不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2部1章 躍る大王たち

第101話 『終末世界の黒い女王』

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 イドラの脳裏に甦るのは、先日のミーティングにおけるアンゴルモアの振り返り——
 人型のアンゴルモア、クイーン。その特徴。
——そのクイーンっていう種類のアンゴルモアは、そんなに危ないんですか?
 ソニアがそう問いかけ。
——僕もそこが聞きたい。どういう行動を取るんだ、そいつは。
 イドラもまた、同じように問うた。
 そして、カナヒトは答えた。

『そりゃあ、人型だからな。決まってるだろ、アレは——』

——扇動するんだよ。他のアンゴルモアを操って、組織的に動きやがる。
 イドラとソニアは、急ぎセリカの後を追う。カナヒトとトウヤはそれより一歩早く、セリカの背へ追いつくべく駆け出していた。
 負傷したハウンドが逃げた先は、草の生えた小さな窪地だった。
 山がちなこの辺りには珍しくもない地形。そんな変哲もない場所を、終末の死者は天然の罠とした。
 ハウンドを追うセリカをさらに追い、窪地のふちに着き。そこから眼下を見下ろすと、イドラは足を止めた。
 ハウンドがいた。が、それは追いついたセリカが無事にとどめを刺し、今まさに消滅するところだった。
 そばに敵影はない。杞憂だったのだろうか?

「芹香、すぐこっちへ戻れ。命令だ。お前はクイーンに誘導されている可能性が高い」

 しかしカナヒトは警戒を切らさず、そうつぶやくように口にする。この距離でそんな声量では届くまい——そう思ったイドラだが、直後に思い直す。
 どうやら通信機コミュニケーターで、通信指令室を介して声を送ったらしい。窪地の真ん中に立つセリカが、驚いたようにこちらを見上げてくる。
 その、直後だった。

「——! 逃げてくださいっ、セリカさん!」

 視力のよさからか、いち早く異変を察知したソニアが叫ぶ。瞬間、セリカのすぐそばの地面がめくれ上がった。

「地中から……!?」

 現れたのは、黒い、影のような人型だった。
 乾いた土をまき散らし、長い髪の女性が現れる。ただしその体表は足の先から髪の毛先に至るまで暗黒の色を湛え、瞳は炎よりも赤く、動きは意思の存在を思わせない機械じみた不自然さに満ちている。
 それはまるで、真っ黒な彫刻だった。
 止まっていれば美しくさえあるだろう。人を模した、緻密かつ精巧な彫刻作品。
 しかしそれが、人と同じように、ぎこちないながら手足を動かす。
 ヒトの模造品デッドコピー。そう印象させる、本能に訴えかけるような不気味さがあった。

「灯也、スキルで援護しろッ!」
「了解。徹甲ピアッシング……!」

 窪地の底へカナヒトが駆け出すと、黒い彫刻——クイーンもまた、セリカに向かってその手を伸ばす。
 そこへ、灯也によって放たれた矢が届き、クイーンの腕を弾いた。

「よくやった……! 伝熱ヒーティング!」

 狙撃によって生まれた猶予へ、カナヒトが灼熱月輪を手に滑り込む。不利を悟ったか、クイーンはセリカを仕留めることを諦めて後方へ飛びのいた。
 追撃の構えを取るカナヒト。しかしそこへ、クイーンの後方——イドラたちの向かい側の窪地のふちから、あふれんばかりのハウンドが現れては、壁となるように二者の間に割り込んだ。
 クイーンはたちまちハウンドに囲まれ、守られる様相となる。まるでたくさんの騎士に守られる女王のように。
——なるほどクイーンとは言い得て妙だ。
 ついに現れた三種目のアンゴルモアに、イドラは警戒を強める。

「ソニア、援護に入ろう」
「はいっ……!」

 イドラとソニア、それに灯也も窪地の底へ降り、カナヒトたちと合流する。
 クイーンは優雅さすら思わせる立ち姿で佇んだまま。だが所詮はアンゴルモア、人を殺戮するための神の——あるいは星の使いだ。
 すぐに仕掛けてくるはずだった。

「ご、ごめんみんな。あたしが先走ったせいで……」
「反省は後にしろ。幸い、奇襲は防げた。クイーンに警戒しつつ、周囲のハウンドを一掃するぞ」
「りょ——了解」
「わかった」

 五人は陣形を組み直す。イドラは油断なくコンペンセイターを構え、ソニアもワダツミの柄をぎゅっとにぎり、チーム『片月』初期メンバーの三人も己に貸与されたコピーギフトに命運を託す。
 そんな中、あくまで眼前のアンゴルモアたちに注意は向けたまま。しかし、とカナヒトが疑問を口にする。

「周囲のチームも妙に戦闘が長引いてやがる。こんな風に伏兵を潜ませてる箇所がいくつもあったのか?」
「だとすれば、クイーンが複数いることになりますよね」

 灯也の指摘に、肯定のうなずきを返す。

『推察の通りだ。『鳴箭めいせん』と『寒巌かんがん』も現在クイーンと遭遇、交戦している。こちらから事前に察知できなくて、申し訳ない』
「構わねえよ、零。方舟のレーダーは昔から甘いからな」
『……観測班が聞いたらヘコみそうな言葉だね』
「なら問題ないだろ、この通信を聞いてるわけでもねえ」

 ウラシマのため息が聞こえてきそうだった。咎めるにも状況が状況だ、そんな余裕はない。
 ウラシマが地底世界に来る前、チーム『山水さんすい』とやらに属していた時は、カナヒトとこうしたやり取りを戦場で交わしていたのだろうか?
 警戒を緩めたわけではなかったが、イドラは頭の片隅でそんなことをふと思った。

「だがいくらレーダーの精度が完璧じゃないと言っても、これだけの数のアンゴルモアを見逃すのは腑に落ちねえ。たぶん、なにかある」
「なにかって……なんです?」
「わからん」

 結論を放棄した回答に、灯也は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「本当にわかんねえんだよ。ここで考えても答えは出ねえ。とにかく今は——」

 音もなく、おもむろに黒い彫像が腕を動かす。群れに指示を出すように、指のしなやかな手先をイドラたちへ向けた。

「——この窮地を切り抜けるぞ」

 指揮官からの命令を受けた軍隊さながらに、ハウンドたちが『片月』の狩人たちへ殺到する。
 一行は先ほどと同じように、陣形をなるべく維持したまま、戦闘の渦へと身を投じる。

『上方に反応、ニジフクだ! あれもおそらくはクイーンの扇動を受けている——他のチームの援護は望めない、対応を!』
「了解した、狙撃を行う。芹香、カバー頼む」
「任せてっ!」
 
 戦場の混沌へ、各々が連携しながら一つ一つを片付けていく。
 しかし敵の動きは、さっきとは幾分異なった。

「く……やりづらい!」

 飛びかかると思いきや身を屈め、横合いから飛び出す別の個体とタイミングをズラす。右から迫ると見せかけ直前で黒い身をひねり、左から襲うフェイント。避ける方向を互いにつぶし合う多方向からの攻め。
 まるで人間を相手取るような——
 有機的連携。
 まさしく今、イドラたちが行っていることそのものだ。

『ソニアちゃんが孤立気味だ、援護を!』
「窪地のふちに沿わせて右からハウンドを回らせてやがる、総員警戒しろ!」

 ウラシマをはじめ、オペレーターによる指令室からの通信。
 鷹の目のごとく、戦場にいながら周囲全体を俯瞰するカナヒトの指示。
 そうしたものを、黒い軍勢たちもまた同じく、クイーンから受けているのだ。直接的な言葉を介してこそいなかったが。
 群れていようとも知能は低く、ただ本能プログラムのままに人を襲うアンゴルモアたちが、クイーンがただ一体その場にいるだけで、戦術を共有した兵士となる。
 クイーンがアンゴルモアの中でも格別に恐れられているわけも、わかろうというものだった。
 ただし一方で、クイーン本体の戦闘力はそう高くない。
 人型である以上、ハウンドのように牙や爪を持つわけではないし、ニジフクのように上空からの爆撃も行わない。
 もちろんアンゴルモアである以上、並の人間の膂力が通じるような相手ではなく、先ほどのセリカのように背後から襲われでもすれば危険はあるだろうが——
 まだそこらのハウンドの方が手ごわいかもしれないほど。だからこそ、周囲のアンゴルモアに自身を守らせ、敵が容易には近づけないようにする。
 そう、先日のミーティングでイドラは聞かされていた。
 それゆえに、次の瞬間に戦場を支配したのは緊張と恐怖だった。

「——っ、クイーン……?」

 コミュニケーターから届くウラシマの報告を受け、トウヤの射撃による援護を受けつつ、ハウンドに囲まれかけていたソニアを助け出す。
 そんなイドラの視線の先で——再び、真っ黒な彫刻のような、女の形をした怪物が、静かに動き出していたのだ。

「クイーンが動いただと……? それに、近づいてくる? くそッ、なんだか知らんが警戒! 互いにすぐ援護できる立ち位置につけ!」

 カナヒトもすぐに気が付き、警戒の指示を飛ばす。
 警戒以外、取りうる行動はなかった。なにせイドラとソニアに向けて歩みを進めるクイーンの動きは、これまでに見られた個体のセオリーから外れている。
 未知。『知らない』とは、例外なく恐怖の対象である。
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