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15.初めての、そしてこれからも続く幸福
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結婚して三年。
今日は……。
「旦那様、落ち着いてお掛けください」
「そう、思うが、無理だ。落ち着けん」
サムが声を掛けてくれるが、俺は自宅の廊下でウロウロしている。
「奥様の初のご出産ですからね。お気持ちは解りますが……」
そう、エマの初めての出産なのだ。
「知識としては理解していても、あんなに苦しそうだとやはり心配だ」
そして男は本当に何も出来ない。驚く程に出来ない。もどかしい。
「情けないな……」
「旦那様のお気持ちは伝わっておりますよ。我々は祈って待ちましょう」
「……ああ、そうだな」
それからどのくらい経っただろうか。とてつもなく長い体感の時間が過ぎた頃。
「オギャー!オギャー!!」
と、部屋から元気な泣き声が響いて来た。
「ハルト!生まれたわよ!元気な女の子!!」
ドアが開き、ローズ義姉さんが出てくる。8歳の長男と5才の次男がいて、もうすっかり二児の母歴の長い義姉さん。癒しの月魔法が役に立つからと手伝いに来てくれていたのだ。
「あ、ああ」
「何よ、そのボーッとした返事!ほら!」
義姉さんに背中を押されて、部屋に入る。
俺に気付き、ほっとした笑顔を見せるエマ。……聖女が聖母になったな。なんて、美しい。
「……ハルト見てあげて?ハルトそっくりな女の子よ?」
すっかり泣き止み、ふにゃふにゃと眠そうな赤子。俺と同じ髪色で、半分閉じた瞼から見える、俺と同じ瞳の色の……世界一可愛い生き物。
表現し難い感情が沸き上がる。
「エマ……ありがとう。お疲れ様。ごめん、上手く言葉が出て来ない……可愛い、可愛い子だ……ありがとう、ありがとう……」
俺は生まれて初めて、人前で泣いた。
「ハルト……うん、うん、ありがとう……」
部屋中の皆の温かい気持ちに包まれて、しばらくの間、二人で泣いていた。
また、幸せな日が積み重なる。
◇◇◇
出産から半年。今日は久しぶりに二人の休日が重なり、二人きりでお茶をしている。ユーリシアはリサが別室で面倒を見てくれている。たまにはご夫婦水入らずで、って。気が利く。
そして明日は。
「エマ、体調は大丈夫?」
「ハルト。もう産後半年よ?屋敷の皆も育児を手伝ってくれるし、すっかり元通りよ!」
「なら、いいけど」
「もう、心配性な旦那様ね!……でも、ありがとう」
エマはそう言って、頬にキスをしてくれる。幸せだ。
「ユーリシアも元気に育ってくれているし。明日のセレナ様の結婚式出席の準備は万端よ!母も子守りに来てくれるし」
そう、明日はセレナ嬢とトーマスの結婚式なのだ。
「10年か……トーマスも…まあ、頑張ったよなあ」
「あら、10年で許してもらえたのよ?有難い話じゃないの」
エマは憮然と言って退ける。
「それは、そうだけど」
思わず苦笑になってしまう。
女性の……と言うわけではないか。世間の浮気に対しての評価は厳しいな。いや、当たり前だけど。俺はしないし!!
だけど、10年という時間は共感というか何というか、思う所もあるわけで……。
「ま、セレナが決めた事だし、セレナが幸せなら文句は無いわ!でも……トーマス様がまた何かしたら、次はないけれどね……」
うちの女神が怖い。堕天しそう。トーマス、頼むぞ。……あの様子だと、大丈夫だろうけどな。
そして今までのこの国を考えると、エマの23歳という婚姻も決して早くはなかった。現在セレナ嬢は26歳だ。今までなら行き遅れ扱いをされていたが、だいぶ風向きが変わって来ている。
「でも、うちの優秀な奥さんを筆頭に、仕事に力を入れる女性が増えたからね。そう言った意味でも、いいアピールになるんじゃないかな」
今やセレナ嬢は、女性実業家の筆頭だ。あの後トーマスも姿勢を正し、立派な宰相補佐になっている。兄上の戴冠と同時に、正式に宰相になる予定だ。うちに負けないくらいの、双方の忙しさ。
セレナ嬢は、うちの奥様や義姉さんと同様に、憧れの対象になっている。
「そうね。……前の世界では、女性が元気な国は良い国で、発展するって言われていたの。……多くはなかったけれど。グリーク王国がそうあれたら、とても嬉しいわ。結婚か、仕事か、どちらかを選ぶでもなく、自分で選べる選択肢がたくさんある国になってほしい。結婚に縛られなくてもいいと思うし、憧れてもいいと思うの。個人が尊重されるといいなあ、って」
キラキラとした瞳で語るエマ。相変わらず眩しい。
壮大な夢だけど、と照れ笑いをする。
「うん、そうなるように頑張ろう。……俺はエマを離したくないから、結婚いいぞアピールになるけど」
エマを後ろから抱きしめて言う。
「ふふっ。それはそれですごく嬉しい。ありがとう、ハルト」
そしてまたキスをする。
こんな日常が、とても幸せだ。
この2年後にアーサーが生まれて。領地も国も栄えて。
愛する奥さんもいて。諦めていたことが自分の身に起きて、本当に贅沢な幸せが続く訳だけど。
そのぶん、努力と還元は忘れずにいたい。
……ただ、誰が来ても、エマを離す気は無いけどね。
それは、絶対に。
でも、エマが喜ぶと思うから、彼の幸せも祈るよ。
……けど時々、様子を調べるのは許してもらわないとね。
これは、狭量な旦那の精一杯の譲歩ということで。
内緒で、お願いします。
END
今日は……。
「旦那様、落ち着いてお掛けください」
「そう、思うが、無理だ。落ち着けん」
サムが声を掛けてくれるが、俺は自宅の廊下でウロウロしている。
「奥様の初のご出産ですからね。お気持ちは解りますが……」
そう、エマの初めての出産なのだ。
「知識としては理解していても、あんなに苦しそうだとやはり心配だ」
そして男は本当に何も出来ない。驚く程に出来ない。もどかしい。
「情けないな……」
「旦那様のお気持ちは伝わっておりますよ。我々は祈って待ちましょう」
「……ああ、そうだな」
それからどのくらい経っただろうか。とてつもなく長い体感の時間が過ぎた頃。
「オギャー!オギャー!!」
と、部屋から元気な泣き声が響いて来た。
「ハルト!生まれたわよ!元気な女の子!!」
ドアが開き、ローズ義姉さんが出てくる。8歳の長男と5才の次男がいて、もうすっかり二児の母歴の長い義姉さん。癒しの月魔法が役に立つからと手伝いに来てくれていたのだ。
「あ、ああ」
「何よ、そのボーッとした返事!ほら!」
義姉さんに背中を押されて、部屋に入る。
俺に気付き、ほっとした笑顔を見せるエマ。……聖女が聖母になったな。なんて、美しい。
「……ハルト見てあげて?ハルトそっくりな女の子よ?」
すっかり泣き止み、ふにゃふにゃと眠そうな赤子。俺と同じ髪色で、半分閉じた瞼から見える、俺と同じ瞳の色の……世界一可愛い生き物。
表現し難い感情が沸き上がる。
「エマ……ありがとう。お疲れ様。ごめん、上手く言葉が出て来ない……可愛い、可愛い子だ……ありがとう、ありがとう……」
俺は生まれて初めて、人前で泣いた。
「ハルト……うん、うん、ありがとう……」
部屋中の皆の温かい気持ちに包まれて、しばらくの間、二人で泣いていた。
また、幸せな日が積み重なる。
◇◇◇
出産から半年。今日は久しぶりに二人の休日が重なり、二人きりでお茶をしている。ユーリシアはリサが別室で面倒を見てくれている。たまにはご夫婦水入らずで、って。気が利く。
そして明日は。
「エマ、体調は大丈夫?」
「ハルト。もう産後半年よ?屋敷の皆も育児を手伝ってくれるし、すっかり元通りよ!」
「なら、いいけど」
「もう、心配性な旦那様ね!……でも、ありがとう」
エマはそう言って、頬にキスをしてくれる。幸せだ。
「ユーリシアも元気に育ってくれているし。明日のセレナ様の結婚式出席の準備は万端よ!母も子守りに来てくれるし」
そう、明日はセレナ嬢とトーマスの結婚式なのだ。
「10年か……トーマスも…まあ、頑張ったよなあ」
「あら、10年で許してもらえたのよ?有難い話じゃないの」
エマは憮然と言って退ける。
「それは、そうだけど」
思わず苦笑になってしまう。
女性の……と言うわけではないか。世間の浮気に対しての評価は厳しいな。いや、当たり前だけど。俺はしないし!!
だけど、10年という時間は共感というか何というか、思う所もあるわけで……。
「ま、セレナが決めた事だし、セレナが幸せなら文句は無いわ!でも……トーマス様がまた何かしたら、次はないけれどね……」
うちの女神が怖い。堕天しそう。トーマス、頼むぞ。……あの様子だと、大丈夫だろうけどな。
そして今までのこの国を考えると、エマの23歳という婚姻も決して早くはなかった。現在セレナ嬢は26歳だ。今までなら行き遅れ扱いをされていたが、だいぶ風向きが変わって来ている。
「でも、うちの優秀な奥さんを筆頭に、仕事に力を入れる女性が増えたからね。そう言った意味でも、いいアピールになるんじゃないかな」
今やセレナ嬢は、女性実業家の筆頭だ。あの後トーマスも姿勢を正し、立派な宰相補佐になっている。兄上の戴冠と同時に、正式に宰相になる予定だ。うちに負けないくらいの、双方の忙しさ。
セレナ嬢は、うちの奥様や義姉さんと同様に、憧れの対象になっている。
「そうね。……前の世界では、女性が元気な国は良い国で、発展するって言われていたの。……多くはなかったけれど。グリーク王国がそうあれたら、とても嬉しいわ。結婚か、仕事か、どちらかを選ぶでもなく、自分で選べる選択肢がたくさんある国になってほしい。結婚に縛られなくてもいいと思うし、憧れてもいいと思うの。個人が尊重されるといいなあ、って」
キラキラとした瞳で語るエマ。相変わらず眩しい。
壮大な夢だけど、と照れ笑いをする。
「うん、そうなるように頑張ろう。……俺はエマを離したくないから、結婚いいぞアピールになるけど」
エマを後ろから抱きしめて言う。
「ふふっ。それはそれですごく嬉しい。ありがとう、ハルト」
そしてまたキスをする。
こんな日常が、とても幸せだ。
この2年後にアーサーが生まれて。領地も国も栄えて。
愛する奥さんもいて。諦めていたことが自分の身に起きて、本当に贅沢な幸せが続く訳だけど。
そのぶん、努力と還元は忘れずにいたい。
……ただ、誰が来ても、エマを離す気は無いけどね。
それは、絶対に。
でも、エマが喜ぶと思うから、彼の幸せも祈るよ。
……けど時々、様子を調べるのは許してもらわないとね。
これは、狭量な旦那の精一杯の譲歩ということで。
内緒で、お願いします。
END
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