前世を思い出した公爵令嬢、今生は自分を大事にします

渡 幸美

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プロローグ

1.まさかの再会(思い出した)

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「ロイエ様、私、夢みたいです」

「夢なんかじゃないさ。かわいいアズ」


男女二人がベンチに寄り添いながら座って、イチャイチャしている。


私……シャルリア=アウダーシア公爵令嬢は、何を見せられているのかしら?


いつものガセボで、見知らぬ女性の肩を抱いて楽しそうにお茶会?をしているのは、ロイエ=バカヤーニ公爵令息、紛れもない私の婚約者だ。

相手の女性は……社交界では見たことがないわね。綺麗なそこそこ質の良いワンピースを着ているけれど、裕福な平民だろう。


ーーー、この光景。


あら?私、今またって思った?いえ、初めてよ、だって彼は……!


ーーー『……は、待ってくれると思ったんだ』


は?何?!その男の勝手な言い分!!人の気持ちを何だと思って……!あれ、また、私?


「つっ……!」

「お嬢様?」


急な激しい頭痛に、ふらついてしまう。

それを、付いてきてくれた私の専属侍女のアネシスが肩を支えてくれた。

一気に流されてきた前世の記憶。結構な頭痛だ。少し吐き気もする。でも、今はそれどころではない。


「和博……!!一ミリも変わってない……!!!」

「えっ?お嬢様?今……」

「なんでもないわ。乗り込むわよ、シス」

「はい!もちろんでございます!」


今回は迷わずにケリをつける!!


私はキッと顔を上げて、背筋を伸ばす。私の様子に思うことがあるのだろう、アネシスも素直に頷いてくれた。


後ろで真っ青になっている彼の家の使用人を置いて、二人で婚約者、もとい、クズの元へ向かう。


クズ男こと、ロイエは残念なことに今の私の婚約者である訳だが、前世でも恋人同士だった黒歴史までもがあるのだ。今までヤツがうまく隠していて気づかなかったけれど、光景を見てフラッシュバックした。


「バカと女グセは死んでも直らないって、本当ね……!」

「そう思います」


シスの被せて来るような同意に「?」と思いつつも、前世分もひっくるめてのヤツの女遍歴を思い出した私は、腸が煮えくり返っていてそれどころではなかった。



「……和博?いえ、ロイエ様?そちら、どなた様?」


ベンチで寄り添う二人に、後ろから声を掛ける。それはいい笑顔で。まだ頭痛はするけれど、そこは淑女のド根性よ。


「リ、リア?!今、和博って……?いや、それより、なぜここに?今日は……」

「クッキーがとても上手く焼けたので、のお見舞いも兼ねて参りましたの。……夫人はお部屋に?大丈夫なんですの?」


更に綺麗に笑顔を深める。


今日は月に一度の婚約者同士のお茶会の日、だったのだけれど。バカヤーニ公爵夫人、ヤツのお母様が急病で倒れたとのことで、延期になったのだ。


それは良くあることだった。公爵夫人は病弱で、頻繁に体調を崩される。母親思い(と思っていた)の彼は、その都度病状が落ち着くまで、と、お母様の面倒をよく見ていた。


マザコンかしら?と心配もしたけれど、後日に必ず埋め合わせをしてくれて、いつも以上に優しくしてくれて、そんな心配はすぐに吹き飛んだものだったけれど。


……公爵夫人が病弱なのは本当だけれど、ヤツの看病が全部本当か、と言ったら怪しいわよね。


「そんな、夫人なんて余所よそしく呼ばないでよ。ちょっと、こっちに」


ロイエは慌てて立ち上がり、ベンチから私を離そうと腕を引く。私はそれをやんわりと拒絶した。

いつもはお義母様と呼んでいるのでヤバい雰囲気は察したのだろうが、言い訳なんかさせない。


「いくらロイエ様でも、軽々しく触らないで下さる?夫人のお見舞だけで、すぐにお暇しようと思っていたのですけれど、見慣れない方がいらしたので声を掛けただけよ。それで、そちらは?可愛らしいお嬢様ね」


「あ、ありがとうございます、ロイエ様とお付き合いさせて頂いております、アズ=ワイズと申します!」


私の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる、アズさん。素直で可愛い子よね。横で真っ青になっているロイエ、本当にクズ!!


「まあ、ワイズ商会のお嬢様ですの?」

「お嬢様なんて!ただのパン屋なんですけど!ロイエ様に公爵家のお墨付きと、お付き合いを申し込んでいただけて、夢みたいで……」

「ア、アズ!」

「それは素敵なお話ね。おめでとうございます」


うん、言質は取った。


ワイズ商会は、王都でパン屋のチェーン展開が成功し、急成長している商会だ。

仕事まで絡めて、馬鹿か?こいつ。馬鹿だけど。ダメだ、前世を思い出したら、こいつを見ているだけで蕁麻疹が出そう。

素敵なアズさんも心配だけど。甘酸っぱくて青い春がいっぱいの今の状態で、彼女に言葉を掛けても届かないことは、情けないことに自分の経験上知っている。心配だけど、様子を見るしかないわね。


それよりも、だ。


「では、遠縁がいてもお邪魔ですわね?失礼致しますわ」

「リア!待って!」

「……もう子どもではございませんわ、ロイエ様。いえ、バカヤーニ公爵令息。愛称呼びは止めていただきたいわ。今後の婚約者に変に誤解をされたくはないので」

「なっ……!」

「彼女が不安になりますわよ?早く戻って差し上げたら?」


ここでグズグズ引き延ばされても面倒なので、私はロイエの耳元に扇で口を隠しながら囁いた。


「リア……」


ロイエは何を勘違いしたのか、安心した顔で私を見る。ナメられてるなあ、私。それに、愛称呼びは止めろっての。まあ、一旦言えたし、良しとしよう。


「ああ、そうそう。大事なことは書面に纏めて後日送りますわ。では、改めて失礼いたします」


私はカーテシーをして、その場を去った。

アズさんが、自分にうっとりとしていたことなど気づかずに。




私の頭の中は、早く帰ってお父様に婚約破棄の手続きをしてもらうことでいっぱいだった。それにしても頭が痛いわ。


「つっ……!」

「お嬢様!」


バカヤーニ家の使用人たちが待っていたというか、佇むしかなかったであろう所まで戻った所で、更に激しい頭痛に襲われて立ち眩みを起こしてしまった。

バカヤーニ家の執事が、慌ててお姫様抱っこで抱き止める。


「失礼致します、シャルリアお嬢様。そして申し訳ございません。どうか、当家でお休みしてからのお帰りを」

「は?どの口がおっしゃるのです?そのご様子だと以前からですよね?今までお嬢様を騙しておいて……!」

「いいわ、シス。主人命令だもの、仕方ないわ」

「お嬢様、でも……!」

「いいの。それよりも早く帰って休みたいわ。……このまま、うちの馬車まで送ってくださる?」

「シャルリアお嬢様……」

「今日は、これが精一杯の譲歩よ」

「……かしこまりました」



そうして執事に馬車まで送ってもらい。うちの従者たちにたいそう心配されながら、ようやく帰路に着いた。



騒ぎは耳に入っただろうに、ロイエがこちらに来ることはなかった。


本当に、駄目な男だ。知ってたけど。



ふわふわのクッションが敷き詰められた、乗り心地のいい我が家の馬車に揺られながら、私はうつらうつらする。


「お嬢様、少しお休みください」

「うん、そうするわ。ありがとう、シス」


そう言って目を閉じた私は、すぐにストンと意識を手放した。


「お嬢様、申し訳ありませんでした……」


シスの不思議な謝罪が、耳に届く前に。

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