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第2章 鮮烈なるイモータル
第16話 誰が為の献身
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少女の拘束を外させ者どもを追い払うと、イドラは改めて岩屋の中へと入り、地面にぺたりと座り込む白髪の少女と向き合った。
入口から陽の光が差し込む。それを逆光としながら、不死憑きと呼ばれた彼女は目を細めてイドラを見上げる。
「立てるか? ……衰弱がひどいな。後でなにか、胃に入るものを用意するよ」
「どう……して」
「え?」
乾いた唇がかすかに動き、言葉を発する。
「どうして、わたしを助けようとするんですか?」
「小さな子どもが虐げられていて、それを止めるのに理由はいらない。まあ、付け加えるなら、人に優しくってのが僕の旅のモットーなんだ」
「人に優しく……? それならお門違いです。わたしは人じゃありません、わたしは……イモータル、ですから。放っておいてください、このままで」
身を守るように、少女は自由になったはずの腕で自らを抱いて縮こまる。
イモータルがそんな仕草をするものか。イドラは構わず、もう一歩彼女に詰め寄ると屈みこんで視線を合わせた。
間近で見ても、真っ白い髪と肌はイモータルに近しいと言えなくもないが、目はオレンジ色で、顔立ちもいたいけな少女のそれだ。会話も成り立ち、こうして話すぶんにおかしさはない。
「キミはどう見たって人間だ! 出るんだ、ここから。こんな狭くて暗いところに居続けてもいいことなんてない」
「でも……わたし、不死憑きだから」
「イモータルが人に取り憑くわけない。さあ出よう、こんなところに閉じ込められたら、いつか本当に死んでしまうぞ……!」
「——っ」
怯える少女の手を引いて、イドラは強引に立ち上がらせ、そのまま外へと連れ出した。少女は一度ふらついたものの、特に問題なく歩行できるようだった。
「う……」
強い日差しに思わずまぶたを少し閉じ、手でひさしを作る少女。その手首には痛々しい錠の痕があざとなって残っている。
イドラが聞いた、一年前に現れたというイモータルが彼女のことなのであれば、この子は最長で丸一年ああして鎖につながれ閉じ込められていたことになる。身も心も想像も及ばないくらいに疲弊しているに違いなかった。
「焦らなくていい。そうだな、一旦、木陰で休みながら……あっ、名前。そうだキミ、名前は?」
「え? あ、ええと……ソニア。わたし、ソニア……です」
「ソニアか。僕はイドラだ。イモータルを狩ったりしながら旅をしている。ソニアのことは、僕が責任を持って、キミをまっとうに尊重する場所へ連れていく」
「イドラ、さん? で、でも、わたしはどうせ——えっ?」
「あれは……」
——がたん、がたん。
耳に届く車輪の音に、イドラたちは会話を中断する。
風に乗る音は、道の向こう、イドラがやってきた方角から届いていた。見れば荷馬車を改装したらしき、小窓のついた馬車がゆっくりとこちらへ向かって進んできている。
だがイドラの目は馬の引く車体ではなく、その縁に座る御者に吸い寄せられた。
御者は、金の髪をした女だった。まだ十数メートルは距離を隔てており、顔立ちなんかはまるで見て取れなかったが、それでもわかることはある。
服だ。パーケトと呼ばれるロトコル教のシンボルでもある小鳥を模した、白い布地に一筋の藍色のラインが入ったゆったりとした服。ゆとりがあるのは、内に聖水を隠し持つためだと昔オルファに聞いた。
そう、オルファ——アサインドシスターズにして、恩師を殺したあの女に。
「……葬送協会!」
世界に広く布教されるロトコル教。その中でも、イモータルが闊歩するこのランスポ大陸でのみ、ロトコル教会の枠組みの内でありながらも組織としての在り方をさせた者たち。教会ではなく、協会——時として、信仰よりも不死の怪物を沈黙の檻へ沈める強さにこそ重きを置くそれは、葬送協会と呼ばれていた。
あれはオルファの修道服と同じ意匠をしている。ひょっとするとまったく同じものかもしれない。
どうあれ協会の人間がこの集落へ向かってきていることは、まず疑いようもないだろう。あれを余所行きにする紛らわしい一般人など大陸のどこをひっくり返してもいるはずがない。
なら、その目的は。
「まさかあいつら……ソニアのことを」
こんなところに葬送協会の人間が足を運ぶ理由など、大半が葬送だ。そうするときっと、あの御者かそれとも車体の中にいるのは、オルファのようなアサインドシスターズとはレベルの違う戦闘専門の祓魔師たちに違いない。
この三年、旅先で協会のエクソシストたちの話を聞くことはたびたびあった。なにもイモータルの葬送だけが彼らの仕事ではない。イモータルがいるからといって他大陸のように魔物の脅威が消えるわけではなく、当然こちらも他大陸と同じように、魔物の駆除や討伐もエクソシストに依頼されることは多い。
だから旅先で、エクソシストの人間と会うことのできる機会などいくらでもあったが、イドラはそのすべてを避けてきた。もっと言えば、協会と関わりあうかもしれない機会をできる限り回避して過ごしてきた。
合理的な理由があるわけではない。ただ、個人的な感情があるだけだ。協会のアサインドシスターズに、大切なひとを殺められた過去に対する想いが。
「ソニア。あれは葬送協会のエクソシストだ。もしかすると、キミのことを葬送しにきたのかもしれない」
「え……? 葬送って、殺されるってこと、ですか?」
「厳密には違うかもしれないが、そうなると思っていい」
地中であれば深い穴。水中であれば専用の檻。葬送檻穽《そうそうかんせい》と称されるそれらを用いて、不死の異形に対する協会の葬送は行われる。
死なずの化け物を閉じ込めるための、言ってみれば苦肉の策なわけだが、無論普通の人間がそれをされればまず死ぬ。地中や水中で生きていける人間は人間ではない。
魔女狩り、という概念はこの世界の内に存在しないが——
それに似たものが、イドラの中で最悪の想像として膨らんでいく。
イモータルと疑わしい少女。彼女が本当にイモータルかどうか、確実に試せる方法。
……それは殺してみることだ。実際に殺してみて、死ねば人間だし、死ななければイモータルだ。脳裏に残酷な光景が浮かぶ。
「足を運んできた以上、試す気がないとは言い切れない……! 協会なら! 行こう、今ならまだ逃げられる!」
「待っ……! それならわたしは——」
「話はあとだ! どこか身を隠せる場所は……森の方に向かおう!」
またなにか言いたげなソニアの手を再び引いて、イドラは走り出す。集落の中にいるのはほとんど敵と言ってもいい、ソニアのことを虐げてきた人たちだ。彼らの家屋にかくまってもらうなどと考えるのはあまりに甘すぎる。
よって、イドラはそこから少し先にある木立の方へと向かった。どうやら木々は、ソニアが監禁されていたあの壁の山にまで広がり、山林となっているようだった。
「……っ! 待ちなさい、不死殺し! 戻ってきなさい!」
遠く、馬車の方からイドラのことを呼び止める声が届く。顧みずにイドラは走り、森へと足を踏み入れた。
森は想像以上に深く、昼間だというのに薄暗い。おかげであの葬送協会の女はすぐにイドラたちを見失ったようだ。また、ソニアは住んでいる地だからかある程度地形を知っているらしく、途中からはまだ明るい川沿いの道へ誘導してくれた。
(集落を出ることに前向きになってくれた、かな。だとすれば嬉しいけど……)
あそこはもはや、ソニアを受け入れはしないだろう。
きっとあそこで生まれ育ったのだ。故郷を捨てるのは不安があるかもしれないが、戻ればまたおそらくは監禁される。不死憑き、などと蔑称で呼ばれて。
「にしても。ソニアは……あー、頑健だな」
「がんけん? ですか?」
「その、丈夫ってことだよ。よく休まずここまで歩いてこれてる。僕は旅で歩きなれてるけど、キミはそうじゃないだろうに」
手を引いて連れ出たはずが、さっきなどイドラの方が川まで案内してもらったほどだ。
衰弱しているように見えたソニアだったが、歩く足取りはしっかりとしていて淀みない。そのことを『元気』と形容して口に出そうとしたイドラだったが、彼女の心情を思うととても『元気』だなどとは言えず、つい伝わりづらい表現になってしまった。
「あ……そう、ですね。わたしも言われてみればですけど、体の調子自体は前よりずっといいみたいです」
「前よりって、あそこに閉じ込められる前?」
「はい。この体になってから、手足が軽いっていうか」
せせらぐ川のそばを行きながら、どこか楽しげにソニアはくるりと回ってみせる。
(……この体になってから、ね)
どうあれ、そうしている姿は、どこにでもいる少女と変わりない。
不死憑き——イモータルであるはずがない。
「これからのことも考えなきゃだけど、どうかな。その前に少し早いが休憩にしないか? 体も洗いたいだろう」
「あっ、はい。すみません、気を遣ってもらって」
「いいよ。僕はその間、上流に上って魚でも捕まえてくる。魔物だけが心配だが……」
「魔物は大丈夫です、この山にはほぼほぼいませんから」
「そっか、安心した。でも一応、用心は欠かさないようにな」
「はい。……ありがとうございます」
ソニアを置いて、イドラは川を上る。
三年の旅で野営にもそれなりに慣れている。備えとして携行食も少しはあったが、一時間ほどで、それが不必要なくらいには魚を獲ることができた。山に魔物がいないというのは本当らしく、ひょっとすると動物はいるかもしれないが、たまたま狩人たちが手付かずらしい絶好の狩場を渓流の淵に見つけた。
戻ってくると、ソニアは既に水浴びを終えており、大変な場面と鉢合わせてしまったらどうしようかと内心びくびくしながらだったイドラはほっとしつつ、早速火を起こして獲ってきた魚を調理した。
焼いて塩を振るだけだが、内臓はナイフで取り除いた。当然、マイナスナイフではイモータル以外は斬れないので、同じくらいの大きさを見繕って買ったただのナイフだ。マイナスナイフは左、通常のナイフは右、とそれぞれ腰に取り付けたケースに仕舞っている。
ナイフは旅の必需品だ。使う頻度で言えば、傷を治すのとイモータルを殺すことしかできない青い刃のギフトよりも、ただのナイフの方がずっと高い。
ソニアは礼を言ってもそもそと焼き魚を口にすると、すぐに食べ終えた。長らく監禁されていたのなら固形物を食べるのは難しいかも、とイドラは懸念していたものの、特に問題ないようだった。
食事を終えてしばしすると、ソニアは木にもたれ掛かるようにして眠ってしまった。
「……ソニア?」
まだ夕方頃だ。突然眠りに落ちたソニアに驚いたイドラだったが、あんなところにいたのだから、よほどに疲労が溜まっていたのだろうと得心する。胃が満たされて緊張の糸が切れたのかもしれない。
まるで起きる様子もなく、まさかいきなり食事を摂りすぎたせいで——と信じたくない予想がイドラの脳裏によぎる。
北の方を旅していた時に聞いた話だ。飢えた人間に一気に食べ物を与えすぎると、栄養を吸収する体力がないせいでそのまま亡くなってしまうということがあるらしい。真偽のほどは定かでなかったが、ちょうどそのことを思い出して背筋に冷たいものが走る。
「すぅ……すぅ」
「——。よかった」
だが完全に杞憂だった。そもそも冷静に考えてみれば、与えすぎたという量でもない。
顔を寄せて確認すると、あどけない表情でソニアは寝息を立てている。むしろ心地よさそうな、安らかな寝顔だ。
体を離し、安堵の息を吐く。
(……どういういきさつがあったのかも気になるが、それよりはこれから具体的にどうするか、だな)
そうして冷静さを取り戻し、再度不死憑きと呼ばれていた、無防備に眠る少女へと目を向ける。
流れで連れてきてしまったが、ここまでやったからにはイドラには責任がある。同情と義憤で手を差し伸べた以上、中途半端な場所でその手を放していいはずがない。
安全なところで、安心できる環境を整え——そこで、別れるべきだ。
「そういえば、昼間の協会の……ソニアじゃなく、僕の名を呼んでたな」
正確には、異名の方だったが。あの金髪の女は、『待ちなさい不死殺し』と確かにイドラたちの背に呼びかけていた。
しかし、ならばあれは不死憑き——ソニアではなく、不死殺したるイドラの方が目的でやってきたのだろうか?
三年前の一件による協会に対する不信感から、ほとんど反射的に森へ逃げたものの、ソニアを葬送するためにやってきたというのは早計すぎる結論だったかもしれない。
「思い返してみれば、協会に頼んでるなんて素振りは集落の人たちにはなかったわけだしな……うーん、僕ってやつは焦るとどうも馬鹿だ」
こつん、と自分の頭を拳骨で小突いてぼやく。
今日は早朝から集落を目指して歩いたため、イドラもそれなりに疲れがある。自分も早いがもう休んでしまおう、と獣除けの火だけは絶えないよう薪を足して、ソニアの向かいの木に背を預ける。すると背負いっぱなしだったワダツミ——ウラシマの形見の刀が幹と背中の間で挟まり、鍔で頭の後ろを打った。
「いてっ。くそ、今日はダメダメだ。とにかく寝てしまおう」
ワダツミはそばの地面に置いて、改めて木にもたれる。
まぶたを閉じる寸前、視界に映るのは正面で先に寝入る白い髪の少女。つい声を出してしまったが、小さく身じろぎさえせず、穏やかに眠り続けている。
昼間見た、彼女が閉じ込められていた暗く狭い、岩の檻を想起する。
手も足も縛られて、あんなところで安らかに眠れるはずもない。これから先はずっと、ソニアがこんな風に気兼ねなく眠ることのできる環境でありますようにと願う。
そのために、自分もできることをしよう。
そう思った時、胸に浮かぶのはすぐそばの少女ではなく、三年前に喪ってしまったひとの顔だった。
入口から陽の光が差し込む。それを逆光としながら、不死憑きと呼ばれた彼女は目を細めてイドラを見上げる。
「立てるか? ……衰弱がひどいな。後でなにか、胃に入るものを用意するよ」
「どう……して」
「え?」
乾いた唇がかすかに動き、言葉を発する。
「どうして、わたしを助けようとするんですか?」
「小さな子どもが虐げられていて、それを止めるのに理由はいらない。まあ、付け加えるなら、人に優しくってのが僕の旅のモットーなんだ」
「人に優しく……? それならお門違いです。わたしは人じゃありません、わたしは……イモータル、ですから。放っておいてください、このままで」
身を守るように、少女は自由になったはずの腕で自らを抱いて縮こまる。
イモータルがそんな仕草をするものか。イドラは構わず、もう一歩彼女に詰め寄ると屈みこんで視線を合わせた。
間近で見ても、真っ白い髪と肌はイモータルに近しいと言えなくもないが、目はオレンジ色で、顔立ちもいたいけな少女のそれだ。会話も成り立ち、こうして話すぶんにおかしさはない。
「キミはどう見たって人間だ! 出るんだ、ここから。こんな狭くて暗いところに居続けてもいいことなんてない」
「でも……わたし、不死憑きだから」
「イモータルが人に取り憑くわけない。さあ出よう、こんなところに閉じ込められたら、いつか本当に死んでしまうぞ……!」
「——っ」
怯える少女の手を引いて、イドラは強引に立ち上がらせ、そのまま外へと連れ出した。少女は一度ふらついたものの、特に問題なく歩行できるようだった。
「う……」
強い日差しに思わずまぶたを少し閉じ、手でひさしを作る少女。その手首には痛々しい錠の痕があざとなって残っている。
イドラが聞いた、一年前に現れたというイモータルが彼女のことなのであれば、この子は最長で丸一年ああして鎖につながれ閉じ込められていたことになる。身も心も想像も及ばないくらいに疲弊しているに違いなかった。
「焦らなくていい。そうだな、一旦、木陰で休みながら……あっ、名前。そうだキミ、名前は?」
「え? あ、ええと……ソニア。わたし、ソニア……です」
「ソニアか。僕はイドラだ。イモータルを狩ったりしながら旅をしている。ソニアのことは、僕が責任を持って、キミをまっとうに尊重する場所へ連れていく」
「イドラ、さん? で、でも、わたしはどうせ——えっ?」
「あれは……」
——がたん、がたん。
耳に届く車輪の音に、イドラたちは会話を中断する。
風に乗る音は、道の向こう、イドラがやってきた方角から届いていた。見れば荷馬車を改装したらしき、小窓のついた馬車がゆっくりとこちらへ向かって進んできている。
だがイドラの目は馬の引く車体ではなく、その縁に座る御者に吸い寄せられた。
御者は、金の髪をした女だった。まだ十数メートルは距離を隔てており、顔立ちなんかはまるで見て取れなかったが、それでもわかることはある。
服だ。パーケトと呼ばれるロトコル教のシンボルでもある小鳥を模した、白い布地に一筋の藍色のラインが入ったゆったりとした服。ゆとりがあるのは、内に聖水を隠し持つためだと昔オルファに聞いた。
そう、オルファ——アサインドシスターズにして、恩師を殺したあの女に。
「……葬送協会!」
世界に広く布教されるロトコル教。その中でも、イモータルが闊歩するこのランスポ大陸でのみ、ロトコル教会の枠組みの内でありながらも組織としての在り方をさせた者たち。教会ではなく、協会——時として、信仰よりも不死の怪物を沈黙の檻へ沈める強さにこそ重きを置くそれは、葬送協会と呼ばれていた。
あれはオルファの修道服と同じ意匠をしている。ひょっとするとまったく同じものかもしれない。
どうあれ協会の人間がこの集落へ向かってきていることは、まず疑いようもないだろう。あれを余所行きにする紛らわしい一般人など大陸のどこをひっくり返してもいるはずがない。
なら、その目的は。
「まさかあいつら……ソニアのことを」
こんなところに葬送協会の人間が足を運ぶ理由など、大半が葬送だ。そうするときっと、あの御者かそれとも車体の中にいるのは、オルファのようなアサインドシスターズとはレベルの違う戦闘専門の祓魔師たちに違いない。
この三年、旅先で協会のエクソシストたちの話を聞くことはたびたびあった。なにもイモータルの葬送だけが彼らの仕事ではない。イモータルがいるからといって他大陸のように魔物の脅威が消えるわけではなく、当然こちらも他大陸と同じように、魔物の駆除や討伐もエクソシストに依頼されることは多い。
だから旅先で、エクソシストの人間と会うことのできる機会などいくらでもあったが、イドラはそのすべてを避けてきた。もっと言えば、協会と関わりあうかもしれない機会をできる限り回避して過ごしてきた。
合理的な理由があるわけではない。ただ、個人的な感情があるだけだ。協会のアサインドシスターズに、大切なひとを殺められた過去に対する想いが。
「ソニア。あれは葬送協会のエクソシストだ。もしかすると、キミのことを葬送しにきたのかもしれない」
「え……? 葬送って、殺されるってこと、ですか?」
「厳密には違うかもしれないが、そうなると思っていい」
地中であれば深い穴。水中であれば専用の檻。葬送檻穽《そうそうかんせい》と称されるそれらを用いて、不死の異形に対する協会の葬送は行われる。
死なずの化け物を閉じ込めるための、言ってみれば苦肉の策なわけだが、無論普通の人間がそれをされればまず死ぬ。地中や水中で生きていける人間は人間ではない。
魔女狩り、という概念はこの世界の内に存在しないが——
それに似たものが、イドラの中で最悪の想像として膨らんでいく。
イモータルと疑わしい少女。彼女が本当にイモータルかどうか、確実に試せる方法。
……それは殺してみることだ。実際に殺してみて、死ねば人間だし、死ななければイモータルだ。脳裏に残酷な光景が浮かぶ。
「足を運んできた以上、試す気がないとは言い切れない……! 協会なら! 行こう、今ならまだ逃げられる!」
「待っ……! それならわたしは——」
「話はあとだ! どこか身を隠せる場所は……森の方に向かおう!」
またなにか言いたげなソニアの手を再び引いて、イドラは走り出す。集落の中にいるのはほとんど敵と言ってもいい、ソニアのことを虐げてきた人たちだ。彼らの家屋にかくまってもらうなどと考えるのはあまりに甘すぎる。
よって、イドラはそこから少し先にある木立の方へと向かった。どうやら木々は、ソニアが監禁されていたあの壁の山にまで広がり、山林となっているようだった。
「……っ! 待ちなさい、不死殺し! 戻ってきなさい!」
遠く、馬車の方からイドラのことを呼び止める声が届く。顧みずにイドラは走り、森へと足を踏み入れた。
森は想像以上に深く、昼間だというのに薄暗い。おかげであの葬送協会の女はすぐにイドラたちを見失ったようだ。また、ソニアは住んでいる地だからかある程度地形を知っているらしく、途中からはまだ明るい川沿いの道へ誘導してくれた。
(集落を出ることに前向きになってくれた、かな。だとすれば嬉しいけど……)
あそこはもはや、ソニアを受け入れはしないだろう。
きっとあそこで生まれ育ったのだ。故郷を捨てるのは不安があるかもしれないが、戻ればまたおそらくは監禁される。不死憑き、などと蔑称で呼ばれて。
「にしても。ソニアは……あー、頑健だな」
「がんけん? ですか?」
「その、丈夫ってことだよ。よく休まずここまで歩いてこれてる。僕は旅で歩きなれてるけど、キミはそうじゃないだろうに」
手を引いて連れ出たはずが、さっきなどイドラの方が川まで案内してもらったほどだ。
衰弱しているように見えたソニアだったが、歩く足取りはしっかりとしていて淀みない。そのことを『元気』と形容して口に出そうとしたイドラだったが、彼女の心情を思うととても『元気』だなどとは言えず、つい伝わりづらい表現になってしまった。
「あ……そう、ですね。わたしも言われてみればですけど、体の調子自体は前よりずっといいみたいです」
「前よりって、あそこに閉じ込められる前?」
「はい。この体になってから、手足が軽いっていうか」
せせらぐ川のそばを行きながら、どこか楽しげにソニアはくるりと回ってみせる。
(……この体になってから、ね)
どうあれ、そうしている姿は、どこにでもいる少女と変わりない。
不死憑き——イモータルであるはずがない。
「これからのことも考えなきゃだけど、どうかな。その前に少し早いが休憩にしないか? 体も洗いたいだろう」
「あっ、はい。すみません、気を遣ってもらって」
「いいよ。僕はその間、上流に上って魚でも捕まえてくる。魔物だけが心配だが……」
「魔物は大丈夫です、この山にはほぼほぼいませんから」
「そっか、安心した。でも一応、用心は欠かさないようにな」
「はい。……ありがとうございます」
ソニアを置いて、イドラは川を上る。
三年の旅で野営にもそれなりに慣れている。備えとして携行食も少しはあったが、一時間ほどで、それが不必要なくらいには魚を獲ることができた。山に魔物がいないというのは本当らしく、ひょっとすると動物はいるかもしれないが、たまたま狩人たちが手付かずらしい絶好の狩場を渓流の淵に見つけた。
戻ってくると、ソニアは既に水浴びを終えており、大変な場面と鉢合わせてしまったらどうしようかと内心びくびくしながらだったイドラはほっとしつつ、早速火を起こして獲ってきた魚を調理した。
焼いて塩を振るだけだが、内臓はナイフで取り除いた。当然、マイナスナイフではイモータル以外は斬れないので、同じくらいの大きさを見繕って買ったただのナイフだ。マイナスナイフは左、通常のナイフは右、とそれぞれ腰に取り付けたケースに仕舞っている。
ナイフは旅の必需品だ。使う頻度で言えば、傷を治すのとイモータルを殺すことしかできない青い刃のギフトよりも、ただのナイフの方がずっと高い。
ソニアは礼を言ってもそもそと焼き魚を口にすると、すぐに食べ終えた。長らく監禁されていたのなら固形物を食べるのは難しいかも、とイドラは懸念していたものの、特に問題ないようだった。
食事を終えてしばしすると、ソニアは木にもたれ掛かるようにして眠ってしまった。
「……ソニア?」
まだ夕方頃だ。突然眠りに落ちたソニアに驚いたイドラだったが、あんなところにいたのだから、よほどに疲労が溜まっていたのだろうと得心する。胃が満たされて緊張の糸が切れたのかもしれない。
まるで起きる様子もなく、まさかいきなり食事を摂りすぎたせいで——と信じたくない予想がイドラの脳裏によぎる。
北の方を旅していた時に聞いた話だ。飢えた人間に一気に食べ物を与えすぎると、栄養を吸収する体力がないせいでそのまま亡くなってしまうということがあるらしい。真偽のほどは定かでなかったが、ちょうどそのことを思い出して背筋に冷たいものが走る。
「すぅ……すぅ」
「——。よかった」
だが完全に杞憂だった。そもそも冷静に考えてみれば、与えすぎたという量でもない。
顔を寄せて確認すると、あどけない表情でソニアは寝息を立てている。むしろ心地よさそうな、安らかな寝顔だ。
体を離し、安堵の息を吐く。
(……どういういきさつがあったのかも気になるが、それよりはこれから具体的にどうするか、だな)
そうして冷静さを取り戻し、再度不死憑きと呼ばれていた、無防備に眠る少女へと目を向ける。
流れで連れてきてしまったが、ここまでやったからにはイドラには責任がある。同情と義憤で手を差し伸べた以上、中途半端な場所でその手を放していいはずがない。
安全なところで、安心できる環境を整え——そこで、別れるべきだ。
「そういえば、昼間の協会の……ソニアじゃなく、僕の名を呼んでたな」
正確には、異名の方だったが。あの金髪の女は、『待ちなさい不死殺し』と確かにイドラたちの背に呼びかけていた。
しかし、ならばあれは不死憑き——ソニアではなく、不死殺したるイドラの方が目的でやってきたのだろうか?
三年前の一件による協会に対する不信感から、ほとんど反射的に森へ逃げたものの、ソニアを葬送するためにやってきたというのは早計すぎる結論だったかもしれない。
「思い返してみれば、協会に頼んでるなんて素振りは集落の人たちにはなかったわけだしな……うーん、僕ってやつは焦るとどうも馬鹿だ」
こつん、と自分の頭を拳骨で小突いてぼやく。
今日は早朝から集落を目指して歩いたため、イドラもそれなりに疲れがある。自分も早いがもう休んでしまおう、と獣除けの火だけは絶えないよう薪を足して、ソニアの向かいの木に背を預ける。すると背負いっぱなしだったワダツミ——ウラシマの形見の刀が幹と背中の間で挟まり、鍔で頭の後ろを打った。
「いてっ。くそ、今日はダメダメだ。とにかく寝てしまおう」
ワダツミはそばの地面に置いて、改めて木にもたれる。
まぶたを閉じる寸前、視界に映るのは正面で先に寝入る白い髪の少女。つい声を出してしまったが、小さく身じろぎさえせず、穏やかに眠り続けている。
昼間見た、彼女が閉じ込められていた暗く狭い、岩の檻を想起する。
手も足も縛られて、あんなところで安らかに眠れるはずもない。これから先はずっと、ソニアがこんな風に気兼ねなく眠ることのできる環境でありますようにと願う。
そのために、自分もできることをしよう。
そう思った時、胸に浮かぶのはすぐそばの少女ではなく、三年前に喪ってしまったひとの顔だった。
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ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
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そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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