不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2部1章 躍る大王たち

第94話 『新しい始まり』

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「まあ、そうか」

 今後について。これからのこと。
 ちょうど、ウラシマからの連絡がなければ、先にソニアと話し合おうと思っていたところだ。
 言ってしまえば、イドラが旅をする目的はもうない。
 遺された血文字の始まりから、空の果てに至り、世界の壁まで越えてきた。
 ウラシマの遺言を果たし、その当人とも再会が叶った。イドラにとって、これ以上望むことなどありはしない。
 だから、イドラの旅は終わったのだ。
 しかし——ウラシマの旅はまだ続いている。彼女が地底世界へ赴いた動機の元凶、アンゴルモアの脅威は未だ終わっていない。
 ならばそれに抗う方舟、特に戦闘班として、コピーギフトを手に取り直接的にアンゴルモアと戦っているカナヒトたちに助力をすることは、決してやぶさかではない。そうイドラは思っていたし、口に出さずとも、ソニアも同じ思いだと確信できた。

「気がかりなことも、まだあるしな」
「ベルチャーナさんと、レツェリさんのことですか?」
「……ソニアに隠しごとはできないな」
「ふふ、そうですよ」

 転移の折、別の場所に飛ばされたあの二人の行方がわからない。
 特にベルチャーナは心配だ。そう簡単にやられるような実力でないのは確かだが、アンゴルモアに襲われている可能性もある。
 レツェリの方に関しては、放っておくとなにかをやらかすという、別の意味での心配がある。

「とにかく、行ってみればわかる、か」
「ですね」



「来たか。突然に呼び立てて申し訳ない」

 朝食後、予定通り総裁室に訪れたイドラたちを出迎えたのは、立ったままのヤナギだった。

「……これは?」

 そう広くない総裁室には、ほかに、変わらず車椅子姿のウラシマ。さらに壁にもたれかかる形で、どこか気まずそうな様子のカナヒトがいた。
 どういう面子だろうか。イドラは疑問を顔に浮かべる。

「まずは、方舟の代表として礼を言わせてくれたまえ。君のおかげで、我々に欠かせぬ人材が復帰できた」

 カナヒトの逆側の壁のそばで、車椅子に座るウラシマの方を目で示すヤナギ。

「復帰……? 戦闘班に戻るには、まだ早いんじゃないのか」

 元々、ウラシマは戦闘班のチーム『山水さんすい』のリーダーだった。もっとも、彼女が第二次地底世界外乱排除作戦に抜擢され、チーム『山水』は解体となったが。
 ウラシマの意識が現実世界に引き戻された今、いずれは『山水』の再結成もありえよう。
 しかし、それはいずれの話。車椅子であることを見れば一目瞭然、今のウラシマはまだ本調子ではない。
 少しの間立ち上がり、一刀を振るう程度ならまだしも、方舟の外へ出て戦闘をこなすのは当面不可能だろう。
 イドラの疑問には、ヤナギではなくウラシマ当人が答えた。

「戦闘班だけが仕事じゃないさ。調子を取り戻すまでは、そちらに配属されることになったんだ」
「そういうことか……」

 前線に復帰するわけではない。そうと知り、ほっとする。
 そうなると次は、どこの所属になったのかという疑問が湧く。そんなイドラの気持ちを知ってか知らずか、ウラシマはそれ以上を語らず、どこかいたずらっぽい笑みを口元に浮かべた。

「そして本題だが——君たちにはどうか、正式に方舟の所属となってもらいたい」

 もったいつけることなく、ヤナギはイドラとソニアを見ながらそう告げる。
 普段通りの威厳を感じさせる声で、腰を折ることもなかったが、それは確かに懇願だった。まっすぐに見つめるその鋭い眼光の両目が、力を貸してくれまいかと真摯に訴えかけている。
 提案そのものついて、イドラに驚きはなかった。
 方舟の技術力は驚愕に値するが、それでも人類の版図は狭く、戦える人手はいくらあっても足りないはず。
 初めからこのために、戦闘班と同じ一階の部屋を割り当てたに違いない。イドラもそこまでは考えていた。
 ちらりとソニアの方を見る。ソニアは訊くまでもなく、顎を小さく引いてうなずきを返した。

「わかった。化け物を狩るのは慣れてるんだ、任せてくれ」
「ありがとう、異世界の勇士よ。君たちの助勢、非常に力強く思う」

 厳めしさが張り付く表情を、少しだけ緩める。

「ワタシからも礼を言わせてくれ。情けないよ、ワタシはキミに頼ってばかりだ」
「そんなこと……。ウラシマさんがすごく長い旅をしてきたこと、聞きましたから。それに比べれば、なんてことないです」
「——っ。本当に、大きくなったね。それに、ソニアちゃんもありがとう。ワダツミはもうキミのものだ、うまく使ってくれ」
「はいっ。わたしにできることは限られてるかもしれませんけど……それでも、精一杯がんばります!」

 ウラシマは、まぶしいものを見るような目をして微笑んだ。
 こうしてイドラとソニアは、正式に方舟の一員となった。とはいえ、ただそれだけの話であれば、ウラシマとカナヒトを呼ぶ必要もあるまい。
 本題はむしろこれからだった。

「して、早速だが。君たちには奏人かなひと君の率いるチーム『片月へんげつ』に加わってもらい、二日後の作戦に当たってもらう」
「ここの分隊に配属されるってことだな。それに、二日後の作戦……」
「そういうこった。これからは俺の指揮下に入ってもらうぜ、お二人さん」
「……カナヒトの部下になったわけか」
「おいおい不服か?」
「いいや。まあ、たぶんそうだろうとは思ってたよ」

 カナヒトのチームに入るのは、カナヒトがこの場にいる時点でイドラの予想通り。
『片月』の三者、カナヒト・トウヤ・セリカとは既に面識もある。なにより、『片月』はわずか三人と少人数で構成された最新のチームであるため、新たな水を呼び込むにはうってつけだった。

「二か月前、アンゴルモアによってミンクツの北部が襲われた。これにより住民は居住地を失った……加えて、いくつかはまだ稼働中だった古い植物プラントもな。北部の奪還は、ミンクツの人々のために必要不可欠だ」

 イドラの地底世界における外乱イモータルの排除により、数値観測の妨害も弱まり、コピーギフトの抽出は以前ほどのペースではないが戻った。
 イドラのコンペンセイターによる『代償』が、三日の昏睡で済んだのはヤナギにとっても幸いだった。イドラとソニアが、作戦の参加に間に合ったために。

「そうとも——これは人々のために必要なのだ。北部地域奪還作戦は、二日後に決行する」

——このタイミングである理由はなんだ?
 イドラは訝しんだが、答えにはたどり着かない。
 方舟の総裁であるヤナギは、決行を急がねばならなかった。二十七年前に続き——二か月前、またしてもミンクツは奪われた。恐怖の大王の手によって。
 防壁は砕かれ、鉄条網は裂かれ、家屋は破壊された。そこに住む住民の命も、また。
 アンゴルモアから住民を守るのが方舟の使命——そして、義務。
 それを果たせなかった方舟に人々が反感を抱くのは無理からぬことだった。いかにアンゴルモアが厄介な怪物だとしてもだ。
 もちろん方舟がコピーギフトを初めとする高い技術力を持つ以上、表立った反乱が起きるとは考えづらい。子どもたちなどは、無邪気に王冠狩りクラウンスレイヤーにあこがれるばかりだ。それこそヤナギの政治宣伝通りでもある。
 だが、いずれ大きなうねりとなる前に、不穏の芽は摘まねばならない。既に二か月もの時が経過し、これ以上の予断は許されない。
 地上の人類のほぼすべてが死滅した後の二十七年前でさえ、胡乱な宗教が流行し、多くの人間が無為に死んだのだから。
 人々が一枚岩だったことなど、有史以来たったの一度もありはしない。そのことをヤナギはよく知っていた。
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