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第十二話 存在しない任務
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これでも魔術による通話が可能なだけ、ずっとましだ。手紙なんかを出したとして、本部のあるプリオリア——通称聖都にまで届き、返事が返ってくるまで二週間はかかるだろう。
(気まずっ)
ただ果てしなく気まずいのは確かだった。
なによりも重い沈黙が狭い部屋にわだかまり、ヨシュアを思案させる。
なにか話しかけるべきだろうか。それともこのまま、黙り続けるべきか。
(話そうにも……なにを話せばいいのかまるでわからない)
任務のことでやり取りするくらいなら問題ないが、自分から話題を出して話すのはヨシュアは苦手だった。
本人にあまりそのつもりはなかったが。
相手の司祭も寡黙で、生真面目そうな男性だ。
(助けてくれアイラ君)
去ってしまった後輩にまで心の中で助けを求め始めた頃、ピッ、と通話がつながったことを示す音が鳴る。
ようやくだ。既に五時間近く待たされている。
救助された遭難者の心持ちで、ヨシュアは受話器を耳にあてた。
『どなたでしょうか』
「ラダムフォスト支部教会所属のエクソシスト、ヨシュア・トロイメライです。本日は、ターニア様に記録の照会をしていただきたくイブベイズの教会にて魔術通話機を貸していただいております」
『ヨシュア? ほう……久しいですね。積もる話を聞きたいところではありますが、これは旧交を温めるための道具ではありませんし、そのような余裕もなさそうね』
受話器越しの音は、約一年と半年ぶりに聞く、優しさの中に芯のある壮齢の声色をしていた。
ターニア・オムレツ。転生者による本部教会のあるプリオリアを襲った事件、聖都爆破によって二人亡くなった三聖司教の後釜のひとりだ。元々は近郊の町の司教であり、当時本部に所属していたヨシュアとは多少ながら面識もあり、事件後はラダムフォストに異動となったヨシュアと入れ替わる形でプリオリアに移った。
「おっしゃる通りです」
『記録の照会、ね。ラダムフォスト所属のあなたがイブベイズから連絡をしていることといい、事情があるのでしょう。夜も遅いのですし、手短に済ませましょう。要件を詳しく』
「今月に入って、ラダムフォストでは四人の異世界転生者が発見されました」
『四人? ラダムフォストのような町にそれだけの数が……ありえない、とまでは決して言えませんが稀ではありますね』
「はい。それと、昨日よりイブベイズで発見された転生者についても、ラダムフォストが任務を委託されているためその旨が本部に連絡されているはずです」
イブベイズが転生者を発見し、それを本部に伝える。
本部がイブベイズに指令を下し、任務が発生する。
しかし実際はそうはならず、イブベイズでは烙印祓いが一時的に不足していたため、近傍の町であるラダムフォストに任務を委託。ラダムフォストはそれを承諾し、代わりに任務をこなすことを本部へと連絡したはずだ。この一連のやり取りはすべて魔術通話で行われる。
ここでヨシュアが気にしているのは、ラダムフォストが委託を承諾し、その旨を本部へと送る点だった。これは規則で決められていることで、これをしなければ、任務達成後に報告をラダムフォストからする際、指令を下したはずの支部教会が本部からすれば知らぬ間に変わっていることになってしまう。
その齟齬を避ける必要があった。
もちろん、右腕の納入も任務の報告も、委託した教会の方で済ませてしまえばよいのだが……それはそれで、委託したことを支部教会側が隠す可能性もある。いわゆる点数稼ぎだ。
これは現場で動く烙印祓いであるヨシュアには関わりの薄いものだったが、ともかくそういった理由から任務が別の教会に委託された場合、報告からなにまでそちらの教会が引き継ぐ形にすると定められているのだった。
『——? イブベイズの方が町の規模は大きかったと記憶していますが……?』
「む……え、ええと、それは」
目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのように壁のそばに佇む、司祭の男性の方を一瞥する。
「しょ、少々トラブルがあったようで」
『エクソシストに負傷でもあったのですか?』
「ええ、そんな感じです。ですから、自分ともうひとりが代わりに」
『そうですか。まあ、わたくしも各教会の細かい都合は知りませんからね。負傷したその方に、全能を持つ方の御加護がありますように』
まさか本来任務に挑むはずだった人間はピクシスをキャッチボール代わりにして破損したので修復中だ、とはすぐそばに当人直属の司祭がいる状況ではとても言えなかった。恥も恥だ。
「それで本題に戻りますが……つまり、今月に入って五件、自分の所属するラダムフォスト支部教会からは任務の報告が上がっていることになります」
『話を聞く限りそうなりますわね。うち一件は達成ではなく、イブベイズからの委託の旨の報告ですが』
「その裏付けを取りたいというのが、自分が今お話しさせていただいている理由です」
『なるほど、監査役をやれ……と。三聖司教の閲覧権限を使って』
「……可能でしょうか」
本部に集積される情報を、三聖司教以上の人間は自由に閲覧することができる。
ヨシュアはそのために魔術通話機を借り、三聖司教を頼った。三者のうち面識のあるターニアが出てくれたのは僥倖だったが、もっとも三聖司教の仕事の役割は三者それぞれ平等ではない。他教会とのやり取りをほとんど彼女が一任されていることは知っていた。
耳にあてた受話器から、ふ、と短く笑う音がする。
『かわいげのない訊き方です。そういう時は、お願いします、と頭を下げて頼むものですよ』
「電話越しで、頭を下げても見えませんが……?」
『態度の話です。いえ、やり口の話でしょうか? 実直なのはあなたの美点ですが、それだけでは得られないものもあります。常に広い視野を持ち、取れる選択肢を多く把握することが必要なのですよ』
「……肝に銘じます」
『ふふ。なんだか説教臭くなってしまいましたね、歳は取りたくないものです。では、今月に入ってからのラダムフォスト支部教会の連絡についてでしたね。記録を確認してきます』
「——、よいのですか!? ありがとうございます、ターニア様」
『構いませんよ、これもまた三聖司教などという重い席に座ってしまった者の責任でしょう。それにしても……慣れませんね』
あなたに様付けで呼ばれるのは。
そう言い残し、席を立つ音がする。続いて、棚かなにかから紙束を取り出し、机の上に置く音。
『今月の記録……ラダムフォスト……ふむ』
「どう、でしょうか」
ぺらり、ぺらりと紙をめくって、その目で紙面をたどるターニアの姿が脳裏に浮かぶ。
知らず、ヨシュアは緊張に受話器を強く握りしめた。
ヨシュアの中にある疑念は、ごく小さな芽だった。ともすれば見ないふりをしてしまっても構わないと思うほど、小さな。
(頼む……杞憂であってくれ)
最近のドルヴォイは——というより、司教になってからの彼は行動がどうにも不透明だった。
それでもヨシュアは恩人であるドルヴォイのことを信用していたし、そうあるべきだとも思っていた。
だが、一度気にしてみると、不自然さはいくつも感じられた。
イブベイズを差し置いて片田舎の町に就任する司教。例月よりはるかに多い異世界転生者。ピクシスを破損したという烙印祓い。祓魔師養成施設から派遣された少女。
どれもが偶然なのか? 偶然でないものがあるのなら、誰が仕組んだのか?
恩人を疑う罪悪感が胸中でわずかに痛みを発する。
『聞きなさい、ヨシュア』
しかしそれも、これで疑念が解消されてくれれば、やはり杞憂でしかなかったのだと胸をなでおろすことができるはずだった。
『委託の連絡も含め、今月に入ってからの報告は一切記録されていないわ。ラダムフォスト支部教会は、炯眼使いが発見した異世界転生者のことも本部に伝えていない。よって、指令は生じてさえない』
「……え?」
『——あなた、誰の指示で任務をしたのですか?』
否定されるはずだった疑いは、肯定されてしまった。
魔術経路を伝う、本来交わされるべきやり取りはされていなかった。
(ラダムフォストのシスターが隠蔽……いや、指令はあったと、少なくとも俺は聞かされていた。そこじゃない。隠したのは、シスターやエクソシストではありえない……)
足元の床が抜けるような感覚。露呈した隠蔽は、それを施せる人間がひとりしかいないことを告げていた。
となれば——
「——アイラ君が危ない……!」
礼も忘れて通話を切り、ヨシュアはイブベイズの支部教会を飛び出ると、街路を風のように駆けていった。
(気まずっ)
ただ果てしなく気まずいのは確かだった。
なによりも重い沈黙が狭い部屋にわだかまり、ヨシュアを思案させる。
なにか話しかけるべきだろうか。それともこのまま、黙り続けるべきか。
(話そうにも……なにを話せばいいのかまるでわからない)
任務のことでやり取りするくらいなら問題ないが、自分から話題を出して話すのはヨシュアは苦手だった。
本人にあまりそのつもりはなかったが。
相手の司祭も寡黙で、生真面目そうな男性だ。
(助けてくれアイラ君)
去ってしまった後輩にまで心の中で助けを求め始めた頃、ピッ、と通話がつながったことを示す音が鳴る。
ようやくだ。既に五時間近く待たされている。
救助された遭難者の心持ちで、ヨシュアは受話器を耳にあてた。
『どなたでしょうか』
「ラダムフォスト支部教会所属のエクソシスト、ヨシュア・トロイメライです。本日は、ターニア様に記録の照会をしていただきたくイブベイズの教会にて魔術通話機を貸していただいております」
『ヨシュア? ほう……久しいですね。積もる話を聞きたいところではありますが、これは旧交を温めるための道具ではありませんし、そのような余裕もなさそうね』
受話器越しの音は、約一年と半年ぶりに聞く、優しさの中に芯のある壮齢の声色をしていた。
ターニア・オムレツ。転生者による本部教会のあるプリオリアを襲った事件、聖都爆破によって二人亡くなった三聖司教の後釜のひとりだ。元々は近郊の町の司教であり、当時本部に所属していたヨシュアとは多少ながら面識もあり、事件後はラダムフォストに異動となったヨシュアと入れ替わる形でプリオリアに移った。
「おっしゃる通りです」
『記録の照会、ね。ラダムフォスト所属のあなたがイブベイズから連絡をしていることといい、事情があるのでしょう。夜も遅いのですし、手短に済ませましょう。要件を詳しく』
「今月に入って、ラダムフォストでは四人の異世界転生者が発見されました」
『四人? ラダムフォストのような町にそれだけの数が……ありえない、とまでは決して言えませんが稀ではありますね』
「はい。それと、昨日よりイブベイズで発見された転生者についても、ラダムフォストが任務を委託されているためその旨が本部に連絡されているはずです」
イブベイズが転生者を発見し、それを本部に伝える。
本部がイブベイズに指令を下し、任務が発生する。
しかし実際はそうはならず、イブベイズでは烙印祓いが一時的に不足していたため、近傍の町であるラダムフォストに任務を委託。ラダムフォストはそれを承諾し、代わりに任務をこなすことを本部へと連絡したはずだ。この一連のやり取りはすべて魔術通話で行われる。
ここでヨシュアが気にしているのは、ラダムフォストが委託を承諾し、その旨を本部へと送る点だった。これは規則で決められていることで、これをしなければ、任務達成後に報告をラダムフォストからする際、指令を下したはずの支部教会が本部からすれば知らぬ間に変わっていることになってしまう。
その齟齬を避ける必要があった。
もちろん、右腕の納入も任務の報告も、委託した教会の方で済ませてしまえばよいのだが……それはそれで、委託したことを支部教会側が隠す可能性もある。いわゆる点数稼ぎだ。
これは現場で動く烙印祓いであるヨシュアには関わりの薄いものだったが、ともかくそういった理由から任務が別の教会に委託された場合、報告からなにまでそちらの教会が引き継ぐ形にすると定められているのだった。
『——? イブベイズの方が町の規模は大きかったと記憶していますが……?』
「む……え、ええと、それは」
目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのように壁のそばに佇む、司祭の男性の方を一瞥する。
「しょ、少々トラブルがあったようで」
『エクソシストに負傷でもあったのですか?』
「ええ、そんな感じです。ですから、自分ともうひとりが代わりに」
『そうですか。まあ、わたくしも各教会の細かい都合は知りませんからね。負傷したその方に、全能を持つ方の御加護がありますように』
まさか本来任務に挑むはずだった人間はピクシスをキャッチボール代わりにして破損したので修復中だ、とはすぐそばに当人直属の司祭がいる状況ではとても言えなかった。恥も恥だ。
「それで本題に戻りますが……つまり、今月に入って五件、自分の所属するラダムフォスト支部教会からは任務の報告が上がっていることになります」
『話を聞く限りそうなりますわね。うち一件は達成ではなく、イブベイズからの委託の旨の報告ですが』
「その裏付けを取りたいというのが、自分が今お話しさせていただいている理由です」
『なるほど、監査役をやれ……と。三聖司教の閲覧権限を使って』
「……可能でしょうか」
本部に集積される情報を、三聖司教以上の人間は自由に閲覧することができる。
ヨシュアはそのために魔術通話機を借り、三聖司教を頼った。三者のうち面識のあるターニアが出てくれたのは僥倖だったが、もっとも三聖司教の仕事の役割は三者それぞれ平等ではない。他教会とのやり取りをほとんど彼女が一任されていることは知っていた。
耳にあてた受話器から、ふ、と短く笑う音がする。
『かわいげのない訊き方です。そういう時は、お願いします、と頭を下げて頼むものですよ』
「電話越しで、頭を下げても見えませんが……?」
『態度の話です。いえ、やり口の話でしょうか? 実直なのはあなたの美点ですが、それだけでは得られないものもあります。常に広い視野を持ち、取れる選択肢を多く把握することが必要なのですよ』
「……肝に銘じます」
『ふふ。なんだか説教臭くなってしまいましたね、歳は取りたくないものです。では、今月に入ってからのラダムフォスト支部教会の連絡についてでしたね。記録を確認してきます』
「——、よいのですか!? ありがとうございます、ターニア様」
『構いませんよ、これもまた三聖司教などという重い席に座ってしまった者の責任でしょう。それにしても……慣れませんね』
あなたに様付けで呼ばれるのは。
そう言い残し、席を立つ音がする。続いて、棚かなにかから紙束を取り出し、机の上に置く音。
『今月の記録……ラダムフォスト……ふむ』
「どう、でしょうか」
ぺらり、ぺらりと紙をめくって、その目で紙面をたどるターニアの姿が脳裏に浮かぶ。
知らず、ヨシュアは緊張に受話器を強く握りしめた。
ヨシュアの中にある疑念は、ごく小さな芽だった。ともすれば見ないふりをしてしまっても構わないと思うほど、小さな。
(頼む……杞憂であってくれ)
最近のドルヴォイは——というより、司教になってからの彼は行動がどうにも不透明だった。
それでもヨシュアは恩人であるドルヴォイのことを信用していたし、そうあるべきだとも思っていた。
だが、一度気にしてみると、不自然さはいくつも感じられた。
イブベイズを差し置いて片田舎の町に就任する司教。例月よりはるかに多い異世界転生者。ピクシスを破損したという烙印祓い。祓魔師養成施設から派遣された少女。
どれもが偶然なのか? 偶然でないものがあるのなら、誰が仕組んだのか?
恩人を疑う罪悪感が胸中でわずかに痛みを発する。
『聞きなさい、ヨシュア』
しかしそれも、これで疑念が解消されてくれれば、やはり杞憂でしかなかったのだと胸をなでおろすことができるはずだった。
『委託の連絡も含め、今月に入ってからの報告は一切記録されていないわ。ラダムフォスト支部教会は、炯眼使いが発見した異世界転生者のことも本部に伝えていない。よって、指令は生じてさえない』
「……え?」
『——あなた、誰の指示で任務をしたのですか?』
否定されるはずだった疑いは、肯定されてしまった。
魔術経路を伝う、本来交わされるべきやり取りはされていなかった。
(ラダムフォストのシスターが隠蔽……いや、指令はあったと、少なくとも俺は聞かされていた。そこじゃない。隠したのは、シスターやエクソシストではありえない……)
足元の床が抜けるような感覚。露呈した隠蔽は、それを施せる人間がひとりしかいないことを告げていた。
となれば——
「——アイラ君が危ない……!」
礼も忘れて通話を切り、ヨシュアはイブベイズの支部教会を飛び出ると、街路を風のように駆けていった。
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