嘘は戯れソラの彼方

甘崎 真明

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第1章 逃亡

牢屋での契約

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炎の爆ぜる音が煩く響いた。
石で出来た地下牢にも火が迫っているのだろう。熱気と焦げた匂いが辺りに漂ってきている。
「どうする」
牢の外側からかけられた声は慣れ親しんだ音であるにもかかわらず、記憶とは違う、酷く冷徹なものだった。

目の前にいるそれは彼女ではない。
例え見た目が瓜二つであったとしても、自分の聖女ではない。
聖女を殺した偽者なのだ。

アレクは怨嗟の声で吐き捨てた。
「だれが、貴様の言うことなど聞くものか」
この牢に入れられどれだけ経ったのかは定かではないが、少なくとも1ヶ月は過ぎているだろう。
「焼け死にするだけだが?」

 この女が来たのはこれが初めてではない。あの地獄に叩き落とされた日から毎日、侍女とともにふらりと現れては、食べるものも飲むものもほとんど与えられない自分の前で、豪華な食事をとり、真っ赤なワインを飲んでいたのだ。

だが、今日は1人で現れ、火の手が近づく中で彼に取引を持ちかけた。
「貴方をここから出す代わりに、私も連れて行って欲しい」
それだけではなかった。
「無事、貴方の君主の所まで連れて行ってくれたら」
私の命を好きにしていい。
その黒い瞳は何の感情も映し出していなかった。
「ーーっは」
ふざけた取引だった。
アレクは歯をむいて、恫喝する。
牢屋に閉じ込められ身体は衰えているが、腐っても騎士だ。小娘の首の骨を折ることぐらい容易い。
「私は、貴様を殺すぞ」
「それでいいと言っている」
おかしな話だ。それならばこの場で殺してもいいではないか。
「どうしても貴方の君主会わなくてはならない。謁見さえできたら、死んでもいい」
逆を言えば、それまでこの偽者を守らなくてはならない。
「神と自分の名に懸けて誓えば、ここから出そう」
女は鍵を見せつけた。看守の持っていた鍵とは異なる形をしているが、マスターキーなのかもしれない。
舌打ち、唸る。
誓えば、それを破ることはできない。
そしてここから出ることができなければ、彼女の仇を討つ前に、文字どうり手も足も出ないうちに、何も成し遂げられぬまま火の手に巻き込まれて焼け死ぬだろう。

「我、アレクセイ=グリュンダルは神龍セインフューエルの名の下に誓う」

歯を食いしばりながら、無理やり言葉を押し出す。

「汝を我が君主の元へ送り届けると」
宣誓を聞いた女は淡々と告げる。
「五体満足で、を付け加えてもう一度」
偽りの魔女め!

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