8 / 16
8.初めてのもどかしさ
しおりを挟む
ランチタイムの女性の楽しい集まりに乗り込むのは無粋なので、そこは堪えて放課後まで待った。
話が出来たら、とも思うけど、エマ嬢はまた無茶をやりそうな気がするので、今日は寮に引き摺ってでも帰す方が大事かもな。
…なんて考えながらエマ嬢のクラスに着くと、案の定な会話が聞こえて来た。
「エマ、今日は早く寝るのよ?」
「うん、ちゃんと寝る。けど、ちょっと今日は治療院に行きたくて……3日行けてないから」
いつもの三人に囲まれて話しているエマ嬢。……やっぱりだ。
「今日倒れたのに、何を言ってるの?」
失礼を承知で、割って入る。頑張り屋で真面目なのは長所だけど。
「で、ですが。3日も行けておりませんので」
エマ嬢は一瞬驚いた様だったが、可愛く反論してくる。
「気持ちは分からなくもないけど、また倒れたらどうするの?ねぇ?三人も思うよね?」
「心配ではありますが」
レイチェル嬢が苦笑しつつ答える。
「し、しっかり休んだので大丈夫です!」
必死で訴えるエマ嬢。その仕草は可愛いし、務めを果たそうとするのは聖女の正しい姿でもあるのだろうけれど。
「そんなこと言って……また、誰かに抱かれて運ばれでもしたらどうするのさ」
心配も本当。でも、これが情けない本音だ。
「え、抱かれ?」
本人は記憶なしか。良かったとか思ってしまう。
「ハルトは何でも知ってるのね」
クスクス笑いながら、ローズ義姉さんが言う。
思わず、じと、と見てしまう。
「そんな顔をしないの。エマ様、言い忘れていたけれど、スレン先生が横抱きをして運んで下さったのよ」
「そ、そうでしたか……それは……謝り損ねてしまいました……」
義姉さんの説明に、慌てた感じのエマ嬢。謝ることはないだろ。寧ろ、先生が役得だろうが。
「緊急事態でしたし、仕方ないわ。心配は分かるけど、誰かさんが狭量すぎるのよ」
「……すみませんね、狭量で」
気に入らないものは気に入らないんだから、仕方ないだろ。同じクラスなら、俺が運んだのに。いや、その前に無茶をさせなかった。とか、ぐるぐるする。
「あ、あの、殿下。本当に気をつけますので……」
一生懸命言い募るエマ嬢。すっっごく可愛い!けど。
「エマ嬢の気をつけるって……」
怪しすぎるだろ。
「殿下のお気持ちも理解できますけどね」
「だよね、カリン嬢」
さすが、分かってるな。
エマ嬢は不服そうだが。
「親衛隊もできそうですしね…」
「え、何それレイチェル嬢。詳しく」
ああ、例のカートン伯爵令息か。なるほどな。
「まあ、聖女、ってことならアリか……義姉上も一緒だし、むしろプラスか?」
臣下の支持も大事だ。これはまあ、様子見だな。
「申し訳ないけれど、私はそろそろお暇するわね。大神官様をお待たせ出来ないので」
どちらも引けずにいるところで、ローズ義姉さんが口を挟む。確かに、いい時間だ。
「ハルト。心配なら、貴方も治療院に付いて行ったらよろしいのではなくて?…視察も必要な事ですし」
「!そうだ、そうする!視察も兼ねて!いいよね?エマ嬢!」
そうだ、その手があったー!!義姉さん、ありがとう!
女神ー!
エマ嬢も戸惑いながらも了承してくれて、そして二人で学園の馬車に揺られながら、治療院に向かう。
「ラインハルト様、お付き合いありがとうございます。ご公務に支障は出ませんか?」
「それは大丈夫。なるべく前倒ししてやっているから」
周りに気遣える所もいいよな……って、今、俺って自分勝手じゃないか?心配と…悋気と、一緒にいたい気持ちとがぐちゃぐちゃになって、エマ嬢を置いてきぼりにした気がする。押しまくるつもりではいるけれど、ちょっと、どうだっただろうか。
「それより……エマ嬢、嫌じゃない?」
「はい?」
エマ嬢は首を傾げる。くそー、可愛い~!
「いや…振り返ると、強引に進めたなあ…と……」
本音は言いにくいかもしれないが、聞くだけ聞こう。必要なら、謝ろう。
「ふふ、大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます。…心強いですよ」
「……っつ、そ、そう?それなら良かった」
俺の心配をよそに、花が綻ぶような笑顔で答えてくれる。眩しすぎて、直視できない。思わず、口を手で押さえて横を向いてしまった。
お世辞でも、心強く思ってもらえるのも、嬉しい。
暫しの沈黙。何だかそわそわするような、でも居心地は悪くないような、そんな間が広がる。
……聞いてみても、いいだろうか。保健室での、こと。
「……エマ嬢、聞いても、いい…?」
「は、はい」
「その、午前中さ、言ってた眠れなかった…って、考え事?教えて、貰える……?」
「……!っつっ、えっ、と……は…」
何だかお互い真っ赤になりながら、エマ嬢も心を決めたように思った瞬間。
「エマ!!ちょっと久しぶりだ!3日顔を見ないと寂しいもんだな?!」
がはは、と言わんばかりの大声と共に、馬車の扉がバーンと開く。
「ちょうど手が空いたところでな!学園の馬車が見えたから、迎えに来たぞ!……って、あれ?ラインハルト殿下?!」
王立病院院長の、アドルフ=イアン殿か。……あっという間に20分位は経っていたらしい。もう、病院の前だ。
「……久し振りだ、イアン院長」
何だよ~!とは思う。思うが、エマ嬢に迷惑はかけられない。王子然としなければ。
「これはご無礼を。申し訳ございません、こちらの認識不足でしたでしょうか。連絡が……」
「いや、こちらが急に来たのだ。今日、エマ嬢は体調が万全ではなくてな。それでも病院に顔を出したいとの事なので、連絡もせずに申し訳ないが視察も兼ねて同行させてもらった。……国の宝に何かあっても困るからな」
まだ婚約者でも何でもない。歯痒さも感じてしまうが、エマ嬢の名誉も大切だ。絶対に手に入れるつもりではいるが……婚約に至らなかった場合も考えて、まだ、必要な距離だ。
「左様でございましたか。エマ、大丈夫なのかい?」
「あ、はい!全く!大丈夫です!」
「無理はしないでくれよ。でもみんな、エマが来てくれたら喜ぶ。顔を出してやっておくれ」
「はい」
エマ嬢も立て直せたな。
「ラインハルト殿下は……」
「うん、エマ嬢の診察に同行させてもらいながら勝手に見るよ。構わない?」
「もちろんです。皆の士気も上がるってもんです」
「ありがとう、では、そうさせてもらう」
「では、こちらに。エマ、いつも通りでいいね?」
「はい」
院長に先導され、私達は院内に入る。
どのみち、人前では聖女と王子ではあるけれど。なんとももどかしい距離感だ。
話が出来たら、とも思うけど、エマ嬢はまた無茶をやりそうな気がするので、今日は寮に引き摺ってでも帰す方が大事かもな。
…なんて考えながらエマ嬢のクラスに着くと、案の定な会話が聞こえて来た。
「エマ、今日は早く寝るのよ?」
「うん、ちゃんと寝る。けど、ちょっと今日は治療院に行きたくて……3日行けてないから」
いつもの三人に囲まれて話しているエマ嬢。……やっぱりだ。
「今日倒れたのに、何を言ってるの?」
失礼を承知で、割って入る。頑張り屋で真面目なのは長所だけど。
「で、ですが。3日も行けておりませんので」
エマ嬢は一瞬驚いた様だったが、可愛く反論してくる。
「気持ちは分からなくもないけど、また倒れたらどうするの?ねぇ?三人も思うよね?」
「心配ではありますが」
レイチェル嬢が苦笑しつつ答える。
「し、しっかり休んだので大丈夫です!」
必死で訴えるエマ嬢。その仕草は可愛いし、務めを果たそうとするのは聖女の正しい姿でもあるのだろうけれど。
「そんなこと言って……また、誰かに抱かれて運ばれでもしたらどうするのさ」
心配も本当。でも、これが情けない本音だ。
「え、抱かれ?」
本人は記憶なしか。良かったとか思ってしまう。
「ハルトは何でも知ってるのね」
クスクス笑いながら、ローズ義姉さんが言う。
思わず、じと、と見てしまう。
「そんな顔をしないの。エマ様、言い忘れていたけれど、スレン先生が横抱きをして運んで下さったのよ」
「そ、そうでしたか……それは……謝り損ねてしまいました……」
義姉さんの説明に、慌てた感じのエマ嬢。謝ることはないだろ。寧ろ、先生が役得だろうが。
「緊急事態でしたし、仕方ないわ。心配は分かるけど、誰かさんが狭量すぎるのよ」
「……すみませんね、狭量で」
気に入らないものは気に入らないんだから、仕方ないだろ。同じクラスなら、俺が運んだのに。いや、その前に無茶をさせなかった。とか、ぐるぐるする。
「あ、あの、殿下。本当に気をつけますので……」
一生懸命言い募るエマ嬢。すっっごく可愛い!けど。
「エマ嬢の気をつけるって……」
怪しすぎるだろ。
「殿下のお気持ちも理解できますけどね」
「だよね、カリン嬢」
さすが、分かってるな。
エマ嬢は不服そうだが。
「親衛隊もできそうですしね…」
「え、何それレイチェル嬢。詳しく」
ああ、例のカートン伯爵令息か。なるほどな。
「まあ、聖女、ってことならアリか……義姉上も一緒だし、むしろプラスか?」
臣下の支持も大事だ。これはまあ、様子見だな。
「申し訳ないけれど、私はそろそろお暇するわね。大神官様をお待たせ出来ないので」
どちらも引けずにいるところで、ローズ義姉さんが口を挟む。確かに、いい時間だ。
「ハルト。心配なら、貴方も治療院に付いて行ったらよろしいのではなくて?…視察も必要な事ですし」
「!そうだ、そうする!視察も兼ねて!いいよね?エマ嬢!」
そうだ、その手があったー!!義姉さん、ありがとう!
女神ー!
エマ嬢も戸惑いながらも了承してくれて、そして二人で学園の馬車に揺られながら、治療院に向かう。
「ラインハルト様、お付き合いありがとうございます。ご公務に支障は出ませんか?」
「それは大丈夫。なるべく前倒ししてやっているから」
周りに気遣える所もいいよな……って、今、俺って自分勝手じゃないか?心配と…悋気と、一緒にいたい気持ちとがぐちゃぐちゃになって、エマ嬢を置いてきぼりにした気がする。押しまくるつもりではいるけれど、ちょっと、どうだっただろうか。
「それより……エマ嬢、嫌じゃない?」
「はい?」
エマ嬢は首を傾げる。くそー、可愛い~!
「いや…振り返ると、強引に進めたなあ…と……」
本音は言いにくいかもしれないが、聞くだけ聞こう。必要なら、謝ろう。
「ふふ、大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます。…心強いですよ」
「……っつ、そ、そう?それなら良かった」
俺の心配をよそに、花が綻ぶような笑顔で答えてくれる。眩しすぎて、直視できない。思わず、口を手で押さえて横を向いてしまった。
お世辞でも、心強く思ってもらえるのも、嬉しい。
暫しの沈黙。何だかそわそわするような、でも居心地は悪くないような、そんな間が広がる。
……聞いてみても、いいだろうか。保健室での、こと。
「……エマ嬢、聞いても、いい…?」
「は、はい」
「その、午前中さ、言ってた眠れなかった…って、考え事?教えて、貰える……?」
「……!っつっ、えっ、と……は…」
何だかお互い真っ赤になりながら、エマ嬢も心を決めたように思った瞬間。
「エマ!!ちょっと久しぶりだ!3日顔を見ないと寂しいもんだな?!」
がはは、と言わんばかりの大声と共に、馬車の扉がバーンと開く。
「ちょうど手が空いたところでな!学園の馬車が見えたから、迎えに来たぞ!……って、あれ?ラインハルト殿下?!」
王立病院院長の、アドルフ=イアン殿か。……あっという間に20分位は経っていたらしい。もう、病院の前だ。
「……久し振りだ、イアン院長」
何だよ~!とは思う。思うが、エマ嬢に迷惑はかけられない。王子然としなければ。
「これはご無礼を。申し訳ございません、こちらの認識不足でしたでしょうか。連絡が……」
「いや、こちらが急に来たのだ。今日、エマ嬢は体調が万全ではなくてな。それでも病院に顔を出したいとの事なので、連絡もせずに申し訳ないが視察も兼ねて同行させてもらった。……国の宝に何かあっても困るからな」
まだ婚約者でも何でもない。歯痒さも感じてしまうが、エマ嬢の名誉も大切だ。絶対に手に入れるつもりではいるが……婚約に至らなかった場合も考えて、まだ、必要な距離だ。
「左様でございましたか。エマ、大丈夫なのかい?」
「あ、はい!全く!大丈夫です!」
「無理はしないでくれよ。でもみんな、エマが来てくれたら喜ぶ。顔を出してやっておくれ」
「はい」
エマ嬢も立て直せたな。
「ラインハルト殿下は……」
「うん、エマ嬢の診察に同行させてもらいながら勝手に見るよ。構わない?」
「もちろんです。皆の士気も上がるってもんです」
「ありがとう、では、そうさせてもらう」
「では、こちらに。エマ、いつも通りでいいね?」
「はい」
院長に先導され、私達は院内に入る。
どのみち、人前では聖女と王子ではあるけれど。なんとももどかしい距離感だ。
0
お気に入りに追加
321
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百度目は相打ちで
豆狸
恋愛
「エスポージト公爵家のアンドレア嬢だな。……なにがあった? あんたの目は死線を潜り抜けたものだけが持つ光を放ってる。王太子殿下の婚約者ってのは、そんなに危険な生活を送ってるのか? 十年前、聖殿で会ったあんたはもっと幸せそうな顔をしていたぞ」
九十九回繰り返して、今が百度目でも今日は今日だ。
私は明日を知らない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~
華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。
突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。
襲撃を受ける元婚約者の領地。
ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!!
そんな数奇な運命をたどる女性の物語。
いざ開幕!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる