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第2部1章 躍る大王たち
第96話 『強引な手に連れられて』
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翌日、つまりは作戦決行の前日の朝、イドラとソニアを含むチーム『片月』は明日に向けてのミーティングを行った。
メンバーが三人から五人に増えれば、それだけで必要な連携量は各段に増す。事前に共有しなければならない事柄は多々あった。
作戦における本隊の動き、基本の陣形。
それから、大別して三種あるアンゴルモアに対する、チーム単位での対処。
おさらいとして、アンゴルモアにはハウンド、ニジフク、クイーンの三種が存在すると、カナヒトはテーブルに肘をつきながら言う。
「ハウンドは犬型。まあアンゴルモアなんてのは大抵これだ。虎っぽいのもいれば、象みたいのまでいる。共通項は四足なくらいだな」
「僕たちが初日に見たのもそれだな……で、次はニジフクか? それも話には聞いたな。ええと、なんだっけ」
「こいつは空を飛ぶ。鳥型だが、頭上から小規模の爆発を起こす爆弾を投下する。コピーギフトの構成上、こいつを墜とすのは基本、灯也の役割だ」
「せいぜい中てますよ」
「わあ、スカしちゃって」
水を向けられたトウヤは、表情一つ変えることはない。セリカのからかいも無視を決め込んだ。
彼に預けられたコピーギフトは、50号・単色天弓。コンパウンドボウのコピーギフトで、プラスチック製の矢を『徹甲』というスキルで補強して放つ。
カナヒトの持つ12号・灼熱月輪やセリカの61号・紅比翼、ついでに言えばイドラのコンペンセイターにソニアの55号・ワダツミはどれも刀剣の類であり、飛ぶ鳥を落とすのは簡単ではない。
よって、ニジフクの対処は対空射撃のできるトウヤ一人に大きく負担がかかる。
そのことを知りながらも、トウヤに過度な気負いや動揺はない。実際には、アンゴルモアの割合自体ハウンドが大多数で、ニジフクは数少ないことや、明日の作戦では対空の得意なチームが率先して墜としてくれることがわかっているからこそ、焦る必要はないと理解していた。
「で、クイーン。これは人型だ」
「人型のアンゴルモア……? そんなのがいるのか」
「ああ、そうだ。いる。ごく稀にだがな」
「できれば出会いたくないけどねー」
「……そればかりは芹香君に同感だな。もっとも、僕もまだ一度した遭遇したことはないが」
「しかも、それは孤立してたヤツでしょ。北部なんてもうアンゴルモアの巣窟だろうし、そんなトコで戦うなんて最悪ね」
トウヤとセリカは、考えるだけで嫌だという風に顔をしかめる。
カナヒトは無駄に表情筋を動かすことはなかったが、「そうだな」と同意は口にした。
「だが北部のアンゴルモアの掃討は必須だ。最悪だろうと、やらにゃあならん。どれだけ危険だろうともな」
「そのクイーンっていう種類のアンゴルモアは、そんなに危ないんですか?」
「僕もそこが聞きたい。どういう行動を取るんだ、そいつは」
「そりゃあ、人型だからな。決まってるだろ、アレは——」
*
昼過ぎにミーティングを終えて解散すると、イドラとソニアは空腹を治めるため食堂に向かう。
作戦の前日ではあるが、そのあと、二人にはやりたいことがあった。
ベルチャーナ、それとついでにレツェリの捜索だ。
そのため食後は、ミンクツへ降りて聞き込みをしてみよう。そういう風なことを話していたのだが——
「スドウ?」
「ごめん、ちょっといいかしら」
廊下の壁にもたれて、スドウが二人を待っていた。イドラの姿を見ると、壁から背を放して話しかけてくる。
「少し、話したいことがあって。——その腕輪のことで」
銀縁の眼鏡越しに見るスドウの目は、イドラの手首に向けられていた。
「腕輪のこと、先生……ウラシマさんから聞いたのか?」
「ええ。あなたが昏睡していた三日間にね」
イドラの手首には、ウラシマの形見として持っていたブレスレットがあった。あの曇天の庭で、ウラシマの遺体は消失し、そこに遺されていたもの。
もっとも、ウラシマとはこの世界で再会できたのだから、形見とも呼べなくなってしまったが。それに遺体が消えたのも今では、この現実世界から精神のみでダイブしていたからだと推測できる。
「実は、それを渡してほしくて。正直昏睡している間に抜き取ってしまおうかとも思ったんだけど、零が、いつか起きるはずだからそれまで待って欲しいって」
「正直だな……まあ、元々ウラシマさんのだし、それでも異存はないけどさ。これ、やっぱり意味のあるものだったのか?」
「ええ。その辺り、作戦前の今のうちに話せないかと思って。この前のコピーギフト抽出室に来れる? 零ももう待ってるわ」
——先生が待っているのなら、あまり待たせられないな。
そうイドラは思うも、抽出室に行けば、ソニアとミンクツに出向く予定は果たせそうにない。それとも遅くなっても大丈夫だろうか?
(ソニアを遅い時間に連れまわすのも……ううん、心配しすぎか? とはいえ、ミンクツがどのくらい危険かまだよくわからないしな……)
あれこれ頭を悩ませるイドラ。それを察したのか、ソニアは「じゃあ」と言い出す。
「ミンクツの方は、わたし一人で聞き取りしてきますね」
「え? いや、それは危険だ」
「大丈夫ですよ、まだ陽も高いですし。それに、わたしだってまだまだ普通の人よりはずっと力持ちなんですからっ」
「……ワダツミは持っていくのか?」
「えっ、いえ、流石にそれは……。あんな大きな刃物を持ってたら、誰も怖がって話なんて聞いてくれないと思います」
「それはそうかもしれないけど、でもな」
過保護かもしれないが、やはり一人で行かせるのは心配だった。ろくな武器も持たせないのであればなおさら。
それに——ソニアも表面上は気にしていないような風ではあるが、その白い髪が目を引くのは、この世界でも同じことだ。イモータルがいないのだから、不死の怪物を思わせるのだと迫害されるようなことこそないにしろ。
「……もしかして私、タイミング悪かったかしら。ごめんなさいね」
「あっ、いえいえ、そんな。わたしは大丈夫ですから」
「ベルチャーナのことは心配だが、なにせあのミロウが信頼する祓魔師だ、きっと大丈夫だよ。どのみち闇雲に捜索して手がかりが見つかる可能性も低いわけだし、ここは後日に後回しして——」
「ん? こんなところで立ち話?」
一人でミンクツに行こうとするソニアを諭すイドラだったが、後ろからの声に遮られる。振り向けば、すらりと伸びた健康的な手足の白さがまぶしい、ポニーテール姿の女が人懐っこい表情で立っていた。
『片月』のチームメンバー、アダチ・セリカだった。おそらくは、イドラたちと同じく昼食のために食堂に向かおうとしていたのだろう。
「あなたは確か、『片月』の」
「あ。えーと、コピーギフト開発部の部長さん?」
セリカとスドウは直接の面識がないようで、ややぎこちなく挨拶を交わす。
それからセリカは、一応はマナーを鑑みて明確に口にこそ出さないものの、いかにも首を突っ込みたそうな目線を向けてくる。イドラは遊ぶのが好きで好奇心旺盛な犬を連想した。
同時に、もしかしたら手伝ってくれるかも、と思う。
事情を話してみると、案の定セリカは「だったらあたしがソニアちゃんについてくよ」と快く言ってくれた。
「いいか? 悪いな」
「いーよいーよ、イドラもソニアちゃんも、もうおんなじチームの仲間だし! それにあたしだったらほら、この方舟の制服を見ればきっと、ミンクツの人も信用してくれやすいと思うからさ」
イドラはそこまでは考えていなかったが、確かに、イドラ自身が行くよりも適任らしかった。
初めてこの世界の土を踏んだ日、ミンクツの子どもたちはカナヒトたちを羨望のまなざしで見ていた。外敵を討ち滅ぼす彼らは、人々にとって英雄なのだ。カナヒトはそれを皮肉げに捉えているようだったが。
「ありがとう。ソニアのことを頼む」
「セリカさん、よろしくお願いしますっ」
「うんっ、さあ出発だー! ほら行こっ、ソニアちゃん!」
「わっ、あのっ、手をつなぐ必要は——」
「ソニアちゃんはかわいいなーっ、あたしってば一人っ子だから妹ができたみたいで嬉しい! そうだ、せっかくだから走ろっか!!」
「ひえっ、セリカさん、あのあのっ、引っ張らないで——」
なにがせっかくなのかはわからなかったが、セリカはソニアの手をひったくると、そのまま引っ張って廊下の角へと消えていった。
「あーれー——……」
嵐のような勢いに翻弄される、ソニアの尾を引く悲鳴だけを残しながら。
「……ほとんど拉致ね」
呆気に取られていたイドラだったが、独り言のようなスドウのつぶやきには、うなずくほかなかった。
*
ともあれセリカのおかげで、イドラは懸念なく、スドウとともに先日と同じコピーギフト第二抽出室へ訪れることができていた。
ベルチャーナたちの情報を聞き込みするのは、ソニアに任せる。
代わり今、イドラのそばにはスドウがいる。そして目の前には——
「やあ、イドラ君。今日はチーム『片月』でミーティングだったろう? お疲れのところ、すまないね」
ウラシマが、車椅子姿で柔らかく微笑んでいた。
「大丈夫です。それで早速ですけど、これ……」
既に手首から外していた、金色のブレスレットを見せる。
旅をする中での、イドラにとってのお守り代わり。よくよく見ると、茨のような浮彫が入っている。
そしてその表面には、傷ひとつない。
「……たぶん、これもギフトなんですよね?」
「やっぱり、気が付いてたんだ」
「はい。旅の途中、もしかしたら、って思うことがあって」
これは、地底世界における正真正銘の天恵だった。
ギフトは例外なく不壊の性質を持つ。だから、過酷な旅の中でも傷つくことがなかったのだ。
ただ、コピーギフトと違い、真正のギフトはそれを授かった本人にしか能力を使用できない。よって、この腕輪の能力がなんなのか、その名さえイドラには知る由なく、本当にただのお守りとして今日まで着けてきた次第だ。
「そうだよ。その『荊棘之道』は、ワタシの亡き友人が遺してくれたギフトだ。託された、と言ってもいい」
懐かしむように——それでいて悼むように、ウラシマは言う。
メンバーが三人から五人に増えれば、それだけで必要な連携量は各段に増す。事前に共有しなければならない事柄は多々あった。
作戦における本隊の動き、基本の陣形。
それから、大別して三種あるアンゴルモアに対する、チーム単位での対処。
おさらいとして、アンゴルモアにはハウンド、ニジフク、クイーンの三種が存在すると、カナヒトはテーブルに肘をつきながら言う。
「ハウンドは犬型。まあアンゴルモアなんてのは大抵これだ。虎っぽいのもいれば、象みたいのまでいる。共通項は四足なくらいだな」
「僕たちが初日に見たのもそれだな……で、次はニジフクか? それも話には聞いたな。ええと、なんだっけ」
「こいつは空を飛ぶ。鳥型だが、頭上から小規模の爆発を起こす爆弾を投下する。コピーギフトの構成上、こいつを墜とすのは基本、灯也の役割だ」
「せいぜい中てますよ」
「わあ、スカしちゃって」
水を向けられたトウヤは、表情一つ変えることはない。セリカのからかいも無視を決め込んだ。
彼に預けられたコピーギフトは、50号・単色天弓。コンパウンドボウのコピーギフトで、プラスチック製の矢を『徹甲』というスキルで補強して放つ。
カナヒトの持つ12号・灼熱月輪やセリカの61号・紅比翼、ついでに言えばイドラのコンペンセイターにソニアの55号・ワダツミはどれも刀剣の類であり、飛ぶ鳥を落とすのは簡単ではない。
よって、ニジフクの対処は対空射撃のできるトウヤ一人に大きく負担がかかる。
そのことを知りながらも、トウヤに過度な気負いや動揺はない。実際には、アンゴルモアの割合自体ハウンドが大多数で、ニジフクは数少ないことや、明日の作戦では対空の得意なチームが率先して墜としてくれることがわかっているからこそ、焦る必要はないと理解していた。
「で、クイーン。これは人型だ」
「人型のアンゴルモア……? そんなのがいるのか」
「ああ、そうだ。いる。ごく稀にだがな」
「できれば出会いたくないけどねー」
「……そればかりは芹香君に同感だな。もっとも、僕もまだ一度した遭遇したことはないが」
「しかも、それは孤立してたヤツでしょ。北部なんてもうアンゴルモアの巣窟だろうし、そんなトコで戦うなんて最悪ね」
トウヤとセリカは、考えるだけで嫌だという風に顔をしかめる。
カナヒトは無駄に表情筋を動かすことはなかったが、「そうだな」と同意は口にした。
「だが北部のアンゴルモアの掃討は必須だ。最悪だろうと、やらにゃあならん。どれだけ危険だろうともな」
「そのクイーンっていう種類のアンゴルモアは、そんなに危ないんですか?」
「僕もそこが聞きたい。どういう行動を取るんだ、そいつは」
「そりゃあ、人型だからな。決まってるだろ、アレは——」
*
昼過ぎにミーティングを終えて解散すると、イドラとソニアは空腹を治めるため食堂に向かう。
作戦の前日ではあるが、そのあと、二人にはやりたいことがあった。
ベルチャーナ、それとついでにレツェリの捜索だ。
そのため食後は、ミンクツへ降りて聞き込みをしてみよう。そういう風なことを話していたのだが——
「スドウ?」
「ごめん、ちょっといいかしら」
廊下の壁にもたれて、スドウが二人を待っていた。イドラの姿を見ると、壁から背を放して話しかけてくる。
「少し、話したいことがあって。——その腕輪のことで」
銀縁の眼鏡越しに見るスドウの目は、イドラの手首に向けられていた。
「腕輪のこと、先生……ウラシマさんから聞いたのか?」
「ええ。あなたが昏睡していた三日間にね」
イドラの手首には、ウラシマの形見として持っていたブレスレットがあった。あの曇天の庭で、ウラシマの遺体は消失し、そこに遺されていたもの。
もっとも、ウラシマとはこの世界で再会できたのだから、形見とも呼べなくなってしまったが。それに遺体が消えたのも今では、この現実世界から精神のみでダイブしていたからだと推測できる。
「実は、それを渡してほしくて。正直昏睡している間に抜き取ってしまおうかとも思ったんだけど、零が、いつか起きるはずだからそれまで待って欲しいって」
「正直だな……まあ、元々ウラシマさんのだし、それでも異存はないけどさ。これ、やっぱり意味のあるものだったのか?」
「ええ。その辺り、作戦前の今のうちに話せないかと思って。この前のコピーギフト抽出室に来れる? 零ももう待ってるわ」
——先生が待っているのなら、あまり待たせられないな。
そうイドラは思うも、抽出室に行けば、ソニアとミンクツに出向く予定は果たせそうにない。それとも遅くなっても大丈夫だろうか?
(ソニアを遅い時間に連れまわすのも……ううん、心配しすぎか? とはいえ、ミンクツがどのくらい危険かまだよくわからないしな……)
あれこれ頭を悩ませるイドラ。それを察したのか、ソニアは「じゃあ」と言い出す。
「ミンクツの方は、わたし一人で聞き取りしてきますね」
「え? いや、それは危険だ」
「大丈夫ですよ、まだ陽も高いですし。それに、わたしだってまだまだ普通の人よりはずっと力持ちなんですからっ」
「……ワダツミは持っていくのか?」
「えっ、いえ、流石にそれは……。あんな大きな刃物を持ってたら、誰も怖がって話なんて聞いてくれないと思います」
「それはそうかもしれないけど、でもな」
過保護かもしれないが、やはり一人で行かせるのは心配だった。ろくな武器も持たせないのであればなおさら。
それに——ソニアも表面上は気にしていないような風ではあるが、その白い髪が目を引くのは、この世界でも同じことだ。イモータルがいないのだから、不死の怪物を思わせるのだと迫害されるようなことこそないにしろ。
「……もしかして私、タイミング悪かったかしら。ごめんなさいね」
「あっ、いえいえ、そんな。わたしは大丈夫ですから」
「ベルチャーナのことは心配だが、なにせあのミロウが信頼する祓魔師だ、きっと大丈夫だよ。どのみち闇雲に捜索して手がかりが見つかる可能性も低いわけだし、ここは後日に後回しして——」
「ん? こんなところで立ち話?」
一人でミンクツに行こうとするソニアを諭すイドラだったが、後ろからの声に遮られる。振り向けば、すらりと伸びた健康的な手足の白さがまぶしい、ポニーテール姿の女が人懐っこい表情で立っていた。
『片月』のチームメンバー、アダチ・セリカだった。おそらくは、イドラたちと同じく昼食のために食堂に向かおうとしていたのだろう。
「あなたは確か、『片月』の」
「あ。えーと、コピーギフト開発部の部長さん?」
セリカとスドウは直接の面識がないようで、ややぎこちなく挨拶を交わす。
それからセリカは、一応はマナーを鑑みて明確に口にこそ出さないものの、いかにも首を突っ込みたそうな目線を向けてくる。イドラは遊ぶのが好きで好奇心旺盛な犬を連想した。
同時に、もしかしたら手伝ってくれるかも、と思う。
事情を話してみると、案の定セリカは「だったらあたしがソニアちゃんについてくよ」と快く言ってくれた。
「いいか? 悪いな」
「いーよいーよ、イドラもソニアちゃんも、もうおんなじチームの仲間だし! それにあたしだったらほら、この方舟の制服を見ればきっと、ミンクツの人も信用してくれやすいと思うからさ」
イドラはそこまでは考えていなかったが、確かに、イドラ自身が行くよりも適任らしかった。
初めてこの世界の土を踏んだ日、ミンクツの子どもたちはカナヒトたちを羨望のまなざしで見ていた。外敵を討ち滅ぼす彼らは、人々にとって英雄なのだ。カナヒトはそれを皮肉げに捉えているようだったが。
「ありがとう。ソニアのことを頼む」
「セリカさん、よろしくお願いしますっ」
「うんっ、さあ出発だー! ほら行こっ、ソニアちゃん!」
「わっ、あのっ、手をつなぐ必要は——」
「ソニアちゃんはかわいいなーっ、あたしってば一人っ子だから妹ができたみたいで嬉しい! そうだ、せっかくだから走ろっか!!」
「ひえっ、セリカさん、あのあのっ、引っ張らないで——」
なにがせっかくなのかはわからなかったが、セリカはソニアの手をひったくると、そのまま引っ張って廊下の角へと消えていった。
「あーれー——……」
嵐のような勢いに翻弄される、ソニアの尾を引く悲鳴だけを残しながら。
「……ほとんど拉致ね」
呆気に取られていたイドラだったが、独り言のようなスドウのつぶやきには、うなずくほかなかった。
*
ともあれセリカのおかげで、イドラは懸念なく、スドウとともに先日と同じコピーギフト第二抽出室へ訪れることができていた。
ベルチャーナたちの情報を聞き込みするのは、ソニアに任せる。
代わり今、イドラのそばにはスドウがいる。そして目の前には——
「やあ、イドラ君。今日はチーム『片月』でミーティングだったろう? お疲れのところ、すまないね」
ウラシマが、車椅子姿で柔らかく微笑んでいた。
「大丈夫です。それで早速ですけど、これ……」
既に手首から外していた、金色のブレスレットを見せる。
旅をする中での、イドラにとってのお守り代わり。よくよく見ると、茨のような浮彫が入っている。
そしてその表面には、傷ひとつない。
「……たぶん、これもギフトなんですよね?」
「やっぱり、気が付いてたんだ」
「はい。旅の途中、もしかしたら、って思うことがあって」
これは、地底世界における正真正銘の天恵だった。
ギフトは例外なく不壊の性質を持つ。だから、過酷な旅の中でも傷つくことがなかったのだ。
ただ、コピーギフトと違い、真正のギフトはそれを授かった本人にしか能力を使用できない。よって、この腕輪の能力がなんなのか、その名さえイドラには知る由なく、本当にただのお守りとして今日まで着けてきた次第だ。
「そうだよ。その『荊棘之道』は、ワタシの亡き友人が遺してくれたギフトだ。託された、と言ってもいい」
懐かしむように——それでいて悼むように、ウラシマは言う。
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