ、カナヒトたちの後ろから肉薄するイドラ。
『星の意志』は太刀を手元に引き戻そうとする。が、失敗した。
カナヒトが黒い刀身を自らにぎり、動かなくしていたのだ。一歩間違えば指ごと切断されかねない危険な行動だったが——だからこそ確かに『星の意志』は虚を突かれ、驚愕を露わにするようなことこそなかったが、イドラへの対応を一瞬遅らせる。
その一瞬が、イドラの刃を届かせた。
「はぁっ……!」
ついにコンペンセイターの赤い刀身が、『星の意志』へ触れる。
リーチを伸ばすため順手ににぎられたナイフ状の天恵が——地底より持ち込まれた異界の武器が、原初の人型に傷をつける。
(下がられた——ならば!)
血は出ないにしろ、コンペンセイターの刃先は確かにその鎖骨の辺りに傷を与えた。だがダメージとしては浅手だ。『星の意志』は防壁が砕けるや否や、一歩後ろへ下がり、イドラたちから遠のいていた。
ならば。
さらに一歩、踏み込むまで!
「おおおおおおおおぉぉ——ッ!」
姿勢を落とす。くるりと手の内で天恵を半回転させ、逆手に構える。
ここを逃せば後はない。その思いで、イドラは強引に距離を縮める。
時間が経てば先の防壁が復活するかもしれない。そしてその時、より強く適応した防壁は、カナヒトとセリカの一撃でも砕けないようになっているかもしれない。あるいはそれより先に、千を超える刃に全身を刻まれているかもしれない。
長引けば長引くほど、勝利への目算は明瞭さを損なう。
だから、千載一遇のこの機を。仲間が作ってくれた隙を活かしきる。
『不遜なり、不遜なり……! 人の見る夢、幻想に等しい地平の存在が——』
「わかる言葉で話せよ、神さまなら!」
懐に入り込んでしまえば、敵が使う大太刀は長尺が過ぎる。対し、イドラの得物は取り回しのいいナイフだ。ゼロ距離に近いこの間合い、断然有利なのはイドラの方——!
斬る。斬る。斬る。
頼りの防壁を失えばギフトに対抗するすべはないのか、距離を取ろうとする『星の意志』。それを追い立て、息もつかせぬ猛攻を浴びせるイドラ。
(殺しきる——!)
離れようとする黄金の髪の女。離れまいとする狩人。二者の姿は、ともすればダンスのようにも映るだろう。
しかし舞踏も長くは続かない。有効な間合いに持ち込めないことにしびれを切らしたのか、『星の意志』はその大太刀を手放した。
その代わりに今一度、彼女のそばに開く極小の天の窓。
超至近距離のこの間合いに対応した、なにか別の得物を手にするつもりだ。
射出用ではないため、ポータルから現れたのは刃先ではなく柄の方。それを『星の意志』の細くしなやかな指が、絡みつくようにしてつかみ取る。
「——」
今だ見えぬ武器の全貌。だがおそらく、引き抜きざまにイドラに向かって振るわれるだろう。
それがわかっているからこそ、イドラは一瞬硬直した。攻めきりたいのはやまやまだが、敵の振り抜く武器がまるでわからない。
短剣か直剣か曲刀か槍か、はたまた斧か、あえて再びの長剣か。それとも意表を突く槌や鎌か。
『星の意志』に追いすがりながらの攻防を経たせいで、味方からもやや距離が空き、すぐさまの援護は期待できない。
選択を誤れば、対処に失敗すれば死ぬ。
ここで決めきりたい場面ではあるが、博打に出るのは悪手だろうか?
ここは冷静に、一度後退して、改めて味方と連携しながら攻め込むべきか?
『ア、ァ』
「————?」
思考が結論を出すより先に、イドラはかすかな疑問に眉をひそめる。
『星の意志』が動きを止めている。柄をつかみ取ったはずの手は静止し——引き抜く前に天の窓は閉じてしまった。結果、中途半端に引き出された正体不明のその武器は、ポータルの閉塞に巻き込まれ柄のところでポキンと折れて切断される。
「なん、だ?」
イドラは困惑した。まるで電源の落ちてしまった機械のようだったが、地底世界の住民であるイドラにそのような形容は思い浮かばなかった。
そして、ずるりと。
重力に引かれる自然の現象として、『星の意志』の頭部が滑り落ちた。
「——死んだ、のか? 一体どうして……」
うっすらと埃の積もったアスファルトに落ちたその生首は、生気——もとよりそうと呼べるものが宿っていたかは怪しいが——を完全に失っている。黄金の髪はべったりと地面に乱れて広がり、その瞳も光を欠いた。
だが、光背は健在。首から上を失いながらもその場に佇む肢体は、まだ神聖さを帯びた黄金の輝きを放っている。
『——つながった……! 聞こえるか、みんな!』
「先生?」
突如、耳元の通信機からウラシマの声が届く。
『イドラ君、よかった、無事だったんだね。通信妨害らしきものがあったけれど——それが消えたということは、星の意志は?』
「それが、いきなり首が落ちて——」
『倒した、ということ?』
「——僕にもよくわからないんです。一体、なにが起きたのか……」
答えが出ないまま、カナヒトとセリカが駆け寄ってくる。
『星の意志』の首は確かに落ちて、今もそこに転がっている。無線が再度つながるようになったのも、おそらくはその影響だろう。
ならば『星の意志』は死んだのだろうか?
だがイドラはなにもしていない。ダメージは与えていたものの、最後、『星の意志』はまだ反撃を試みようとしていた。にもかかわらず、突如としてその首を——
「首——」
ふとイドラは、地面に落ちた頭部ではなく、残った体の方に目を向けた。
……未だ輝くその体躯。
死んでいるのに?
首の断面は真っ白く、血はまったく通っていないようで、人間とはまるで体の作りが異なった。
だが、その断面の切り口。
どんな刃物よりも鋭い剣で斬られたような、空間そのものを断裂させたようなその有様は、イドラには見覚えがあった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。
転生したアラサーオタク女子はチートなPCと通販で異世界でもオタ活します!
ねこ専
ファンタジー
【序盤は説明が多いので進みがゆっくりです】
※プロローグを読むのがめんどくさい人は飛ばしてもらっても大丈夫です。
テンプレ展開でチートをもらって異世界に転生したアラサーオタクOLのリリー。
現代日本と全然違う環境の異世界だからオタ活なんて出来ないと思いきや、神様にもらったチートな「異世界PC」のおかげでオタ活し放題!
日本の商品は通販で買えるし、インターネットでアニメも漫画も見られる…!
彼女は異世界で金髪青目の美少女に生まれ変わり、最高なオタ活を満喫するのであった。
そんなリリーの布教?のかいあって、異世界には日本の商品とオタク文化が広まっていくとかいかないとか…。
※初投稿なので優しい目で見て下さい。
※序盤は説明多めなのでオタ活は後からです。
※誤字脱字の報告大歓迎です。
まったり更新していけたらと思います!
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる